0876 涼対ゾルターンⅡ
「ふぅ、ふぅ……」
息を整える涼。
「倒した?」
呟いたのは、離れて見ていたロベルト・ピルロ。
だが……。
「ロンド公! 変だぞ!」
珍しくロベルト・ピルロが怒鳴る。
ロベルト・ピルロ本人も、感じた違和感の正体は分かっていない。
何かが変、それは瞬間的に感じ取った。
一秒後、理解する。
「膨大な魔力を感じる……」
思わず呟く。
「首を斬り飛ばして、心臓を貫いたのですが、村雨じゃダメ?」
涼は小さく首を振る。
しかしすぐに気付く。
「ああ、心臓を貫けていない」
そう、確かに背中から胸を貫いた。
本来なら、心臓のある位置だが、そこには無かったのだ。
一瞬で再生し、涼から距離をとるゾルターン。
「残念だったな、ロンド公爵」
「心臓の位置を動かしましたね! なんて卑怯な」
「よく分かったな。ヴァンパイアを消滅させるには、聖別された武器で首を斬り飛ばし、心臓を貫く、だったよな、教会が言っているのは。だが、心臓が別の位置にあれば消滅させることができない。簡単な解決策だ」
「普通は、心臓の位置は動かせません」
ゾルターンのあまりの説明に、顔をしかめて首を振る涼。
「それは愚かな固定観念だ。心臓など、体中に血液を送れればどこでも良かろう」
「肺にも血液を送っているのですが……」
「血管を延ばせばよいだけのことよ」
「ああ……ヴァンパイアそのものを促成栽培する技術を、そんなところに生かしたのですか」
むしろ驚きを通り越して呆れてしまう涼。
同時に、消滅させることの困難さは理解している。
ゾルターンが言った通り「心臓が別の位置」にあれば、貫くのは驚くほど難しくなる。
「そもそも、首を斬り飛ばしただけではダメというのが卑怯です。魔人にしろ幻人にしろ、なんでそんな種族がいっぱいいるのですか!」
それは、涼の魂の慟哭。
「仕方あるまい。人間も、そうなればよいではないか」
「なれません!」
「本当にそうか? あらゆる方法を試したのか? その上で、なれないと結論付けたのか? そうではないだろう?」
「そうではないですけど、あんまりそういう実験をするのは、倫理的に良くない事なのです」
「そうか、人とは厄介な生き物なのだな。そんなことでは、またヴァンパイアの支配下に入ることになるぞ」
涼がとても常識的な反応をし、ゾルターンが肩をすくめる。
「さて、どうするロンド公爵」
「やることは変わりません。ゾルターン、あなたを倒します」
「倒せなかっただろう?」
「問題ありません。首を斬り飛ばすように、体中を切り刻めば、運よくどこかにある心臓も斬れるはずです。これが人の叡智です」
「……我には理解できん」
「憐れなヴァンパイアよ」
首を振るゾルターン、可哀そうな人を見る目の涼。
もし、この場にアベルがいたら無言のまま、ただ首を振ったろう……。
「まあ、よい。そろそろこちらにも攻撃させろ。<焔雨>」
「<積層アイスウォール20層>」
雨のように降り注ぐ炎。
しかも一つ一つが、氷の壁に衝突すると大きく燃え上がる。
「二発で20層が消える? なんという威力」
「当然だ。我は大公ぞ」
「自称大公です」
「筆頭公爵とやらは器が小さいな」
「人とヴァンパイアでは、器の定義が違うのです」
ゾルターンの挑発に、はっきりと言い返す涼。
今、この場は、ヴァンパイアと人の主張がぶつかる場でもあるのだ。
言い負ければ、ヴァンパイアによる人世界への蹂躙を許すことになる、それは避けなければ!
