13.英雄はフクロウ列車に乗った
夜中の零時を過ぎて、少し遅れて担当のものがやってくる。梟は、担当のものから伝票を受け取ると、必要なものがそろっているかの確認を始めた。箱を覆っている黒い布をはらりとどければ、中にあるものは、種々雑多な、細かったり長かったり短かったり太かったりする、角ばった物体。いずれも土で汚れている。
梟は、伝票を見て、チェックをつけていく。慣れたもので、触らなくても形をぱっと見ただけで、もうどれがどれだか分かる。これが頭骨で、あっちが胸椎、これは腸骨。箱の中に手を入れて、下の方のものを上に出す。あった、あった。恥骨、骨盤、足、手の指骨――チェックをつける手を止めた。これはなんだ、と箱の中から、ひょいと持ち上げた。懐中電灯に照らして見えるのは、薄くて、アルファベットのUの字のような形をしている。あまり見たことがなかった。伝票を見て、舌骨か、と気付いて、チェックをつけた。それから、再び箱の中に手を伸ばし、細くて長い、椎骨がいくつも連なった物体を取り出す。尾骨のところに、チェックをつける。
地味な仕事だ、と嘲る人がいるかもしれない。馬鹿でもできると、鼻で嗤う人がいるかもしれない。それでも梟は、その仕事に誇りを持っていた。
おれは夜でもはっきりとものを見ることができる。夜でも眠くなることがない。むしろ夜こそおれの頭ははっきりと冴えわたる。だから、この仕事はおれにとっての天職。ほうほうと鳴く。
伝票をめくり、もう一つの、箱へと移った。箱にかぶさる布を、はらりとめくる。現れたのは、ごつごつしたいくつもの固形物。懐中電灯で照らして色を、形を確認する。こちらは種類ごとに袋に詰められているからまだチェックが簡単だ。金緑石、菫青石、紅玉、金鋼石、柘榴石、紅縞瑪瑙――慣れた手つきでチェックをつけていく。最後に、懐中電灯の光を強くし、箱の中をくまなく探し――あった。箱の隅に固まっていた。懐中電灯で照らすと、紫色の光が透き通るようだった。伝票の紫水晶の行にチェックをつける。
確認は終わった。梟は、黒い布をかぶせると、懐中電灯を所定の場所に戻して、移動した。
梟には守秘義務があるから、運んでいるものを誰かにべらべらと話すようなことはできない。これらが城の地下、奥深くに運ばれるということを知っている人はいても、こうして何を運んでいるかまで知っているのは梟くらいである。そして、梟はそこでは日夜、闇に紛れた人たちが、とんかんとんかんやっているらしいという噂を聞いた。これだけの材料を使って、いったい彼らは何を作っているというのか。こんな真夜中に、ひっそりと人知れず城まで運ばなければならないのはなぜなのか。梟には、守秘義務があるからだれかにきくことはできない。でも、答えはひとつしかないと思った。これらは、お面の材料であるに違いない。
梟はこれを、この秘密を、世紀の大発見のように考えた。なるほど。ということは、その材料を運ぶ自分の仕事は、この社会の最も重要な部分を支えているというわけだ。偉大なる秩序をつくりだす重要な橋渡しをしているというわけだ。お面は、人々に必要な能力を与えるものだ。人々の心に安寧を与えるものだ。つまり、この土地の平和の源はお面であって、だから、そのお面を作る一端を担っている自分の仕事はこれ以上になく崇高だと思った。
確かに自分の仕事は、ただの歯車になりきることかもしれない。真夜中の貨物列車の運転士など、馬鹿にされてしかるべき仕事かもしれない。しかし、自分が担っている歯車は、最も重要な歯車だった。
そういうわけで、梟は得意であった。自らの仕事に誇りを持っているのであった。この仕事の本当の意味を知らないやつには、どうとでも言わせておけばいい。貨物列車の運転手なんて、地味で陰気だって? そういう陰口をたたくやつらほど、ろくな仕事もしていないくせに。
チェックをつけ終えた梟は、操縦席へと移動する。それから、出発の時刻までしばらくの間、瞼を閉じる。大丈夫。出発時間になれば、自然と体が教えてくれる。それまで少しの間瞼を閉じて、視界を休める。つかの間の休息。
後ろの方で、ゴソと音がした気がした。梟は、瞼を開けた。念のため、振り返って荷物を見る。特に変わった様子はない。念のため、確認しに行こうか。首をぐるりと回して、後ろを向いたまま、少しの間考える。ふと、鼠がちょろちょろとレイルを横切るのが見えた。何だ、鼠か。梟は、首をぐるりと戻した。そろそろ出発の時間だな、とポケットから懐中時計を取り出した。零時からちょうど一時間が経った。出発時刻だ。梟は、レバーをひいた。ゴトリ、ゴトリ、と列車が動き出す。始めは緩慢に、しばらくして、ゴトリゴトリから、ゴトゴトへと調子を上げていく。最終的には、ゴゴゴゴゴゴゴになる。
