↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 01】 一人目のファウスト

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/105

45

 ざわざわとやかましいファストフード店。安っぽいテーブルを挟んで、俺は三島が目をきらきらさせているのを見つめていた。

 

 眼鏡越し、興味と興奮で丸くなった目が、俺のスマートウォッチ、外してテーブルに置かれたそれをじっと見つめている。遠慮がちな指先がつんつんとディスプレイを操作して、三島は本当に楽しそうだった。

 

「そんな面白い、それ」

「面白いっていうか、興味深いっていうか……なんか、すごい」

「ははっ、語彙」


 俺は適当な相槌を打ちながら、ぺらぺらと三島の買った小説をめくる。胡散臭いワトソン役はただのミスリードで、探偵のために秘密を隠していただけだった。拍子抜けだ。

 

(しっかしこいつ、あまりにもちょろいな……)


 半ば呆れ混じりに三島を見やる。

 俺の視線などつゆ知らず、彼はスマートウォッチに夢中だ。機械やこういったガジェットが好きそうだとは思っていたが、ここまで食いつくとは。いっそ面白いくらいだ。

 

 三島の籠絡はさほど難しいことではなかった。

 こういう奴はスキンシップに慣れていないだろうと手を繋ぐことを匂わせてみたり、その代わりとしてバッグのストラップを握らせたりした。そのたびに三島はわかりやすく反応を返して、赤くなったり青くなったりする。単純だ。

 

 俺は小説の文字を簡単に目線でさらいながら、今までに知った三島の情報を整理していた。今後の方向性のためだ。

 

(まず本屋でわかったのは、量子力学が異様に好き、ってことだ)


 その上で、自分の好みに対して妙な卑屈感を抱いている。

 それから、普段から料理をしているということ、買い出しも後片付けも自分で済ませているということ。

 おそらくは身の回りのほとんどを自分で担っている。勉強は深夜と早朝。日々の家事などで時間がないと思われる。

 

 脳裏によぎったのは、何日か前の会話だった。

 本人いわく買い換えることなど簡単なのに、ぼろぼろの、前世代のタブレットを後生大事にしている様子。

『お金には困ってない』はずなのに予備校も行っておらず、学習は基本的に自習だけ。家族のサポートは、たぶんない。


 なんとなく──大事にされていない、という印象を受ける。

 

(家庭環境が良くなくて、苦労人、とか)


 そこまで考えて、じわ、となんらかの感情が湧いて出そうになる。俺はすぐさまそれを否定した。

 

 たとえ同情すべき点があったところで、こいつがこそこそ人の弱みを探っている、卑怯で最低な奴であることに変わりはない。俺のことを猫殺しと罵ったことも。

 

 気持ちを切り替え、分析に戻る。

 傷ついた人間は、とりわけ付け込みやすい。ちょっと優しくしたらすぐに舞い上がる。さらに人間関係の経験にとぼしい孤独な人物は、身体接触に極端に弱い。

 

 当面の方針に変更は必要なさそうだった。

 逃げられないぎりぎりまで距離を詰め、安心させつつ身体接触を図る。さりげない理解者の顔をして、相手のことを決して否定しない。やったこともないような経験をつぎつぎ与えて、人との関わりというものを教え込んで、俺を代替不可の存在にさせる。

 これでいいだろう。


 そこまで考えたとき、三島がぐっと背中を丸めた。

 ディスプレイの細かい文字を読むためだろう。猫背になり、髪がさらりと耳から落ちる。青いピアスが目に留まった。

 

 ──ぞくり、とした。慌てて目を逸らした。

 

 心音が、一瞬だけ高くなったのを感じる。

 よぎったのは嫌な予感、俺の中の凶暴な現象が、目を覚ましそうになる気配。大人しくしてくれ、と叫ぶように思う。

 

 幸いなことに、視界から青を消した瞬間に、衝動はすうっと引いていった。安堵した。

 気持ちを切り替え、俺はせいぜい好意的な笑顔を作る。

 

「心拍、けっこうしっかり図れるぞ。やってみるか」

「え、いいの」

「いいよ。手、貸してみな」


 俺は当たり前のように三島の手を取った。手首の内側、生っ白い皮膚をわざと選んで、指先でつうっと触れる。ぴく、と反応した三島が戸惑ったように視線をさまよわせるのを、俺はひどく冷めた気持ちで眺めていた。



 それから夕方までファストフード店で粘って、乗り込んだ帰りの電車は空いていた。

 それなりに距離がある帰路だったが、なんだかんだ理由をつけて普通電車を選んだからだ。

 

 顔を合わせる回数や、過ごした時間の長さは好感度を左右する。今日はどうせ他に用事もない。できるだけ三島といる時間を稼ぎたかった。


 めまぐるしい出来事に疲れたのだろう、隣の三島はこくこくと船を漕いでいる。

 二人がけの座席に並んで腰掛けて、俺は無防備に寝顔を晒す男を呆れ混じりに眺めていた。やっぱり、あまりにもちょろい。

 

