玉藻稲荷&土鍋御飯・作【笑っておくれよダンデライアン】
不定期連載ですが、題材になっている作品の作家さんからは許可を頂いています。そんな訳で今夜も……再びレビュります。
彼はその店が好きだった。日本の街のどこにでもあるようなチェーン展開をしている居酒屋なのだが、彼はその店が好きだった。
しかし、チェーン展開をしている系列店自体は嫌いだった。理由は特に無い。ただ何となくチェーン展開ということ自体が無個性なイメージが有り、没個性を毛嫌いする彼には受け入れられなかったのだ。
そんな居酒屋なのだけど、店内は黒で統一感があり、しかしチェーン店の強味かメニューはやたらに安く、しかも種類が豊富……ドリンクもサワーが290円とお洒落な喫茶店のコーヒーよりも遥かに安価で、しかも然程不味くもない……そんな店だった。
「いやー、やっぱりハイボールがいいですね!!こう、何というかスカッとする!!て、言うのかなぁ~♪」
ジョッキに並々と注がれた薄琥珀色の霜降の液体を飲み干し、矢継ぎ早に揚げ物や焼き串を注文しているのは……彼ではなかった。
「そうだねぇー、ハイボール、旨いよねぇ。あ、コーンバターとハムエッグお願いします」
「でしょでしょ~?私ったらまだ酔ってないですからね!!マスター!ぼんじり二本、お願い!あとハイボールお代わりっ!!」
惚れ惚れするようなハイペースで飲み続け、そして暑いわぁ!!と言いながら胸元のボタンを一つ、また一つと外しつつピッチを上げ続けている、前回も登場した新人編集部員の秋山嬢である。
【秋山エルザ。某出版社新人編集部員。稲村某担当になったGカップ。別れた相手との写真はUSB保管しているが見直したりは決してしない】
……彼は秋山嬢に誘われて駅近くの居酒屋まで案内し、気がつけば打ち合わせの筈が只の飲み会に変貌していて、若干ドキドキしていた。
【稲村某。食う為に働き憩いを求めて小説に関わる。釣った魚はキャッチ&イートが基本。餌をやる?何それ美味しいの?】
上着を脱ぎ、白いシャツを限界ギリギリまではだけさせ、長い黒髪をキュッと纏めながら食べては飲み、飲んでは食べる秋山嬢は、酒飲みの稲村某から見てもかなりの……ザルだった。だが、そんな彼女の正面に座りながら恐る恐る付き合っている彼の鼻腔を刺激するのは……酒精の強い匂いと、そして彼女から放たれる本能を刺激する強烈なフェロモン含有の……まぁ、そんな素敵な良い薫りだった。
(……それにしても、仕事が重なって来るのが遅くなったし、明日は休みで帰るのが面倒だから今夜は宿を取ってお泊まりコースに決めました!だから呑みましょう取材費で!とか言っていたけれど……どうしてこうなった!?)
