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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
924/930

0877 涼対ゾルターンⅢ そして……

「吹き飛ばされてから、一気に劣勢です」

涼も、情勢悪化は理解していた。

顔をしかめながら、それでもゾルターンの攻撃をしのぐ。


「吹き飛ばされたのは<連弾>……さっき僕が放った技を、そっくり返されました」

剣と剣を合わせた状態からの、ゼロ距離攻撃魔法だ。

相手にダメージを与えるというよりは、吹き飛ばして体勢を崩す。


「空中での姿勢制御は難しい」

もちろん、深刻なダメージは無かったが、主導権を握られた。


そこから、今までずっと劣勢なままだ。



「ハハハハハ、どうした筆頭公爵、そんなものか!」

ゾルターンがそう言いながら、次から次へと火属性の攻撃魔法を放ち続けてくるのだ。


時に、近付いて剣による近接攻撃を交えながら。


「ほとんど地面に足を着かずに、前に行ったり後ろに行ったり。昔のヴァンパイアゲームで、そんな動きをするヴァンパイアがいました」

涼は持てる魔法を駆使し、村雨を使いながらゾルターンの攻撃をしのぎながら愚痴(ぐち)る。


「ほぉ、我以外に空に浮かぶヴァンパイアがいたのか」

「人の想像の中で描かれたヴァンパイアです」

「興味深いな。つまり人の中では、ヴァンパイアは空に浮かぶものだと認識しているのか?」

「そうですね、そう考えている人たちがいたということですね」

ゾルターンと涼の間では、そんな会話が交わされているが、会話の内容に比べると状況は逼迫(ひっぱく)してきている。

涼にとって。


(まずいですね。ジリ貧なのは理解しているのですが、どうやって打開すればいいのか。魔法でも剣でも上回られ、力、速さでも届かない。技術でも差がない。錬金術ですら、僕が上ではないっぽい。本当に困りました)

考えながらも、体はほとんど無意識でゾルターンの攻撃を防いでいる。


だが、完全ではない。

鉄壁を誇る涼の防御ですら、(ほころ)びが出てきている。

ローブはいつものように自動で修復されるために綺麗だが、その下の体や顔はかなり傷だらけだ。


(一発で戦闘継続に支障をきたす大きなダメージはまだありませんが、このまま進めば絶対にそんなダメージを負います)

涼は知っている。

疲れればミスが出ると。


そんな涼に、ゾルターンの声が聞こえてきた。


「だいたいこんなものだろう」

「はい?」


涼がとっさに前に飛んだのは、考えての行動ではなかった。

だが、それでも遅かった。


「うぐっ」

左足のふくらはぎが大きく切り裂かれた。


一瞬で後方に回り込んだゾルターンが、涼の足を剣で刈ったのだ。

恐れていた大きなダメージ。



もう、走れない。



「両足を斬り飛ばすはずだったのだが、よくよけたのぉ」

ゾルターンが感心している。

それは、圧倒的強者の余裕からだ。


「速さが……」

「ああ、我もかなり、空を飛ぶのに慣れてきたようでな。一気に決着をつけてみる気になった」

涼が呟き、ゾルターンが笑いながら答える。



(動けない。ウォータージェットスラスタで対抗するには……残念ながら、空を駆けるのは向こうが一枚上です。生き残ったら、もっと練習しましょう。今は、生き残るのが最優先)

涼は腹をくくった。


深く息を吐く。空っぽになった肺が、強制的に息を吸う。

成立する深呼吸。


その瞬間、涼の雰囲気が変わる。

当然それは、ゾルターンの知るところとなる。


「良いぞ、来い」

ゾルターンがブラッディーソードを構える。



村雨を左腰に溜める。

その村雨の周りに氷が生成される。

それはまるで、村雨が刃を出したまま氷の鞘に納まっているかのような。


「それは……」

涼の構えを見て、思わず呟くゾルターン。


そして、禍々(まがまが)しい笑みを浮かべる。

「小さきゴーレムの技、制作者が放つか!」


そう、抜刀術(ばっとうじゅつ)の構え。

だが涼の狙いは、別のところにある。


(一瞬でいい、ゾルターンの動きを止めたい。どんな時に動きは止まる? 驚いた時? (しび)れた時? そう、いいですね、その辺り)

