No.じゅーいち
「ねぇねぇ聖ちゃん。」
「はい、何でしょう?」
「しりとりしよ。」
「………」
授業を開始して15分。
早くも集中力が切れた瀬崎君から、そんな提案を持ちかけられた。
「じゃあ俺からね。しりとり。」
「……りす。」
「好きで好きでたまらない。」
「ちょっとたんま。」
「どしたの?」
「文章ってありですか?」
「ノープロブレム。」
「……さいですか。」
「はい聖ちゃん。【い】だよ【い】」
これは高校での生活風景にふさわしいのだろうか?
そう疑問を抱きながら、私は言葉を続けた。
「い……イノシシ。」
「心臓が締め付けられるような愛おしさ。」
「……さかな。」
「何をしていても君が頭から離れない。」
「……いい加減にしましょう。」
「後ろ姿を今日も目で追う。」
「うっとうしい。」
「いつまでも君を思ってるよ。」
「よーし、終わろうか。」
「可愛いよ聖ちゃん。」
「はい、瀬崎君"ん"がついたからアウトー。」
「あ、本当だ。」
「それより、瀬崎君がそんなキザな男だったなんて知らなかった。」
「侵害だなぁ……聖ちゃんへの想いを素直に言葉にしただけなのに。」
「聞いてるこっちの身にもなって下さいよ。こそばゆくて仕方がない。」
「それはそれは光栄です。」
「………?」
また話に食い違いが出来たようだ。
とりあえず会話を終了して前を向いた。
あー、暑い……
顔の赤色化も、体温上昇も、何もかも瀬崎君のせいだ。
…………………………
やっとの事で午前の授業が終わり、待ちに待ったランチタイムがきた。
「では聖ちゃん、購買に行って参ります。」
「あ、ちょっと待って……」
購買へ向かおうとしている瀬崎君を呼び止め、私は急いで鞄から二人分のお弁当を出した。
「それは……?」
「瀬崎君の分。」
「作ったの?聖ちゃんが?」
「うん。毎日購買のパンだけじゃ、体に悪いし。」
「聖ちゃん……」
瀬崎君は目をうるうるさせ、嬉しそうな顔でこちらを見ている。
「それじゃ、食べましょうか。」
「うん!」
二人で向かい合わせの席に着いて、一緒にいただきますをした。
「あ、ちょっと待って。」
「……どうしたの?」
ちょうどお弁当箱の蓋に手をかけたところで、瀬崎君に呼び止められた。
「場所移動しよう。」
「え?何で?」
「サナダムシが来ちゃう。」
「……あぁ。」
東雲佳哉の事か……
せっかく出したお弁当を再び包みに戻す。
私もあんな奴に邪魔されるなんてごめんだ。
「聖ちゃん、早く行こ。」
「うん。でもどこへ?」
「どこがいい?」
どこがいいって言われても……
「……屋上?」
「こんな真夏の猛暑日にコンクリートの上で日光に当たりながらご飯を食べるんだ。」
「………」
「どこがいい?」
「…………図書室?」
「そこにしよう。」
今一つ分かった事がある。
瀬崎君の笑顔の圧力は恐ろしい……
瀬崎君の毒舌発言に驚きながらも、お弁当をもって図書室へと向かった。
ーガラガラッ……
「あれ、以外と誰もいない……」
暗くて人っ子一人いないのに、クーラーは何故か起動していた。
「本当だ、らっきー。」
瀬崎君はそういって近くの机に着くと、うーんと伸びをした。
私も続いて向かいに座る。
「よし、じゃあ改めて、いただきまーす。」
「いただきます。」
お互い同時にお弁当箱を開く。
「うわぁおおおう、美味しそう!!」
「お、雄叫び?」
予想以上のオーバーリアクションに呆気に取られてしまう。
「どれから食べようかな……卵焼き、いや唐揚げもいいな……」
「そんな悩まなくてもお弁当は逃げませんよ。」
おかずなんかで悩んでしまう瀬崎君を見ていると、思わず頬が緩んでしまう。
【東雲佳哉side】
その頃ーー……
「聖ちゃーん、お昼トゥギャザーしよ……って、いないし。」
突然ズカズカと教室に入ってきた青年Sは、目的の人物がいないと気付き足を止める。
