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新時代

【優しいお知らせ】

一部、神聖なシーンがございます。

急にビビり散らかさないように。

剛徳寺の境内は、普段の静けさを取り戻すことはなかった。

外からはマスコミの騒音が依然として響き渡るが、内部は一変して重々しい空気に包まれていた。

僧侶、巫女、そして霊的指導者たちが集まり、準備を整えている。

神聖な儀式が始まるその瞬間を待っていた。


最蔵が式の中心となり、彼を囲むように天台宗、真言宗、臨済宗の僧侶たちが静かに集まった。

その顔には、覚悟を決めた表情が浮かんでいるが、皆、一心に心を鎮め、儀式に臨む準備を整えていた。


『これから神仏の力を借り、バキュラを元の場所に還す儀式を始めます。どうか、心を一つにし、この場に満ちる力を引き寄せましょう』


最蔵の言葉に続き、神仏の力を引き寄せるための準備が始まった。

巫女たちは祭壇に神饌を供え、天台宗の僧侶は法華経の経文を読み上げる。

真言宗の僧侶たちは密教の真言を唱え、臨済宗の僧侶たちは禅定に入り、静かな空気の中で精神を集中させる。


その頃、澄子は遠い夢を見ていた。

澄子が目を開けると、目の前に広がるのはまるで夢のような光景だった。

無限に広がる草原に、様々な花々が風に揺れながら咲き誇っている。

どこかで花の香りが漂い、澄子はその美しさに思わず足を止めた。

しかし、どういうわけか何も感じない。

お腹が空いているわけでも、疲れているわけでもなく、ただただその場所を歩き続けている。


時間がどれくらい経ったのかも分からない。

ふと目を上げると、遠くに川が見え、その先に橋が架かっているのが見えた。

澄子は橋の向こうに何かを感じた。

引き寄せられるように、足を踏み出そうとしたその瞬間、橋の先から誰かがゆっくりと近づいてきた。


『こちらに来てはいけません』


突然、低く穏やかながらも力強い声が響いた。

澄子は驚き、思わず立ち止まった。

声の主を見やると、橋の端にひとりの男性が立っていた。

澄子をじっと見つめ、その瞳に何かを訴えかけているようだった。


男性はゆっくりと口を開いた。


『私は剛徳寺の僧侶、智真(ちしん)でございます。剛徳寺の奥には一般の方が立ち入れない特別な場所がございます。あの場所は、バキュラという神様を祀るお堂でございます。私は毎日一人で神聖な儀式を行っておりましたので、私を拝見されたことはないかと』


澄子は不思議そうに橋を見つめながら言った。


『はい、奥には……、そのような場所があることも今初めて存じ上げました。私は剛徳寺のお土産売り場でアルバイトをさせていただいており、ご縁があって僧侶の方々と共同生活をさせていただいております、澄子と申します』


智真は静かに頭を下げた。


『やはり、あなたが澄子さんでしたか』


『なぜ私が澄子でいらっしゃることをお知りになったのでしょうか?』


『私は幼少期から特殊な力を持っておりまして、お寺の中で誰がどこにいるのか、何をしているのかを感じ取ることができます』


智真は少し静かに笑みを浮かべたが、その目はどこか寂しげだった。

普通の人には見えない力を持つことは、世界の重さを一人で背負うということである。

その力は人を孤独にし、苦しみを深める。

しかし、誰もがその苦しみを理解することはなく、それがどれほど深いものかを知る者もいない。

憧れを持つ者も居るが、実際は簡単に扱えるものではなく、能力によって奪われるものが多い。

偽りの仮面は死んでもか。

智真は、そう感じながらも澄子に微笑みながら語りかけた。


澄子は智真の顔を見て偽りの仮面を被っていることを見破り、智真の深堀はやめようと口を閉じた。

澄子は少し考え込みながら、智真に尋ねた。


『智真さん、私は法華経を勉強させていただいており、一つ氣になることがございます。天台宗では薬師如来を御本尊としてお祀りしている所があり、法華経を大切にされています。しかし、法華経には薬師如来が登場いたしません。それは何故ですか?』


『良いご質問でいらっしゃいますね、澄子さん。確かに、法華経と薬師如来との関係は、表面的には少し不思議に思われるかもしれません。しかし、そこには深いご意味が隠されているのでございます』