一瞬で作戦を組み上げる。


(村雨、またお願いすることになります)

涼は声を出さず、心の中でそう呼び掛ける。

だが、そこは村雨との絆。

村雨が、「分かった」と言うかのように、わずかに光る。



村雨が納まる氷の鞘の内側で、小さな氷同士がぶつかり合う。

雷雲の中で起きている、氷の摩擦の再現。


ゾルターンの剣はブラッディソード。

それは、ゾルターンの血から生成された剣。


血液は電解質が含まれているため電気が流れる。

もちろん、液体時に比べれば凝固(ぎょうこ)した血液は、電気は流れにくいが絶縁体ではない以上、流れないわけではない。


「秘剣・閃電剣」



ガキンッ。


ゾルターンはブラッディーソードで、涼の抜刀術を受けた。


そう、涼の狙い通りに!


「ぐおっ」

受けた瞬間、ゾルターンの体を電気が走った。

意思に関係なく起きる、強制的な筋肉の収縮。


動けなくなるゾルターン。


同時に唱える涼。

「<質量(グラヴィテーショナル)絶大(・シンギュラリティ)>」

キンメの重力の(くびき)から脱するために作り上げた巨大重力、その魔法に名前を付けたのだ。


キンメの時ほど練り上げる必要はない。


ソフトボール大の質量の塊……ただし、膨大な質量を水や氷で押し固めたものが、ゾルターンに向かって飛んだ。



動けないゾルターンの腹に当たる……いや、当たらない。

腹が消滅。

「うぐっ」


さらに、胸、肩、腕、足に衝突……いや、衝突しない。

全て消滅。

「何だ……」


まるで消しゴムで消すように、体が消えていく……。



首から下を失ったゾルターンの頭が、地面に転がった。



「再生しない……なぜだ!」

頭だけになったゾルターンが叫ぶ。


首から下の再生が始まらない。

そんな経験は初めてだ。



「魔力とは余剰次元(よじょうじげん)の重力である」

「あん?」

「僕が導き出した魔力理論(仮)です。つまり重力を制するということは、魔力を制するのです。莫大な重力にさらされて体を消滅させられたあなたは、現在、魔力も扱えない状態です。いずれは、そんな乱れた状態も収まって使えるようになる……かもしれませんが」

「意味が分からん……」

涼は一応説明するが、ゾルターンには理解できない。


「とにかくゾルターン、あなたは魔力を使えません。ですので、体の再生もされません。ヴァンパイアの大公であると言うのなら、その矜持(きょうじ)にかけて負けを受け入れるべきです」

