0880 バットゥーゾン首長が……
法国艦隊一行は、ダズルーの街に入港した。
グラハム枢機卿ら法国首脳は、ダズルーの行政関係の人間に挨拶に行った。
涼とアベルは……。
「バットゥーゾンさんを受け取らねばなりません」
「間違ってはいないんだが、受け取るだと荷物か何かみたいじゃないか? 引き受けるとかの方が良くないか? 確かに、一度は氷漬けにはしたが……」
「そうですか? まあ、アベルがそう言うなら……引き受けねばなりません!」
アベルが訂正を要求し、涼は受け入れる。
あえて涼が口に出して言ったのは、決意の表れ。
バットゥーゾン首長は竜王ブランの元に預けてあるが、涼であっても会うのには腹をくくる必要がある。
アベルも言った通り、一度は氷漬けにした相手であるし。
「氷漬けにしたことを責められたら、アベルの指示でと答えることにします」
「うん、明確な嘘だからな、それ」
「あ、アベルは家臣が酷い目にあうのを助けようとは思わないのですか!」
「覚えているかリョウ。ロンド公国は、ナイトレイ王国から独立を宣言したんだ」
「あ……」
「独立したままだからな」
アベルが肩をすくめながら言う。
「い、今すぐに復帰を……」
「国の復帰など、そう簡単にはいかんぞ。宰相とも相談せねばならん」
焦る涼、涼しい表情のアベル。
「……同盟国ではありますよね?」
「そうだな、同盟国ではあるな。俺の専権事項として、臨時的措置として同盟関係にはある」
「では同盟国を助けると思って……」
「助けると思って、俺の指示だったと言えと? 言うわけないだろうが」
「うぅ……」
涼が泣きまねをした。
「ふぅ」
泣きまね終了。
涼は、一度背中をピンと張る。
「腹をくくったか?」
「ええ、行きましょう」
アベルが問い、涼が答えた。
こうして二人は、郊外にある竜王ブランの遺跡に向かうのであった。
もう、あと数十メートルで遺跡に着くというところで、二人は一人の男性に会った。
それは旧知の人物。
当然だ……その人物を引き受けるために、二人は来たのだから。
「お久しぶりです、アベル陛下、ロンド公爵閣下」
「お、おう、バットゥーゾン殿、久しぶりだな……」
二人が見たこともない、明るく元気な表情のバットゥーゾン首長が挨拶し、アベルが詰まりながらも挨拶を返す。
当然ながら、涼とアベルの間で驚きに関しての情報交換が始まる。
((バットゥーゾンさん、印象が全然違う……))
((ああ、表情も明るくなったよな))
((いつも険というか、不健康な感じがありましたけど、元気だし健康的……ですよね? 物腰も柔らかくなりました?))
『魂の響』を通じて、アベルと涼が会話する。
さすがにバットゥーゾン首長に直接聞かせるのは、良くないと思うので。
「アベル陛下、私はいろいろと間違っていたようです」
「うん?」
「何のために国を強くするのか、誰のために国を強くしなければならないのか。それを見失っていました」
「うん?」
「全ては民のため。そう考えると、陛下に言われた言葉も容易に受け入れることができました」
「そ、そうか」
一切の憂いなく言い切るバットゥーゾン首長、その明るさと元気に押されるアベル。
「では、ちょっと街の方に行ってきますので。失礼」
そう言うと、バットゥーゾン首長は去っていった。
入れ違いで、竜王ブランが二人の元にやってきた。
「今回はきちんと訪れたな。けっこう」
ブランが重々しく頷く。
「ブラン様、ご無沙汰いたしております」
「うむ、妖精王の寵児……いや、リョウ。久しぶりだな」
丁寧に挨拶する涼、重々しく頷いた竜王ブランだが、よく見ると嬉しそうだ。涼の後ろで頭を下げたアベルはそう思った。
涼は転移で送ってもらった後のことを話す。
それを聞きながら、何度も重々しく頷くブラン……嬉しそうだ、よく見なくとも。
しばらく涼が報告のように話した後、問う。
「先ほど、バットゥーゾンさんに会ったのですが」
「うむ。ここで生活しておったぞ」
「以前と印象が……かなり違っていました」
「ふむ」
「ブラン様が何かされたのですか?」
「いや、我は何もしておらん」
「ですが、あれほどの変化は、普通じゃありません。例えばバットゥーゾンさんの記憶や精神に手を加えたとか」
「そんなことは、さすがの我もできん」
苦笑するブラン。
ブランも、最初に会った時に比べて、かなり感情を表に出すようになった。
それだけ涼を信頼したということかもしれない。
涼の後ろで話を聞いていたアベルはそう思った。
少し考えて、ブランが口を開く。
「そういえば、毎日街に行って民と触れ合っておるな」
「え? それだけですか?」
「我が知る限りはそれだけじゃ」
