表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/80

法華三部経

病室は重い空気が続いていた。

澄子の安らかな顔が薄暗い病室のベッドに横たわっている。

そこで智真の母である百子が澄子の手の上に智真の手を置いた。


挿絵(By みてみん)


すると光が差し込み、病室の中を瞬く間に包み込んだ。

まるで太陽そのものが部屋の中に降り注ぐように、眩しく、温かく、そして神秘的な力を感じさせる。

その光は不思議なことに、誰も傷つけることなく、ただ穏やかな暖かさを与えていた。

澄子の体がほんの少しだけ浮かび上がったかのように見え、その肌は柔らかな光に包まれ、何か未知の力に導かれるような感覚が漂う。


澄子は深い眠りのように、まるでどこか遠くの世界にいるかのようだ。

しかし、智真の家族や僧侶たちにとって、その静けさは不安で溢れていたが、最蔵の目の奥にはわずかな希望の光が宿っていた。

澄子を愛する気持ちが、何もかもを超えて支えていた。

今は自分が澄子を守らなければならない。

その思いが、胸をいっぱいにしている。


その横には、住職の桂之助が立っている。

澄子の顔をじっと見守り、涙を流しながら澄子が目覚めるのを待っていた。

かつて澄子に、"生きる力"を言葉ではなく行動で教えた一番の存在だったが、今その教えがどれだけ澄子に届いているのか、ただ心配でたまらない。


部屋の中央には、僧侶たちが並び、静かに見守っている。

澄子が迷う世界にいることを感じ取った僧侶たちは、澄子の魂を元の世界に戻すために、真言を捧げ続けていた。

僧侶たちの合掌する手が、揃って波のように揺れ、病室に微かな音を奏でる。

部屋全体に、僧侶たちの祈りが静かに響き渡り、その音色がまるで澄子の魂を呼び戻すかのように感じた。


窓の外では、既に暗くなっており、夜の帳が静かに降り、病室の明かりとともに空の星々が顔をのぞかせていた。

月明かりが部屋に差し込み、澄子の顔をやわらかく照らしている。

どこか遠くから、澄子が見ている世界がぼんやりと浮かんでくるように、皆それぞれ心の中で、澄子が目を覚まし、この世界に戻ってきてくれることを信じて、祈り続けた。


その時、澄子の顔に少しの変化が見えた。

まるで何かを感じ取ったかのように、澄子のまぶたがわずかに動き、唇が小さく震える。

その場に居た皆の目が、澄子に集中する。

医師たちは心臓マッサージを開始した。


『澄子さん…』


最蔵が静かに呼びかける。

優しく、切実に。


『みんな待ってますよ。智真さんも頑張って最後の力を使っておりますよ』


桂之助が、言葉を詰まらせながらも、澄子に届くように話しかけた。


澄子の肩が微かに動き、まるでその言葉に応えようとしているかのようだった。

僧侶たちの目に涙がにじむ。

