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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0876 涼対ゾルターンⅡ

「ふぅ、ふぅ……」

息を整える涼。


「倒した?」

呟いたのは、離れて見ていたロベルト・ピルロ。


だが……。

「ロンド公! 変だぞ!」

珍しくロベルト・ピルロが怒鳴(どな)る。

ロベルト・ピルロ本人も、感じた違和感(いわかん)の正体は分かっていない。

何かが変、それは瞬間的に感じ取った。


一秒後、理解する。


膨大(ぼうだい)な魔力を感じる……」

思わず呟く。



「首を斬り飛ばして、心臓を貫いたのですが、村雨じゃダメ?」

涼は小さく首を振る。


しかしすぐに気付く。


「ああ、心臓を貫けていない」

そう、確かに背中から胸を貫いた。

本来なら、心臓のある位置だが、そこには無かったのだ。



一瞬で再生し、涼から距離をとるゾルターン。


「残念だったな、ロンド公爵」

「心臓の位置を動かしましたね! なんて卑怯(ひきょう)な」

「よく分かったな。ヴァンパイアを消滅させるには、聖別された武器で首を斬り飛ばし、心臓を貫く、だったよな、教会が言っているのは。だが、心臓が別の位置にあれば消滅させることができない。簡単な解決策だ」

「普通は、心臓の位置は動かせません」

ゾルターンのあまりの説明に、顔をしかめて首を振る涼。


「それは愚かな固定観念(こていかんねん)だ。心臓など、体中に血液を送れればどこでも良かろう」

「肺にも血液を送っているのですが……」

「血管を延ばせばよいだけのことよ」

「ああ……ヴァンパイアそのものを促成栽培する技術を、そんなところに生かしたのですか」

むしろ驚きを通り越して呆れてしまう涼。


同時に、消滅させることの困難さは理解している。

ゾルターンが言った通り「心臓が別の位置」にあれば、貫くのは驚くほど難しくなる。


「そもそも、首を斬り飛ばしただけではダメというのが卑怯です。魔人にしろ幻人にしろ、なんでそんな種族がいっぱいいるのですか!」

それは、涼の魂の慟哭(どうこく)


「仕方あるまい。人間も、そうなればよいではないか」

「なれません!」

「本当にそうか? あらゆる方法を試したのか? その上で、なれないと結論付けたのか? そうではないだろう?」

「そうではないですけど、あんまりそういう実験をするのは、倫理的に良くない事なのです」

「そうか、人とは厄介な生き物なのだな。そんなことでは、またヴァンパイアの支配下に入ることになるぞ」

涼がとても常識的な反応をし、ゾルターンが肩をすくめる。



「さて、どうするロンド公爵」

「やることは変わりません。ゾルターン、あなたを倒します」

「倒せなかっただろう?」

「問題ありません。首を斬り飛ばすように、体中を切り刻めば、運よくどこかにある心臓も斬れるはずです。これが人の叡智(えいち)です」

「……我には理解できん」

(あわ)れなヴァンパイアよ」

首を振るゾルターン、可哀そうな人を見る目の涼。

もし、この場にアベルがいたら無言のまま、ただ首を振ったろう……。


「まあ、よい。そろそろこちらにも攻撃させろ。<焔雨>」

「<積層アイスウォール20層>」

雨のように降り注ぐ炎。

しかも一つ一つが、氷の壁に衝突すると大きく燃え上がる。


「二発で20層が消える? なんという威力」

「当然だ。我は大公ぞ」

「自称大公です」

「筆頭公爵とやらは(うつわ)が小さいな」

「人とヴァンパイアでは、器の定義が違うのです」

ゾルターンの挑発に、はっきりと言い返す涼。


今、この場は、ヴァンパイアと人の主張がぶつかる場でもあるのだ。

言い負ければ、ヴァンパイアによる人世界への蹂躙(じゅうりん)を許すことになる、それは避けなければ!

