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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四・五部 帰還編
925/930

0878 帰りの予定

暗黒大陸南部を出航した翌日。

スキーズブラズニル号甲板上にて、涼は憤懣(ふんまん)やるかたない様子で、上司に愚痴(ぐち)をこぼしていた。

「やっとヴァンパイアの(くびき)から脱したばかりだというのに、ハーグさんは休む間もなく帝国に転移して戻っていきました。あまりにも酷い命令です!」

「正確には、丸二日は休んだけどな」

アベルが正確に訂正する。


「もっと休むべきです! あんなに大変な経験をしたんですよ? 溜まっている疲れで、間違って全然違う所に転移しちゃったらどうするんですか!」

「いや、そういうことは……ないんじゃないか?」

もちろんアベルは、ハーゲン・ベンダ男爵が使う<転移>に関して詳細な情報を持ってはいない。


中央諸国どころか、恐らく世界中探しても彼しか使えない魔法なのだ。

詳細な情報など、他国が持っているわけがない。


だから、転移の失敗というのがあり得るのかどうか分からないのだが……。



「新たな問題が起きる前に、帝国本土に戻したいということだろう」

アベルとしては、為政者的視点から見た場合、帝国本土の先帝ルパートの考えは理解できる。


同時に、それによって諦めたものも理解できる。


「この艦隊で共に帰れば、途中の暗黒大陸の港にも転移してこれるようになったんだろうが、それを無くしてでも帝国に戻したかったということだろう?」

「ああ……確かに、その機会損失はあるんですね。ルパート陛下は、そのチャンスを失ってでも、できるだけ早くハーグさんを帝国本土に戻したかったと」

まだ顔をしかめたままだが、涼も分かってはいるのだ。


ハーゲン・ベンダ男爵は、帝国における自分の役割に誇りを持っていた。

だから、戻ってこいと言われれば、万難を排して戻るだろうと。


そしてそれは、自分の誇りのためだけでなく、子供たちにより良い国を残すためでもある……そのために自分が持てる力を存分に使う。

そういう人物だと。


「どうせなら、爆炎の何とかも一緒に、帝国本土に連れ帰ってくれればよかったのにと思っただけです」

「うん、リョウの気持ちがこもった要求だな」

涼の心の底からの望みを感じとって頷くアベル。


アベルとしても、その方が良かったのにと思う。

なぜなら現状、いつ涼とオスカーが衝突するか分からないからだ。

とりあえず、オスカーがハーゲン・ベンダ男爵救出への協力で感謝したらしいが……それはそれ、これはこれ。


この二人は、常に衝突の可能性がある。

それがアベルの認識であった。



二人にとって、懸案は他にもいくつかある。



「三号君からの連絡は、まだ無いんだよな?」

「ええ、ありません」

アベルの確認に、涼は頷く。


全ての準備ができたら、バーダエール首長国の皇太子ゾルンから、突撃探検家三号君を通して連絡が来る予定だ。

準備というのは、ゾルンがバーダエール首長国の実権を握った……つまりバットゥーゾンの実権はなくなり、国に戻しても大丈夫だ、という準備である。


もちろん二人共、完全な内政干渉であることは理解している。

そして、簡単ではないだろうとも分かっている。


「バーダエール首長国に、影の軍団を送り込まなくて大丈夫ですか?」

「カゲノグンダン?」

「抵抗勢力を、人知れず排除する者たちです。別名、忍者とも言います」

「ニンジャは、昔、本で読んだ記憶がある。伝説の存在だ」

「なんですと!」

いつもの適当提案のつもりだったのに、アベルが忍者を知っていて驚く涼。


「むしろ、なぜリョウがニンジャを知っているのかが、俺には不思議だ」

「昔、僕の故郷にいたらしいので……」

「そうか。リョウの所も、昔か。もう今はいないのか」

少し残念そうなアベル。


しかし、首を傾げた後アベルは問う。

「だが、カゲノグンダンを送り込むとか言わなかったか?」

「ええ、僕の御庭番(おにわばん)は、いわゆる忍者をモデルにしているので……」

「なるほど、そういうことか。だが、送り込んだらダメだぞ」

「まあ、すでに三号君を送り込んでいますが」

「……三号君は、人知れず排除はしないだろ?」

「ええ、しません。今回、そんな役割は担わせていませんので」

アベルの恐る恐るの問いかけに、涼ははっきりと答える。


あくまで、三号君を預けたのは連絡係としてだ。

暗殺者ではなく外交官である。


「ただ、アベルの希望があれば今からでも……」

「うん、しなくていい」

「なるほど、三号君にそんなことをさせなくとも、すでに手を打ってあると。さすが、恐るべき闇の王、アベルですね」

「何だよ、闇の王って……」