智真はしばらく視線を遠くに向け、穏やかに語り始めた。


『薬師如来は、病や苦しみを癒す仏さまとして、私どもの命の中で最も辛い部分を救う存在でございます。しかし、法華経が伝えようとしているのは、すべての仏性、すべての人々の可能性を説くお教えでございます。薬師如来が登場しない理由は法華経は、すべての仏が一つであるという真理であるからでございます』


『つまり、薬師如来もまた法華経の教えに内包されているということですか?』


智真は優しく頷きながら言った。


『その通りでございます。薬師如来は法華経の中では直接的に語られることはございませんが、薬師如来の教えも法華経の根本的な思想、すなわち“すべての存在が仏性を持ち、成仏する”というお教えの中に含まれております。薬師如来の慈悲も、まさに法華経が目指す理想の一つに他ならないのでございます。薬師如来は、私たちが苦しみを超え、平安を得るために存在する仏であり、法華経もまた、私たちが悟りを開き、すべての苦しみを乗り越えるための道を示しているのです。両者は別物ではなく、同じ真理を照らし合わせているのだと思います』


澄子はその言葉に深く頷き、心の中で少しずつその教えを解きほぐしていくような感覚を覚えた。


そして、智真は少し沈黙をおいてから、再び澄子に向き直った。

その表情は真剣そのもので、澄子に何かを託すような深い意味が込められているように感じられた。


『澄子さん、お願いがあるのですが……』


智真の声は低く、どこか切なく感じた。

澄子は少し警戒しつつも、その言葉に耳を傾けた。

智真は、まっすぐに澄子を見つめて、こう答えた。


『バキュラをお祀りするお堂の後継者として、法照(ほうしょう)さんをお選びいただくようにお伝えください』


その言葉に、澄子は驚きの表情を浮かべた。

心の中で疑問が渦巻き、澄子はすぐにその問いを口に出さず、智真の表情を読み取ろうとした。


『法照さんを……後継者に?』


智真はゆっくりと頷き、再び澄子を見つめて口を開いた。


『はい。法照さんは、あの場所にふさわしいお方でございます。私はもうその役目を全うすることができません。今、私が申し上げなければならないのは、この決断のみでございます』


澄子は少し混乱していた。

智真の目には、何かを背負い込んだような重さがあった。

澄子はその目を見つめながら、心の中で何かが引っかかるのを感じた。


『智真さん……、あなたは、どこへ行くのですか?』


澄子は、ついその問いを口にしてしまった。

智真は一瞬、澄子の質問に答えることをためらったように見えた。

しかし、やがて智真の顔にほんのわずかに苦笑が浮かんだ。


『私は……行くべきところへ行きます。この場所にしばられることなく、次の役目を果たす時が来たのでございます』


澄子はその言葉を受け止めながら、胸に言いようのない痛みを感じていた。

智真の存在が、ただの僧侶という枠を超えて、もっと深いものに感じたからだ。

そして、智真の意図がわかるようで、わからないような氣がした。


『でも、どうして法照さんを?』


智真は静かに澄子を見つめ、その答えを静かに告げた。


『法照さんには、すべてを見抜くお目がございます。そして、あの場所を守るために必要な心の強さをお持ちでいらっしゃいます。私が申し上げることは、そのことのみでございます。澄子さん、お願い申し上げますが、この一件だけをお任せいたします』


