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雪華9 加筆 (7/7)

夕方になってから、病室の扉が開くとそこには霧島さんが立っていた。

霧島さんって言おうとしたら唇の前に指を立てられ、《静かに》だって。


「ごめん。遅くなって。本当は椿の目が覚めた時には側にいたかったんだけど、ドラマや映画では出来ても現実はそこまで上手くは行かないね。君が眠っている間にお姉さん達が見舞いに来ていたよ。俺もしっかり殴られたがな」


茶目っ気たっぷりにウィンクしながら言って来る霧島さんの手を自分の頬に当て、これが夢じゃないんだと言うことを漸く実感した。

でも殴られたって言っても顔はいつもみたいに綺麗なままだ。恐らく腹に一発もの凄い蹴りを入れられたに違いない。思わず椿は霧島に合唱をした。

ああ愛しい人と甘い言葉で自分を酔わせ、抱きしめるこの人に椿は項まで真っ赤にさせながらぽつりと呟いた。


「ねえ、どうして名前を偽ったの?」


そう、警察の事情聴取で知ったのは、佐々木翼くんもだけど佐々木父も実際には存在しない架空の人間だった。

それを知った時の椿は自分が霧島にとって必要のない人間だったんだと打ちのめされた本音を漏らした。


将来を共に歩むと決めてからの霧島からの後だしじゃんけんみたいなやり方に、椿は力の入らない手でシーツを掴むと考えさせて欲しいと告げた。


「椿!!」


何でこの人はこんな哀しい表情ばかりするんだろう。綺麗な茶色の瞳が何も映さないガラスのように虚空を見つめてるように見える。

やっぱり私にはこの人が何を考え、何に怯えているかなんて分からない。

幼子がお気に入りの玩具を取り上げられそうになって泣き叫んでいるのと同じ様に椿を抱きしめている彼の手がさっきよりも強くなっていく。


痛いと身じろぎすると叱られた子犬のような目で見つめて来る。

この人ってばこんな表情も出来たんじゃない。


「すまない…君を危険な目に遭わせたくはなかったんだ」


その言葉を聞いて椿は無表情になった。

危険な目に遭わせたくないから、何も知らせないってそれって酷くない?じゃあ何、私は何も知らずにバカみたいに霧島さんの横で笑っていろと言ってるわけ?


考えてるだけでもムカムカして来た。


「私はそんなに弱い女ですか?そりゃあ、蘭姉と比べられたらネズミとライオンみたいなものです。もしかするとアリンコとライオンかもしれませんけど。でも!それでも、私は、事前に、あなたの口から、真実を、話して、欲し、かっ…」


今まで秘密にされてた事が悔しくて涙がボロボロこぼれてく。

霧島の腕の中から逃れるように暴れている椿は、なりふり構わず霧島の胸や肩を叩いた。


「ど、どうし、てわたわた、私とお見合い…した、の?」


声が震えてしまう。


ねえ、バカみたいにあなたとの結婚を考えていた私をからかって楽しかった? 

こんな事なら、出会わなきゃ良かった…。


「俺が君と見合いをしたのは、君が…俺以外の事で泣いていたから」


「私に同情したの?」


自分でも可愛くないって分かってる。でもこのもやもやした気持ちだけは彼にぶつけたかった。


「違う!君が泣いていいのは俺の前だけだ」


恥ずかしそうにそっぽを向いて言うなんて、五歳児かよ!

ってやっぱ運動会で明美先生にぶちまけた八つ当たりを盗み聞きしてたんだ。


「子供達のひまわりのように明るくいつも笑顔を絶やさない君が、泣いているのを見て護りたいと思ったんだ。君を啼かせていいのは俺だけだから」


普段の強気で子供達の味方の椿先生とは違った弱い面を見せられて、ぐらっと来たと言われても聞かされるこっち(本人)の身になって欲しいものだわ。

でも、何で私があなたに泣かせられなきゃならないのよ!(椿には霧島が言っている本当の意味を理解していません)


「じゃあ、翼くんのことなんだけど。翼くんは本当にあなたのお子さんなの?」


これだけは絶対に外せない。もし、翼くんが霧島さんの子供であってもなくても私はあの子を護りたい。だけど真実はきちんと踏まえて聞いておかないと。

ごくりと飲み込んだ唾は、格好良くそのまま食道に入らずに無情にも気管へと入って行った。


「!!」

「大丈夫か椿」

「だ、大丈夫…痛!!」

ゲホゲホと咳をする度射たれた傷に響く。何度もむせながらも真実を教えてと乞えば、霧島さんも腹をくくったようで教えてくれた。


「もし、そうだと言ったらどうする?」

「そうね、それでも私は構わない。だって翼くんは私の子になるから。私にとって翼くんが一番大事だもの」


椿の答えを聞いて霧島は安堵すると居住まいを整えた。


「君を選んで良かったよ。椿、よく聞いて欲しい。翼と俺は遺伝子上では甥と叔父だ」


遺伝子上ではってじゃあ他では何なの?


