私達は閑じゃない! 加筆(5/1)
私達は閑じゃない〜!!
幼稚園教諭は週末休みがあるからいいね〜なんて言う人もいるけど、これはウソ!
教育予定日誌に、週予定、月末は次の月の教育予定を考えて書かなきゃなんないんだよ。それに、保護者宛に書く毎月のクラス便りも書かなきゃなんない。
これが夕方五時で終わるのが目標なんだけど、いつも家にお持ち帰りって言うのが現実さ。今は幼稚園教諭六年目と言う事もあって、要領よくやれるようになったから、随分早く帰れるようになった。やっぱ、日々人間も進化するんだね〜。
だけどこの日は私に取って厄日だった。
居残り保育がこの聖南十字学院幼稚舎でも出来るようになって早、六年。最初は隔週または火曜日だけだったけど、それじゃあまだ足りないと言う子供達や保護者達の声もあって、その次の年からは毎週火曜日と木曜日の週二回となって、ついに一昨年からは水曜日以外は全て居残り保育となった。
幼稚園下校後三時間の居残り保育が組まれるようになりました。もちろん料金は取りますよ。だって、有料ですからね。
一回につき五百円と言う良心価格は働くお母様達にとってはありがたいらしく、居残り保育の時は子供達で賑わっています。
居残り保育予定日の前日までに現金で支払ってもらっています。このお金には、おやつ込みで子供達はみんなと同じおやつを頬張りながら、楽しく遊んだり、担当の先生から絵本を読んでもらったりと子供達も満足してるみたいだしね。
たまに、食物アレルギーでおやつを食べれない子供達に対しては、持ち込みでおやつを持って来てもらうようにしているけど、今の所はないみたい。
ただね〜。この居残り保育を勘違いしているお母さん達がいらっしゃるので、働いている側としては本気で困っています。
何が困っているのかって?
マズ第一に、この居残り保育は有料であって、居酒屋とかスナックではないのでツケは出来ない。それにも関わらず、今度払うからと言って全く居残り保育料を支払わない保護者がいる。居残り保育は一回につき四百円。普通のデーケアよりも安いんです。なのに払わないどうして? 払わない保護者ほど、全身ブランド物の洋服で固めてたりするから、ちゃんちゃらおかしい。そんなのにお金を払うくらいなら、子供のために使って下さい!
そして第二に、子供を迎えに来たら、即帰って下さい。いつまでも園で他のお母様達とおしゃべりに花を咲かせられると、戸締まりの時間になってもこちらは帰れません。初任の時はなかなかお母様達に注意出来ずに、結局小一時間のサービス残業をしてしまったと言う初々しい時代もあったけど、今はもうちゃんと言いますよ。
「お母様方、そろそろ幼稚園を閉める時間となりましたので、お帰りください」
そう言えば殆どの人が「ああ…そうだったわね。ごめんなさい」なんて言って帰ってくれるけど、なかなか帰らない強者も中にはいるのよね。
「あら、そう?」
その一言ですませて、また喋りだす保護者もいる。私は密かにこの人をママゴンと呼んでいる。
第三、居残り保育のお迎え時間を守らない。
これは第二よりも質が悪い。
第二の迎えに来ても帰ろうとしないのも困ったちゃんなのだが、それでもお母さん達はきちんと子供達を迎えに来てくれているから、ますは良しとしよう。
だが、この第三のお迎え時間を守らないのは、本当に困る。
考えても見て欲しい。いくら体力が有り余っている幼児でも、幼稚園終了+居残り保育三時間=合計九時間もの間、ずっと動き回っているのよ。
眠い、ママ〜お腹すいた〜とぐずりだす。
そりゃあ、大人だって朝からずっと働いていたら、疲れるもの。子供の場合はもっとです。大体、合計九時間お子さんを預かっているのに、なかなか迎えに来ない保護者ってどうよ。
そう言う人には次は必ずお断りしているのだが、そんな人に限って、園長に泣きついて来る。全く現場側の人間になってみてよね〜!!
あなた達が迎えに来るまで、こっちはサービス残業なんだから!
