0878 帰りの予定
暗黒大陸南部を出航した翌日。
スキーズブラズニル号甲板上にて、涼は憤懣やるかたない様子で、上司に愚痴をこぼしていた。
「やっとヴァンパイアの軛から脱したばかりだというのに、ハーグさんは休む間もなく帝国に転移して戻っていきました。あまりにも酷い命令です!」
「正確には、丸二日は休んだけどな」
アベルが正確に訂正する。
「もっと休むべきです! あんなに大変な経験をしたんですよ? 溜まっている疲れで、間違って全然違う所に転移しちゃったらどうするんですか!」
「いや、そういうことは……ないんじゃないか?」
もちろんアベルは、ハーゲン・ベンダ男爵が使う<転移>に関して詳細な情報を持ってはいない。
中央諸国どころか、恐らく世界中探しても彼しか使えない魔法なのだ。
詳細な情報など、他国が持っているわけがない。
だから、転移の失敗というのがあり得るのかどうか分からないのだが……。
「新たな問題が起きる前に、帝国本土に戻したいということだろう」
アベルとしては、為政者的視点から見た場合、帝国本土の先帝ルパートの考えは理解できる。
同時に、それによって諦めたものも理解できる。
「この艦隊で共に帰れば、途中の暗黒大陸の港にも転移してこれるようになったんだろうが、それを無くしてでも帝国に戻したかったということだろう?」
「ああ……確かに、その機会損失はあるんですね。ルパート陛下は、そのチャンスを失ってでも、できるだけ早くハーグさんを帝国本土に戻したかったと」
まだ顔をしかめたままだが、涼も分かってはいるのだ。
ハーゲン・ベンダ男爵は、帝国における自分の役割に誇りを持っていた。
だから、戻ってこいと言われれば、万難を排して戻るだろうと。
そしてそれは、自分の誇りのためだけでなく、子供たちにより良い国を残すためでもある……そのために自分が持てる力を存分に使う。
そういう人物だと。
「どうせなら、爆炎の何とかも一緒に、帝国本土に連れ帰ってくれればよかったのにと思っただけです」
「うん、リョウの気持ちがこもった要求だな」
涼の心の底からの望みを感じとって頷くアベル。
アベルとしても、その方が良かったのにと思う。
なぜなら現状、いつ涼とオスカーが衝突するか分からないからだ。
とりあえず、オスカーがハーゲン・ベンダ男爵救出への協力で感謝したらしいが……それはそれ、これはこれ。
この二人は、常に衝突の可能性がある。
それがアベルの認識であった。
二人にとって、懸案は他にもいくつかある。
「三号君からの連絡は、まだ無いんだよな?」
「ええ、ありません」
アベルの確認に、涼は頷く。
全ての準備ができたら、バーダエール首長国の皇太子ゾルンから、突撃探検家三号君を通して連絡が来る予定だ。
準備というのは、ゾルンがバーダエール首長国の実権を握った……つまりバットゥーゾンの実権はなくなり、国に戻しても大丈夫だ、という準備である。
もちろん二人共、完全な内政干渉であることは理解している。
そして、簡単ではないだろうとも分かっている。
「バーダエール首長国に、影の軍団を送り込まなくて大丈夫ですか?」
「カゲノグンダン?」
「抵抗勢力を、人知れず排除する者たちです。別名、忍者とも言います」
「ニンジャは、昔、本で読んだ記憶がある。伝説の存在だ」
「なんですと!」
いつもの適当提案のつもりだったのに、アベルが忍者を知っていて驚く涼。
「むしろ、なぜリョウがニンジャを知っているのかが、俺には不思議だ」
「昔、僕の故郷にいたらしいので……」
「そうか。リョウの所も、昔か。もう今はいないのか」
少し残念そうなアベル。
しかし、首を傾げた後アベルは問う。
「だが、カゲノグンダンを送り込むとか言わなかったか?」
「ええ、僕の御庭番は、いわゆる忍者をモデルにしているので……」
「なるほど、そういうことか。だが、送り込んだらダメだぞ」
「まあ、すでに三号君を送り込んでいますが」
「……三号君は、人知れず排除はしないだろ?」
「ええ、しません。今回、そんな役割は担わせていませんので」
アベルの恐る恐るの問いかけに、涼ははっきりと答える。
あくまで、三号君を預けたのは連絡係としてだ。
暗殺者ではなく外交官である。
「ただ、アベルの希望があれば今からでも……」
「うん、しなくていい」
「なるほど、三号君にそんなことをさせなくとも、すでに手を打ってあると。さすが、恐るべき闇の王、アベルですね」
「何だよ、闇の王って……」
涼の妄想に、首を振るアベル。