涼の妄想に、首を振るアベル。


もちろんアベルは、そんな手は打っていない。


「ゾルン皇太子に任せると言ったのだ。大丈夫なんじゃないか?」

「まあ実際、権力の掌握(しょうあく)って難しいですけど、頑張ってもらうしかないですからね」

涼は肩をすくめた。



そこで思い出したことがある。

ゾルンの前のバーダエール首長国の権力者だ。


「竜王のブラン様のところで預かってもらっています、あの人……」

「ああ、バットゥーゾン首長な」

「さすがに受け取らないといけないでしょう」

「そうだろうな」

涼もアベルもため息をつく。


涼的には、ほとんど押し付けるように預けてきたつもりなのだ。

ブランに転移で送ってもらう時に。


「受け取った後……北部沿岸に到達しても三号君から連絡が来なかったら、どうしましょう?」

「難しいな。バーダエール首長国に行くか、一旦西方諸国に渡るか」

「そのままウィットナッシュまで連れていくという選択肢は……」

「うん、それは無い」

涼のあえての大胆選択肢は、アベルに却下される。


さすがに中央諸国まで連れて行くのは、あんまりであろう。


「でも、この暗黒大陸に置いておくのは……」

「元々、東部諸国の人間だぞ? だいたいこの大陸は、いろいろありすぎる。ネダたちヴァンパイアはともかくとして、金色の魔人、チェルノボーグと言ったか。そいつもいるし、ゾルターンもいずれは解放されるだろう? 他にも……」

「そういえばガーウィンたちもいるんでしたね」

すっかり忘れていた涼。


「俺たちがどうにかすることではないだろうが、あまりにも面倒事が詰まり過ぎている大陸だ」

「確かに。そうでした、そこをマリエさんやニールさんも旅をしている可能性が……」

「文字通り、黒だな」

「色を全部混ぜると黒ってことですか? 暗黒大陸だけに?」

「そういうことだ」

アベルは肩をすくめた。



そこで涼は、自分に責任がある人たちを思い出した。


「『清涼なる五峰』は……」

「ああ、ヴォンの街だよな」

「そこも寄った方がいいですよね」

「先にダズルーの街に寄るぞ。つまり……」

「バットゥーゾンさんをダズルーのブラン様から受け取った状態で、ヴォンの街?」

「あまり良い未来は見えんよな」

涼もアベルも、顔をしかめて想像する。


とはいえ……。


「どちらも寄らないわけにはいきません」

「ヴォンの街に寄港したら、バットゥーゾンは船に乗せたままに……」

「そうですね、それが現実的な気がします。『清涼なる五峰』には、もうしばらく街に留まってもらって」

アベルも涼も、小さく首を振る。



そんな中でも、最上級に厄介な者たちのことを涼は忘れていない。


「来る時は、ブラン様のおかげで飛んできました」

「そうだな」

「帰りは、そうはいきません。ダズルーの街に着く前に、奴らと遭遇する可能性があります!」

「奴ら? ああ、リョウが奴らという時は……奴らだな」

「ええ。クラーケンです」

涼は真剣な表情で頷く。


かつて、ロンド級一番艦ロンド号を沈められた悲しみ、悔しさを涼は忘れていない。

一対一なら、今の二番艦ニール・アンダーセン号で勝てた。


だが『奴ら』は、複数でいることが多い。

実際、アティンジョ大公国の軍艦で移動している時にも襲撃され、その時は確かに複数のクラーケンたちだった。


「今度こそ……またしても奴らに! そう言わないでいいようにしなければいけません」

涼は顔をしかめて小さく頷き、アベルも小さくため息をつく。


帰りの旅路を考えるだけでも、いろいろと考慮すべき点があるようだ。


今のところエトーシャ王国所属の水先案内人が、北上する法国艦隊を案内している。

大陸南部を抜けるまでは乗船してくれるらしい。


「西方諸国に戻るだけでも、本当に大変です」


次話は「0879 海中大決戦」です。

ええ。『奴ら』と戦いますよ! 1万字近い長編SSです!

投稿まで、今しばらくお待ちください……。



そして明日2025年7月3日より、アニメ「水属性の魔法使い」が放送されます!


2025年7月からTBS、BS11ほかにてTVアニメ放送開始!!

TBSにて、2025年7月3日から毎週木曜深夜1:28~

BS11にて、2025年7月4日から毎週金曜よる11:00~

※放送日時は予告なく変更となる場合がございます。


リアルタイムで見られなかったとしても、少し遅れて配信もされます。

多くのサイトで配信されますので、アニメ公式HPでご確認ください!


アニメ「水属性の魔法使い」公式HP

https://mizuzokusei-anime.com/

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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