ゴゴゴゴゴゴゴ、と暗闇の中駆けていく列車を運転するのはいい気持である。小さな部屋で、レバーを巧みに操りながらこの世界の歯車を回しているという感覚。味わったことのないものには分かるまい、と梟は闇の中、独りほくそ笑む。そうして、列車は暗い穴、奥深くへと吸い込まれていく。
貨物に紛れて、がさごそと動く音がした。ゴゴゴゴゴゴゴという音に紛れて、がさごとという音は打ち消される。黒い布の下、種々雑多な骨骨に紛れ、「やばい、この体勢はきつすぎる」と顔を真っ赤にしているものがいる。がさごそともがき、何とか首を落ち着けると、ふうと息をついた。正義は、その貨物列車の荷台に忍び込んでいた。
正義は、がたこと揺れる箱の中で骨骨に圧迫されつつも、じっと堪えていた。実際のところ、吐きそうだった。口元を手で覆い、今にも吐きそうという顔をしていた。臭い、汚い、恐ろしい。やけに揺れる。揺れるたびに、得体のしれない骨たちが、彼の頬に、脇腹に、腿に容赦なく食い込んでくる。「もう一つの石ころが詰まった箱の方に入ればよかったかな」と正義は思ったけれど、あそこはぎゅうぎゅうで入り込む余地がなかった。だから、仕方ない。耐えるしかない。正義はじっと耐えた。「あと何時間これが続くんだろう」と思う気持ちを噛み殺し、ひたすら耐えていた。
それにしても、と正義は思った。あの奇妙な運転士の首の曲がり具合はいったいなんだ。なにか貨物の中身をチェックしている時に、首があり得ない動きをしていた。顔が九〇度ことりと横に傾いた。かと思うとその首はずいっと後ろ向きに一八〇度も捻じれた。その捻じれた首の上には、真っ白な顔に、目だけが異様に爛爛と光るお面があった。そうして、その男は、貨物を調べては、しきりにホウホウと呟いていた。それを物影から見ていた正義は恐ろしさに震えた。あれはいったい何という化物だろう。なぜ貨物列車の運転士が、あんな化け物なのだろう。
ゴゴゴゴゴゴゴ、と列車は揺れる。自分は正しいことをしている、という気持ちが恐怖に凍えかけた正義を支えていた。日向かなめに会いに行く。かなめは城の地下に囚われている。自分は貨物に紛れて、かなめを救いに行く――
そう考えると、まるで自分は正義の味方のようだった。
思いだす。昔の、子供の頃の自分を思い出す。自分は昔から、正義感の強い男に憧れていた。幼いころは、純粋に正義の味方に憧れていた。鏡を見てポーズをとっても、恥ずかしいなんて言う気持ちは湧かなかった。鏡を見ることが恥ずかしくなったのはいつからだろう。眼鏡をかけた、ぽっちゃり気味の冴えない少年が見返していて、それを恥ずかしいと感じるようになったのはいつからだろう。それを見るたびに、『正義』という自分の名前と、現実の冴えない自分に恐ろしいほどの乖離を感じて、ぞっとしたのだ。
貨物列車はゴゴゴゴゴゴと音を立てて闇を抜ける。先のとがった骨が脇腹にあたって痛い。
漫画やゲームにばかり浸っていたのは、鏡が写しだす自分と向き合うのがいやだったからだ。そんな自分は、日向かなめに手を差し出したことから変わった。どうして変わったのかよく分からないけれど、外の世界が不思議と美しく、鮮やかに見えるようになったのだ。閉じていた目が――閉じていたことにさえ気づいていなかったものが――急にぱっと開いたのだ。だから、自分は――自分は日向さんにお礼を言わなければいけない。彼女からはお礼を言われたけれど、自分はまだお礼を言っていない。
正義は目をつむった。早く、目的地についてほしい、と願いつつ目をつむった。日向かなめは無事だろうか。手荒いことはされていないだろうか、と考えた。かなめは自分が現れたらどんな顔をするだろうか、と思った。歓迎してくれるだろうか。
正義は、小袋の中のあるものがつぶれないように大切に抱えた。その中には、『すなねこ』が与えてくれたいくつかの便利道具が入っている。なんでも、天狗などの城の厄介な者たちに会った時に、そいつらを撃退できるかもしれない道具だという。
そうした道具たちに紛れて、全く別の、あるものを入れている。可憐なようでいて、力強いあるもの。それは好きな人に思いを伝えるためのものだった。正義は、大切なそれをつぶさない様に、必死に小袋を守った。
列車は、穴の中をただひたすら走った。ゴゴゴゴゴゴゴという音をいつも通り響かせ、想定外のお荷物を抱えていることにはひたすら無頓着に、ただただ闇の中を走った。