「大公の矜持……」

ゾルターンは、はっきりと顔をしかめる。


涼は知っている。

ヴァンパイアは、誇り高いと。

ヴァンパイア貴族としての矜持は何よりも大切だと。


「分かった……敗北を受け入れよう」




ここでようやく、涼は深いため息をついて安心することができた。


「筆頭公爵、なぜ我を消滅させなかった」

ゾルターンが問うた。


ゾルターンも理解できる。

首から下を消滅させた魔法なら、頭部を消滅させることはできるのではないかと。


「停戦交渉をするには、両陣営にトップがいなければいけません。ヴァンパイア側のトップはあなたでしょう、ゾルターン」

「それはそうだが……どうも剣閃のネダも、そちらの王と勝手に停戦したようだぞ」

ゾルターンが向けた視線の先には、アベルと並んでネダが立っている。


「アベルは人たらしです。本気になればヴァンパイアの公爵も籠絡(ろうらく)してしまえるのです」

「そいつは、恐ろしいな」

「ええ、全ての生物にとって脅威と言っていいでしょう」

ゾルターンの言葉に、涼は重々しい口調で答える。


もちろん、涼にとってはジョークのつもりなのだが……。

もしかしたら、ゾルターンの中ではアベルは危険な生き物に認定されたかもしれない。

ドンマイ、アベル。



「僕は敗北を受け入れた自称大公に、聞きたいことがあります」

「……わざわざ言わんでもいい、負けた立場であることは受け入れている。聞きたいことがあれば聞け」

「そうですか? 実はこの暗黒大陸には、すごい強者が揃っていると聞きました。詳しい状況を知りたいのです」

「強者?」

「ええ。一人はあなたです、ゾルターン」

「ふん、そうか」

ゾルターンは興味の無い風を装っているが、まんざらでもない……涼には分かる。


「僕が知りたいのは、魔人……スペルノと呼ばれる種族です」

「ふむ」

「おそらくは大陸中央部にいて、僕らを転移させたこともあります。その魔人が狙っているのは浮遊大陸……」

「なるほど、ならば奴であろう」

涼の説明に、ゾルターンが頷く……いや、頭部だけなので、そんな雰囲気だ。


「確かに厄介なスペルノ……金色のスペルノがいる」

「金色の魔人?」

涼は顔をしかめるが、竜王ブランの言った名前は覚えている。


「チェルノボーグ?」

「ほぉ、知っているか」

驚くゾルターン。


涼は思い出す。


「そういえば、ガーウィンの目も金色、キンメさんも……名前通り、本当の目の色は金色。金色が、魔人の本質? それなら……最も原初に近い、魔人ってこと?」

もちろん、適当な思考だ。


だが、よくあるではないか。


「ファンタジーにおいては、『原初』や『始祖』こそ最強……」

涼は、さらに顔をしかめる。


「ガーウィンはともかく、キンメさんより強い魔人とか……争わないようにしないと」

「心配するな。奴は、普通の人間などには興味を持っておらん」

「普通の人間以外に……何に興味を持っているんです?」

「さっき自分で言ったではないか、浮遊大陸だ」

「ああ、やっぱり」

そして涼の中で、色々と繋がる。


繋がるのだが、顔はしかめっ面のままだ。

喜ばしい情報ではないので……。



そんな二人……一人と一頭(いちあたま)が話しているところに、アベルがやってきた。

その横には、一人の女性ヴァンパイアがいる。


「リョウ、大丈夫か」

「ああ、アベル。見ていたなら、助けてくれても良かったんですよ?」

「いや、絶対遠慮する」

アベルは首を振る。


「ゾルターンの体が消滅したように見えたが」

アベルはそう言いながら、地面に転がりつつも喋っているゾルターンの頭を見る。

あまり近付かないようにして。

飛び掛かってこられたら嫌なので。


「ええ、ええ。だいたいこの惑星の一兆分の一くらいの質量を、ソフトボール大に押し込めてゾルターンにぶつけてみました。消滅させることができましたね」

「……うん、全く意味が分からん」

「以前、キンメさんと戦った時に重力の軛から脱する時にやった方法を、今回は攻撃に使ってみただけです。あれはしくじると、大変な爆発を起こしてしまいますから、正直使いたくなかったのです。今回も冷や冷やでした」

「……うん、やっぱり意味が分からん」

「あの質量塊は、圧縮が弾けてしまうと大変なので、ちゃんと魔法として消し去らないといけないのです。やはり、限界状態で使うべきものではないですね」

「……うん、まあ、勝てて良かったんじゃないか?」

結局、アベルは分からなかった。



二人の会話から、ゾルターンが敗北を受け入れたのを理解したのだろう。

ネダが話しかける。


「ゾルターンにしては(いさぎよ)いではないか」

「たわけ! ヴァンパイア貴族の矜持などと言われれば、我だって見苦しいことはせぬわ」

「ふん、立派なことだ」

ネダの笑いは(あざけ)りではなく、苦笑の(たぐい)