皆の心は一つになり、澄子が帰る場所がここにあること、そして待っている人々がいることを、何よりも感じ取っていた。


しかし、光は津波に襲われるように激しく揺れ、消えそうになっている。


その刹那、病室に一人の僧侶が現れた。

そこに目を向けると僧侶たちは目を丸くした。

なんと、そこに立っていたのは徳密であった。


『純粋だけでは苦労しますよ。』


その言葉に、部屋の空気が一瞬凍てついた。

剛徳寺居た頃とは違う徳密の姿を目の当たりにした僧侶たちは、驚きと共に徳密の登場を受け入れた。

徳密の存在感は、ただならぬものがあった。


最蔵が静かに口を開いた。


『徳密さん…』


徳密は静かに頭を下げ、澄子の顔をじっと見つめた。

その目には、澄子を思う深い感情が宿っているように見える。


『澄子さんは、今、別の世界で立ち止まっていらっしゃいます。迷われていらっしゃるのでしょう。しかし、光だけを追い求めていらっしゃるだけではお帰りになれません』


徳密の言葉に、部屋の中のすべての人が耳を傾けた。

誰もがその言葉の重みを感じ、深い沈黙が続いた。

最蔵は、徳密が何を言おうとしているのかをすぐに理解していた。

澄子が迷っているのは、あまりにも純粋すぎる心を持っているからだ。


『澄子さんは、心の中でお母様を亡くされた悲しみと、お父様の記憶を失われた苦しみを抱えていらっしゃいます。それが、澄子さんをお迷いにさせていらっしゃるのでございます。悩まれていらっしゃるのは、その現実に向き合わず、ただ光だけに頼ろうとしていらっしゃるからでございます。光は確かに素晴らしいものでございますが、それだけでは澄子さんを本当の意味で救うことはできません』


『しかし、どのようにすれば…』


最蔵が声を震わせながら尋ねる。


徳密は厳しい顔をしたまま、澄子の顔に再び視線を向けた。


『澄子さんには、純粋さだけではなく、現実を受け入れる力が必要でございます。澄子さんがご自身の心の中で、あの悲しみを乗り越え、今生きていらっしゃる方々と向き合う覚悟をお持ちにならなければならないのでございます』


その言葉に、病室の中にいる全員が静かに深く考え込んだ。

澄子が抱えているのは、過去の悲しみだけではなく、未来に向かう勇気を持てない自分自身への絶望だったのだろう。

光だけではその深い心の迷いを解き放つことはできない。

澄子は現実の中で、また誰かを支えながら生きる力を取り戻さなければならない。


『智真さんがどれほど澄子さんを愛し、支えていらっしゃるかを忘れてはいけません』


徳密の声は、温かくも強く響いた。


『その“愛”こそが、澄子さんがこの世界に戻るための真の力となるのでございます。そして、澄子さんご自身も、その力を感じ取られなければならないのでございます。澄子さん、ええかげん目ぇ覚ませや………。いつも一人で抱えて無茶ばっかして……仲間たちを泣かすなんてあんまりやに…』


