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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【前編 / 04】 『時よ止まれ』

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 けれど、宗像の家に入ることは出来なかった。

 玄関ドアの前で、あの父親が待ち構えていたのだ。


 その姿を見留めた瞬間、宗像がぴくっと立ち止まった。

 俺はぜんぜん気が付いていなかったので、大きな背中に鼻先をぶつけそうになって、慌てて立ち止まる。そろそろと宗像の後ろから顔を出して、あの父親がいることに気付いた。


 宗像は、しばらく黙って立っていたが、小さくため息をつくと歩きはじめた。

 数歩近付いて、玄関口の父親を見る。宗像の父親は、なにかとても冷たい、鋭い表情をしていた。


 宗像が、俺の胸元に鞄を押し付ける。うわ、と受け止めていると、宗像が呆れたように口を開いた。


「あのさあ。だから嘘の予定を──」

「またやったんだな、達也」


 ほとんどかぶせるように、糾弾の声が乗る。

 宗像はちっ、と小さく舌打ちをすると、斜め下あたりに視線を落とした。


「……やってない。ていうか、庭先をぼこすか掘り返すの、いい加減やめろよ」

「おまえが言うのか、それを」

「だから、やってないって言って──」


 宗像が言うのを遮って、父親が、俺たち──いや、俺を手招きする。

 え、と半開きになった口のまま、俺はきょろきょろと辺りを見回した。他に誰もいない。やっぱり、俺のようだ。


「え、えっと……なんですか」

「三島くんだったか。君にも証人になってもらう」

「え……」


 そう言うと、宗像の父はスーツの内側からスマホを取り出した。なにか操作している。

 宗像はその間、顔をしかめてじっと立っていた。頬のあたりが、かすかに引きつっている。


 宗像の父が、すっとスマホの画面を見せた。そこには、あの裏庭が映っていた。下にシークバーがある。

 無骨な手がそれを動かしはじめたとき、宗像が動いた。


「ッ……やめろよ! 三島は関係ないだろ!」


 ばっ、と俺とスマホの間に割り込んで、荒い口調で父に食って掛かる。

 父親はというと、どけ、と短く言うだけだった。


「おまえがしたことを、人様に見てもらうといい」

「それで問題になるのは俺だけじゃない、父さんもだ」

「……脅しの質が低いな。どきなさい」

「やめろ」

「どくんだ、達也」

「よせよ!」


 ぐい、と肩に手がかかって、それでも宗像はどこうとはしない。ぐっと足を踏ん張っている。


 けれど、俺は見てしまった。

 もみあう二人の隙間、ちらりと一瞬だけ見えた画面の中。


 宗像の横顔があの色のない目をして、鮮やかな翅を一枚ずつ引きちぎって、ばらばらと放り落としている──そのさまを。


 すうっ、と背中のあたりから何かが抜け落ちていく、なんとも言えない感覚があった。

 ああやっぱり、と思った。


(……宗像、だったんだ)


 あの大量の蝶を、殺していたのは宗像だった。

 違っていてほしいと思っていた。でも予感はずっとそこにあって、俺が見ないふりをしていただけだった。

 真実は晒されてしまった。知らなかった頃にはもう、戻ることはできない。


「いい加減にしろって! 三島も、……──」


 宗像が必死の顔で振り返って、俺の表情を見て唐突に言葉を飲む。

 もしかして、とくちびるだけが動いた。


「見えた、のか」

「……っ」


 黙って、うなずく。宗像がひくっ、と喉を鳴らして、止まった。

 だらりと両腕を垂らし、彼はすべてが露見した罪人のような顔で、その場に立ち尽くしている。父親がはっ、と笑った。


「監視カメラをしかけておいて正解だった。静江の妄言も、たまには参考になる」


 うなだれた宗像が、ぼそりと言う。


「……そういう言い方、するなよ……」


 その声は本当に小さくて、震えていて、なにか恐れとか不安とか、そういうものが大量に入り混じった、とても頼りないものだった。


 俺はただなにも言えなくて、立っているしかできない。この空気の中、ひとつでも余計なことをすれば、なにか取り返しのつかないことが起こるんじゃないかと思って、怖くなる。でももしかしたら、それはもうとっくに起こっているのかもしれなかった。