負の感情は生じていないということだろう。


三人と一頭が会話をし、他にもロベルト・ピルロらが近寄ってくる。

ゾルターンは消滅していないが、どうやら戦闘は終了したようだと認識されたからだ。



確かに、涼とゾルターンの戦いは終わったが……全てが終わったわけではなかった。



それは、突然そこに現れた。

うっすら、金色に輝く人。


「え?」

涼は、認識した。

認識はしたが動けない。


涼だけではない。

アベルもロベルト・ピルロも……それどころかヴァンパイアの公爵であるネダすらも、動けない。


認識はした。

だが意識できていたかといえば、分からない。


なぜなら、誰も体を動かそうとしなかったからだ。



金色に輝く人は、あまりにも自然に歩き、地面に転がっているゾルターンの頭を掴み上げた。


掴み上げた瞬間、ゾルターンの頭が金色の膜で覆われる。


「これは運が良い。ヴァンパイア公爵の(むくろ)が転がっておったわい」

「貴様、チェルノボーグ!」

「空への道に使えるな」

頭を掴み上げられたゾルターンが怒鳴(どな)り、チェルノボーグと呼ばれた金色の人が笑いながら言う。



それでようやく、他の者たちも動けるようになった。



チェルノボーグと呼ばれた者は、外見からでは、男性なのか女性なのか分からない。

どちらにも見える、中性的というのだろうか。

金色の長髪を風でなびかせ、ローブのような服を(まと)い……体全体がうっすらと金色に輝いている。

服ごと。


直感的に、人ではないとは思うのだが。


「ちと、半年ほど顔を貸せ。半年もすれば安定稼働するから、そうしたら解放してやるゆえ」

チェルノボーグが、再びゾルターンの頭に言葉をかける。


「どういう意味だ」

「そのままの意味だ」

焦りの混じるゾルターンの言葉に、余裕で答えるチェルノボーグ。



二人のやり取りを、涼もアベルも、そしてロベルト・ピルロも何も言えないまま見ている。

ゾルターンの口から出た名前……チェルノボーグは、さっきも聞いた。

竜王ブランからも聞いた。


「金色の魔人……」

涼の口から思わず漏れる。


「ほぉ、その反応は、私のことを知っていそうだな」

「チェルノボーグという名前だけですが」

「うむ、まさに私の名だ、妖精王の寵児(ちょうじ)よ」

チェルノボーグが小さく頷く。


そして、驚くべき言葉で問いかける。


「妖精王の寵児よ、浮遊大陸に興味はないか?」

「え……」

突然問われて、涼は驚く。


もちろん、興味があるかないかで言えば、あるのだが……。

((素直にそう答えると、すごく嫌な予感が……))

((ああ。俺も嫌な予感がする))

『魂の響』を通しての涼の相談に、アベルも同意する。


涼に問いながら、その答えを待たずにチェルノボーグが言葉を続ける。


「空の民を自称する連中は、この地上に降りてこぬ。高い空に島を浮かべて、偉そうに見下ろしておるのだ」

チェルノボーグと呼ばれた魔人、金色に輝く男が肩をすくめて説明する。

右手には、ゾルターンの頭を持ったまま。


いつの間にか、そのゾルターンの頭の表面に、いくつもの魔法陣が転写されていく。

空中に生じた魔法陣が、ゾルターンの頭に張り付いていくような……。


「チェルノボーグ、()めろ!」

「断る」

本気で焦った様子でゾルターンが抗議するが、金色の男は(ほが)らかに拒否する。


「半年で帰してやると言っておろうが。ヴァンパイアにとって半年など、一瞬。それくらい協力せよ」

「なんで我が貴様に協力せねばならん!」

「一つは、お前が大公を食ったから。もう一つは、こんなところに頭を転がしておったからだ」

笑いながら答えるチェルノボーグ。

さらに説明を続ける。


「お前を使う魔法陣は、連中が纏う『雲』をすべて打ち払う効果がある。最大の問題は、あまりにも膨大な魔力が必要なために、これまで起動できなかったという点だ。それはもう、膨大な魔力でな。ドラゴンの魔石を並べても全然足りないほどに」