 かくっ、かくっ、と頭が揺れるたび、伸ばしっぱなしの黒髪が揺れる。そのたびにちらちらと、耳元の青いピアスが目に飛び込んできた。

 

 透明な海の底みたいな色彩に、ぞわ、と現象が動きたがる気配。頼むから黙ってくれと願う。大人しくあってくれと祈る。

 

 俺は耐えかねて、三島の頭をがっ、と手のひらで掴むと、強引に自分の肩に押し付けた。

 ようやく安定する場所を得た小さな頭は、なんの抵抗もなく俺にもたれかかる。肩口から、規則的で小さな寝息。耳元は見えない。ほっ、と安堵の息が出た。

 

 ──なんとなく、嫌な予感がする。

 

 三島と出会って、接していくうちに。俺の中で渦を巻く現象が、少しずつ強くなっている気がした。

 気のせいかもしれない。そうだったらいい。でも、油断はできない。

 

(だって俺は、完璧で正常な人間でいなければならないのだから)


 契約は絶対だ。

 俺は、俺を守ってくれた存在のため、己が人間であることを証明し続けなければならない。

 こんな現象を育てることなど、絶対にしてはならない。

 

 肩口があたたかかった。人間の、生き物の温度だ。

 三島の寝息は穏やかで、安らかだった。こいつは接触に弱いから、この行為でまた好意を抱かれるかもしれない。

 

 きっと他人から大事にされたことがほとんどないのだろう。わかりやすい、好きな女子に接するみたいなやり口が、彼にはとりわけ効くのだ。

 

 今日は有意義だった。好感度も稼げたし、三島のことがいくつも知れた。戦略を練る上で情報は貴重だ。

 

 脳内で、得た情報を指折り数える。

 家庭環境が悪そうなのに自身はそれに無自覚で、本当は物理が好きなのに、俺を陥れるためだけに生研部に来た男。

 

 普通そこまでするか、と考える。本当に、卑怯で、ずるくて、最低で──どこまでもたやすい、簡単な男だ。

 俺なんかに、ここまで内面を悟られて。愚かしいにもほどがある。

 

 でも、一方の俺はそんな愚かなことはしない。

 探るだけ探って、対価として自分の内を見せるふりをして、だがこちらが見せたものはぜんぶ外面だ。誰に見せたって構わないものだけだ。

 

 俺の中身は絶対に誰にも見せない。固くドアを閉じて、きつく鍵をかけて、誰の目にも触れさせるつもりはない。

 中身さえ知られなければ、俺の行為は否定されることはない。誰もが俺を認め、肯定し、完璧だと言ってくれる。契約が守られる。

 それだけが俺の全てで、たったひとつの大切なことだ。

 

 ふーっ、と長い息を吐いた。橙に染まった電車内、揺れるたびに心地よいGがかかる。

 肩口で三島の頭がかすかに揺れる。起きる気配はない。もたれかかった小さな頭からは、耳元は見えなかった。ほっとした。

 

 嫌な予感はある。腹の底で、あの現象がかすかに動いているような気配も。

 でも、正面からあのピアスを見ることさえしなければ、俺はまだきちんと正常でいることができた。安堵する。

 

 俺はまだ、大丈夫だ。

 まだ、完璧な人間をやっていられる。

 

 そのとき、もそ、と肩口の頭が動いた。どうやら起きてしまったらしい。

 三島はもにょもにょと口元を動かしながら、ゆっくりと目を開いた。覗き込む俺を知りもせず、眼差しがふらふら辺りをさまよう。

 

 そして、視線が交わった。途端に目が丸くなった。硝子レンズの向こうの、無防備で危うい瞳。ちらりと見えたピアス。

 

 ──あ、と思う。ぞくっとする。

 

「ご、ご、ごめ──うわっ!?」


 反射的に、ぐい、と頭を肩に押し付けていた。

 

「……もうちょっと寝てろ」


 発した声は思った以上に低く、掠れていた。

 俺は内心で舌打ちをして、俺も寝る、と大嘘をつく。無理やり頭と肩で三島を挟み込み、動けないように押さえ込んだ。

 

 へあ、と奇声を上げた三島が、吃りながら俺を呼ぶ。作ったあくびでごまかした。

 俺は三島から自分が見えないのをいいことに、目も閉じずに寝息っぽい呼吸を繰り返した。

 

 それが功を奏したのか、三島はしばらくしてまた寝落ちしてしまった。ちょろい。

 

 ため息まじりに、三島を固定していた頭を上げた。

 再び眠ってしまった三島が、肩から落ちる気配はない。これで十分だろう。あとは乗換駅についたら、せいぜい顔を近付けて起こしてやればいい。それこそ、好きな女子にするみたいに。

 

(ああ、今日は本当に──クソみたいに有意義な日だった)


 俺は窓際に肘を付くと、冷めきった心で夕暮れの街並みを眺めた。

 長かった外出、今日の終わりを告げる茜色の中、長く伸びた雲の影が幾筋にも空に伸びていた。

 その風景があまりにも美しくて、俺は早く帰りたい、と思った。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。