02
ワインを一本、飲み干した頃、ようやくメレディスが復活した。テーブルに頬をくっつけたまま、ぶすっとした顔で手近なボトルを掴んで、そのまま呷っている。打ちつけた額が赤くなっているが、構わないのだろうか。
「殿下に一つ、いいことを教えてさしあげますよ」
じっとりした視線が絡みつく。目が据わっている。きっとろくでもないことを言い出すのだろう。
「要らん」
「どうして私の可愛いアイリーンが、あなたのようなくそ王子に惚れたのか気になっていたんですよ」
「黙れ」
「一目惚れだそうです」
「は?」
さてはこいつ、俺の話を聞く気がないな。急にさっぱりした顔をしやがって。
それはそうと、一目惚れ、という言葉は気になった。
初めて対面した場面でそんな気配はなかったし、アイリーンにそんな余裕はなかっただろう。
「聞けば、一目惚れだって言うんですよ」
やっていられない、とメレディスが新たなボトルを掴み呷る。……もうグラスは必要ないな。
「それは……アイリーンに騙されたんじゃないか」
「だとしても、一目惚れというのは愉快なので構いません」
あっはっは、と高笑いするメレディスはわかりやすく酔っている。水でも飲むようにがぶがぶ干すせいで、あっという間に出来上がってしまったらしい。
「一目惚れ、いいじゃないですか」
メレディスにとって都合のいい理由であるのなら、真偽はどうでもいいらしい。自分のことを可愛がり過ぎだろう、さすがに。
「良かったですね、殿下。顔だけは良くて。顔がいいおかげで、私の愛する妹に惚れてもらえたんですから。顔がいい男はお得だ」
殊更に『顔がいい』を強調しやがる。顔以外はまるで駄目だと、そういうことを言いたいのだろう。相変わらず俺のことが嫌い過ぎる。
「そうだな。この顔のおかげでお前から妹を奪えたと思えば、悪くない」
「……」
すさまじい顔だった。
憤怒で染めようとして失敗し、しかし絶望ばかりを塗るには不意打ちされた衝撃や言葉の破壊力への、やはり憤怒が邪魔をする。表情を決めかねたメレディスは中途半端に顔を歪め、そのまま凍りついた。
俺としても気持ちよく発した言葉ではないので、話題を広げてやる。
「実際、お前の目から見てどう思う。アイリーンは、俺のどこに惚れたんだ?」
途端に表情を決めたメレディスは憤怒で顔を塗り潰した。
「アイリーンに聞けばよろしいのでは?」
「俺の妻は嘘を吐くのが上手いんだ」
顔だと言うならそれでもいい。しかし真実であることが条件だ。嘘で『顔』と言われるのは気に食わん。
「おや、殿下はあの子の嘘をあばくのがお上手だと聞いておりましたが」
「骨が折れる」
抵抗が激しいのだ。
暴れるアイリーンを転がして遊んでいるうちに、そちらのほうが目的になることも多い。ハッとした時にはなぜじゃれていたのか思い出せないということも少なくない。
本人の口から直接聞きたいという気持ちより、手っ取り早く聞きたいという気持ちのほうが勝った。
「ふむ……。まあ、真実として、一目惚れというのも嘘ではないでしょう」
「……そうなのか」
「あの子は私を上回る猟犬です。アイリーンは、己の主を間違えませんよ」
「……」
なるほど、と。思ってしまったことに舌打つ。
なるほど、じゃねえんだよ。
「これだからカサンドラは……」
己を『犬』と扱うことに迷いがない。
「つまり、アイリーンの言う『一目惚れ』とは――」
「自分を正しく支配してくれるご主人さまを見つけて尻尾を振っている状態ですね」
「……」
そこまでの状態であってほしくはなかった。
手元に避難させていた、上等なワインのボトルを引っ掴む。グラスに注ぎさっと干して、……物足りずにボトルをそのまま呷る。やっていられない。
そんな俺を見たメレディスは、
「あっはっはっはっは! ざまあみやがってください!」
機嫌よく、腹を抱えて笑い転げている。今度は俺が歯軋りする番だった。