「……」

「そのために、この地に眠る古のヴァンパイアの大公を使おうと探したのだが……お前が食べおった」

「……」

「だから、食ったお前を使う。仕方あるまい」

「貴様……」

「人のものを勝手にとってはいかんということだ」

「貴様のものではないだろうが!」

「うん? そう言われればそうかもしれん。いや、失敬(しっけい)失敬」

チェルノボーグが再び笑う。


そして言葉を続ける。

「何度も言っておる、ずっとというわけではない。安定稼働に入るのに必要な半年の間だけだ。それくらいは力を貸しても良かろう? ともに地上に生きる仲間ではないか」

「貴様らスペルノを仲間だと思ったことなどない!」

「何とも(なげ)かわしい」

憤慨(ふんがい)したように言うゾルターン、笑いながら答えるチェルノボーグ。


二人の表情の差が、そのまま置かれた状況の差だと言ってよいだろう。



チェルノボーグは笑った表情のまま、涼とアベルの方を向いた。

「以前、大陸中央部に招いたのに、なぜ遊びに来なかったのだ?」

「あの時、俺たちを転移させたのは、やはりあんたか」

「そうだ、リチャードの末裔(まつえい)

アベルの確認に、頷くチェルノボーグ。


ゆっくりとアベルを頭の先から足の先まで見た後、手に持つ剣をじっと見る。

「ふむ、“エクス”がかなり(なつ)いておるか。やるではないか……リチャード以外に懐くとは思わんかったわ」

「ああ、よくそう言われる」

「リチャードの末裔と妖精王の寵児、剣閃のネダ、それに……ん? いや、まさかな」

チェルノボーグの視線は、最後にまだ少し離れた場所にいたグラハムの顔に止まった。

だが、小さく首を傾げた後、首を振る。


まるで、見覚えのある顔に久しぶりに出会ったが、見間違いだろうと思って首を振ったような。


そして、そこにいる者たちに向かって言った。


「しばらくすれば、面白いことが起きるであろう。楽しみに待っておれ」

チェルノボーグはそう言うと、ゾルターンの頭を右手に掴んで消えた。




チェルノボーグとゾルターンの頭が消えた後、アベルは呟いた。


「浮遊大陸が出てくるとはな」

「大変なことになるかもしれません」

「ああ」

「海を征服しても、世界征服できなくなったということです」

「そこか? 本当にそこなのか? 大変なことというのは、本当にそこなのか?」

アベルが首を振りながらツッコむ。


「今の魔人さん……チェルノボーグさんでしたっけ。浮遊大陸にちょっかいを出すんですかね。全力で止めるべきだったのでしょうか」

「分からん。分からんが……底知れない強さを感じたぞ?」

「ええ。正直、ゾルターンより……。まあ、とにかく、風のようにやってきて、嵐になって去っていきました」

「変わった表現だが、意味は分かる」

涼の表現に理解を示すアベル。


「転移、とかですよね、消えたの」

「多分な」

「ゾルターンもできなかったのに、チェルノボーグさんは自分だけで転移できる」

「魔人は、そういう系が得意なんだろう?」

「ええ、ええ。魔人の皆さんは重力を扱うのが得意です。重力とは空間の歪みであるという、アインシュタイン先生の言葉を元に考えれば、彼らは空間と空間を繋げる転移みたいなのは、得意なのだと推論することは可能です」