と言うことで、コレまであげたような事をやって来た親御さんには預かり保育をお願いされても断れる事になった。
最初は文句タラタラだったけど、副園長の古藤先生に代わってもらって、今までの料金を支払ってもらっていないので出来ませんとぴしゃりと言われれば、何も言えな〜い。
それ以来、預かり保育は平和になった。
そう、前に言ったように、この日は私にとって厄日だった。同じ年中組担任の月島真衣先生が法事でお休みだったので、本来ならば今日は予定になかった私が居残り保育の担当になった。
副園長の古藤先生とペアになって十数人の子供達におやつを配ったり、絵本の読み聞かせをしたりして、この日も無事に過ぎるだろうと思っていた矢先、古藤先生の息子さんからの電話でご主人が倒れたと聞いた古藤先生は急遽帰宅することになった。
本当にごめんなさいねと古藤先生に何度も謝られたけど、そんな事よりも私は先生に無事に家に帰ってご主人の側にいてあげて下さいと笑顔で見送った。
この日は火曜日だから、明日から一週間ほど古藤先生には休暇を取っていただこうと決心し、すぐに園長に連絡を入れると園長も古藤先生のご主人の病気の事を心配されていたので、「私から古藤先生には一週間の休暇を取っていただくように口添えしておきましょう」と口添えしてもらえたから、こちらとしても助かった。
五時半。この時間ですでに二人を残してほぼ全員が帰っていたから、大丈夫だとこの時の私は高を括っていた。
一人はいつも時間を守らないお母さんだが、そろそろ慌てたように駆け込んで来るだろう。
ちらりと時計を見ると「す、す、すみません!!遅れました 田中雪都の母です」息も絶え絶えに暴走チャリで園庭に突っ込んで来た。
「!!」
雪都君のお母さんの頭には木の枝やら葉っぱが着いてる。椿も一緒になってそれを一枚一枚払い落とした。
「……お、雪都君のお母さん、大丈夫ですか? 雪都君呼んできますね。雪都君〜、お母さんがお見えになったわよ〜」
それまで砂場でお友達の翼君と遊んでいた雪都君は、お母さんの顔を見て天使がほころぶような笑顔を見せるとお母さんに向かって一直線に走って行く。
あ…忘れてたけど、この親子は劇場型親子だった…。何かと凄く動作が大きいのが特徴だ。
げほっ!!
痛そう〜、絶対股間直撃だよ。
雪都君も母親譲りの暴走列車ぶりをみせ、一直線にそのままお母さんの身体にダイブ!! つまり体当たりしてました。五歳児の身長って大人の股間くらいの高さなんですよね〜。
ありゃ〜結構痛かっただろうな…。それでも笑顔の雪都君のお母さんは素晴らしいな。
(私もあんなパワフルなママになれたらいいのに…って相手もないのにな…)
雪都君は元気一杯手を振って、「バイバ◯きーん」と笑顔でさよならです。
お母さんの方は何度も頭を下げて、雪都君は嬉しそうにママチャリの後部座席に乗って行きました。行きとは違って、雪都君のお母さんも安全運転とは流石に言えませんが、颯爽とチャリに乗って行きました。
すぐに猫の鳴き声が聞こえたのは気のせいだと思いたいです。
後は、一人だけです。この時すでに時刻は六時過ぎ。一体、佐々木 翼君のお母さんは何してらっしゃるのでしょうか?
事故にでも遭われていないと良いんですが…そう思いながらも、翼君に某人気アニメのビデオを見せながら、私は横でこの日の日誌と次の週の週誌の製作をしていた。
それもすぐに終わり、溜まっていた子供達の記録に目を通す頃には、外はとっぷり日が暮れていた。部屋の時計を見ればもう六時過ぎだ。
「椿先生〜僕お腹空いた〜」
確かに、そりゃそうだ。私もお腹すいたもん。じゃあ職員室にでも行ってみるか、そう思って翼君を連れて職員室へと向かった。さすがに誰もいない夜の職員室はちょっと不気味である。幽霊やUFOの存在自体を否定する私でも怖い物は怖い。だけど、背に腹は代えられないのよね。ってことで、冷蔵庫にあった古藤先生からの差し入れのサンドウィッチを翼君と二人で美味しく食べました。
「翼君、お母さん遅いね…。どうしたのかな?」
「あ、あのね…僕のお母さん出て行っちゃったの…」
翼くんの小さな肩が震えてるのを見て、椿は翼を抱きしめる。