「翼は兄夫婦の子供だ。君も知っての通り私の名前は霧島で霧島財閥の嫡男だ。これはまだ翼が生まれる二年前だ。私にも年上の兄弟がいた。兄は次期霧島財閥を継ぐ物として厳しく育てられて来た。そんな兄が見初めたのは東雲渚と言う女性だった。彼女の清家も霧島と同じ資産家で二人は出会ってすぐに恋に落ちた。そんな兄の幸せを私はうらやんだ物だ。自分は政略結婚とはいえ、すでに恋愛しているのに自分は優秀な兄と比べられる価値もないほどの人間だと思わされたよ」


まただ。

どうしてそんなに哀しそうな顔をするの?

自分に自身のない子供の様だ。

心の中で小さく溜め息を吐いた椿は湿っぽい表情をしている彼の頬を引っ張った。


「どうして?あなたは素敵な人よ」


「君は私を知らないから…」


例え知らなくても、私だけはあなたがどれだけ優しくて素敵な人か知ってる。だから毎日言うわ。


「そうね、私が知っているあなたは人の心の傷を抉るのが上手な人だと言うこと。それから翼くんを目の中に入れても痛くないほど愛してるって事よ」


少し意地悪っぽく言えば、参ったとばかりに両手を少し上げて降参だと言って来た。


「椿…君って人は…」


吐息を吐くように紡ぎ出される霧島の甘い声に、椿の頬が赤く染まる。

大きな手が包み込むように椿の体を抱きしめる。

この人の手は大きくて暖かい。だから私も翼くんも安心出来るのに。それを知らないのかしら?


「兄達の幸せはそう長くは続かなかったんだ。リーマンショックで東雲家は身代を失うほどの大打撃を受けた。もちろん霧島家も少なからず傷は負った。東雲家ほどではないがな。東雲家は渚さんを残して車で谷底へと…。一家無理心中だったんだ。人と言う物は時に残酷になる生き物なんですよ。私の両親や親族達はこぞって渚さんを兄から離そうと画策してました。私は渚さんを両親や親族達から護るため、別荘に匿いました。

もうすでに、渚さんは彼女一人の体ではなかったんですよ。彼女のお腹の中には翼がいたんだ。産み月となった彼女は突き出たお腹をそれは愛おしそうに撫でていて、どうして自分の子ではないのだろうと笑顔の下で恨んだ事もありました。そんな私は椿、あなたが言う優しい人間なんでしょうか」


この人は本当に優しい人だ。自分が傷つかないようにわざと虚勢をはったり、敬語で他人を寄せ付けないようにしたり、今見たく自分の感情を抑えるためにわざと言葉遣いを丁寧にしたり。

どうして、あなたは自分をないがしろにするのかしらね。


「…優しいから傷つくんです」


椿の声にも霧島は薄く笑みを浮かべると違うと首を軽く横に振った。


「その頃、欧州で成果を出せず日本に連れ戻された私と入れ替わりに、兄が欧州に送られました。そして…あの日に悪夢は起こったんです。地下鉄爆弾テロに巻き込まれ、兄は生まれて来る子供を見る事なく死にました。私が殺したのだと親族達は影で囁いてましたよ。渚に兄の死を伝える前日に私はある希望を抱いたんです。もしかしたら渚さんは私の事を選んでくれるかもしれないと…。結果は彼女は倒れそのままベッドの人になりました。医者の話では生きる気力を失ったのだと。心が壊れたのだと…。翼は帝王切開で取り出されたんです。その後渚さんは兄の後を追うように息を引き取りました。

私は自分の未熟さで兄を死に追いやってしまったんだ…」


どうしてこの人ばかりが責められるような事になったんだろう。

全ては偶然に起こった物だったったのに…。


「そんな…ご自分を責めないでください」


当時霧島さん自身にも、将来の約束をしてた婚約者もいたけど、彼女とは馬が合わなく、婚約は白紙となり彼自身自分の罪の責任を負うために翼くんを養子に迎えた。


「私の両親はね、どこから情報を得たのか兄夫婦に忘れ形見がいることを突き止めたんです。私に出来る事は翼に私の両親や親族達の魔の手が及ぶ前に、翼と養子縁組をし本当の親子になることしか思い浮かばなかった。それがあの子にしてやれる唯一の罪滅ぼしだと思ったんだ。あの子から両親を奪ったのは私だ」