涼は頷く。


種族によって、得意不得意があるのは当然だろう。

まあ、人間の場合、あらゆる面においてヴァンパイアや魔人らに劣るのだが。



「そういえば今のって、ゾルターンが(さら)われたってことになるんですかね」

「そうかもしれんが……半年で解放するんだろ?」

「そう言ってましたね。ハーグさんのように、この身を危険にさらしてまでも助け出したいとは思いません」

「それも仕方ないんじゃないか」

涼の素直な気持ちの吐露(とろ)に同意するアベル。



「俺が攫われたら、助けてくれよな」

突然の仮定を述べるアベル。


「当然で……う~ん」

「おい、なぜはっきりと言い切らない」

なぜか途中で言い渋る涼、顔をしかめるアベル。


涼は平和主義者だ。


「もちろん奪われたアベルを奪還します。しますが……」

「が?」

「アベル、僕たちは戦い過ぎです」

「うん?」

「昔の偉い人は言いました。右の(ほお)を叩かれたら、左の頬を差し出しなさいと」

「ん? どういう意味だ?」

「左の頬も同じように叩かれなさいということです」

「そうか。俺には分からん感覚だ」

「仕方ありません、偉い人の感覚ですからね。アベルのような、普通の国王には理解できないでしょう」

「リョウは理解できるのか?」

「もちろんできませんよ?」

「……そうだろうと思った」

肩をすくめる涼、呆れた表情のアベル。


誰もが、神の子イエスと同じ考えを持つことなどできないのは当然だ。

攻撃されれば戦わざるを得ない。


「神の子に従うなら、アベルを力づくで奪還するのはどうかと思うのです」

「俺が奪われたら、リョウも奪われればバランスがとれるということだな」

「な、何を言っているのですか! 僕は嫌ですよ。右の頬をぶたれたら、相手の左の頬をぶっ叩いてやります!」

アベルの反撃に焦り、攻撃的になる涼。


人として正直な気持ちだと思っているのだ。


「と、とりあえずハーグさんを解放しに行きましょう」

「……まあ、いいか。そのために来たんだしな」

ごまかす涼にのってやるアベル。


そう、アベルは善い奴なのである。



ハーグは敷地の北側、半分残った屋敷の中にいた。

石の中に半分体を埋められて。


「ハーグさん!」

「リョウ……さん……」

涼の呼び掛けに、弱々しいながらも答えるハーグ。


「今解放しますから! <アブレシブジェット>」

極小の氷の粒を混ぜ込んだ、石のような硬質の物を切るためのウォータージェットだ。


これまで何千回、何万回と使ってきたものだが、体を切り出すとなれば当然慎重になる。


五分ほどかけて、ハーグの体は切り出された。

その頃には、他の者たちも追いついてきた。




治療に入ったハーグを横目に、ネダがアベルに話しかける。

「アベル、相談がある」

「どうした、ネダ」

「奥に、生まれ出ようとしている同胞(どうほう)たちがいる」

「何?」

ネダの説明だが、アベルは首を傾げる。

意味が分からないからだ。


「生まれ出でようとしている、同胞? 同胞ってことはヴァンパイアだよな」

「ああ」

「生まれ出でようとしているというのは、眠りから覚めるというのとは、違うよな?」

「違う。ゾルターンによって造られた者たち、といえば分かるか?」

「なるほど、なんとなくだが分かる」

アベルも、涼たちとの会話を覚えている。


「それと、どうやら氷漬けになった者たちもいるようだ」

「うん?」

「我らのゴーレムが、中にヴァンパイアが入ることによって動いているのは……」

「ああ、最初は分からなかったが、戦場のやつを見ていてそうだろうと理解した」

「その、中に入る者たちだ」

「ああ……」

アベルは頷いた。

誰が氷漬けにしたのかも分かっている。


となると……。

「多分、その氷漬けになっている連中は生きているぞ」

「何だと……」

アベルの言葉に愕然(がくぜん)とするネダ。


「二千体はいると思うのだが……」

「さっきの、生まれ出でようとしている同胞は?」

「百体」

「合計二千百か。ヴァンパイア二千百体は、さすがに多いな」

「ヴァンパイアはヴァンパイアだが、ほとんどまっさらな状態だ。基本的に、ゾルターンによって行動を支配されていたからな。ゾルターンがいなくなった今、自律的(じりつてき)に動く事すらできんはずだ。もちろん、戦うこともできんし、人を襲うこともない。人が襲わなければな」