部屋の中が静まり返り、澄子の顔に変化が現れ始めた。

まるで徳密の言葉が澄子の魂に届いたかのように、澄子の唇がかすかに動き、目の端がわずかに開いた。


その瞬間、澄子の体が再び微かに震えた。

そして、深い眠りから覚めるかのように、澄子の呼吸がゆっくりと整い始めた。

医師たちの動きが少しだけ緩やかになる。


『澄子さん、私たちが待っていますよ』


小五郎も澄子に声をかけた。

皆の声は愛情に確かに満ちていた。


桂之助も、涙をぬぐいながら澄子に向かって言った。


『あなたの力を信じています。私たちが待っている場所がここにありますから』


その言葉を聞いた澄子の表情に、ほんのわずかながらも変化が現れた。

澄子は少しだけ目を開け、最初はぼんやりとした視線を周囲に向けるが、やがてそこにいる全員の顔を認識したように、ゆっくりとまばたきする。


そして、澄子の手がわずかに動き、まるで誰かに手を取られるように、静かに目を閉じる。

その後、再び澄子の体が震え、やがて深く息を吸い込む。


病室の中にいたすべての者が、澄子がどこかから戻ってくるのを待つように、息を飲んで見守っていた。


しかし、澄子の周りの光が一瞬で消え去り、病室に再び静けさが戻ってしまった。

澄子は智真が仏になった世界でとどまっていたのだ。


『もう智真さんを休ませてください。この先は私がやります』


法照は澄子の前に立ち、阿弥陀如来を呼び寄せ、澄子がとどまっている世界に御手綱を繋げた。


この時、澄子は、目の前に現れた光の中でふわりと揺れる御手綱を見つめていた。

それはまるで夢の中の出来事のようであり、心の奥底ではその光を掴みたいと願う気持ちがあった。

しかし、手を伸ばそうとするたびに、心の中に重く沈んだ感情が胸を締め付けていた。


『帰りたくない…』


澄子はぽつりと呟いた。

帰る場所があっても、そこにはもう温かさも愛も存在しないことが、澄子の胸を圧迫していた。


智真はその言葉を聞き、静かに澄子の前に歩み寄った。

その目には深い理解と慈しみの表情が浮かんでいるが、その一方で、澄子に対して本当に必要な言葉を見つけようとする、真剣な思いも感じる。


『澄子さん、今おいでになる場所は、決して無理に戻るべき場所ではございません。しかし、元の世界に戻らなければならない理由があるのでございます』


智真は澄子の前に立ち、はっきりと言った。

澄子は顔をそむけ、目を閉じた。

心の中で何度も繰り返していた言葉がこぼれた。


『でも、帰っても…』


澄子の声はかすれていた。


『お母さんはもういない。事故で死んでしまったから…。お父さんは記憶をなくして、新しい家族と暮らしているし……。私、もう何もできない…』


その言葉を聞いた智真は、一瞬の沈黙の後、柔らかく言葉をかけた。


『澄子さんの痛みや悲しみは、誰にもわかることはございません。失われたものの大きさも、誰にも計り知れないことでしょう。しかし、それでも澄子さんが戻る理由は、そこにこそ生きる力が残されているからでございます』


澄子は何も言わず、ただ御手綱の先を見上げた。

過去の記憶が鮮やかに蘇り、失われた母の温もり、記憶をなくした父の顔が浮かんでくる。

それらが全て無駄になってしまったように感じ、心がどんどん重くなっていく。


『澄子さん、今ここで絶望し、心を閉ざしたままで生きることはできません。人は皆、ただ純粋に育つわけではございません。苦しみや試練を通して、強く、優しく成長していくのでございます。澄子さんの心の中にあるその傷を乗り越えることこそが、澄子さんご自身を本当に救うことになるのでございます』


澄子はその言葉を聞いても、心は揺れ動くばかりであった。

帰ることがどれほど辛いかを理解してくれる人などいないと思っていた。

しかし、智真の目は、ただその辛さを理解しようとし、そして澄子を温かく見守っているだけだった。

その優しさが、少しずつ澄子の中の硬くなった壁を崩していくように感じた。


『もし…帰らなかったら、どうなるんですか?』


澄子は小さな声で尋ねた。

智真は静かに答えた。


『澄子さんがそのままここに留まることは、何も解決しません。悲しみや痛みを乗り越え、前に進む力を持たない限り、澄子さんの未来は、ただ無限の迷いの中で漂い続けることになるでしょう。それに、戻ることで澄子さんのお父さんが、少しでも記憶を取り戻し、一緒に過ごす時間を持つことができるかもしれません。それが、澄子さんの新しい希望になるのではないでしょうか?』