……と勝手に涼は思って反論している。
もちろんこの場にアベルがいれば、無言のまま再び首を振るだろう……。
「人とヴァンパイアの代表戦です!」
涼が宣言する。
「面白い! ならば、他の者たちにも見せてやらねばな!」
ゾルターンはそう言うと、唱えた。
「<焔壊>」
ゾルターンが掲げた右腕から数千にも及ぶ炎の線が半円状に走る。
城が崩壊した。
空がむき出し、壁が崩壊。
外で戦っていたヴァンパイアと人間たちが見える。
それは当然、外からも二人の戦いが見えるようになったということだ。
「何という無茶苦茶な」
「証人たちのいないところで色々決まるのは、あまり良くないだろう?」
「密室政治を否定する姿勢は僕も支持できます」
結果だけでなく、過程も重要。
それが他の人にも見える形になっていれば、誤解も減るというものだ。
「当然、城を壊せる魔法は、人を壊すこともできる。<焔壊>」
ゾルターンが掲げた右腕から数千にも及ぶ炎の線が、一度空に打ち上げられ、そこから涼に向かって襲い掛かる。
「<積層アイスウォール20層>」
自動で分厚くなっていく氷の壁だが……。
「さっきの魔法より強い?」
「そりゃあ、さっきのは焔の雨。ただの雨だからな」
焦る涼、涼しい顔のゾルターン。
積層アイスウォールの増殖速度より、炎による浸食速度の方が上。
防ぎきれなくなれば、当然、炎は涼に到達する。
吹き飛ぶ涼。
「吹き飛んだ? いや、焼き尽くすはずなのだが?」
結果に首を傾げたのはゾルターンだ。
そして、遠くに吹き飛ばされた対象を見る。
ヴァンパイアの視力は、一キロ先で起きた事象もはっきり見ることができる。
「氷の、塊?」
そう、吹き飛ばされたのは氷の塊。
塊が割れて中から出てきたのは、白いローブの魔法使い。
「とっさに、<氷棺>で自分を氷漬けにして難を逃れることができました」
小さく首を振る涼。
「自分を氷漬けにした? なぜ、それで無事なのだ?」
「全ては人の叡智です」
「人の叡智と言っておけば何でも通るわけではないぞ、筆頭公爵」
「そう言われても……こうして無事だったのですから、それこそが人の叡智の結果でしょう。ヴァンパイアの自称大公は細かいことにこだわり過ぎ、器が小さいですね。うちの国王陛下だったら、鷹揚に頷いて、よくやったと褒めてくれますよ」
涼はやれやれという表情で肩をすくめる。
「その国王とやらは、器がでかいのではなく愚かなだけではないか?」
なぜか風評被害を受けるアベル王。
「失敬な! アベルの器は間違いなく大きいです。愚かかどうかは、また別問題です」
はっきりと言い返してやる涼。
そう、器が大きいのは事実なのだ。
そう、愚かかどうかは……いや、もちろんアベルは愚かではない。
「アベル? “エクス”を持っていた、リチャードの子孫ではないか。ネダと戦っていたはずだが」
「ああ、アベルを知っていますか。愚かかどうかはともかく、器は大きかったでしょう?」
「愚かでもないだろう。賢い部類に入るだろう?」
「そこは、人によって見解の相違があるかもしれませんので」
涼は筆頭公爵なので、無責任なことは言えないのだ。
「まあ、いい。しかし、ここだとあまり多くの者たちから見えないな」
「屋根も壁も取っ払ったのに?」
「空で戦うのが一番いいんだろうな」
「はい?」
ゾルターンの突然の言葉に、首を傾げる涼。
「何だ、人間の筆頭公爵は空を飛べないのか?」
「ヴァンパイアの自称大公は飛べるのですか?」
「当然だ」
ゾルターンはそう答えると、空に浮いてみせた。
「足や背中から火を噴き出して飛ぶ……どこかのロケットかロボットですね」
涼は首を振る。
「筆頭公爵も、空くらい飛べるだろう?」
再び挑発するゾルターン。
「当然です! <ウォータージェットスラスタ>」
売られた喧嘩を買う涼。
空に浮かび上がる。
空で対峙する涼とゾルターン。