「まあ……どんな生き物だって、襲ってこられたら反撃はするからな」

ネダの説明にアベルも頷く。


「ネダ、そいつらをどうするんだ」

「もうすぐとは言ったが、生まれ出でるのに一カ月前後かかる。全て、私に預けてほしい」

「預ける?」

「人間たちと衝突しない道を探ってみたいのだ」

「そんなことが、可能か?」

アベルは素朴な疑問を(てい)す。


「ゾルターンのいない今なら、可能だ。半年後に戻ってくるのだとしても、もうその時には再洗脳することもできないだろう」

ネダが言う。


しかし、そこに……。


「私は反対です」

声が響いた。


「グラハム……」

アベルもすぐに誰の声が認識する。

そして、その声も当然だと理解する。



「教会の人間からすれば、当然の反応だな」

ネダも頷きながら理解を示す。

グラハムが、祭服を着ているから西方教会の人間だと分かったのだろう。


だが、そんな反論も想定していたか、ネダが提案する。

「ヴァンパイアは誰もが、何らかの魔法を使える」

「ああ、そのようだな」

「私が使えるのは闇属性魔法だ」

「何?」

思わずアベルの顔が歪む。

ほとんど条件反射だ。


「もちろん、ここにいる者たちには何もしない。ただそれは、他のヴァンパイアにも有効とだけ言っておきたい」

「ああ、そういうことか……」

アベルは頷く。

先ほどネダが「再洗脳することもできない」と言ったのはそういうことなのだと。


ヴァンパイア二千百体を、精神面から支配下に置けると。



「我らは、この暗黒大陸中央部に移る。あそこなら、人はいない」

「……確かに、俺たちも転移させられて中央部に行ったが、人はいなかったな」

ネダの提案に、アベルも思い出しながら頷く。


「この南部にいれば、今すぐにではなくとも将来、人とヴァンパイアが衝突する可能性は出てくるだろう。いや、必ずぶつかるだろう。だが、中央部なら……ほとんどの場合、人が訪れることはない。周囲が断崖絶壁に囲まれているからな」

「……」

「どうだろうか、グラハム」

「……」

アベルの提案にグラハムも考え込む。


考えた後、問う。

「ヴァンパイアは人の血を求めます。その点はどうしますか」

グラハムの言葉は決して大きくもなく、荒々しくもない。

むしろ柔らかい。

だが、その中身は重い。


「ああ、それは事実だ。事実だが、それだけが事実でもない」

「どういう意味だ?」

ネダの言葉に、アベルは首を傾げる。


「人の血が無くとも、ヴァンパイアは生きていくことはできる」

「は? そうなのか?」

「人の血は、ある種の嗜好品(しこうひん)だ」

「なるほど」

嗜好品という説明にアベルは頷いた。


アベルもケーキは好きだが、ケーキを食べなくとも死ぬことはない。生きていける。

いつも傍らにいる水属性の魔法使いであれば、食べないで生きていけるかは分からないが。


「生まれ出でようとしている者たちはもちろん、ゴーレム用に生み出された者たちも、人の血の味を知らん。このまま、それを経験することなく、人から離れて生きていけば……求めないのではないかと思う」