もちろんアベルは、そんな手は打っていない。
「ゾルン皇太子に任せると言ったのだ。大丈夫なんじゃないか?」
「まあ実際、権力の掌握って難しいですけど、頑張ってもらうしかないですからね」
涼は肩をすくめた。
そこで思い出したことがある。
ゾルンの前のバーダエール首長国の権力者だ。
「竜王のブラン様のところで預かってもらっています、あの人……」
「ああ、バットゥーゾン首長な」
「さすがに受け取らないといけないでしょう」
「そうだろうな」
涼もアベルもため息をつく。
涼的には、ほとんど押し付けるように預けてきたつもりなのだ。
ブランに転移で送ってもらう時に。
「受け取った後……北部沿岸に到達しても三号君から連絡が来なかったら、どうしましょう?」
「難しいな。バーダエール首長国に行くか、一旦西方諸国に渡るか」
「そのままウィットナッシュまで連れていくという選択肢は……」
「うん、それは無い」
涼のあえての大胆選択肢は、アベルに却下される。
さすがに中央諸国まで連れて行くのは、あんまりであろう。
「でも、この暗黒大陸に置いておくのは……」
「元々、東部諸国の人間だぞ? だいたいこの大陸は、いろいろありすぎる。ネダたちヴァンパイアはともかくとして、金色の魔人、チェルノボーグと言ったか。そいつもいるし、ゾルターンもいずれは解放されるだろう? 他にも……」
「そういえばガーウィンたちもいるんでしたね」
すっかり忘れていた涼。
「俺たちがどうにかすることではないだろうが、あまりにも面倒事が詰まり過ぎている大陸だ」
「確かに。そうでした、そこをマリエさんやニールさんも旅をしている可能性が……」
「文字通り、黒だな」
「色を全部混ぜると黒ってことですか? 暗黒大陸だけに?」
「そういうことだ」
アベルは肩をすくめた。
そこで涼は、自分に責任がある人たちを思い出した。
「『清涼なる五峰』は……」
「ああ、ヴォンの街だよな」
「そこも寄った方がいいですよね」
「先にダズルーの街に寄るぞ。つまり……」
「バットゥーゾンさんをダズルーのブラン様から受け取った状態で、ヴォンの街?」
「あまり良い未来は見えんよな」
涼もアベルも、顔をしかめて想像する。
とはいえ……。
「どちらも寄らないわけにはいきません」
「ヴォンの街に寄港したら、バットゥーゾンは船に乗せたままに……」
「そうですね、それが現実的な気がします。『清涼なる五峰』には、もうしばらく街に留まってもらって」
アベルも涼も、小さく首を振る。
そんな中でも、最上級に厄介な者たちのことを涼は忘れていない。
「来る時は、ブラン様のおかげで飛んできました」
「そうだな」
「帰りは、そうはいきません。ダズルーの街に着く前に、奴らと遭遇する可能性があります!」
「奴ら? ああ、リョウが奴らという時は……奴らだな」
「ええ。クラーケンです」
涼は真剣な表情で頷く。
かつて、ロンド級一番艦ロンド号を沈められた悲しみ、悔しさを涼は忘れていない。
一対一なら、今の二番艦ニール・アンダーセン号で勝てた。
だが『奴ら』は、複数でいることが多い。
実際、アティンジョ大公国の軍艦で移動している時にも襲撃され、その時は確かに複数のクラーケンたちだった。
「今度こそ……またしても奴らに! そう言わないでいいようにしなければいけません」
涼は顔をしかめて小さく頷き、アベルも小さくため息をつく。
帰りの旅路を考えるだけでも、いろいろと考慮すべき点があるようだ。
今のところエトーシャ王国所属の水先案内人が、北上する法国艦隊を案内している。
大陸南部を抜けるまでは乗船してくれるらしい。
「西方諸国に戻るだけでも、本当に大変です」
次話は「0879 海中大決戦」です。
ええ。『奴ら』と戦いますよ! 1万字近い長編SSです!
投稿まで、今しばらくお待ちください……。
そして明日2025年7月3日より、アニメ「水属性の魔法使い」が放送されます!
2025年7月からTBS、BS11ほかにてTVアニメ放送開始!!
TBSにて、2025年7月3日から毎週木曜深夜1:28~
BS11にて、2025年7月4日から毎週金曜よる11:00~
※放送日時は予告なく変更となる場合がございます。
リアルタイムで見られなかったとしても、少し遅れて配信もされます。
多くのサイトで配信されますので、アニメ公式HPでご確認ください!
アニメ「水属性の魔法使い」公式HP
https://mizuzokusei-anime.com/




