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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四・五部 帰還編
926/930

0879 海中大決戦

船員以外の者たちは、船の上でやる仕事はない。

そのため、王国騎士団などは剣を振るったりしている。


涼はいつものように氷の机と椅子を生成し、そこで氷の板をいじくっていた。

ちなみにアベルは、ひとしきり剣を振るった後、同じ机でゆっくりしている。


「アベル、(のぞ)いているの、気付いてますよ」

「いや、ちょっと気になってな」

涼が重々しい口調で、だが氷の板から目を離さずに指摘し、アベルも悪びれることなく答える。


「正確には何をしているのかは知らんが、ニール・アンダーセンのやつだよな?」

「え!」

アベルの指摘に、驚いて顔を上げる涼。

その表情は、心底(しんそこ)驚いたものになっている。


「どうして分かったんですか?」

「いや、なんとなくだ」

「アベルにはよく驚かされますけど……今回の驚きは、その中でも最上級です」

涼の視線はもはや、理解できない恐ろしいものを見る、一歩手前くらいだ。



それも当然だろう。

涼の魔法式は、決して他の人に優しいものではない。

それを覗き込んで、何についての魔法式か分かったのだ……錬金術などできないアベルが。


一切の説明文の無い、LISPで書かれた霞ヶ関(かすみがせき)ネット自動防御システムのプログラムを見て、何をしているのか理解する……それくらい厄介なことを、アベルはやってのけた。


驚くほど複雑怪奇なはずのニール・アンダーセン号の魔法式だが……アベルは理解できた。


「実は目の前のアベルは本物のアベルではなくて、どこかで錬金術師アベルと入れ替わってしまった可能性が……」

「うん、意味が分からん」

「だって、王様をやって剣士もやって、錬金術に関する知見(ちけん)まで持ってしまったら、それはもはや人間ではないですよ」

「そうか、安心しろ、俺は人間だ」

「いえ、偽者(にせもの)に違いありません」

アベルが断言するが、同様に涼も断言する。


それぞれ、反対の内容を断言。


「まあ、とにかく、それはニール・アンダーセンに関してなんだな?」

「ええ、それは確かです」

「俺の(ひらめ)きも、なかなかのものだな」

アベルは嬉しそうだ。


涼の魔法式を見てなんとなくそう感じただけなのだ。

だが、その『感じ』が間違っていなかったことが嬉しそうだ。



涼はアベル偽者説の追究を諦めて、説明することにした。


「来る時に、クラーケンがたむろっているという情報がありました。当然、北上する僕たちがぶつかる可能性は、低くないです。もちろん、ファンデビー法国が何らかの準備をしているという話は聞いていますけど……」

「リョウはずっと言っていたな。クラーケンが複数いても倒せるようにならなければと。その準備か」

「ええ、ええ。まさにそのために、ニール・アンダーセンに改良を加えているのです」

「なるほど」

涼の言葉にアベルも頷く。


アベルとしても、クラーケンの厄介さは理解している。

一体でも大変だったのに、それが複数体いれば……絶望的な状況と言えるだろう。


「複数の相手は、簡単ではないだろう?」

「もちろんです。ですが最初にニール・アンダーセンを建造してからこっち、僕も多くの経験をしました。そういった東方諸国や、この暗黒大陸で得た知見を活かします。我に策ありです」