……しかし、だからこそ……彼の脳裡には小説バカの自分を見捨てずに共に暮らしてくれている、忍耐と諦め感が紙一重の妻(三次元嫁)の姿が浮かぶのである。
(……間違いなんて絶対に起こしてはイカン……でも、でも……)
「センセ!!そう!レビューれすよ!!忘れちゃっれらせんか!?」
「ひゃい!?……も、勿論ですよ!!あ、あはははは……」
突然舌が回らないままで仕事の話を始める彼女に、見えない手で叩かれたような錯覚を感じつつ、とりあえず決まっているレビューのタイトルを告げることにした。
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【人の数だけ物語が在るならば、星の数だけ又、物語が在る筈です。一人の少女が星の海で体験する短く、そして運命を左右する体験から始まる様々な人々の、様々な物語。
SFの形式を取って語られるのは、そんな心を掴む小さなお話の集まりです。しかし、そこに秘められた数々の煌めきは確実に貴方の心に沁み入りて拡がり、そして記憶野の根底へと拡散し読者の血肉となって意味を持つ筈です。
物語の力は、読者が体験したことのない事象でも、表現力次第で実体験に匹敵する記憶として残ること。
小説にはそんな可能性が有ります。挿絵も楽しい付加価値ですし、音声も時には良いエッセンスになります。
だが、本当に必要なのは読者の想像力、そしてそれを後押しする作者の創造力なのです。
このレビューを読んで、少しでもその可能性、そして小説の必要性を感じられたら……次にすることは、この宝石を大切に保存し、共感を感想欄へと書き記すべし。】(稲村某・レビュー文より)
「……ふ~む、センセってバカなことばっか書いてるイメージですが、それなりに考えて書けるんれすねぇー」
「……う、うん、ありがとうございます……って、相変わらず辛辣だねぇ……」
「そーれすか?まぁ、ちょこっとだけ飲んれますから……まぁ気にしてませんよ!!キャハハハハ♪」
(気にしてくださいよ、色々と……【大きめの方向け・ゆったりカップで包み込みながら寄せて楽々】が見えそうで見えないとか拷問ですから……)
「……で、なんでセンセはレビューなのに《○○の所が特によかったです!!》みたいな書き方しなかったんれすか?まさか全然読んれないのにレビューしたんれすかぁ?」
「んな訳ないでしょ?……ま、正直言って、レビュー時は三話位までしか読んでなくて、読んで直ぐに直感でレビュー文は書き上げたよ」
「ふーん、つまり……純粋な感想だけでも読者に訴えかけたかった……って感じれすか?」
「……そうだね。でも、強く感じたのは、往年の国内外SF小説に漂っていた《未来の舞台を借りた人生讃歌》の薫りだったんだよ。だからこそ、推したくなった訳さ」
「なるほろ……あ、ハイボール追加で!……でも、センセってこんな小説、あまり書いてる気はしませんが、苦手だったりはしないんれすか?」
「いや?そんなことはないよ。そもそもこーいう作品は大衆ウケが良くないみたいに思われてるけど、俺は好きだ……だからこそ貶す点なんて皆無だよ。ただ、この作品はたまーに《○○》みたいなルビミス(ルビを宛てる方法を間違えること)が見られるけど、その程度誰でもすることだし……」
レビュー文をタブレットで読みながら、ふんふんと相槌を打っていた彼女は、流れでその小説(第一話)を眼で追いつつ、ジョッキを空にしてお代わりを注文し、そして……、
「……センセ、私……何でか知らないけど……泣いちゃいそうなんですが……」
……酔いのせいか、眼鏡を外しながらおしぼりを目頭に当てていた。
(うおっ!……眼鏡外すと顔面偏差値が更に上がるとか……酔ってるせいでタレ目気味だからか?)
下世話なことを稲村は考えていたが、しかし若い彼女からそんな発言を聞いて内心では我が意を得たり、と喜んでいた。
「そう!……かなり短い話だったりしても、文章全体が醸し出す柔らかい雰囲気と、落ち着いた文体が重なり合って直接心に響くって言うのか……特に話の端々に偏在する優しさみたいなのが、物凄く心地好いんだよね」
「そうなんです!……だから、不意にキュンとしちゃうって言うか……あ、泣けちゃうかも、ってなっちゃうんれす!!」
「まぁ、俺は最近年齢的に涙脆くなってるのは自覚してるし、君もお酒入ってるから似たような感じかもしれないけど……でも、逆に言えば、だからこそ心に響くって二度美味しいことかもしれないよね?」
「二度……美味しい……れすか?」
「そう。一度読んでみて、ふーん、面白いね、と思って時間が経った時に改めて心境の違う時に読んでみて、感情の揺さぶられ方が変わったりするなら、何度も楽しめると思わないかい?」