澄子はその言葉に、心の中で重い決断を迫られているような感覚を覚えた。

それでも、智真の眼差しから目を背けることはできなかった。

智真が抱える使命と苦悩を、澄子も感じていたからであった。


『わかりました』


澄子はゆっくりと答えた。

その言葉には、智真の意志を尊重しようという気持ちと、同時に自分の中でそれを受け入れる準備が整ったという意味が込められていた。


智真は、澄子の答えに微笑んだ。


『ありがとうございます、澄子さん。では…、私は、もう行かねば……』


『また会えますか?』


『きっと……。さあ、元のお方へお戻りになり、こちらを振り向かずに歩いてお帰りください』


智真はそう言うと、澄子に頭を下げて見送った。

智真の先には何が待っているのだろうか。

そして、法照の後継者としての重責をどう受け止めるのか。

澄子の心には、まだ答えの見えない問いが残っていた。


そして澄子は背を向け、ゆっくりと花道の先へと歩き出した。

澄子は不安とともに、ある予感を抱えていた。


この頃、剛徳寺の境内では、静寂の中に緊張が満ちていた。

儀式が本格的に始まると、祭壇の前に並んだ巫女たちは白装束を身にまとい、どこか神聖な雰囲気を纏っていた。

その顔は厳粛でありながらも、目には不安と覚悟が浮かび、心の中で祈りを捧げていた。


祭壇の中央には、古びた神楽鈴が置かれ、その鈴はたった一人が握ることが許されており、儀式を通じて神霊を招き寄せるための重要な道具であった。

今、巫女がその鈴を手に取り、神々の力を引き寄せるべく、心を込めて祈りを始めた。


そして、最も厳粛な瞬間が訪れた。

一人の巫女が神楽鈴を手に取り、神々の命令に従い、バキュラが居る場所へと向かうことを言い渡される。

命がけの役目だと誰もが理解している。

巫女の名前は椿(つばき)といい、誰の目にも触れられない場所で毎日神聖な儀式をしているトップである。

椿の顔は、決して動揺を見せることなく、冷静であった。


慎重に神楽鈴を握りしめ、ゆっくりと祭壇を後にした。

その足音は不思議なほど静かで、まるで時間が止まったかのように感じた。

儀式の場に立つ他の巫女たちも、息を呑んでその動きを見守っている。


歩き始める前に、無心になるように命じられている。

瞼を閉じ、顔をわずかに下げることで、心を空っぽにし、周囲の音に耳を傾けないようにする。

視界を遮ることで、精神がより集中し、神霊の気配を感じ取るためである。

しかし、その瞼を閉じることが、命を賭けた儀式の最初の試練であった。


鈴の音が鳴るたび、空気が震え、まるで大地が呼吸をしているかのような感覚が広がった。

その音は、神霊が近づいてくる証であり、同時に巫女たちの心を引き締める警告でもあった。

椿の足元に冷たい風が吹き、神々の意志が降り注ぐ気配が感じられる。


挿絵(By みてみん)