「ねーねー、聖ちゃんは?」
「あー、何か瀬崎君と一緒に出てったよ。二人共お弁当持ってたからお昼じゃない?」
「ふーん。」
お弁当ねぇ……
面白くない。
今ので高ぶっていた気持ちが一気に冷めた。
「ねぇねぇ、じゃああたし達と一緒にご飯食べようよ。」
「そーだよ。最近佳哉と話してなくてさみしかったんだぁ。」
そう言いながらギャルっぽい女子が自分に近付いてくる。
「あー、いーや。」
「「え?」」
拒否された事が以外だったらしく、女子達は口をポカンと開けて固まっている。
そりゃそうだ。
いつもの自分だったら「いーよぉ、俺も君らと話したいな♪」ぐらいのノリでOKしている筈だ。
それだけ言うと、俺は目の前の女子を通り抜けて視界に入った席へと向かった。
本当に最近は女子というものに興味がない。
あ、だからって聖ちゃんが女子じゃない訳じゃないけど。
なんていうか、前までは女の子そのものが好きだった。
なのに、今は一人を除くその他の女子は本当にその他っていう気しかしない。
本当、自分の気まぐれさに呆れるわ。
そうこうしているうちに、聖ちゃんの席の前まで来ていた。
そのまま椅子を引いてそこに座る。
冷たくなった表面から、結構前にここを出て行った事が分かる。
「……ふーん。」
沸いてくる感情は瀬崎への妬ましさと聖ちゃんへの愛おしさ。
ああ、成る程。
これが本格的な恋ってやつね。
…………………………
「「ご馳走様でした。」」
二人で一緒に手を合わせてそう言う。
手元には空っぽのお弁当が二つ。
それを見るだけで、なんだか頬が緩んでしまう。
「美味しかったよ、聖ちゃん。」
「そ、そう?ありがとう……」
「毎日朝昼晩聖ちゃんのご飯が食べたいな。」
「っ……!?」
なっ……なっ……
今のは、下手したら"プロポーズ"という部類に入ってしまいますよ瀬崎君。
「久しぶりに手作りの物食べたなぁ。」
「そうなの?瀬崎君、家ではいつも何食べてるの?」
「んー……、カップラーメンとかレトルト食品が多いかな。」
「……添加物のオンパレードじゃないですか。」
「まぁ、味は悪くないし、手軽に食べれるから結構いけるよ?」
「いけません。瀬崎君、これからは毎日私が弁当作ってくるから。」
「え、本当!?やったー!!」
そんな不健康な生活を野放しにして置くわけにはいきません。
せめてお昼だけでも健康な物を食べさせなくては……
瀬崎君の為に、私は何かをかたく誓った。
「それじゃあ戻ろっか。」
「まだ帰りたくないな……せっかく聖ちゃんと二人きりなんだし。
「だめですよ、もうすぐ予鈴なっちゃうし。」
「一緒にサボラーになろう。」
「一人でどうぞ。ではでは。」
「あ、嘘です、待ってっ……」
机にのべーっとしている瀬崎君を置いて廊下に出た。
でも数秒もしないうちに追い付かれちゃうんですよね。
まぁ、早いこと早いこと。
「ところで聖氏。」
「……はい。(聖氏?)」
「右手がお暇なんですよね。」
「はい。」
「相手してくれませんか?」
「……はい?」
思わず止まって彼の方を向くと、目の前に大きな手が差し出された。
「寂しがってるみたいなんですよ。」
「はぁ……」
「ね?」
「(何が"ね?"なんだ……)」
返事を返せずにいると、目の前の大きな手ががしっと私の手を掴んだ。
「タイムオーバー。ってことで強制です。」
「えっ…ちょ……」
手を握られて、くいっと前に引っ張られる。
さっきまで私が前を歩いていたのに、何時の間にか形勢逆転していた。
だから言ったでしょ?
早いこと早いこと。
「ストレートに言ってくれればいいのに……」
「と言いながらも、本当は意味分かってたでしょ?」
「さぁ。」
「ははっ、ストレートに言ってくれればいいのに。」
あぁ、今思うと……
今この時この瞬間が、私にとっての"幸せ"なんだな。
手の平から伝わる熱が、心まで包み込んでくれている気がした。