澄子は、うっすらと目に涙を浮かべ、ついにその御手綱に手を伸ばす。

けれども、その瞬間、再び心の中に浮かんだのは、母を失った痛みと、父の記憶が戻らないという絶望感だった。

何度も心が挫けそうになりながらも、智真の言葉が響き、静かに澄子は御手綱をしっかりと握り締めた。


『私、帰ります…』


澄子の声は震えていたが、どこか決意を込めて言った。

智真は優しく微笑み、頷いた。


『澄子さんはもう、ひとりではありません』


澄子はその言葉を胸に、ようやく御手綱を握りしめ、元の世界へと帰る決心を固めた。

そして、目の前の光の中に一歩を踏み出した。


その瞬間、病室の空気が一変した。

光が一層強く、まばゆい輝きを放ちながら、澄子の周りを包み込んでいく。

澄子はその光の中に一歩踏み出し、まるで何かに導かれるかのように歩き始めた。

澄子の背中がどんどん遠ざかっていくのを感じるその瞬間、智真は静かにその光景を見守っていた。


そして、突然、智真の体が大きく膨れ上がり、次第に巨大な菩薩の姿へと変わっていった。

金色に輝く壮大な姿が病室に現れると、澄子を見守るその眼差しは、まるで澄子がどんな困難を乗り越えても導かれるべき場所に帰ることを確信しているかのようであった。


智真の目は澄子を温かく見守り、その全てを受け入れ、そして何も言わずにただ静かに立っていた。

菩薩の姿となった智真は、まるで永遠の存在のように静かで、澄子が元の世界へと帰るために踏み出したその一歩を後ろから支えるように見守っていた。


澄子は、心の中で智真の存在を感じながら、確かな決意を胸に秘め、御手綱をしっかりと握り続けていた。

その表情には、もう迷いはなかった。

元の世界に戻ることで、過去の痛みや絶望を乗り越えるために、そして再び希望を見つけるために、澄子は進んでいた。


そして、智真の菩薩の姿が澄子の背後に見えなくなるその瞬間、光が一層強く輝き、病室にあふれる。

澄子の姿はもう光の中に消え、ただその温かな光だけが残った。


智真の菩薩の姿も、静かにその場を去り、再び元の世界に戻るために、澄子がたどるべき道を守り続けた。


その後、病室には静寂が訪れ、唯一残ったのは、澄子が帰ることを決心した強い意志と、智真が送り出したその優しい光だけであった。


そして、澄子の意識がゆっくりと戻り始めた。

最初はぼんやりとした感覚だけがあって、周囲の音も遠くから聞こえるような気がしていた。

だんだんとその音が近づき、形を成していくのを感じる。

最初に耳に届いたのは、誰かが呼んでいる声だった。


『澄子さん…澄子さん、大丈夫ですか?』


それは、最蔵の声だった。

その声は、どこか震えていて、澄子を呼んでいるようだった。

澄子はゆっくりと目を開け、最初に映ったのは、病室の天井だった。

そこには、暗い夜空に浮かぶ月明かりがほんのりと差し込んでおり、澄子はその光を目で追うようにして、徐々に意識を取り戻していった。


目の前には、最蔵の顔があり、涙を浮かべた彼が必死に澄子を見つめていた。

澄子は、何か大切なことを思い出そうとしているかのように、頭を少しだけ動かした。

その時、ふと、思い出した。


あの光、そして智真の姿。

そして、あの温かな言葉が胸に響いたこと。


『智真…さん?』


澄子はかすかな声で呟いた。

澄子の目が優しく揺れ、何かを求めるように周囲を見渡す。

しかし、そこにはもう智真の姿はなかった。

病室には家族や僧侶たち、そして最蔵の顔が見守るように静かに立っているだけだった。


『澄子さん、よかった…』


最蔵が声を震わせて言った。


『澄子さんが戻ってきてくれて……、私たち、ずっと待ってました』


澄子はその言葉を胸に、ゆっくりと目を閉じる。

再び目を開けた時、確かに自分が元の世界に帰ってきたことを実感していた。

あの迷いの世界での出来事は、まるで夢のようだったが、その中で学び、感じたことが、今、確かに自分の中に残っていた。


その時、桂之助が静かに歩み寄り、澄子の手を優しく握った。


『お帰りなさい、澄子さん。あなたの魂は、きっと導かれて、今ここに戻ってきたんだ。』


澄子はその手の温もりに安心感を覚え、ゆっくりと頷いた。

無言のうちに、その手のひらに宿る温かな力を感じ、心の中で静かに祈るように思った。


『私はもう一度、前に進まなければならない。』


それは、自分自身の決意だった。

過去の痛みも、絶望も、これから迎える未来の不安もすべて抱えながら、澄子は強く生きていく覚悟を持っていた。

そして、改めて気づいた。


智真の言葉、そして彼が教えてくれた生きる力を胸に、澄子はもう一度、未来へと歩み出す準備が整ったのだった。