 あの動画は蝶殺しの証拠だ。宗像の弱みだ。完全無欠、完璧で出来た男の、たったひとつの致命的な汚点。それを俺は知ってしまった。それなのに──なにひとつ嬉しくない。


 完全に黙ってしまった宗像に、父親が歪んだ表情を浮かべた。


「やはり狂人の息子は、狂人というわけか」


 嫌悪もあらわな口調。とたん、宗像がばっと顔を上げた。


「母さんは関係ない!」


 父親はまたそれか、とため息をつく。心底うんざりしたような顔だった。

 淡々とした、咎める言葉が滑りだす。


「おまえ、隠れて何度も静江に会ってるそうだな」

「……ッ!」


 今度こそ、宗像がはっきりと顔色を変えた。ちがう、と言う声は弱々しく震えていて、最後の抵抗、みたいな感じだった。父親が呆れたような息を吐く。


「看護師を問い詰めたらすぐ話してくれた。なんだったら、証言書を書かせてもいい」

「そうやって、すぐ他人を巻き込むの、やめろよ……」

「おまえも同じやり方をしたばかりだろう。三島くんをだしに使って」


 びく、と俺が身を強張らせる。たぶんあのときの、下手すぎる言い訳のことだ。

 違うのに、あれは俺が勝手に口出ししただけで、宗像はなにもしていないのに。

 そう思ったのに、口に出すことができない。俺は痩せた棒きれみたいに立っているしかできない。


「とにかく。おまえには失望した」

「……」

「なにもかも完璧にこなすから、父さんの満足するような人間をやってみせるから、着替えの差し入れだけは許してほしい。そう言われたから、ここまで譲歩してやったんだ。それを……親の期待を裏切って」


 宗像はうつむいて、震える声で、父さんの期待なんか知らない、と吐き出した。


「俺は、俺はただ、母さんに会いたくて……」

「だが、おまえは約束を破った。それも、二つも。だったら、わかっているな」

「……っ!」


 絶望的な顔をして、宗像がそろそろと面を上げる。

 父親はため息まじりに腕組みをすると、まるで宣告のように言った。


「約束を破った以上。もう二度と、おまえが静江に会うことはない」

「な──っ」


 宗像の表情が凍りつく。待ってくれ、と震えてよれた、掠れ声がこぼれ落ちる。

 そのすべてを完全に黙殺して、父親ははっ、と吐き捨てた。


「やっぱり、温情をかけたのが間違いだったか。何度も言っただろう、おまえのためを思ってのことだというのに」

「俺のため……?」


 宗像が、震えながら顔を上げる。そして、きっ、と目元を険しくした。叫び声。


「なにが俺のためだ、俺の発育に悪影響、ってなんだよ!? 父さんは母さんの語る言葉が怖いだけだろ!? でも、病人が語る物語に本気で巻き込まれるほど、俺だってもう子供じゃない!」