「正直、煽っただけだったのだが、本当に浮かぶとは」
苦笑するゾルターン。
「これも人の叡智です」
「人の叡智は万能だな」
涼が胸を張って言い、呆れたように答えるゾルターン。
「その人の叡智、だが空で戦えるのか? 飛べるだけでは意味がない」
「そっくりそのまま返してやります。<アイシクルランスシャワー>」
「いきなりかっ、<焔の茨>」
涼から放たれる数多の氷の槍。それを鞭のようにうねる炎が迎撃する。
「なら、こっちもだ! <焔壊>」
「それは、さっき見ました! <積層アイスウォール20層>」
ゾルターンが掲げた右腕から数千にも及ぶ炎の線が、一度空に打ち上げられ、そこから涼に向かって襲い掛かり、氷の壁に衝突する。
砕ける氷の壁、さらに乱舞する対消滅の光。
ガキンッ。
血の剣と氷の剣が激突した。
対消滅の光を目くらましにして、ゾルターンが涼の後背から剣で攻撃したのだ。
それを涼が迎撃した。
「やるじゃないか、筆頭公爵」
「破れないと分かっている技を繰り返す理由なんて、陽動以外にないでしょう」
「大した経験をしてきているようだな。人の中でも若い方だろうに」
「若いから経験を積んでいないというわけではありません。経験だって量より質です」
涼がはっきりと言い切る。
一瞬驚いたように見えたゾルターンだが、ニヤリと笑った。
嫌な予感を覚える涼。
「だが、空での戦闘経験はまだまだなようだな」
「え?」
「<連弾>」
ゾルターンが唱えた瞬間、涼は吹き飛んだ。
地面に叩きつけられる……と見えたが、ぶつかる寸前、全力の<ウォータージェットスラスタ>で激突は免れた。
それでも地面を滑る。
すぐに村雨を構える。
ガキン、ガキン、ガキン……。
追撃したゾルターンによる、連撃への移行。
さらに……。
「<焔雨>」
「<積層アイスウォール20層>」
剣戟とは別に、斜め上方から襲い掛かる炎の雨。
涼も氷の壁で防ぐ。
当然のように、近接戦においても剣と魔法が飛び交う……。
涼とゾルターンの戦いは、他の者たちからも見えている。
アベルとネダは並んで立ち、二人の戦いを見ていた。
「あれは人間の魔法使いなのだろうが、ゾルターン相手によくやっている」
そう呟いたのは剣閃のネダ。
ネダはヴァンパイアの公爵である。
「あれはリョウ、うちの切札だ」
アベルは腕を組んでいる。
冷静な口調だが、顔をしかめている。
涼が厳しい状況にあることが見てとれるからだ。
「ほぉ、アベルの家臣だったか」
「いや、俺の友だ。うちの筆頭公爵ではあるがな」
ネダの言葉に、アベルはすぐに言い換える。
「アベルは国王で、そのリョウというのは、アベルの国の筆頭公爵なのだろう? それなのに家臣ではないと?」
「ネダだって、ゾルターンの家臣や部下じゃないだろう?」
「当然だ。協力を乞われればしないではないが、対等な関係だ」
「それと同じようなものだ」
ネダは誇らしげに言い切り、アベルも一つ頷く。
これまでアベルは、涼を家臣や部下として見たことはない。
「“エクス”を持つリチャードの末裔の友か。なるほど、それならゾルターン相手にあそこまで戦えるのも分からんではない。だが、それでも……」
「ああ、リョウが押されているな」
ネダの目にもアベルの目にも、優劣は明らかだ。
「魔法の威力一つ一つが違い過ぎる」
「リョウの氷の壁が、あそこまで簡単に壊れていくのは見たことがない」
「ゾルターンの火属性魔法は確かに強い。魔法の威力だけで言えば、ドラゴンをすら上回るらしいからな」
「マジかよ……」
ネダの言葉は、アベルにも大きな衝撃を与える。
ドラゴンと言えば、この世界の最強種だ。
もちろん、すでに伝説の存在であるが……そんな伝説の中の最強種をすら上回る。
それに人間が立ち向かうのは、それは無理だろう。
遠距離では無理。
なら、近距離ならどうだ?