……と勝手に涼は思って反論している。


もちろんこの場にアベルがいれば、無言のまま再び首を振るだろう……。



「人とヴァンパイアの代表戦です!」

涼が宣言する。


「面白い! ならば、他の者たちにも見せてやらねばな!」

ゾルターンはそう言うと、唱えた。

「<焔壊>」


ゾルターンが掲げた右腕から数千にも及ぶ炎の線が半円状に走る。



城が崩壊した。



空がむき出し、壁が崩壊。

外で戦っていたヴァンパイアと人間たちが見える。

それは当然、外からも二人の戦いが見えるようになったということだ。


「何という無茶苦茶な」

「証人たちのいないところで色々決まるのは、あまり良くないだろう?」

「密室政治を否定する姿勢は僕も支持できます」

結果だけでなく、過程も重要。

それが他の人にも見える形になっていれば、誤解も減るというものだ。



「当然、城を壊せる魔法は、人を壊すこともできる。<焔壊>」

ゾルターンが掲げた右腕から数千にも及ぶ炎の線が、一度空に打ち上げられ、そこから涼に向かって襲い掛かる。


「<積層アイスウォール20層>」

自動で分厚くなっていく氷の壁だが……。


「さっきの魔法より強い?」

「そりゃあ、さっきのは焔の雨。ただの雨だからな」

焦る涼、涼しい顔のゾルターン。


積層アイスウォールの増殖速度より、炎による浸食速度の方が上。


防ぎきれなくなれば、当然、炎は涼に到達する。


吹き飛ぶ涼。



「吹き飛んだ? いや、焼き尽くすはずなのだが?」

結果に首を傾げたのはゾルターンだ。


そして、遠くに吹き飛ばされた対象を見る。

ヴァンパイアの視力は、一キロ先で起きた事象もはっきり見ることができる。


「氷の、塊?」


そう、吹き飛ばされたのは氷の塊。

塊が割れて中から出てきたのは、白いローブの魔法使い。


「とっさに、<氷棺>で自分を氷漬けにして難を逃れることができました」

小さく首を振る涼。



「自分を氷漬けにした? なぜ、それで無事なのだ?」

「全ては人の叡智です」

「人の叡智と言っておけば何でも通るわけではないぞ、筆頭公爵」

「そう言われても……こうして無事だったのですから、それこそが人の叡智の結果でしょう。ヴァンパイアの自称大公は細かいことにこだわり過ぎ、器が小さいですね。うちの国王陛下だったら、鷹揚(おうよう)に頷いて、よくやったと褒めてくれますよ」