「そうれすね!……落ち込んで元気になりたい時に読んで、すっごく感動れきたらサイコーじゃないれすか!!」
(……眼鏡掛けてもやっぱり可愛いよなぁ……なんでこんな娘が担当になったんだろうか?……俺、近いうちに殺されるんじゃなかろうか?ロシアの暗殺者とかに……)
「……センセ、ところで、この小説に出てくるユニバーサルスペースジャーナルって、何なんれすか?」
「……えっ!……そこなの!?……まぁ、いいや。ユニバーサルスペースジャーナルって言うのは、ざっくり言うと宇宙の様々な事件を取り上げる新聞社的な存在……って感じだね。データを配信する未来の会社、って位置付けだけど、設定では未来なのに記者がレトロな一眼レフ持ってたり、取材対象と結婚しちゃったり……かなりフリーダムな感じだね」
「ふむぅ……つまり、私みたいなもんれすか!!アハハハハハハハー♪」
「うん、そうだね。今は本気でそう思うよ……」
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「……それにしても、センセのもそーれすが、レビューしてるヒトに共通なのが《優しさがある》って評価なんれすよねぇ……作家さん女性みたいれすし……」
「俺以外のレビュアーさん達も作家さんも、たぶん同世代か同じ年代に出版されたSF小説を読んで来たんだと思うよ。科学万能の未来が舞台だろうと、結局は物語を紡ぎ出すのも書き表すのも人間で、それを読むのも人間だってことなんだよ。ちなみに俺は作者さんが女性だとしても、そうでなかったとしても評価に変化はないけどね」
「……ふにゃ?」
「ふにゃ?って返事?疑問符?……(反則過ぎだぞ……クッソ可愛過ぎ……)エフん、これは俺の持論なんだけど、たとえどんなにAIとかが進化して文章解読が神がかり的に進められるようになったとしても、読み手が小説を読んでどう感動するかは予測なんて出来ないって思うんだよ」
「そーれすか?だって売れてる作家さんの小説は、そこら辺を掴んで書いてるから売れてるんじゃないれすか?」
「うん、確かにそうした面もあるかもしれないけど、売れてる小説に共通しているのは、売る為に多大な投資も行われている所があったりするから、それは必ずしも正しくはない。つまり、時流を掴んで精緻なマーケティング戦略から弾き出された方針で決められた作風を選び、連続して販売やネット公開をしていくと……あーら不思議ミリオンセラー連発!ってね……しかし、俺はそーゆー小説は別に読みたくはないよ。姿の見えない誰かが、売る為に考えたデータを元にして並べた金太郎飴みたいな作品よりも、一個人が身を削って産み出した唯一無二の小説にエールを贈りたいし、そんな小説だからこそ読みたいんだよ」
「長々と喋りましたねぇー、まるで締めに入ったみたいじゃないれすか?」
「メタな茶々を入れなさんな……」
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居酒屋から歩いて五分の距離に有るビジネスホテル(カプセル形式らしい)まで、稲村某は秋山嬢を送っていくことにした。距離が距離だから心配はないのだが、やっぱり……一緒にいることは単純に楽しいからなのだ。
「センセ!今夜は色々と小説について教えてもらった気がしらすぅ~♪」
呂律の回らない秋山嬢の横で、様々な想いが複雑に絡み合い悶々としていた稲村某だったが、そんな彼女の何気無い言葉を聞いて憑き物が落ちたような気がした。
……エロ過ぎる肢体、しかも酔ったことによる普段とは別人のようなアンバランスな言葉使い……まともな男なら絶対にラッキーエッチを神に祈る筈の相手に、自分が大好きで大切にしたい物を少しでも理解してもらえたことで……レビューの根源を垣間見たような気がしたから、である。あと既にブラチラは頂きました。
「……まぁ、俺なんかより学の有る秋山さんにそう言って貰えれば嬉しいよ、レビューした甲斐があるってもんだ」
「そーれすか?私そんなに頭よくないれすけどね……じゃ、今夜はこれからダンレライロン読んでから寝まるぅ~♪」
「あ、そうなんだ……絶倫だねぇアハハハハ!……おやすみ……」
皆様の期待通り、ラッキーエッチは御座いませんでした。そして、作者様御免なさい稲村某は今日もお馬鹿なことを書いてます……。
稲村某の拙い文章で、一人でもこの作品に興味を持った方、そして昨今のなろう小説に飽きてきたあなた!!!そんな皆様にダンデライアンは最高のカンフル剤になります。保証します!!では次回は……「ぼくはおっぱいがもみたい」!!