「ゾルターンの剣はどうだ?」
「私よりは、少しだけ弱い」
「……少しだけかよ」
「ああ。私でも、奴が魔法を絡めて剣を振るってきたら苦戦する」
「おいおい……勝てねえじゃねえか」
「当たり前だろ? 人がヴァンパイアの公爵に勝てるわけないだろうが」
ネダが呆れた様子で肩をすくめる。
「弱点とか無いのかよ」
「あるわけがない。あったとしても私は教えんぞ。私だってヴァンパイアだ。ゾルターンは傲岸不遜で鼻持ちならないやつではあるが、同じヴァンパイアだからな。人に売ったりはせん」
「まあ、そりゃあそうだな」
アベルも顔をしかめたまま頷く。
ヴァンパイアは人間に置き換えてみれば、ネダが言っていることが当たり前であることは誰にでも分かる。
もちろんアベルも、ネダから弱点を聞けるとは思っていない。
「むしろゾルターンは、ヴァンパイアの中で最も穴の少ない公爵と言うべきだ」
「どういう意味だ?」
「そのままさ。例えば私は剣が好きだ。魔法も使えんことはないが、好きではない」
「なるほど。ゾルターンは剣も魔法もできると」
「そう、奴は錬金術まで信じられんほど習熟している」
「ああ……ゴーレム軍団を造ったほどだもんな」
アベルはそう言うと、未だ戦い続けているヴァンパイアとそのゴーレム、王国騎士団を中心とした人の集団を見た。
ネダは言葉を続ける。
「しかも奴は、嘘か真か『大公を食った』と言った」
「俺もそれは聞いた」
「少なくとも、それによって強くはなっただろう」
「ヴァンパイアに大公がいたんだな。グラハム以外、誰も知らなかった」
「そりゃそうだ。我らですら……ん? 知っている者がいたのか?」
アベルの言葉の中に、ネダが引っ掛かる部分があったようだ。
「ああ。グラハム……西方教会の教皇は知っていたようだ。詳しくは聞いていないが」
「それは不思議……いや、今グラハムと言ったか?」
「言った、第百一代教皇グラハムだ」
「いや、まさか……我が前回起きていたのは千年前、さすがに同名の者か」
最後のネダの呟きは、アベルの耳にも届かなかった。
二人の話題は、再び涼とゾルターンの戦いに戻る。
「空から叩きつけられて、一気に形勢が傾いたか」
ネダが呟く。
「さすがに、人は空での戦いは経験が少ない」
アベルが顔をしかめたまま呟く。
「ヴァンパイアだって、空で戦うことはほとんどないぞ」
「だが、ゾルターンは……」
「数日前に聞いた話だが、ゴーレムを空に飛ばそうとして研究していた結果、自分が飛べるようになったそうだ」
「ゾルターンもかよ」
アベルが首を振る。
「ゾルターンも?」
「あのリョウも、ゴーレムはいずれ空を飛ぶらしい」
「なるほど。ゴーレム開発者にとっては、ゴーレムが空を飛ぶのは当然の未来なのだな」
「俺には理解できん」
ネダが大きく頷き、アベルは大きく首を振る。
「ゴーレムを造った二人が、それも種族の違う二人が、同じ将来像を描いているということは、そういうことなんだろう」
「ふむ……空、か。空を飛びたい気持ちは分かる」
アベルはそう呟くと、自分の手首に着けている飛翔環をチラリと見る。
その錬金道具のおかげで、アベルは空を飛ぶことができるからだ。
その視線を追ったネダが口を開く。
「さっき私を追い詰めた瞬間移動は、その錬金道具だったな」
「ああ」
そこまで言って、アベルはふと思ったので言葉を続ける。
「こいつは、俺専用にしてあるから、奪ったって使えんぞ」
「奪ったりはせん」
わずかにアベルが、腕を引っ込めたのも見えたのだろう。
ネダは苦笑するのだった。
明日投稿の「0877 涼対ゾルターンⅢ そして……」で第四部は終了です。
1万字超ありますね、お楽しみに。
そして、アニメ情報ですが。
本日、多くの情報が解禁いたしました!
新しいキャストの方々とか、OP・ED曲とか。
テレビはもちろん、配信もあります!
(放送開始日、配信日も公開されております)
多くの人に「水属性の魔法使い」の存在を、知ってもらえるに違いありません!
さらに、第2弾PVも出ています!
本編の映像や、OPが聞けますよ。
アニメ「水属性の魔法使い」公式HP
https://mizuzokusei-anime.com/
「水属性の魔法使い 第2弾PV」
youtu.be/4E6zDMwB1rw