神楽鈴の音がさらに響き渡ると、周囲の空気が一瞬、緊張で引き締まる。

まるで何かが迫ってくるような感覚だ。

巫女たちの顔には、何とも言えない恐れが浮かび、誰もが口を閉ざして息を呑んでいた。

もし、歩く作法を少しでも誤ってしまえば、その瞬間が命取りとなる。

足元を誤れば、神々の怒りを買い、儀式は無効となり、最悪の事態を招く。


『神々よ、バキュラを静め、怒りを鎮めるために、私たちの祈りをお受けください』


椿の声が低く、震えながらも深く響いた。

その声は祭壇の上に届き、静寂の中で、何かが動き出すかのような気配を感じた。


その言葉は、周囲の巫女たちに強い力を与えたようだ。

神々の意志を求めるその祈りは、恐怖の中にありながらも、確固たる信念を持って捧げられていた。

神々に届くことを信じ、バキュラの怒りを鎮め、無事に儀式が終わることをただ祈るのみ。


椿の歩みが止まることなく、神々の気配がさらに近づいてくる中、ただひたすらに進み続けた。

鈴の音が空気を震わせるたび、神々の力が強まっていくように感じ、椿の心はその重さに耐えながらも、前へと進み続けた。


その瞬間、霊的なエネルギーが空気を満たし、剛徳寺の境内に広がる空気が一変した。

静寂が支配していたその場所が、突然、圧倒的な神聖な力で満ち、まるで大地が震えるかのような感覚が走った。

天から降り注ぐ神々の意志が、この場に降臨したかのようだ。


僧侶たちもその力を感じ取り、無言で心を一つにし、法華経の経文を唱え始めた。

ひとつひとつの言葉が、空間に波紋を広げるように響き渡り、その音は次第に周囲の空気を震わせ、目に見えぬ力が集まり始めるのを感じた。

経文がひとつひとつ、神聖な力を呼び寄せる音となり、その力が静かに、バキュラの怒りを鎮めようとしていた。


最蔵はその場に坐し、目を閉じて深い瞑想に入った。心の中で、法華経の教えに従い、すべての命の尊厳を守るための祈りを捧げている。

その祈りは、自身の心を清め、神仏の力を呼び覚ますためのものである。

最蔵の周りには他の僧侶たちも同じように坐り、経文を繰り返し、真言を唱え続けていた。

その調和のとれた声が、ひとつの力となり、場の空気をさらに重く、神聖なものへと変えていった。


その瞬間、霊的なエネルギーが空気を満たし、剛徳寺の境内に広がる空気が一変した。

静寂が支配していたその場所が、突然、圧倒的な神聖な力で満ち、まるで大地が震えるかのような感覚が走った。

天から降り注ぐ神々の意志が、この場に降臨したかのようだ。


だがその背後で、宇宙の運行が大きな変化を迎えていた。

冥王星が水瓶座へと進み、その軌道が新たな時代を告げるように、全ての存在に新たなエネルギーを注いでいるようだ。

冥王星が水瓶座に入るということは、旧い価値観が崩れ、新しい秩序が生まれる時期である。

その天体の動きが、この儀式の進行に深い影響を与えているようである。


僧侶たちもその力を感じ取り、無言で心を一つにして、法華経の経文を唱え始めた。

ひとつひとつの言葉が、空間に波紋を広げるように響き渡り、その音は次第に周囲の空気を震わせ、目に見えぬ力が集まり始めるのを感じた。

経文がひとつひとつ、神聖な力を呼び寄せる音となり、その力が静かに、そして確実に、バキュラの怒りを鎮める時が来た。


最蔵はその場に坐し、目を閉じて深い瞑想に入った。

心の中で、法華経の教えに従い、すべての命の尊厳を守るための祈りを捧げている。

その祈りは、自身の心を清め、神仏の力を呼び覚ますためのものである。

最蔵の周りには他の僧侶たちも同じように坐り、経文を繰り返し、真言を唱え続けていた。

その調和のとれた声が、ひとつの力となり、場の空気をさらに重く、神聖なものへと変えていった。


その瞬間、冥王星が水瓶座へと進んだ。

宇宙の深淵で繰り広げられるその天体の動きが、まるで大地の振動のように、儀式の場に影響を与えた。

水瓶座は革新と変化を象徴する星座であり、冥王星がその影響を及ぼすことで、この儀式が新しい時代への転換を意味することを示唆している。


その時、金色に輝く龍の姿が境内の空を飛び回り、咆哮が地響きのように響き渡る。

その音は、空気を震わせ、地面まで揺るがすほどの強大な力を持っていた。

龍の動きが、まるで神霊の怒りそのものであるかのように感じ、参加者たちはその威圧感に圧倒していた。

しかし最蔵は冷静さを保ち続け、儀式を続ける。


