12 ヴェルデホーン・スタッグ
またも山の夜。
焚き火の明かりが、木々の影を揺らしながら揺らめいている。一座が持ち寄った野菜と、エレノア側が提供した乾いた肉を使い、俺がミネストローネを作ることにした。
地球産のコンソメスープの素もしれっと使って、トマトの酸味と野菜の甘みが溶け合ったスープが鍋の中でゆっくりと煮立つ。
香草の香りが夜気に混じり、騎士たちも思わず鍋の方を向いた。
エレノアは丁寧にスプーンを口に運び、目を細めた。
「美味しい」
「お口に合って良かったです」
焚き火を挟んで俺たちは楽しく食事をしていた。
しかもエレノア嬢は俺の声が耳に心地良いと言って、隣に来てと言って側に置いてる。ずいぶん気さくでおおらかな貴族様である。
「それにしても、リオ、山の中でこんなに新鮮なトマトはどうしてでてくるの?」
エレノアが俺の作ったミネストローネを食べつつ己の疑問を口にした。
「失礼ながら、お嬢様はマジックバッグの存在はご存知ありませんか? 見た目よりずっと沢山入る魔法のカバンです。あれに予め買っていた食材を入れております」
貴族なら当然持っていてもおかしくないが、実は貧乏な貴族なのかな? と俺は不思議に思った。
「ああ! そういえば、うちにもそれ、あったわ。でも、恥ずかしながら今回の嫁入りの持参金の為に色んな物を売ったから……そのせいで今はないのよ」
かなり赤裸々にぶっちゃけたな。侍女がこちらを睨んでる。ごめんて!
しかしお嬢様側はもう失う物はないかと言うかのようにあっさり話してくれた。
「ああ、持参金ですか、大変ですね」
「しかもうちの領地、日照りや大雨で大打撃を受けた事があって、その時に援助してくれたのが、今から私が嫁ぐ家で……」
侍女が向こうで顔を両手で覆ってる。
お嬢様、内情ぶっちゃけスギィ!とでも思ってることだろう。
「ああ、御恩がある家なのですね」
もしや、恩のあるところだから、めちゃくちゃ年上の男の元に嫁ぐとかのパターンか? エレノアの年齢は17か18歳くらいに見えるが、相手はいくつなのか
「ええ、とても恩があるの」
「差し支えなければ御相手様の年齢を伺っても?」
「あちらは先妻が産褥で亡くなっていて、再婚で33歳よ」
おっふ。結構年齢に開きがあるな。でも40代よりは若いし、まだまだ動ける年齢だな。
「なるほど、でも男は30歳からですよ、20歳とかまだまだ若造ですから」
雑な慰めをする俺。
「あなたはまだずっと若いでしょうに」
エレノアが無邪気にくすくすと笑った。確かに俺の今の年齢は12の小僧だ。20歳などまだまだ若僧と言うのはおかしい。
「あはは、そうでした」
「ふふ、変わった子ね」
この後、なにかの獣の鳴き声がした。
「あの鳴き声は鹿じゃないか?」
座長がそう言ったが、騎士の一人が叫んだ。
「警戒しろ! 普通の鹿とは限らない!」
焚き火の明かりが揺れた次の瞬間、木々を割り裂くように巨大な影が躍り出た。
緑色に発光する角をもつ鹿!
そいつはヴェルデホーン・スタッグだとすぐわかった。かつて魔獣図鑑で見た事があったので。
やつの目が赤く光った時、ブーメランを手にしたうちの団員が素早く動いた。
「うりゃ!」
ブーメランが魔獣の前脚の関節付近を掠める。
硬い蹄が地面を捉え損ない、巨大な体がバランスを崩した。
「今だ!」
叫んだ騎士たちがその隙を逃さず、一斉に斬り込む。剣が肉を裂き、槍が急所を突く。短い、激しい音の応酬の後、魔獣の巨体が、どさりと地面に沈んだ。沈黙が戻る。
鮮やかなお手並みに俺は思わず拍手した。
「ヴェルデホーン・スタッグですね。その名の通り、夜に緑色に光る角を持つ魔獣です。ちなみに食べられます」
俺が簡単に説明すると、
「聞いた? 食べられるそうよ、お前達、解体してちょうだい」
令嬢が騎士達に向かって指示したら、彼等はすぐに動いた。
「かしこまりました」
騎士たちが思いの外慣れた手つきでロープを使い、木に吊るして解体していく。
「そいつの魔核と角はなかなかよい値で売れますよ」
ついでにお節介ながら、俺は騎士と令嬢に教えた。
「ありがとう、優しい子ね。でも最初に足を狙ってくれた人がいたでしょう、美味しい食事も振る舞ってくれてるし、角の片方はそちらにあげるわ」
「ありがとうございます!」
座長が嬉しげに頭を下げてお礼を言った。
鹿肉は赤く、脂が乗っている。俺はそれを見て、 マジックバッグから調味料を取り出す。
塩、黒胡椒、タイム、ローズマリー、そして少量の赤ワインとバター。
「……新鮮ないい肉だ。しかし今夜は既にミネストローネを食べた事ですし、この鹿肉は明日の朝食にするとしますか、下ごしらえはやっておきます」
「ありがとう、お願い」
俺は手際よく肉を切り分け、塩と胡椒で下味をつけ、ハーブを揉み込む。
そして令嬢の冷却魔法で、冷やした魔導ツボに、一晩漬け込んでおく。
翌朝、鳥の囀りの中、目覚めた俺は調理開始。
鉄板の上でバターを溶かし、表面を高温で焼き固めてから、じっくりと火を通していく。
赤ワインを加えて煮詰め、簡単なソースを作る。
香ばしい焼き肉の匂いが、朝の山気に広がった。騎士たちも、一座の面々も、自然と集まってくる。
最初に一口を運んだエレノアが、そっと目を伏せた。
「……これは」
彼女は言葉を探すようにしてから、小さく笑った。
「魔獣とは思えないくらい、繊細で奥深い味わい、肉も臭みがないし、柔らかいわね」
俺は鍋をかき混ぜながら、
「魔獣の肉でも、きちんと扱えば美味いもんも多いですよ。それに」
俺は視線を上げ、朝の光に照らされた威風堂々とした騎士達を見た。やっぱ騎士ってかっこいいな。
「臭みがないのは騎士様達の血抜き作業も手早く丁寧でしたから」
俺がそう褒めると踊り子のマリンも、
「確かにとどめの連携攻撃といい、解体といい、手早く、いい腕だったわ、さすがね!」
と、讃えて、騎士達がそれを受けて微笑んだ。
美人に褒められて嬉しいらしい。
俺は騎士達におかわりの碗を差し出し、彼等も笑顔で受け取った。