涼はやれやれという表情で肩をすくめる。


「その国王とやらは、器がでかいのではなく愚かなだけではないか?」

なぜか風評被害を受けるアベル王。


「失敬な! アベルの器は間違いなく大きいです。愚かかどうかは、また別問題です」

はっきりと言い返してやる涼。


そう、器が大きいのは事実なのだ。

そう、愚かかどうかは……いや、もちろんアベルは愚かではない。



「アベル? “エクス”を持っていた、リチャードの子孫ではないか。ネダと戦っていたはずだが」

「ああ、アベルを知っていますか。愚かかどうかはともかく、器は大きかったでしょう?」

「愚かでもないだろう。賢い部類に入るだろう?」

「そこは、人によって見解の相違があるかもしれませんので」

涼は筆頭公爵なので、無責任なことは言えないのだ。



「まあ、いい。しかし、ここだとあまり多くの者たちから見えないな」

「屋根も壁も取っ払ったのに?」

「空で戦うのが一番いいんだろうな」

「はい?」

ゾルターンの突然の言葉に、首を傾げる涼。


「何だ、人間の筆頭公爵は空を飛べないのか?」

「ヴァンパイアの自称大公は飛べるのですか?」

「当然だ」


ゾルターンはそう答えると、空に浮いてみせた。


「足や背中から火を噴き出して飛ぶ……どこかのロケットかロボットですね」

涼は首を振る。



「筆頭公爵も、空くらい飛べるだろう?」

再び挑発するゾルターン。


「当然です! <ウォータージェットスラスタ>」

売られた喧嘩(けんか)を買う涼。

空に浮かび上がる。



空で対峙する涼とゾルターン。



「正直、(あお)っただけだったのだが、本当に浮かぶとは」

苦笑するゾルターン。


「これも人の叡智です」

「人の叡智は万能だな」

涼が胸を張って言い、呆れたように答えるゾルターン。


「その人の叡智、だが空で戦えるのか? 飛べるだけでは意味がない」

「そっくりそのまま返してやります。<アイシクルランスシャワー>」

「いきなりかっ、<焔の茨>」

涼から放たれる数多(あまた)の氷の槍。それを(むち)のようにうねる炎が迎撃する。


「なら、こっちもだ! <焔壊>」

「それは、さっき見ました! <積層アイスウォール20層>」

ゾルターンが掲げた右腕から数千にも及ぶ炎の線が、一度空に打ち上げられ、そこから涼に向かって襲い掛かり、氷の壁に衝突する。


砕ける氷の壁、さらに乱舞する対消滅の光。



ガキンッ。



血の剣と氷の剣が激突した。


対消滅の光を目くらましにして、ゾルターンが涼の後背から剣で攻撃したのだ。

それを涼が迎撃した。


「やるじゃないか、筆頭公爵」

「破れないと分かっている技を繰り返す理由なんて、陽動以外にないでしょう」

「大した経験をしてきているようだな。人の中でも若い方だろうに」

「若いから経験を積んでいないというわけではありません。経験だって量より質です」

涼がはっきりと言い切る。


一瞬驚いたように見えたゾルターンだが、ニヤリと笑った。

嫌な予感を覚える涼。


「だが、空での戦闘経験はまだまだなようだな」

「え?」

「<連弾>」

ゾルターンが唱えた瞬間、涼は吹き飛んだ。


地面に叩きつけられる……と見えたが、ぶつかる寸前、全力の<ウォータージェットスラスタ>で激突は免れた。


それでも地面を滑る。


すぐに村雨を構える。


ガキン、ガキン、ガキン……。


追撃したゾルターンによる、連撃への移行。

さらに……。

「<焔雨>」

「<積層アイスウォール20層>」

剣戟とは別に、斜め上方から襲い掛かる炎の雨。

涼も氷の壁で防ぐ。


当然のように、近接戦においても剣と魔法が飛び交う……。




涼とゾルターンの戦いは、他の者たちからも見えている。

アベルとネダは並んで立ち、二人の戦いを見ていた。


「あれは人間の魔法使いなのだろうが、ゾルターン相手によくやっている」

そう呟いたのは剣閃のネダ。

ネダはヴァンパイアの公爵である。


「あれはリョウ、うちの切札だ」

アベルは腕を組んでいる。

冷静な口調だが、顔をしかめている。

涼が厳しい状況にあることが見てとれるからだ。


「ほぉ、アベルの家臣だったか」

「いや、俺の友だ。うちの筆頭公爵ではあるがな」

ネダの言葉に、アベルはすぐに言い換える。


「アベルは国王で、そのリョウというのは、アベルの国の筆頭公爵なのだろう? それなのに家臣ではないと?」

「ネダだって、ゾルターンの家臣や部下じゃないだろう?」

「当然だ。協力を乞われればしないではないが、対等な関係だ」

「それと同じようなものだ」

ネダは誇らしげに言い切り、アベルも一つ頷く。


これまでアベルは、涼を家臣や部下として見たことはない。


「“エクス”を持つリチャードの末裔(まつえい)の友か。なるほど、それならゾルターン相手にあそこまで戦えるのも分からんではない。だが、それでも……」

「ああ、リョウが押されているな」

ネダの目にもアベルの目にも、優劣は明らかだ。


「魔法の威力一つ一つが違い過ぎる」

「リョウの氷の壁が、あそこまで簡単に壊れていくのは見たことがない」

「ゾルターンの火属性魔法は確かに強い。魔法の威力だけで言えば、ドラゴンをすら上回るらしいからな」

「マジかよ……」

ネダの言葉は、アベルにも大きな衝撃を与える。


ドラゴンと言えば、この世界の最強種だ。

もちろん、すでに伝説の存在であるが……そんな伝説の中の最強種をすら上回る。

それに人間が立ち向かうのは、それは無理だろう。



遠距離では無理。

なら、近距離ならどうだ?