『どうか、私たちの祈りが届きますように。すべての命に仏性が宿り、バキュラよ、あなたもまた仏性を持つ命であることを理解し、その怒りを鎮めよ』


その言葉が空に響くと、まるでその声に呼応するかのように、龍の動きが一瞬止まった。

その瞬間、空気がピンと張り詰め、すべてが静寂の中に包まれる。

僧侶たちの祈り、そして巫女たちの神聖な舞が、次第に一体となり、バキュラの怒りが鎮まる兆しが見え始めた。


時間が過ぎる中、場は緊張感に包まれていたが、ついに龍の咆哮が静まり、空気が穏やかさを取り戻していった。

最初は恐怖と怒りに満ちていたその場が、次第に透き通った空気へと変わり、儀式は成功したかのように見えた。


最蔵は目を開け、空を見た。

周囲の僧侶たちと共に心を合わせ、最後の祈りを捧げた。

その声が再び空に響き、祭壇の前に集まった全員が一礼し、儀式が終了したことを告げる。


その後、バキュラは静かに瞼を閉じ、剛徳寺の境内には再び静けさが戻った。

その空気には、確かな変化が感じられた。

まるで神仏の力がひとつになったかのような、神聖で深い静寂が広がっていた。


そして、かつて70メートルの巨体を持っていたバキュラの姿が、今はわずか2メートルに縮んでいた。

かつての恐ろしい姿は、すっかり消え、穏やかな存在へと変わり果てていた。

その姿は、儀式が無事に成功し、バキュラの怒りが鎮められた証だった。

剛徳寺の境内に戻った静寂は、神仏の力が一つになった証拠として、永遠に残ることとなった。


その後、剛徳寺の住職である福智桂之助(ふくちけいのすけ)は、静かな足取りでバキュラの縮んだ姿を慎重に持ち上げた。

その手には、もはや恐ろしい力を宿していた姿は無く、ただ静かに、静寂を包み込むような穏やかな温かさがあった。

桂之助はその姿を神聖に扱い、慎重に歩き始めた。


周囲の僧侶や巫女たちは、桂之助の動きに息を呑み、足元を見守る。

儀式が成功し、バキュラの怒りが鎮まったことで、剛徳寺の境内に流れる空気は一変していた。

だが、桂之助はその静寂を感じ取りつつも、次の行動へと進まなければならなかった。

それは、バキュラの力を封じ込め、神聖なる場所へと導くための最後の儀式だった。


桂之助が歩を進めるたび、境内に立ちこめた霊的なエネルギーが、微かな振動を伴って空気を震わせた。

冥王星が水瓶座に入る時期、この瞬間に重なった宇宙的な力が、剛徳寺の神々の存在をも変革へと導こうとしているようだ。

バキュラの怒りが収まると同時に、神仏の力が一つに結びつき、古き時代の秩序が新しい時代へと変わろうとしている。


挿絵(By みてみん)


桂之助は、ゆっくりとご神木の方へと歩き、バキュラをその場所へと導いていった。

ご神木は、古より剛徳寺の守り神として、地域の人々の信仰を集めてきた聖なる木であった。

その枝は、空高く広がり、神々の意志が宿る場所として神聖視されている。


到着した桂之助は、バキュラをご神木の根元に慎重におろし、深く一礼した。

全てが静まり返り、時が止まったかのように空気が澄んでいた。

桂之助は手を合わせ、深い祈りを捧げた。

その祈りは、バキュラを鎮めるためだけでなく、新しい時代に向けての調和を求めるものであった。


桂之助の声が空に響くと、ご神木の枝が微かに揺れ、光が降り注ぐような奇跡的な瞬間が訪れた。

冥王星が水瓶座に進み、新しい時代の幕が上がるとともに、剛徳寺の境内には深い静寂が戻った。


桂之助は、深く一礼し、静かにその場を後にした。

全てが終わり、儀式は完了した。

それは、時代の転換を象徴する神聖な出来事であった。

そして、剛徳寺の境内は、再び平穏と静けさを取り戻し、すべての命が仏性に満ちた場所として、永遠に守られることとなった。


しかし、バキュラはご神木の前で眠ったまま様子は変わることはなかった。

そこに義徳が一歩前に現れた。


『光明さん、次はあなたの出番です。今後のことをあなたの口から、ここに居るみんなに伝えるのです』


光明は覚悟を決め、口を開いた。


『これからバキュラと人間が共に過ごす日々が始まる。バキュラと人間が共存し、お互いに助け合いながら生きていく時代が来た。今まで自分たちが知らなかったこと、見えなかったことが、これからは見えてくるだろう。そして、バキュラと共に生きることで、みんなの心もまた成長し、変わっていくのだ。これからの道のりは決して容易ではない。しかし、みんな一つになり、共に歩んでいくことで、どんな困難も乗り越えられる、これからはそういう風の時代だ』