涼は力強く頷く。


ロンド級一番艦ロンド号が沈められたあの光景は、一生忘れない。

それが、涼の錬金術に関する成長を促しているのかもしれない。


「だからといって、奴らに感謝なんてしませんよ!」

「お、おう」




懸念は二日後、現実となる。

「教皇御座船(ござぶね)アークエンジェルから、予定を変更してマチュンという街の沖で停泊するとのことです」

「分かった。予定変更の理由が分かったら教えてくれ」

パウリーナ船長がアベルに報告した。


隣で聞いていた涼が反応する。


「もしや……」

「ああ、クラーケンの可能性はあるな」

涼の懸念にアベルも同意する。



しばらくすると、パウリーナ船長がやってきた。

「陛下、アークエンジェルから連絡がありました。停船の理由は、この先の航路上にクラーケンの集団がいる可能性が高いからだそうです」

「やはりか」

「それらへの対処は、法国に任せてほしいとのことです」

「ほぉ……噂のやつだな。承知した、こちらは見学させてもらうと返信してくれ」

アベルは答える。

その後ろでは、涼が氷の板を出して、最終チェックを行い始めた……。



教皇御座船アークエンジェルは、肉眼でも見える距離にいる。

その甲板上に、十体のホーリーナイツが並んでいた。

恐らくは、クラーケンの対処をする機体なのだろうが……。


「少し……いつものホーリーナイツと違う気がします」

「関節部分とか、色が違うか。胸から腹にかけても、少しでかいよな」

「確かに。もしかして、水中戦闘ができる仕様?」

「あれが……海に潜るというのか?」

涼の言葉に、驚きながら答えるアベル。


「水の中に入るのは簡単ではありません」

「ああ、それは分かる」

涼もアベルも、水の中はいろいろ大変であることを知っている。



二十一世紀の地球においても、ロボットが水中に入れば……ショートして壊れる。


水は恐ろしい物質なのだ。

わずかな隙間であっても容赦なく入り込む。


「そんな恐ろしい水を扱える水属性の魔法使いがいます!」

涼はそう言うと、アベルの目の前で胸を反らす。


「……」

だが、アベルは何も言わない。


「そんな恐ろしい水を扱える水属性の魔法使いがいます!!」

涼はそう言うと、アベルの目の前で腕を上下に振ったり、顔を左右に動かしたりしている。

必死にアピールしているようだ。


「……」

だが、アベルは何も言わない。


「そんな! 恐ろしい……」

「分かったから、リョウな、リョウはそんなすごい水属性の魔法使いな!」

ついに認めるアベル、ため息をつきながら。


「最初からそう言ってくれればよかったのです」

ドヤ顔で頷く涼。



そんな二人の視線が、アークエンジェルに再び向く。

次の瞬間。


ドボン、ドボン……。


ゴーレムが一体、また一体と海に飛び込んでいった。



「ホントに水中仕様になっていました」

「そうだな。海の中で、どう動くんだろうな」

涼が呟き、アベルも頷く。


「後ろから、追って行ってみますか?」

「できるのか?」

「もちろんです、ニール・アンダーセンで追えば。ただ……」

「クラーケンと戦う可能性が出てくるか?」

「ええ、安全な場所ではないです」

アベルが懸念(けねん)を示し、涼も同意する。


この先にクラーケンがいると言われているのだ。

ゴーレムはそこに向かって進んでいるわけなので……。


「かまわん。無理だったら逃げればいい」

「その割り切りは、さすがアベルです」

アベルの言葉に涼が頷く。


「出でよ、ニール・アンダーセン!」

涼が唱えると、スキーズブラズニル号の隣に、海に浮かんだニール・アンダーセン号が生成された。


甲板からゴーレムを見ていた船員たちも、突然現れたニール・アンダーセンに驚く。


「船長、ちょっとリョウとゴーレムを追って見てくる。後を頼んだ」

「承知いたしました」

パウリーナ船長は頷いた。


こうして涼とアベルはニール・アンダーセンに乗り込み、先発した水中仕様ホーリーナイツを追うのだった。




海中。

だが、海面から数メートル下なだけであるため、太陽の光は届いている。


「ニール・アンダーセンからの景色は、いつ見てもいいな」

「そうでしょう、そうでしょう」

アベルの素直な感想に、涼が嬉しそうに頷く。


水中仕様ホーリーナイツは、二人が乗るニール・アンダーセンの少し先を進んでいる。


「あれは、スクリューで推進しているようです」

「すくりゅー?」

アベルはスクリューを知らないようだ。


「金属を薄く延ばして形成するのです。軸を中心に回転すると水を後方に出して、前に進む力を得ることができます」

「ふむ、よく分からんが、難しくはないんだな」

「そうですね、原理は簡単です。ですがやはり、水の中に全身浸かった状態での回転運動ですので、ゴーレムの中に水が入らないようにする部分は、工夫しているかもしれませんね」