絞るような悲痛な声で自分と翼の過去を話してくれた霧島を椿は優しく抱き寄せた。

まだ顔は椿を見ていない。

霧島の頬を両手で押さえて自分の方に向かせると椿は天使のような笑顔で微笑んだ。


「あなたは、きちんと翼くんを愛してくれてたじゃないですか。翼くんもそれは知ってます。自分を許してあげて」


椿の言葉に軽く笑みを浮かべた霧島の頬に涙が伝って落ちてく。

全てあの時の君の言う通りだったんだよ。

そう呟いた霧島に椿はようを得ないとばかりに首を傾げた。


「私は君が思うような立派な人間ではないんだ。その証拠に翼を愛してなどいなかった。自分可愛さに罪を償う形で引き取っただけだったんだ。翼には母親が必要だと言うことで、翼には一切手を出さないと言う条件付きで一族が勧める女性と結婚した。そこには愛情などと言う甘い物はない、妻には付き合っていた恋人がいたが、よくあるある話だ。彼女の実家は製糸工場を営んでいたがこの不況の煽りをまともに受け、実家の屋敷さえも抵当に入っていたほどの困窮さ。彼女にあったのは血筋だけは末端とはいえ、宮家の血筋を引く事。そこに一族の琴線に触れたのだろう。人身御供のように私の前に差し出された妻と分かり合えるはずもなかった。彼女は私と結婚する前に婚約していた男と無理矢理引き裂かれて私の元に連れて来られたんだ。そんな男に心を開く女などいるわけない」



「そんな時に産業スパイが自分の会社にいる事をとある筋からの情報で知り、誰が産業スパイなのかを知るために、色々と大芝居を打ったがまさか浅田とはね」


それとは知らなかったと悔しそうに唇を噛み締めて言っているのを見て、そっと彼の唇を指でなぞった。


じゃあ、あの高飛車な社長令嬢は…と聞けば、もの凄く嫌な顔で建設会社の娘だと教えてくれた。

会社名を聞いてびっくり。だって結構有名な会社じゃないの!

でも、裏で色々とヤバい事に手を出しているらしく、近々そことは契約が終わり次第手を切ろうとしていた時に、今回の事が起こったんだと話してくれた。

お嬢様は霧島さんに惚れていたけど、何にも自分に対して行動を起こしてくれない霧島さんに痺れを切らしたお嬢様が、浅田さんに目をつけて彼に自分と霧島さんとの橋渡しをするように言いつけた。

だけど、上手く行かないものね。

浅田さんはお嬢様に横恋慕。でも企業の決定権は欲しいって事で、長男の息子だった翼くんを手名付ける事にしたけど、翼くんは嫌がって逃げるばかり。

そこで父と息子の時間を奪ってまで翼くんを懐柔しようとしても、上辺だけの愛情なんて子供にはすぐバレてしまう。

そんな時に私と霧島さんのお見合い話が出て来て、しかも纏まったとなればお嬢様は焦り出して、ついには未遂とはいえ誘拐監禁婦女暴行未遂で書類送検。

暫くはワイドショーを賑わらせてくれるだろう。


「椿…病院側にはすでに結婚していると伝えたが、良いだろうか?」

「??」


鈍臭い椿には?マークが頭の周りを飛び回っている。


「あ、あの…それは私が集中治療室に入っていて、面会が家族のみと言われてたから病院側に結婚していますって言ってたのでしょ?それは良いんじゃないですか?」


まあ、病院側としても病院内で何かあったら危険ですしねと椿は斜め上の思考で纏めている。


ぷぷぷ…


目を点にして椿を見つめている霧島の後ろから可愛い笑い声が聞こえて来た。

扉の方に注目するとそこには翼くんが笑いながら立っていた。


「お父さん、もっとはっきり言わないと椿先生は鈍感だから分からないんだよ!」


鈍感って…お子様の翼くんから言われたら、先生立つせないんですけど…。


「あ、あのね…翼くん…」


困った顔で翼を抱き寄せた。


「先生、ちょっと耳かして」

「うん」


椿の耳元で何やらこしょこしょと話している翼の顔は真剣そのもので段々と椿の顔色が真っ赤になって行く。

内緒話を終えた翼は椿に「僕、サンタさん信じてるから」そう言うとお付きの人と一緒に病室から出て行った。


「椿、翼は一体何を君に言ったんだ?」


今ここで言うの?! これって公開処刑なの?それともお仕置きなの?

なんで本人目の前にして言わなきゃならないなんて…。

言わなきゃダメですかと聞けば、ダメ〜と甘い声で返された。

清水の舞台から飛び降りる覚悟で言いましたとも。

その内容に霧島さんは目をパチクリさせてたけど、すぐに極上スマイルで私を蕩けさせた。



「今日は、クリスマスイブだ。早乙女先生、翼の一つ目の願いを叶えてやってはくれないですか? 私のためにも。翼のためにも」


そう言うと椿の前に跪き彼女の銀の髪を手に取った。


「早乙女椿さん…君の銀の髪もその瞳も最初から私の心をつかんで放さなかった。君に愛を乞いたくても、子供のように君を傷つけ泣かせる事しか出来かった私だが、どうか霧島椿になって欲しい。もう二度と君を泣かせる事はしない」


椿の手の上に銀の雫がぽたぽたと落ちて来る。

それはまるで雪の華のようにキラキラと光っていた。






次回ラストです。

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