「ゾルターンの剣はどうだ?」

「私よりは、少しだけ弱い」

「……少しだけかよ」

「ああ。私でも、奴が魔法を絡めて剣を振るってきたら苦戦する」

「おいおい……勝てねえじゃねえか」

「当たり前だろ? 人がヴァンパイアの公爵に勝てるわけないだろうが」

ネダが呆れた様子で肩をすくめる。


「弱点とか無いのかよ」

「あるわけがない。あったとしても私は教えんぞ。私だってヴァンパイアだ。ゾルターンは傲岸不遜(ごうがんふそん)で鼻持ちならないやつではあるが、同じヴァンパイアだからな。人に売ったりはせん」

「まあ、そりゃあそうだな」

アベルも顔をしかめたまま頷く。


ヴァンパイアは人間に置き換えてみれば、ネダが言っていることが当たり前であることは誰にでも分かる。

もちろんアベルも、ネダから弱点を聞けるとは思っていない。



「むしろゾルターンは、ヴァンパイアの中で最も穴の少ない公爵と言うべきだ」

「どういう意味だ?」

「そのままさ。例えば私は剣が好きだ。魔法も使えんことはないが、好きではない」

「なるほど。ゾルターンは剣も魔法もできると」

「そう、奴は錬金術まで信じられんほど習熟している」

「ああ……ゴーレム軍団を造ったほどだもんな」

アベルはそう言うと、未だ戦い続けているヴァンパイアとそのゴーレム、王国騎士団を中心とした人の集団を見た。


ネダは言葉を続ける。


「しかも奴は、嘘か真か『大公を食った』と言った」

「俺もそれは聞いた」

「少なくとも、それによって強くはなっただろう」

「ヴァンパイアに大公がいたんだな。グラハム以外、誰も知らなかった」

「そりゃそうだ。我らですら……ん? 知っている者がいたのか?」

アベルの言葉の中に、ネダが引っ掛かる部分があったようだ。


「ああ。グラハム……西方教会の教皇は知っていたようだ。詳しくは聞いていないが」

「それは不思議……いや、今グラハムと言ったか?」

「言った、第百一代教皇グラハムだ」

「いや、まさか……我が前回起きていたのは千年前、さすがに同名の者か」

最後のネダの呟きは、アベルの耳にも届かなかった。



二人の話題は、再び涼とゾルターンの戦いに戻る。


「空から叩きつけられて、一気に形勢が傾いたか」

ネダが呟く。


「さすがに、人は空での戦いは経験が少ない」

アベルが顔をしかめたまま呟く。


「ヴァンパイアだって、空で戦うことはほとんどないぞ」

「だが、ゾルターンは……」

「数日前に聞いた話だが、ゴーレムを空に飛ばそうとして研究していた結果、自分が飛べるようになったそうだ」

「ゾルターンもかよ」

アベルが首を振る。


「ゾルターン()?」

「あのリョウも、ゴーレムはいずれ空を飛ぶらしい」

「なるほど。ゴーレム開発者にとっては、ゴーレムが空を飛ぶのは当然の未来なのだな」

「俺には理解できん」

ネダが大きく頷き、アベルは大きく首を振る。


「ゴーレムを造った二人が、それも種族の違う二人が、同じ将来像を描いているということは、そういうことなんだろう」

「ふむ……空、か。空を飛びたい気持ちは分かる」

アベルはそう呟くと、自分の手首に着けている飛翔環をチラリと見る。

その錬金道具のおかげで、アベルは空を飛ぶことができるからだ。


その視線を追ったネダが口を開く。

「さっき私を追い詰めた瞬間移動は、その錬金道具だったな」

「ああ」

そこまで言って、アベルはふと思ったので言葉を続ける。


「こいつは、俺専用にしてあるから、奪ったって使えんぞ」

「奪ったりはせん」

わずかにアベルが、腕を引っ込めたのも見えたのだろう。

ネダは苦笑するのだった。


明日投稿の「0877 涼対ゾルターンⅢ そして……」で第四部は終了です。

1万字超ありますね、お楽しみに。



そして、アニメ情報ですが。

本日、多くの情報が解禁いたしました!

新しいキャストの方々とか、OP・ED曲とか。

テレビはもちろん、配信もあります!

(放送開始日、配信日も公開されております)

多くの人に「水属性の魔法使い」の存在を、知ってもらえるに違いありません!


さらに、第2弾PVも出ています!

本編の映像や、OPが聞けますよ。


アニメ「水属性の魔法使い」公式HP

https://mizuzokusei-anime.com/


「水属性の魔法使い 第2弾PV」

youtu.be/4E6zDMwB1rw


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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