< 31 この世界に就任した神 十七柱目 08 冒険者ギルド誕生までのお話 07 >
< ブレナン視点 >
「どうなっているんだ?」
王都一の大商人を自認する俺を、脅かし始めた男、クレイトン。
奴から、奴の代名詞となった『クレイトン斡旋所』を奪ってやった。
これで俺の地位は安泰だ。はっはっはっ。
そう思っていた。
それなのに…。
クレイトンの奴から奪い、名前を変えた『冒険者斡旋所』。
その営業に関わって、すぐに問題が起きた。
資金を用意しても、すぐに消えてしまうのだ。
何度も。
黙ってそれを見ている訳にはいかない。
横領をしている者が必ず居るはずだ。
内部調査をすれば、すぐに発見できるだろう。
内部調査を指示しようとした。
「お待ちください。」
俺の右腕とも言えるグレンに止められた。
「他の商会の者が犯人かもしれません。いつもの様な内部調査だけでは十分な調査にならない恐れがあります。」
なるほど。グレンの言う通りだ。
「内部調査以外にも人を向かわせましょう。」
そうだな。
内部調査を指示し、それ以外にも、人を使って調査させた。
報告を受ける。
「冒険者をあちらこちらに派遣しています。」
「………。」
斡旋所なのだから当たり前だ。
だが、聞かされた人数がとても多くて驚いた。
「その中に、特に斡旋所と繋がりの深そうな者たちが居ました。」
怪しいな。そいつらが資金を横領して持ち出していたのだろう。
「そいつらを追って調べたのだろうな?」
「身分を明かして調べようとしましたが、怪しまれて抵抗されました。」
「余計に怪しいではないか。そいつらが犯人だったのだろう?」
「それが…、強すぎて手に負えませんでした。」
…無能がっ。
「ちゃんと調べてこい!」
そう言って追い出した。
グレンに言う。
「どうなっているんだ? 質が低過ぎないか?」
「斡旋所に人を取られ過ぎましたので、仕方が無く。」
「………。」
確かに、予想外に人を沢山取られたな。
急に沢山の人手が必要になったので、選んで送る余裕が無かった。
他の商会の者とも渡り合う必要があるので、優秀な者もかなり送らなければならなかった。
その影響が出ているのか…。
「クレイトンの商会の動きを監視させていた者たちを、戻されてはどうでしょう?」
そうだな。斡旋所を奪ったし、監視させておく意味は無いな。
「そうしよう。」
「はい。」
控えていた者がグレンに指示を受けて部屋を出ていった。
それと入れ違いに、ベイカーが報告に来た。
『冒険者斡旋所』の本店副店長に据えた男だ。
困った様な表情をしている。
何か問題が起きたのだろう。
「もの凄い勢いで素材が持ち込まれ、換金されています。」
「クレイトンの商会が在庫を放出しているのかもしれません。調べてください。」
ふ。奴がそういう動きをする事など、とっくに予測済みだ。
奴の商会にそんな動きは無かったし、そんな動きがあればベイカーに知らせている。
そのくらいの事、ベイカーも分かっているだろうに。
「そうとしか考えられないほど大量の素材が持ち込まれています。買い取り資金が尽きるほどです。信じられないかもしれませんが。」
「………。」
そんなバカな。
我々の把握していなかった倉庫が在ったのか?