「なるほど、それは興味深いな」

ネダの説明に、アベルは再び頷いた。


グラハムも考え込んでいる。



その間も、ハーグさんことハーゲン・ベンダ男爵は治療されている。

エトとフィオナによって。

どちらも、優秀な光属性魔法の使い手だ。


「解放への協力、感謝する」

オスカーが涼に向かって頭を下げた。


その姿に、少しだけ驚く涼。


「……いえ、ハーグさんが無事でよかったです」

無難に、だが正直な気持ちを答える涼。


涼だって「別にあなたのために助けたわけじゃありません」みたいな、そんなことは言ったりはしない。

さすがに、そういう場でないのは理解している。


実際今もエトとフィオナという、王国と帝国の光属性の魔法使いが協力して治癒しているわけで。


「それぞれの人に、それぞれの立場があります。ですがそれとはまた別に、友情というものも存在すると僕は思っています」

涼は、治療されているハーゲン・ベンダ男爵を見て、呟くように言った。



そんな治療や魔法使い同士のやり取りを見てから、グラハムは口を開いた。

「分かりました。ルミニシュ公爵ネダ、あなたが保証するのなら、奥のヴァンパイアたちを中央部に連れて行くのを止めません」

「保証?」

「あなたが生きている限り、ここから連れて行かれるヴァンパイアたちは人間と争わないと」

「いいだろう、保証しよう」

グラハムの言葉に、ネダは大きく頷いた。


それは、ヴァンパイアの公爵としての約束。

グラハムも、西方教会教皇としての決断。

どちらも軽いものではない。


「いいのか、ネダ。そんなことを保証して」

むしろアベルが懸念を示す。


「アベル、私は公爵だぞ? あの者たちは男爵。いや、正確には男爵としての力も、まだ持っておらん。生まれてから力をつけ、鍛え続ければ……子爵や伯爵まで上がるものもいるかもしれんが。それでも公爵には、絶対に逆らえん。闇属性魔法を使える公爵にはな」

「そうか、怖いな」

アベルは頷いた。


だが、すぐに気付く。


「ヴァンパイアの爵位って、後から上がったりするのか?」

「当然だ。力が上がれば爵位も上がる。爵位とは、力の強さを表すものだからな。ゾルターンだって、公爵から大公に上がったと自分で言っていたろう。爵位の変更は、それなりに行われる」

「知らなかった」

ネダの説明に、何度も頷くアベル。



「ハーグさん!」

涼のそんな声がアベルたちの元にも聞こえてくる。


治療が終わり、ハーゲン・ベンダ男爵が目を覚ましたようだ。


「リョウさん、ありがとうございました……」

「ハーグさんは、大切なケーキ友ですからね。助けるのは当然です。またカフェ・ローマーに、ケーキを食べに行きましょう」

「はい」

涼のはちきれんばかりの笑顔に、ハーグも笑顔で頷くのだった。

今話で「第四部 暗黒大陸編」は終了です。

読んでくださり、ありがとうございました。


しばらくしたら、一行が戻るお話を不定期で投稿する予定です、「第四・五部 帰還編」(仮)として。

『清涼なる五峰』の人たちとか、バーダエール首長国の人たちとか、三号君とかいろんな人たちがいますので。

アニメ等々に合わせて投稿できればいいなと、考えてはいますが……。


ですが「第五部 浮遊大陸編」の投稿は、かなり後になるということをお伝えしておかねばなりません。

『水属性の魔法使い』を投稿し始めた五年前に比べて、筆者がとても忙しくなっておりまして……。

話の展開はそれなりにできているのですが、それを文字に起こす時間がありません。

申し訳ないです。


で、第五部は「浮遊大陸編」なのですが、《書籍版》も読んでくださっている読者の方は思っているはずです。

「書籍版だと、第一部から出てきてるよね?」と。

はい、出てきております。

つまり第五部、《なろう版》と《書籍版》は、かなり違う内容になるということです。

その辺りのアイデアもちゃんと頭の中にありますので、大丈夫。

そう、ただ時間が無いだけです……。

誰か、一日四十八時間、いえ七十二時間にしてください!

増えた分、小説を書きますので……ので……ので……。



最後に、7月から『水属性の魔法使い』のアニメが放送されます。

多分、筆者が一番楽しみにしています……。


昨日6月13日に、アニメ「水属性の魔法使い」の公式HPが更新されました。

多くの情報が解禁されております。

まだ見ていらっしゃらない方は、ぜひご訪問ください。

https://mizuzokusei-anime.com/


6月20日、7月15日には、小説3-2、小説3-3が立て続けに発売されます。

どちらも、いつものように何万字もの加筆がされていますので、楽しみにお待ちください。

さらに7月15日にはコミックス7巻も出ます!

そうそう、初アクリルスタンドもその日に出ます!

https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html


それでは皆様、後日投稿されるはずの「第四・五部 帰還編」(仮)でお会いしましょう。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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