その言葉は、まるで新しい時代の幕開けを告げるかのように、境内に響き渡った。

それは未来への希望が込められている。

光明の言葉は、まるで全ての人々の胸に響き渡り、一人一人心に新たな光を灯すような力を持っていた。


すべての者の心に響き、次第に力強い共鳴となって広がっていく。

剛徳寺の境内にいる一同がその思いを共有し、今後の道を共に歩む覚悟を決めた。

すべての者が新しい時代の一歩を踏み出し、その歩みを共にすることを決意した瞬間である。


バキュラは眠り続けている。

その姿は静かでありながら、まるで新しい時代の始まりを見守っているかのようだ。

剛徳寺の境内には、静かでありながらも確かな変化の兆しが漂っていた。

人間とバキュラ、そして神々が共に過ごす新しい日々が、今まさに始まりを告げた。


その時、法照が息を切らしながらご神木の前に現れた。


『桂之助さんと最蔵さんにお伝えしなければならないことがあります……』


法照の声は震えており、その言葉がどこか現実感を欠いているように感じられた。

その瞬間、境内の空気が一層重く、静寂が広がった。

周囲の者たちは、法照の言葉を待つように、息を呑んで見守った。


『智真さんが亡くなりました』


その言葉が響いた瞬間、まるで時間が止まったかのように、全員がその意味を飲み込むことができなかった。

バキュラとの儀式が終わり、穏やかな空気が広がる中で、智真の死という知らせはあまりにも予想外であり、誰もがその現実を受け入れることに戸惑いを感じた。


桂之助がゆっくりと振り向き、法照の顔を見つめた。

その目には、何も言わなくても全てを理解しようとする深い悲しみと、そして何かしらの決意が宿っていた。


『智真が……亡くなった……?』


法照は黙って頷いた。


『7人で念仏を唱えてたのですが、智真さんから皆に逃げるように指示されて…その後、智真さんがひとりで……。息絶えて……。すみません…………』


法照は言葉を切り、胸を押さえながら、そう答えた。

法照の目には涙が滲み、声も震えていた。

その言葉に続くものはなく、目は遠くを見つめるようにして空を仰いだ。

あの場に居た仲間たちは全員、責任を感じながら下を向いたまま何も言葉にできなかった。

そこには後悔が込められていることが誰の目にも明らかだった。


『智真さんの犠牲は、無駄にしてはならない。私たちがどんな試練が起ころうと乗り越えなければ、智真の命は無駄になってしまう。最蔵、死が持つ意味の重さを改めなさい。智真の犠牲を無駄にしないためにも、私たちがその思いを引き継がなければ…。智真は私たちの未来、そして剛徳寺の未来を守るために命を捧げたのだ。その意志を受け継ぎ、バキュラとの共存の道を歩み続けなければならない』


桂之助の声が静かに響いた。

智真の死が示すもの、そして命をかけて守ろうとしたものを理解し、それを受け継ぐことが、今後の道しるべとなるのだと。

最蔵もまた、心の中でその壮絶な決断をかみしめていた。

智真がどれほどの覚悟を持ってその道を選んだのか、彼自身の命を犠牲にしてまで皆を守ろうとしたその無私の精神に、胸が詰まった。

剛徳寺に集まった僧侶や巫女たちも、智真が守ろうとした未来を守り抜くため、再び立ち上がる決意を固めた。


その刹那、照子が息を切らしながら電話を持って最蔵の前に現れた。


『澄子さんが………智真さんと同じ部屋で…………』


最蔵はその言葉に心臓が止まりそうになり、急いで照子から電話を受け取った。

電話の向こうでは何が起きているのか何となく分かってしまったような分かりたくないような分からないような、最蔵は冷静を装いながらも、内心は動揺していた。

そして、電話を耳に当て、心の中で一瞬、最悪の予感が胸を締めつけた。

電話の向こうから楓芽(ふうが)の震えた声が聞こえた。


『病院へ来てください………』


最蔵の心は一瞬で凍りついた。

まるで時間が止まったかのように、言葉が耳に届かず、ただ胸の中で響くだけだった。

澄子に一体何があったのか、それを信じることができなかった。


ここで龍神さまが義徳に何かを訴えていた。

義徳は、最蔵の顔を見ながら全員黄金の龍にしがみつくよう指示した。

車を出そうとしても、マスコミが邪魔でスムーズにいかないと龍神さまが判断したようだ。


照子は言葉を発することもできず、ただ最蔵の顔を見つめていた。

澄子のことで心配している様子だった。

みんなが自分の役目を果たし、力を合わせてきたこの時、今まさに澄子が危機に瀕しているのかと思うと、ただ事ではないという恐怖が広がった。


最蔵は電話を置き、すぐに動き出した。

澄子が今、どれだけ危険な状況にあるのか、そしてその先に何が待ち受けているのかを想像すると、無事を祈るしかなかった。

最蔵は少しでも澄子を助けたいという気持ちが強くなっていた。


そして龍神さまに全員乗り、境内を離れ、澄子のいる病院へと向かった。

この時、バキュラから離れなかったのは、やはり光明だけであった。

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