『智真さん、ありがとう。お疲れさま』


澄子は、冷たくなった智真の手を優しく握りしめ、涙を浮かべながらそのまま抱きしめた。

智真の温もりを感じることができないことが、澄子にはどこか信じられないような感覚だった。

智真の手はもう温かくない。

しかし、その手をしっかりと握ることで、何とかその記憶と一緒に心の中で智真を感じようとしていた。


『智真、澄子さん帰ってきたよ。本当にありがとう。よく頑張ったね。僕たちもさ、お家、帰ろう』


智真の兄の功典が静かに声をかけた。

その言葉は、澄子にとっても心を支えてくれるものであり、同時に智真への感謝の気持ちを改めて深く感じさせるものだった。

智真の頑張りと優しさは、澄子の世界を取り戻すために大きな力となり、澄子を助けてくれた。


その瞬間、澄子の周りにいた僧侶たちも、涙を流しながらその場を静かに見守った。

智真が澄子を導き、元の世界に帰したこと、そして、その後に帰らなければならなかったことが、皆にとっても一つの大きな犠牲であった。

それでも智真の存在が澄子に与えた影響は計り知れないものであり、感謝の気持ちでいっぱいだった。


車のエンジン音が静かに響き渡る中、百子と小五郎と功典が智真を車に乗せた。

そして、車が発進し、ゆっくりと進み、やがて見えなくなるまで一同、智真への感謝と別れの気持ちを胸に、その姿を見送った。

智真が与えてくれた安らぎと、澄子の帰りを待つ者たちの思いが心に残る、静かな別れの時間だった。


その後、最蔵は徳密との再会を果たし、穏やかながらもどこか心に残る問いかけを口にした。


『徳密さん、貴方は私の弟子でいらっしゃいました。私のお寺に戻るお気持ちはございませんか?』


その言葉に徳密は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静に答えた。


『最蔵さん、私はもう一つの道を選びました。今の私には、最蔵さんの下で修行をさせていただくことはできません』


その言葉に、最蔵の顔に深い悲しみが漂う。

しかし、その瞬間、最蔵の後ろに立っていた義徳が静かに前に歩み出た。


『最蔵さんの純粋さは確かに素晴らしいです』


義徳は穏やかに言った。


『しかし、その純粋さが時として現実を見失わせていることを忘れてはなりません』


義徳の言葉に、最蔵は黙ってその場に立ち尽くした。義徳は続ける。


『貴方が弟子たちの離反に深い悲しみを感じることは理解できます。しかし、師としての務めは、そのような感情に引きずられることではありません。仏教の教えは確かに一つであり、その根本は不変です。しかし、時代の流れに合わせて柔軟に変化を受け入れ、未来を見据える力を養わなければ、教えそのものが古びてしまうことになります』


義徳の言葉が、最蔵の胸に重く響いた。

最蔵は少しの間、言葉を失ったが、義徳はその隙間を埋めるように言った。


『貴方の悲しみを乗り越え、弟子たちが去った理由を深く理解し、今後の修行の場をより良く作り上げることこそが、貴方に課された責務であることを忘れてはなりません』


義徳は最蔵を見つめ、その目に温かな光を宿していた。


その言葉に最蔵はゆっくりと頷いた。

最蔵の中で、何かが変わる瞬間だった。

義徳の教えが、最蔵の心に新たな視点を刻み、苦しみとともに未来へ向かう力を与えてくれるように感じた。


そして、最蔵は静かに口を開いた。


『義徳さん、ありがとうございます。私が見失っていたものを、再び気づかせていただきました』


その言葉に義徳は微笑み、何も言わずに静かに立ち去った。

最蔵は深く考え込んだ後、ゆっくりと徳密に向き直り、言った。


『徳密さんが選んだ道も、尊いものだと思います。ただ、私たちがこれから歩むべき道を共に見つけることができたなら、それが一番の幸せだと思うのです』


徳密はその言葉を聞いて、微かに頷いた。


『ありがとうございました。では……』


徳密は、最蔵に対して感謝の気持ちを伝えた後、ゆっくりとその場を離れる準備を始めた。

その眼差しは一瞬、遠くを見つめるようなものだったが、すぐに振り返ることなく、足を進めた。

新たな決意を胸に、次の一歩を踏み出すための覚悟が、徳密の背中に漂っている。


その後ろ姿を見守る者たちは、徳密がこれからどのような道を歩んでいくのか、またどのように変わっていくのか、静かに思いを馳せていた。

しかし、徳密自身はその問いに答えることなく、一歩一歩を慎重に踏み出していったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