奴のことだ。有り得る。
「分かった。調べさせる。」
「よろしくお願いいたします。」
グレンの指示を受けた男が走って行った。
「それと追加の資金をお願いします。買い取り資金が尽きそうです。」
「………。」
後手に回っていてはダメだ。
「素材の買い取りを一時停止させろ!」
「! …それは、止めた方がよろしいかと…。」
「…そうだな。」
奴の商会は買い取っていたのだ。素材をすべて。
奴より下に見られてはいけない。
奴より下に見られたくなどない。
こちらは五つの商会が手を組んでいるのだ。
失敗すれば、奴より遥か下に見られてしまう。
まだ、あれから10日しか経っていないのだ。
それに、あの店長が新たな商会に声を掛ける様な事態を招きたくない。
以前の契約から変えた部分が有る。それを他の商人たちに知られたくない。
奴の商会は、『すべての素材を買い取る。』という契約を結んでいた。
新しく結んだ契約では、『すべての』の一言を消した。
「契約の中にこの一言が在っては、複数の商会に買い取り価格を競わせることが出来ない。」と騙して。
奴の商会は、持ち込まれた素材をすべて買い取っていたという。
正気とは思えない。
我々にそんな事は出来ない。
持ち込まれた素材を、すべて買い取るなんて。
そう。正気とは思えない。
捌ける訳が無い。
だから、『すべての』の一言を消したのだ。
『奴の商会に出来ていた事が、我々には出来ない。』と、認めた事を知られたくない。
絶対に知られたくない。
俺が奴より下に居るなんて、認められない。
素材の買い取りを拒否する事は出来る。契約上は。
だが、したくはない。
それは、『奴に負けた。』と、宣言するのと同じ事なのだ。
「素材の買い取り価格を引き下げろ。」
それしか出来ない。
だから、そう指示した。
「はい。」
ベイカーを斡旋所に帰した。
ベイカーが戻って来た。
「素材の買い取り価格を引き下げます。明日から。」
その報告に、ムッとする。
何故、今日から出来ない?
「期間限定を条件にされました。20日間。その間に資金不足を解消しろと。それと、告知期間も1日必要だと。」
「ああ?」
「奴には退いてもらった方がいいでしょう。冒険者に肩入れし過ぎです。いずれ…、いえ、既に邪魔です。」
「………。」
考える。
邪魔だから排除する。
当然の事だ。
だが奴は、万が一失敗した時に、批判の矢面に立たせるのに使える。
クレイトンを裏切った主犯なのだから。
今はまだ、奴を切りたくはない。
成功する道筋が、ハッキリと見えてこないから。
万が一失敗した時に、我々の評価を下げない為に使える”駒”だから。
代わりの無い”駒”だから、安易に切り捨てたくはない。
それに、その20日間で成功する道筋を描けばいいだけだ。
そうだ。大丈夫だ。
「今回だけは、奴の言う通りにしておけ。次に資金不足の恐れが出た時は、買い取り価格をさらに引き下げろ。」
「はい。奴はどうしますか?」
「今はまだダメだ。使い道がある。邪魔だったとしても、裏切られる心配の無い”駒”だからな。」
「…はい。」
「他の奴らにも資金を出させる。それで保たせろ。」
「はい。」
他の商会の商会長たちと会った。
斡旋所の事を話し合う為に。
「それぞれ報告を受けていることと思うが、資金不足に陥っている。資金を出してくれ。」
………………。
皆、渋い顔をしている。
既にそれなりに出しているからな。金も人も。
皆、斡旋所を手に入れてから驚いた。
大量に金を使う事にも、大量に人を使う事にも。
………………。
皆、自分の見込みが甘かった事を、後悔している。
後悔してはいるが、まだたったの10日だ。
降りたくても、まだ降りれない。
独占状態なのだ。あの斡旋所は。
挽回の目が、きっと有るはずだ。
長い沈黙の後、事前の取り決め通り、商会の規模に応じた金額を出す事に、全員が同意した。
自分の商会に帰り、椅子に座って一息吐く。
あの斡旋所には手を焼かされている。
アレのお陰で、最近は落ち込む様な報告ばかりだ。
「はぁ。」
溜息を吐いて、『たまには良い報告を聞きたいものだ。』なんて考えてから、もう一度、溜息を吐いた。
「はぁ。」