「なるほど。海の中だもんな。陸の上とは全く違うよな」

涼の説明にアベルも頷く。


だが、涼には大きな疑問があった。


「問題は、あのゴーレムたちがどうやって戦うのかです」

「どうやって? このニール・アンダーセンみたいに、『ぎょらい』とかいうのを飛ばすんじゃないのか?」

「そうかもしれませんけど……でもそうであるなら、あの体の中に魚雷を持ってるってことでしょう? あんまり入らなそうです」

「確かにそうだな」

水中仕様ホーリーナイツの大きさは、地上型と同じ全長三メートルだ。

胸部はスクリュー機構があるために膨れているが……魚雷のようなものを装備しているようには見えない。

せいぜい、足が少し太いくらいだが……。


「足の外側、何か付けてません?」

「ああ、リョウもそう思うか。ナイフみたいな物に見えるんだが……」

「まさか、あのナイフで攻撃とか?」

「いや、それは……」

涼の言葉を、さすがにアベルも否定しようとしたところで……。


「奴らの腕が来ます!」

涼が鋭く言う。

同時にニール・アンダーセンの舵を切る。


ニール・アンダーセンの前方で、十体のホーリーナイツも体を傾け、前方から伸びてきたクラーケンの腕をかわす。


「ゴーレム、海中でも動きはスムーズだな」

「ええ。地上仕様に比べて色が変わっていた関節、膝や肘にスラスターが入っているのかもしれません」

「すらすたー?」

「スクリューの横向き版です。それがあれば、体の向きを変えないで横移動が可能になります」

「ほっほぉ、それはすごいな」

アベルも正確なところは理解できていないのだが、体の向きを変えないで横移動が可能という部分は理解したのだろう。

それが水中での戦闘において、かなり有利な能力であることは分かったようだ。


「横へのステップみたいに、正面からの攻撃をかわせるってことだよな」

「ええ、ええ。そういう認識で大丈夫です」

アベルのたとえを認める涼。


剣士として、地上での戦闘を極めたと言ってもいいアベル。

何かを極めた人は、それを別の何かに活かすことができるのかもしれない。



そこで、目の良いアベルが気付いた。

「なあ、ゴーレムって十体だったよな?」

「ええ、そうでしたね」

「多分、九体しかいないぞ」

「え? でもさっきの腕、全部よけてたと思うんですが……」

アベルの指摘に、首を傾げる涼。


一行が進んだ先で、九体しかいなかった理由が分かった。


「ゴーレム、先に一体います!」

涼のソナーが捉えたのだ。


「クラーケン、四体いるみたいですけど、その一体を……多分、さっきのナイフで何度も刺しています……」

「マジか」

「もしかして、さっきの腕に……」

「ああ、腕が戻る時にナイフを突きさして、連中の懐に突っ込んだか」

「何という勇者……」

涼が称賛と(あき)れの混じった表情で首を振る。


人間だったら絶対できない。

お薦めもしない。



「残りの九体も突っ込んだぞ!」

「海中肉弾戦仕様のゴーレム……」

「考えてみれば、この船の『ぎょらい』みたいなのが無い限り、ああやって戦うしかないか」

「それはそうなのですが……」

アベルが納得し、涼も納得しながらも小さく首を振る。

自分があのゴーレムたちだったら、絶対にやりたくないから。



「結構、うまくいってないか?」

「確かに……クラーケンは腕でゴーレムたちを叩いていますけど、あんまりダメージを与えられていないみたいです」

「その間に、ゴーレムたちはナイフで突き刺しているもんな」

「何でダメージを与えられてないんですかね?」

涼は少し考えて、仮説を述べる。


「クラーケンって、長い腕を(むち)のようにしならせるんですかね?」

「ああ、だから懐に飛び込まれると対応しにくい?」

「ええ。でも短い腕もありますから、そっちが……」

涼がそこまで言った時だった。


ドゴン。


ニール・アンダーセンの壁を通して、中にまで響いた(にぶ)い音。

ニール・アンダーセンが攻撃されているのではない。

ゴーレムたちが受けている攻撃音が、ここまで聞こえてくるのだ。

クラーケンの、短い手による攻撃。


ドゴン、ドゴン、ドゴン……。

音が連なる。


「あ……」

「ゴーレム、貫かれたな」

「くぅ……」

アベルが事実を指摘し、涼が悔しそうに声をもらす。


もちろん涼が制作したゴーレムではない。

だが、西方諸国の時もそうだったが、ゴーレムが倒されていく光景は(つら)い。