 悲痛な声の残響、それすら消えないうちに、宗像の父が怒鳴り返す。


「──だったらあの蝶はなんだ! おまえも母親の仲間だろうが!」

「ッ……!」


 それで宗像は完全に黙ってしまった。それは、とつぶやき、下を向く。

 宗像の父はふん、と鼻を鳴らし、いいか、と声を低くした。


「あれは知らないところに転院させる」

「え──待っ、待ってくれ!」

「今から私は病院に向かう。その足で手続きする。どこへ移すかは教えん。探し回っても無駄だ」

「な、そんな、待って、それだけは──」

「なにを言ってももう聞かん。おまえの嘘も言い訳も聞き飽きた」


 吐き捨てる声は残酷で、冷徹だった。絶望的な顔をして、宗像が必死に言いすがる。父の腕に取りすがり、頼む、と繰り返した。


「だったらせめて、一度だけでも顔を」

「駄目だ。おまえは来るな。転院の書類を覗き見でもされたらたまらんからな」

「じゃあ、声だけでいい、頼むから……!」

「ったく……いい加減にしろ!」


 掴まれた腕を激しく振り払って、父親は宗像の横をすり抜けていく。

 待ってくれ、と叫び声。振り返らない背中が、捨て台詞を最後にひとつ。


「いいか、狂ったふるまいは二度とするなよ。おまえを監視しているからな!」

「待っ……──」


 肩を怒らせ、宗像と良く似た大股で、父親が遠ざかっていく。

 愕然と立ち尽くす宗像のほうを、振り返ることすらしようとしない。

 父親が駅の方へ続く角を曲がって、その姿が完全に見えなくなったとき、


「……っ、……くそ……ッ……!」


 宗像がその場に崩れ落ちた。

 膝を付き、握った拳がだん、と地面を叩く。


 くそ、くそっ、と何度も叫んで、宗像の背はぶるぶる震えていた。

 ぱたぱたっ、と地面に水滴が落ちて、その場所の色を濃くしていく。

 初めて見る、痛ましいほどに感情を顕にした、宗像の姿だった。


 俺はそろそろと歩いて、宗像のすぐ傍に立った。斜め上からでも、少しだけ表情が見えた。

 泣き崩れ、歯を食いしばり、掠れた慟哭を絞り出す、宗像の顔。なにも飾り気のない、制御もひとつも効いていない、ただの生きた人間の。


 ああ、と思った。強烈な情動に胸が震えて、じいん、と切なくなる。


(なんて、きれいな──)


 内側に、あの流星が落ちてきた。

 圧倒的な質量のリアルが、火花を散らす音。ちかちかとまぶしくて、炎のように熱くて激しくて、俺をどうしようもなく惹きつける、あの情動。


 俺はその場に立ち尽くしたまま、肋骨のあいだ、心臓の奥、自分の中のいちばん深い場所が、ひどく震えるのを感じていた。


 ぎりぎりの縁で、暴力的な衝動に耐えるとき。うっすらとあのドアが開く。

 その隙間から覗いた宗像の中身、本当の心は、くらくらするほど強烈に俺を魅了した。


 宗像の、閉じたドアを開けた先に眠っていた、美しいもの。

 彼の本心、本質、なにも隠されていない、ありのままの一番、やわらかい場所。

 きっと剥き出しの魂が、今、目の前に投げ出されている。それがはっきり、わかった。


 今までに感じたことのないほど強烈な情動。

 身体中の産毛の先までじいんとしびれるような感覚に、震えながら耐える。


 ありとあらゆる感情がぐちゃぐちゃになって、宗像の瞳の上を次々と、現れては消えていく。

 美しい流星みたいなその推移を見つめながら、俺は自分の中を走り抜けていく、甘ったるい毒のような感覚を感じていた。


(俺は……、……)


 俺にはなにもない。

 誰の目にも映らず、空っぽの中身に知識だけを詰め込んで、不安定な足元の重心を、ようやく保っていられる、それだけの存在。


 誰も俺に気付かない。誰も俺の姿を映さない。

 見てくれると信じていた母だって、ほんとうは俺のことなど認識すらしていなかった。

 俺はただ一人で、半透明であいまいな、水みたいに無味無臭の世界を、ぼうっと歩くだけだった。

 

(でも、今、ここにあるものは)

 間違いなく、なにかとてもリアルで、切実で、真に迫った、本当の──

 

 宗像がえづくように何度か咳き込んで、ぐっ、と目元を拭った。

 ぐしゃぐしゃになった激情をなんとか、整えようとするそぶり。なにもかもが元に戻る気配。

 ああ、また一瞬が逃げてしまう。捕まえなきゃ。ずっとここにいなきゃ。



(お願いだから──今すぐ、時が止まればいい)



 心の底からそう願った。二度と動き出したくないと思った。

 もうどこへだって行きたくない、未来などひとしずくも欲しくはない。


 この瞬間を永遠にしたい、そう本当に思ってしまって、そして──ひたひたと足元に押し寄せる、良くない予感、それが一気に水かさを増し、俺をひといきに飲み込んだのが、わかった。


 俺を包む情動に完全に身を任せて、圧倒的なものに流される感覚に酔う。

 くらくらと蠱惑的な、悪い薬みたいな中毒の余韻が、俺の身体中をしびれさせる。ものすごく気持ちがいい。


 俺は情動の導くまま動いて、心が勝手にある方向へ引きずられていくのを、もはやまったく止める気にならなかった。

 泣き崩れる宗像の前にひざまずいて、ゆっくりと差し伸べた手、しびれるような感覚に任せて、口を開いて。



「なあ宗像、──……」




 ──たぶんこの瞬間、俺は本当に、悪魔に魂を売ったのだと思う。

 



 宗像が、俺の言葉に呆然と目を見開いて息を呑む。

 その音が、俺にはまるで、美しい天上の音楽みたいに感じられた。






 18歳未満のファウスト・前編

         ── 三島凪の契約 ──

               《了》


 

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