「失礼します。倉庫を買う許可をお願いします。」
「ん? 倉庫? 何か仕入れる物なんか有ったか?」
「例の斡旋所です。買い取った素材の置き場が足りなくなりそうです。」
また、アレか…。
溜息を吐きたくなったが、グッと飲み込んだ。
「幸い、売りに出される予定の倉庫が在るそうです。この王都に。」
ほう。
「他の商会に嗅ぎ付かれる前に買ってしまいたいと思います。」
ふむ。
舟で大量の荷物が運べるこの王都だ。倉庫は有れば有るほど良い。
買っておいて損は無いだろう。
仮に要らなくなっても、すぐに買い手が見付かるしな。
どこの商会が手放すのかは知らないが、有効に使わせてもらおう。
「分かった。許可する。」
「ありがとうございます。」
部屋を出ていく部下を、ちょっとだけ上機嫌になりながら見送った。
ちょっとだけ上機嫌にはなったが、やはり考えてしまう。
あの斡旋所の事を。
あの斡旋所には手を焼いている。
成功する道筋が、未だにハッキリと見えて来ない。
独占状態だというのに。
間も無く、財務状況と今後の見込みの報告がまとまるはずだ。
支店が多くて少々手間取ったが、情報が揃いさえすれば成功させる道筋を見付けられるだろう。
この国で唯一無二の規模を持つ斡旋所だ。
どうとでもなるはずだ。
横領の調査結果と財務状況の報告を受けた。
先ず、横領の調査結果。
この調査には、かなりの日数が掛かった。
人も大勢使った。
だが、結果は芳しくなかった。
『横領している者は居なかった。』
その事実が分かった。
いや、事実が確認できたのだから、良い結果なのだろう。調査自体は。
だが、そうなると資金が凄い勢いで無くなっていく原因が分からない。
そんな訳がない。
横領が無かったなんて…。
「財務状況とも照らし合わせました。間違いありません。横領はありませんでした。」
財務状況の報告を受けた。
とんでもない事実が分かった。
冒険者を斡旋するこの組織は、とんでもなく金を使うという事が。
掛かる経費を聞いて、『誰かが横領してくれていた方が良かった。』と思った。
そんなおかしな事を考えた。
そして、そんなおかしな事を考えた自分に驚いた。
いや、そんな事はどうでもいい。
奴は、どうやって維持していたのだ?
これほどの経費が掛かる、この組織を。
いや、この規模の組織の維持はしていなかったな。
この規模になってすぐに、我々が手に入れたのだから。
我々は失敗したのか?
奴に持たせておけば、勝手に困窮したのか?
………………。
いや、そんな事は認められない。
そんな事を認めたら…、ただのバカになってしまうではないか。
あの斡旋所には、ずっと苦労させられている。
毎日毎日、あの斡旋所の話を聞かされる度に、溜息が出る。
「はぁ。」
渋い表情をする部下から報告を受けた。
その報告の中に嫌な名前が在った。
以前、買う許可を出した倉庫。
その倉庫の以前の持ち主が、奴の商会だった。
何度か別の商会に移されていたので見抜けなかった。
買ったのが小さい商会からだったから気付くの遅れた。
その小さな商会。
今では、そこそこの大きさの商会になっているのだそうだ。
奴の商会から多くの人員を受け入れて。
その人員の多くが、あの斡旋所で働いていた者たちらしい。
冒険者たちと付き合いが深いので、冒険者向けの商品を扱うらしい。
嫌な事に気が付いた。
なぜ、奴は倉庫を売りに出した?
なぜ、倉庫が空いた?
冒険者たちと付き合いが深い?
頭の中で、嫌な想像が組み上がった。
体が震える。
俺たちは、何の為に倉庫を買った?
あの斡旋所で買い取った素材を置く為だ。
………。
…繋がった。
繋がってしまった。
体が震える。
やられた。
やられた。
そうだったのか。
資金が尽きるほどの大量の素材。
奴らの持っていた素材を買わされていたのか。
くそう。
くそう。くそう! くそう!!
どうなっているんだ?!
警戒していたのに! 監視していたのに!!
なぜ、こうなったんだ?!
どうしてだ?!
分からない。
あれから、上手くいっていない。
あの斡旋所を奪ってから。
なぜだ? どうしてだ?
分からない。
分からない。
分からない。
どうなっているんだ?
分からない。