「ブラン様が、バットゥーゾンさんの悩みに答えてあげたとかそういうのは」
「はて……覚えがない。恐らく、そんなことはしておらんぞ」
首を振るブラン。
五日後の出港時、バットゥーゾンを引き取ることを伝えて、涼とアベルはブランの元を辞した。
バットゥーゾンにはブランから伝えてもらうことにして。
バットゥーゾンが何か言いたいことがあるのなら、二人は街にいるので来てもらうということで。
街に向かって歩く涼とアベル。
「心を入れ替えたとか……そういうの、どうも信じられないです、あのバットゥーゾン首長が?」
涼が疑い深い目で街の方を見ながら、主張する。
「元に戻っただけだろう」
「元に戻った?」
「為政者になった初めの頃、あるいはその前、民のための政治をすると思っていた頃に」
アベルは半分苦笑しながら言う。アベルの中では、そういうこともあるだろうと認識しているようだ。
「時が経つうちに、最初の気持ちを失っていく。それは、政治に携わる人間なら結構あることだと思うぞ」
アベルが言う。
しばらく考えた後、涼が口を開いた。
「為政者や官僚たちが道を見失う理由の半分は、忙しすぎることだと思います」
「忙しすぎる?」
「民との触れ合いがなくなると、道を見失ってしまうのです。これの厄介なところは、本人たちはそんなつもりはない、と思っているところです」
「なるほど。それは一理ある」
少し考えた後、アベルも同意する。
「俺は、まだ王城にいた頃、兄上から言われた。政で迷ったら、街に出て民と触れ合うのが良いと」
「お兄さん? カイン王太子?」
アベルが懐かしさと寂しさをたたえた表情で言い、涼がそちらをみる。
カイン王太子は、即位すれば希代の王になると言われた人物だ。
だが……。
「でもカイン王太子は、体が……」
「ああ。兄上は体が弱かった。だから、あまり街に出ることは無かった……出られなかった。だからさっきの言葉は、俺に対して言ったんだ。兄上は、俺の目から見てだが、政に関して迷うことはほとんどなかったはずだ」
「すごい……」
「そう、兄上は自分の中に、はっきりとした指針をお持ちだった。だから体さえ丈夫なら……」
アベルはそう言うと、何度か首を振る。
「兄上の話はいい。要は、政治は民のために行う。国は民のためにある。そんな当たり前のことだが、民との触れ合いを無くすと、いつの間にか心の中からそんな当たり前のことすら消えてしまうということだ」
「忙しすぎて……」
「そうだな。確かに忙しすぎて街に出る時間を失えば、民と触れ合うこともなくなるな」
アベルは苦笑しながら、再び忙しすぎることの弊害を認めた。
そして思い出す。
「さっき、半分と言ったな? 為政者や官僚たちが道を見失う理由の半分は、忙しすぎることだと。もう半分は?」
「もちろん、お金など欲に溺れてです」
「ああ、それは分かりやすい」
笑いながら頷くアベル。
こちらは、誰もが理解している。
「こっちは、本人たちに自覚があるので、捕まえて死刑にしてしまえばよいのです」
「……死刑?」
涼の暴論ともいえる提案に、さすがに眉を顰めるアベル。
「犯罪の抑止は、『割に合わない』と思わせるのが一番ですし、究極的にはそれしかありません。『大した罰じゃないからやっちゃえ!』って思わせちゃダメでしょ? 常に死刑になるとすれば、よほどのことがない限り犯罪を犯しません。犯罪の発生数が減れば、治安は良くなります。そうなると、衛兵さんとかも一つ一つの犯罪としっかり向き合えるので、さらに治安が良くなります」
「だが、死刑というのはあんまりじゃないか?」
「なるほど、減刑無しの無期懲役にしろと。死などぬるい、生きている限りずっと罪の意識を持ち続けろと。さすがアベル、容赦ないですね」
「うん、俺の希望とは何もかも違う」
容赦ないを繰り返しながら何度も頷く涼、王国では採用できんと呟いて首を振るアベル。
実際に法を整備し、執行し、民はもちろん捕らえた被疑者の安全にも責任を持つ、政府側の人間アベル。
そんなことはしたことはなく、ローマ時代の護民官のごとく自由に、真面目な民の言葉を代弁する涼。
立場の違いは、口から吐かれる言葉の違いも生み出す。
五日後、バットゥーゾン首長は街の人たちとの別れを済ませて、スキーズブラズニル号に乗り込んだ。
涼とアベルが会った時と同様の、明るい元気な表情のまま。
「国に戻ったら、ゾルンと民に謝らなければなりませんね。そして、早々に首長位を譲り、私は暗黒大陸や、可能なら西方諸国にも旅したいと思っています」
「旅?」
バットゥーゾンの言葉に、驚くアベル。
「はい。ゾルンの権力体制を固めるには、私が首長国にいない方がいいというのが一番の理由です。ですがそれと同じくらいに、いろいろなところに行ってみたいと思いまして」
