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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 01】 一人目のファウスト

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 18歳未満のファウスト・中編

          ──宗像達也の抵抗──

 

 

 

 知識は俺を裏切らない。


 一度身につけた知識は誰に奪われることもない。侵害されることもない。

 たとえ俺の周りに誰一人いなくなっても、知識だけは俺のことを最後まで守ってくれる。


 知識という極めて理性的な存在、人類を人類たらしめる叡智の結晶。

 それだけが、俺をこちら側につなぎとめてくれる。


「……」


 指先に力がこもった。ざら、という感触が指先に伝わる。

 鱗粉の滑らかさを存分に感じながら、俺はゆっくりとアゲハの翅をむしった。

 ぶつっ、とクチクラが構成する外骨格がちぎれる鈍い感触。


 胸部についた三対の脚がばたばたともがく。

 翅をむしるときはいつも、体部を潰さないよう細心の注意を込めているつもりだ。指先を、鱗粉以外で汚すのは好きじゃない。幸いにして今回も、翅をむしられた蝶の体部は無事だった。


 鱗粉でしめった指先を開く。はらはらと翅が落ちていく。

 黄色と黒の鮮やかな色彩。立入禁止の警告表示みたいな色。


 俺は腰をかがめ、その上にそっと蝶の体部を置いた。

 苦痛にだろうか、うごめく脚はしだいに力を失っていく。

 その行為を、何度か繰り返した。


 携帯用の飼育箱から蝶を取り出し、翅をむしっては胴体をその上に乗せる。

 すっかり飼育箱が空になったころ、俺は小さく息をつくと、スニーカーの右足を持ち上げた。ぱらぱらと靴の裏から砂が落ちる。息を吸う。


 そして地面にうごめく蝶を、一気に踏み潰した。

 足の裏に独特の感触が伝わる。それを拭き取るように踏みにじる。何度も、何度もそれをしているうちに、俺の内側で起こる衝動じみた現象が、少しずつ鎮まっていく。


 すっかりすべての蝶をすりつぶし、俺は不思議な静謐をじいんと味わっていた。

 心臓が静まりかえり、俺は軽く指先をすり合わせる。さらさらした鱗粉の感触が心地よかった。


 スニーカーの靴先で土を掘り返し、大量の死骸を埋める。

 ざっと土をかぶせると、俺は上を向いてはあっ、と息を吐いた。

 知らない土地の空は薄青くて、澄んでいて、俺にはあまりにも似つかわしくなかった。


(……まだ、大丈夫だ)

 胸のうちで何度も唱える。


 俺はまだ大丈夫。

 虫を殺すのは珍しくない。

 羽虫なんて誰でも殺してるし、大型昆虫なら蜂の駆除だってある。

 まだ、そこまで外れてない。いつでも戻れる。


「……大丈夫」


 ぼそりと唱える声は、見慣れない、真新しい家の裏庭にぽつんと響いた。


 そろそろ時間だった。新生活の初登校に、遅れるわけにはいかない。

 俺は最後にざっ、と靴の裏を土で拭うと、黙って身を翻した。

 土の端から黄色と黒の翅が、かすかにはみ出していた。




        ※




 簡単な自己紹介を終えて、用意された席に向かう。

 教室中の人目を浴びながら歩く中、視界の隅に一つの席がちらついた。


 誰も彼もが俺に注目する中、そいつだけは一心不乱にタブレットに顔を伏せていた。

 読書しかできない、電子書籍ユーザー向けのタブレットだ。すれ違いざま、一瞬だけ文字が見えた。ゲーテの戯曲だった。


(うわ、カッコつけた趣味してんな……)


 朝からタブレットでドイツ古典。一瞬だったのでつむじしか見えなかったが、伸ばしっぱなしの雑な黒髪といい、痩せた背中の様子といい、あまり活発な奴ではないらしい。学校でわざわざゲーテを読むあたり、彼の中の中学二年生はまだ落ち着いていないようだ。


 まあ、よくある話だ。わざわざ囃し立てるようなことでもない。

 俺は黙って席に着くと、教師の声を聞きながら、そいつの背中をぼんやり眺めた。


 あの戯曲、たしかファウストとかいう知恵者が悪魔に魂を売って、衝動的な欲望に身を任せて好き放題する話だ。

 小間使いのように彼に尽くす悪魔をさんざん振り回し、欲望のままに振る舞うファウストを見て、どっちが悪魔だ、と思ったのを覚えている。


(悪魔、か……)


 つらつらと流れていく連絡事項。明日の中間考査の注意事項、三者面談についてのプリント配布など。

 そのすべてを機械的に受け流し、俺は悪魔について思いをはせる。

 瞬きの隙間、まぶたの裏に浮かぶのは、さっき殺した蝶の死骸。


 ……たぶん、俺はとっくに悪魔に魂を売っているのだろう。

 そんなことはわかっていた。


 それでも、こうする他に方法がない。

 俺は別の手段を知らない、うまい方法も、上手な取り扱い方もわからない。どうしようもない中で、それでもあがくしかない。


 知識という理性の象徴を重石のように腹の底に詰め込んで、すぐに揺らいでしまう自分を繋ぎ止める。それでもぐらりと揺らぐものを、蝶の死骸で食い止める。それしか、知らない。


 ため息を押し殺す。隣の女子がとんとん、と机を指先で叩いてきた。

 ね、試験範囲わかる、とささやきかけられ、俺は笑顔を返す。悪いけど教えてくれる、と声を潜めた。


 渡されたメモをありがたく頂戴する。そこに書かれた範囲は、数年前、中学に入ったころにやった箇所だった。たぶんまだ忘れてはいない。大丈夫だ。


「……ありがと。助かった」


 俺は感謝を込めて彼女にささやきかけた。彼女は嬉しそうにはにかむと、いいのいいの、と手を振った。

 ホームルームはもうじき、終わろうとしていた。



 

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