同時に、(はかな)い美しさも感じる。


人は矛盾に満ちた生き物である。



胸を大きく貫かれ、一体が沈んでいく。


だが、残りの九体はひるまない。

今まで同様に、淡々(たんたん)とナイフを突き立てる。


そんな戦闘が続き……。



二十分後、戦闘は終了した。



最終的に、四体のクラーケンが海中へと沈んでいった。


涼は覚えている。

海中で倒された魔物たちは、海の底へ沈んでいくことを。

ゴーレムも同様に沈んでいった……まあ、ゴーレムは金属製だから当然かもしれないが。


だが、それでも一つの事実が残る。


「大きな犠牲が出ましたけど、彼らはやり抜きました」

「ゴーレム……十体中四体が沈み、三体が大破、残りの三体も腕か足を失っているぞ」

「それでも! クラーケンを撃退したのです」

涼は心から称賛する。

戦ったゴーレムたちを。


生き残った者も、沈んでいった者も。


そして、そんなゴーレムたちを製造した技術者たちも。



沈んでいない六体のゴーレムたちは、腕を引っ張り合ったり、肩を貸したりして戦場を離脱していく。

それは美しい光景だった。


そんな光景に見入っていた涼とアベル。


だが……。


「え?」

涼が気付く。


「どうした?」

「向こうから、新たなクラーケンが三体来ます!」

「マジか! 倒した四体だけじゃなかったってのか」

涼の報告にアベルが顔をしかめた。


二人共同時に、戦場を離脱していく六体のゴーレムを見る。


「さすがに、あのゴーレムたちは、もう……」

「ええ、もう戦えないでしょう。アベル、行きますよ!」

「分かった」

涼の言葉にアベルも同意する。


ニール・アンダーセンは速度を上げ、ゆっくりと船に戻りつつあるゴーレムとすれ違い、奥に向かった。

先行して、新たなクラーケン三体を引き受けるのだ。


ゴーレムたちは気付いていないのか、そのまま船に戻っている。

あるいは、法国艦隊から、戻るよう指示が出ているのかもしれない。



ニール・アンダーセンと乗員二名は、すでに戦闘態勢だ。

「アベル、突っ込みます」

「おう、行け!」

涼が声をかけて、アベルが答える。


同時に、ニール・アンダーセンが弾丸のようにローリングを始めた。

クラーケンの腕が当たっても、そのまま外に弾き出すためだ。


最初に乗った時にはアベルも驚いたが、もう驚かない。

ニール・アンダーセンと涼の錬金術に対して、完全な信頼があるから。


むしろ、どうやって三体のクラーケンと戦うのか……そちらの方に興味がある。



「『錬金外装』起動!」

ニール・アンダーセン号の外殻(がいかく)の外側に、さらに外装が生成される。


「前回もやってたよな。錬金術で生成したから、制御を奪われない、だったか」

「ええ、よく覚えていますね、さすがはアベルです。奴らに突っ込んでいくのですから、奪われない外装は必須です」

アベルの記憶力を称賛する涼。


ニール・アンダーセンは決戦兵器。

自ら突っ込んでいき、戦いの帰趨(きすう)を決するものだ。

攻撃され、ダメージを負うのは前提。


だが今回は、錬金外装だけではない。

クラーケン一体ならともかく、複数のクラーケンを相手にすると、攻撃を受ける回数が何倍にも増える。

ダメージを受けても自動修復が働くが、その修復速度を上回る攻撃を受ければ厳しいことになる。


どんな戦闘においても、『数の暴力』たる飽和(ほうわ)攻撃は恐ろしいのだ。



「ニール・アンダーセンは、さらに進化したのです! 『錬金浮遊(フローティング・)反応(リアクティブ・)装甲(アーマー)』起動!」

ニール・アンダーセンの外装から十センチ外側に浮いた状態で、さらに装甲用の氷が生成される。

ローリングするニール・アンダーセンと同期して、その装甲も回転している。


「魔法式で定義した錬金装甲ですからね、この装甲も奪われません!」

「ああ……前回は確か、最初に魔法で生成して、奪われてたよな」

「嫌なことを覚えていますね。そういうのは忘れていいのです、アベル」

涼はそう言うと、頬をぷくりと(ふく)らまして不満を表す。



「水の中は、素早く移動して相手の攻撃をかわすというのが難しい環境です」

「それは、なんとなく分かる」

「陸上なら、アベルなんかは華麗なステップで相手の攻撃をかわすのかもしれませんが、水の中、それも海中ともなればそんなことは不可能です!」

「まあ、そうだな」

