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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 01】 一人目のファウスト

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 それからも三島との関係は続いた。

 俺はかぎりなく好意に似せた態度で三島に接して、そのたびに三島は面白いように反応した。

 一日ひとつの個人情報も惜しみなく与えた。彼の中の『宗像達也』の解像度をどんどん上げていった。

 

 結果、三島は自分のたくらみを順調だと判断したらしい。俺の前ではかなり気の抜けたところも見せるようになってきた。

 

 きょとんとしたときに見せる無防備な半開きの口とか、なんだかんだ吃りながらも生意気な口調を見せてくるところとか。

 もしこれで俺が本当に三島に好感を抱いていたとしたら、喜ばしいことばかりだ。

 

 だが実際は、俺は三島を最低だと思っている。

 そのためだろうか。最近では、得るものより弊害のほうが大きくなっているのが実情だった。



 早朝。アゲハ成虫の飼育箱、スポーツドリンクを染み込ませた脱脂綿を取り替える。

 そっと蓋を閉じると、脱脂綿に数匹の蝶がむらがった。長い口を懸命に伸ばし、蜜の代わりを吸っている。

 

 ぱたぱたと揺れる翅を見ていると、俺の獰猛なものがうっすら動き出すのがわかった。顔をしかめる。

 

(違う。大丈夫。俺は──まだ、大丈夫)


 懸命に言い聞かせて、でも、心臓は嫌な感じに脈打っていた。

 だんだんと喉の奥が乾いて、視野が狭くなって、凶暴ななにかがこみ上げそうになる。歯を食いしばって必死に耐えた。

 

 そわそわするような、落ち着かないような、なんとも言えない感覚をこらえて、大丈夫なんだと何度も唱える。最近はもうずっと、そんなことの繰り返しだった。

 

 三島と出かけた、あの日以来。俺の中の〝現象〟が、日ごと夜ごとに強くなっているのだ。

 なにが契機だったかなんて明白だった。三島のピアスだ。

 

 平日の三島はあの青を身に着けてはいない。それでもよく見ると彼の耳元には透明なピアスがつけてあって、動いた時や振り返った瞬間など、ちらりと見え隠れする。

 

 さらに生物室の彼は教室よりずっと無防備で、隠すつもりもないのだろう、堂々と髪を耳にかけることさえしょっちゅうだった。

 

 あの日以来、髪からピアスが見えるたび、引きちぎりたいという強烈な衝動がこみ上げて、どうしようもない。俺は完璧な笑顔を作り、何気ない態度で、何度もそれを押し殺していた。

 

 透明ピアスなんて、今まで気付きもしなかったのに。

 一度知ってしまえば、二度と知る前には戻れない。ことあるごとに三島の耳元が気にかかる。透明なシリコンがちらつくたびに腹の底がぞわつく。

 

 今や俺の〝現象〟は、災害の前みたいに不気味な兆候を見せはじめていた。

 日に日に強くなる、強大で理不尽な、腹の底で眠る制御不能なもの。悪魔的で強烈な衝動に、感じるのはたしかに嫌悪と恐怖なのに。まぎれもない恍惚と陶酔が、どうしようもなく俺をねじ曲げるのだ。

 

 俺の中身が、あの現象が、いちばん底の方で脈打っているのを感じる。発露をじっと待っているのが、はっきりとわかる。それをなんとかなだめて、俺は今日もできるだけ淡々と蝶の世話を続けていた。

 

 枝を整えたとき、手首にひら、と飛び交う蝶の翅がかする。黄色と黒の鮮烈な色彩。ぞくっ、と背が震えた。

 

 寒さのせいだ。

 コンスタントに羽化をさせるため、飼育室は年中薄ら寒い。

 そのせいだ。そうに決まっている。

 

(俺はまだ平気だ。大丈夫なんだ)


 脳裏をよぎるのは三島のことだ。

 痩せた身体つき、おずおずと見上げる仕草、加害を誘う挙動。

 レンズ越しに見える無防備な、なんとも言えないあの瞳。

 ちらちらと見え隠れする、海の底みたいな青いピアス。

 引きちぎりたいという衝動。

 

 大丈夫、という決まりきった呪文を口の中でつぶやく。

 前に蝶を殺したのはいつだっただろう。はっきりとは覚えていないが、ずいぶん前のはずだ。

 あれからやっていないのだから、俺はきっと大丈夫。

 ちゃんとできている。何の問題もない。

 

 何度そう唱えても、嫌な予感はちっとも消えることがない。

 俺は大きく息を吸うと、ゆっくりと吐いた。心拍を観測した。皮膚感覚に集中した。吸うより吐くのを長くした。

 

 今までに得た知識を総動員して、今すぐできる、自分を鎮める手段を順番に試していく。ひとつ。ふたつ。三つ。四つ。

 

(大丈夫。俺は平気。まだ殺していない。安心しろ、落ち着け)


 何度唱えても、心を落ち着かせようとしても駄目で、心音はいつまでもやかましい。乾ききった衝動は収まらない。理不尽な現象が、腹の底で重たく動いている。「くそっ」と小さく吐き捨てた。

 

 まばたきの合間、しきりによぎるあの青色。

 透明な海の、いちばん底みたいな青。

 

 夢想するのは、痛みと驚愕で呆然とした三島の顔だ。

 きっと血の赤が映えるだろう。あの薄い耳の端が、雫に濡れたらきれいだろう。したたり落ちる赤い水の、においはどんな風だろう。

 

 彼は泣くだろうか。怯えるだろうか。

 それはきっと、ぞくぞくするほど素晴らしい──

 

(違う──そうじゃない、しっかりしろ!)


 ぎりっ、と奥歯が鳴った。

 何度も違うと唱えて、それでもだめで。

 

 だって俺は他に手段を知らない。うまいやり方も、上手な宥め方もわからない。

 俺はとっくに悪魔に魂を売っていて、ぎりぎりの縁で耐えるだけの存在で、獣以下の人でなしになりかけている。

 

 俺はとうとう、記憶の中の美しいものにすがった。

 お願いだから俺を守ってくれと。記憶の中のひとは返事すらしてくれない。それでも、祈らずにはいられなかった。

 

(頼む、お願いだ。俺を守ってくれ。……母さん)


 ぎゅっと目を閉じる。美しい存在、あたたかかった記憶。母との思い出。

 

 もう見ることのできない、追憶の中の母の笑顔は、タンポポと春先の西風のにおいがした。



 

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