「ふむ」
「実はダズルーの街で、暗黒大陸を巡っている錬金術師にお会いしました。色々なところのお話を聞くうちに、いつか行ってみたいと思うようになりまして」
「え? 錬金術師?」
涼が話に割り込む。
「中央諸国の方で、西方諸国でしばらくお仕事をした後、この暗黒大陸にやってきたとか。ゴーレムのお話など、とても面白いものでした」
「それって、まさか……ニールさん?」
「そう、ニール・アンダーセン殿です。ロンド公爵閣下は、ニール殿をご存じで?」
涼が驚き、バットゥーゾンも目を見開いて少し驚きの表情だ。
世間は狭いらしい。
涼はヴォンの街の食事処で、カレーを食べていたニール・アンダーセンに会った。
その後、さらに暗黒大陸を巡ると言って去っていったニール・アンダーセン。
涼は思い出して、懐かしい表情になった。
「ええ。西方諸国で大変お世話になりました」
「実は、ニール殿なのです。迷った時は原点に戻れと言ってくださったのは」
「え?」
「何のために為政者になったのか? 何を守りたいと思っていたのか? 私が見たいと思っていた景色は何だったのか、思い出してみてはと」
「ああ、そうだったのですね」
優しさと懐かしさがない交ぜになった表情で言うバットゥーゾン、同様にニール・アンダーセンを思い出して頷く涼。
「それで、街に出てみることにしました。ああ、もちろんブラン様の許可をとって。そしたら……」
「そしたら?」
「楽しかったのです」
満面の笑みを浮かべて答えるバットゥーゾン。
それには涼だけでなく、アベルもかなり驚く。
以前のバットゥーゾンからは、全く想像できない笑顔だったからだ。
誰が見ても分かる。
以前とは違う。
変化が最も分かるのは笑顔だ。
その時、アベルは確信した。
バットゥーゾンの大きな変化を。
「民と触れ合うことが楽しい……私は、そんな当たり前のことを、ずっと忘れていました。父から首長位を継承する前……いえ、継承してしばらくの間も、私は民のことを思って政を行っていた。ですが、いつの間にかそれが……国を強くすれば、国が攻められることなく民を守れる。そう変わった」
「でも、それは……」
「ええ、決して間違いではありません。ですがその時、本当に民のためにそうしたのか? 欲に駆られてではないか? 自信をもって答えることができません」
「……」
バットゥーゾンの懺悔ともいえる言葉に、涼は何も答えられない。
もちろんバットゥーゾンも、答えを求めてなどいない。
その答えは自分の中にだけあり、すでに手にしているから。
「私は間違っていたのかもしれない。それでいい。間違いを取り戻すことはできませんし、罪は罪として受け入れるしかありません」
「そうだな」
ずっと黙ったまま聞いていたアベルが頷く。
為政者だから分かる、判断と責任と罪。
バットゥーゾンはアベルを見ると、無言のまま小さく頷いた。
「先ほど話した通り、国に戻ったらゾルンと民に謝罪します。もしそこで、ゾルンや他の首長らが私の罪を糾弾するなら受け入れます。それがないなら、正式にゾルンに首長位を譲って旅に出ます」
「暗黒大陸や西方諸国にと言っていたな。ニール・アンダーセンからの言葉も刺激になったのだろうが、根底にあるのは先ほどのやつだな」
アベルが言う。
「はい。世界の民の元を巡ってみたいと思ったのです」
「西方諸国などに行きたいというのは、そういうことでしたか」
バットゥーゾンの言葉に、涼は得心がいったと頷いた。
「全ては、国に戻ってから。どうなるかです」
明るく、優しさすら感じさせる笑顔で、バットゥーゾンは言うのだった。
《なろう版》の次話は、皇太子ゾルンのお話になる予定です。
ゾルンはどうなったのか? 三号君は?
遠くないうちに投稿します。少々お待ちください。
さて、アニメ「水属性の魔法使い」が放送されております。
皆様、ご視聴いただいていますか?
第4話は、明日24日深夜TBS様、25日夜BS11様で放送されます。
そして、各種配信サイトでも配信が行われます。
「活動報告」でも結構な頻度で投稿していますので、あまり詳しくは書きませんが。
『色々』かなり良い感じ、だと思います。
すごく多くの方に見ていただいているようで……。
視聴数に基づく各配信サイトのランキングでは、配信翌日はデイリー1位とか2位です。
皆様、ありがとうございます!!
アニメ制作の方々が、心を込めて素晴らしいものを作ってくださっています。
ぜひ、第4話「日食と悪魔」も見てください!
ええ、悪魔です。
これ以上は言いませんが……楽しみにお待ちください!