涼が厳然と指摘し、別にアベルも反論はしない。


「つまり相手の攻撃が当たる前提で、潜水艦とその装甲を構築しなければいけません。しかも、魔法制御を奪われないように、錬金術で」

「その結果が、錬金ガイソウとかいうやつと、浮いてる装甲なんだな」

「ええ。しかも、その浮いている装甲は、反応装甲です」

「反応装甲? 何だそれは?」

「それは……あ! 奴らの攻撃が来ます!」


三体分、合計六本の長い腕がニール・アンダーセンを襲う。

伸びてきた腕が『錬金浮遊(フローティング・)反応(リアクティブ・)装甲(アーマー)』に当たると……。


「ジュウギィャアアアアアアアアアアアア」

「ジョギュアアアアアアアアアアア」

まだ先にいるはずのクラーケンの悲鳴が、ニール・アンダーセンの中にまで聞こえてきた。


「個体によって、少し悲鳴は違うんですね」

「うん、今、このタイミングで言うセリフだろうか」

「やはり、初手はクラーケンの長い腕……触腕(しょくわん)が来ました。想定通りです!」

「その触腕、とかいうやつが当たった瞬間、装甲から(とげ)が出てたか?」

「ええ、ええ。さすがアベル、やっぱり目がいいですね」

涼が、アベルの目の良さを称賛する。


「『錬金浮遊反応装甲』は、<動的(ダイナミック)水蒸気(スチーム)機雷(マイン)Ⅱ>の反応を利用しています」

「つまりどういうことだ?」

「<動的水蒸気機雷Ⅱ>の、敵が触れれば自動で凍りつく、あれです。この『錬金浮遊反応装甲』では凍り付くのではなく、棘が発生するのです」

「さっきの悲鳴は、やっぱりそれか。痛そうだよな」

「痛いでしょうね。叫んでいましたし」

アベルの言葉に、涼も同意する。


仕方がない、戦いなのだ。

先に攻撃してきたのはクラーケンだし……。



「これで長い腕での攻撃は封じました」

「あと、短い腕が八本ずつあるんだよな?」

「あります。ですが今回、ニール・アンダーセンの主兵装は以前のマーク256魚雷じゃありませんよ。マーク256魚雷E型に置き換わったのです!」

「いーがた?」

自信満々に言い放つ涼、首を傾げるアベル。


「百聞は一見に如かず。前部砲門開放、マーク256魚雷E型、三十二本発射!」

涼の号令と共に、ニール・アンダーセン前方砲門から魚雷が発射された。

高速で自転しながら前方に進んでいく。

伸びてきたクラーケンらの短い腕を弾き飛ばし、最初の一本が本体に到達した。


ビリビリビリ。


魚雷から走る電気。


それが引き金になって、周囲のマーク256魚雷E型からも電気が走る。


「ここです!」

一気に加速して、動かなくなったクラーケンに突っ込むニール・アンダーセン。


捕獲腕(マニピュレーター)起動!」

ニール・アンダーセン号から生じた六本のマニピュレーターがクラーケンの体を掴む。


簒奪腕(スティール)起動! アタック!」

ニール・アンダーセン号の先端から伸びた七本目の腕が、クラーケンに突き刺さる。


ズブリ。


引き抜かれた簒奪腕(スティール)には、青い魔石が引き抜かれていた。


捕獲腕(マニピュレーター)を離すと、クラーケンは去っていった。



同じ様に、残り二体も魔石を引き抜かれ……ニール・アンダーセン号は、一対三の戦いに勝利したのだった。




「やりましたよ……」

嬉しさを嚙みしめ、わずかに震える涼。

その脳裏には、沈んでいったロンド級一番艦ロンド号の姿が(よみがえ)っている。

嬉しさと、悲しさと、達成感がない交ぜになった複雑な気持ち。


「これで、完全にロンドの仇を取ったと言えます」

宣言する涼。


「すごかったな」

アベルは、完勝を素直に称賛する。

とはいえ、正確には何が起きたか分かっていない。


それでも、推測はできる。


「あれは……ギョライ、いーがた、とかいうやつから、電気を流したのか?」

「ええ、よく分かりましたね」

アベルの推測が当たっているために、少し驚く涼。



「以前、雷雲の中で起きているのを再現したとか説明をしたことがあっただろう。それかなと思ったんだ」

「素晴らしいです、全くその通りですよ」

「冬、びりっとくる、あれだったよな」

「ええ、静電気です。原理は同じなのです」

涼は頷く。


そして説明を始めた。


「魚雷の中で、微小な氷の粒同士を摩擦(まさつ)させて静電気を発生させたのです。アベルが覚えているとおり、雷雲の中で起きている現象です。魚雷の中で雷を作ったと言っていいでしょう」

「そんなことが、可能なんだな」

「簡単ではないですけどね。軽い氷の粒と重い氷の粒を使い分けることによって、電荷分離(でんかぶんり)が可能になります。軽いプラス帯電の氷の粒を魚雷の中心付近に、重いマイナス帯電の氷の粒を魚雷の外側に集めるという形です。このマーク256魚雷E型は、高速で回転させることによって、遠心分離機みたいに内部でそういうことが可能になるのです」

「うん、分からん」

アベルが正直に答える。


「空気中なら、弾丸がそういう回転でジャイロ効果によって安定した弾道を描くのですけど、水中では全く不向きでしたね。空気と水の密度と粘性の違いです、抵抗が大きすぎで回転の維持が大変です。その辺りは改良の余地があることが分かりました。外殻と内殻に分けて、内側だけ高速回転させて遠心分離機みたいにした方が良いですかね」

「やっぱり分からん」

アベルは正直だ。


「僕が魔法でやる分には、けっこう色々適当でできるのですが、ニール・アンダーセンから発射する魚雷は、全部錬金術ですからね。全て魔法式で記述しないといけないので、けっこう面倒です」

「リョウの魔法でも俺には分からんと思う」

「他の継続的な電気の生成とか放電トリガーとかは、錬金術でもけっこう簡単でしたね。やはり、この電荷分離の部分が一番厄介で、改良する余地があります」

それでも全体としては、満足いく結果だったからだろう。涼はとてもいい笑顔だ。


アベルは正直、全く理解できなかったが一つ肩をすくめただけ。

全てを理解する必要はないと達観しているのだ。



「これで、複数のクラーケン相手でも戦えるようになったと考えていいんだよな」

「ええ、一応は」

「一応?」

涼の慎重な答えに、アベルが首を傾げる。


「マーク256魚雷E型が対象にぶつかって、最後に『スパーク』で電気を流すわけですが、当然その電気は海の中に流れます」

「ふむ」

「真水より海水の方が電気を通しやすいからかもしれませんが、近くにスパーク前の魚雷があると、そっちも破裂しちゃうのです」

「ああ、クラーケンに届いていないのに破裂していたのがあったな。電気を流す前に破裂して使い物にならなくなるということか?」

「ええ、そういうことです」

涼が渋い表情で頷く。


「クラーケンに近いやつは、追撃みたいに電気を流してダメ押しになっていましたけど……あれはあれで、必要ないかもしれません。その辺は、要検証です」

涼は研究者っぽく、眼鏡クイッの動作をする。

涼の中では、研究者は眼鏡をかけているイメージらしい。



「とにかく、複数のクラーケン相手でも戦える算段がついたのは確かです」

「そうだな。よくやったなリョウ」

涼が宣言し、アベルは称賛するのだった。


皆様、7月3日から放送が始まりました、

アニメ「水属性の魔法使い」はご覧いただけたでしょうか。


筆者は九州在住ですので、dアニメストアを契約して見ましたよ。

7月7日からは、他の多くの配信サイトでも配信されましたので、

dアニメストアに契約されてない方にも見ていただけたかと思います。

良かったですよね!

アニメならではの背景含めた色付きの美しさ、バトルシーンの描写……。


その後の、「特番 配信開始記念アフタートーク!」も面白かったですよね。

村瀬さん、浦さん、本渡さんの三人によるトーク、とても楽しく賑やかでした。

仲の良さが出ていて良かったと思います。

浦さんは村瀬さんの前の事務所の後輩、本渡さんは何度も村瀬さんと共演している……。

そういう関係性があるようですね。

とても楽しかったです。


そういえば、dアニメストアのランキングなどで嬉しいことになっていました。

活動報告に書きましたので、ご一読いただけると幸いです。

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3470767/


dアニメストア 視聴数ランキング(ウィークリー)

https://animestore.docomo.ne.jp/animestore/CR/CR00000013?period=weekly


さて、明日2025年7月15日は

「水属性の魔法使い 第三部第三巻」が発売されます。

同時に、

「水属性の魔法使い@COMIC 第七巻」も発売されます。

さらに、

「水属性の魔法使い アクリルスタンド」涼とアベルも発売されます。

初のアクリルスタンドです!

見本をいただきましたが、良いですよ!

デスクの上に二人揃えて、ちょこんと置いてほしいです。


《なろう版》の方も、2025年7月23日「0880 バットゥーゾン首長が……」を投稿しますので、今しばらくお待ちください。

それではこれからも、どうか応援よろしくお願いいたします。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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