0874 ゾルターンとの対峙
涼とロベルト・ピルロは、数千体ものゴーレム……の外部装甲的なものが並んでいた広い空間にいる。
そこにいたゴーレムをロベルト・ピルロが焼き払い、奥から出てこようとしたヴァンパイアを涼が氷漬けにした後だ。
さらに奥から、何かが近付いてきた。
「ものすごく息苦しいです」
「分かる……とんでもない魔力の塊がやってくるぞ」
涼とロベルト・ピルロが、情報をかわし終えると……。
一人のヴァンパイアが現れた。
「これは……」
「本物、ではないか? さすがに、存在感が他とは違い過ぎる」
涼もロベルト・ピルロも理解してしまう。
「ヴァンパイアの大公、ゾルターン……」
思わず涼が呟く。
呟いた次の瞬間。
ガキンッ。
激しく響く剣戟の音。
涼の村雨と、ゾルターンのブラッディーソードが打ち合わされた音。
涼がいきなり打ち込んだのだ。
「外でも、火属性の魔法使いがいきなり打ち込んできたが……人は話しもせずに攻撃してくるのか?」
「そもそもあなたがハーグさんを攫ったのが最初です!」
「元々我らが創ったもの。それを回収しただけだ」
「それはハーグさん本人ではないでしょう。あなたが回収していいのは、ハーグさんのご先祖様だけです」
「もういないだろう?」
「なら、永遠に回収権は失われました」
「そいつは困る」
涼がはっきりと言い切り、苦笑するゾルターン。
「だいたい、打ち込んだ火属性の魔法使いって、爆炎のなんとかでしょう? あんな野蛮人と一緒にしないでいただきたい!」
「やってることは同じだろう」
「志の高さが違います!」
「うん?」
「あっちは仕事、僕は友情です」
「そうか……」
「僕は、あなたを許しません、ゾルターン」
怒りに満ちた視線を向ける涼。
「どうも、そうらしいな」
笑うゾルターン。
「はっきりと言います。ハーグさんを返しなさい」
「外に置いといただろう?」
「あれは本物ではありません」
涼は言い切る。
「ほぉ……なぜ、そう思う」
「ソナーでの反射で分かりました。あれは、中身がスカスカです。ハーグさんの髪の毛か何かから作ったものです」
「これは驚いた。よく分かったな」
大きく目を見開き、驚くゾルターン。
そして、涼の奥に見える人物をチラリと見る。
「そう、奥の老人……カピトーネの先王だったか。老人も、外で戦った際に一目で見破っていたか」
「当たり前じゃ」
ロベルト・ピルロが頷く。
頷くと同時に言葉を続ける。
「ロンド公爵、儂も手伝うか?」
「いえ、陛下、ここは僕だけでやらせてください」
涼が即答する。
「そうか。うむ、儂もロンド公爵の全力、ぜひ見たいと思っておったところじゃ」
ロベルト・ピルロは微笑み、少し下がって唱えた。
「<障壁> これでよし。儂のことは気にするな、全力で戦うがよいぞ」
「ありがとうございます」
涼が感謝する。
二人の会話を聞いたゾルターンも、なぜか一つ頷き満足そうだ。
「何ですか、その表情は」
「我も、お前と戦いたいと思っておったのだ」
「はい?」
「ロンド公爵と言ったか。我は大公だ、我の方が地位は上だ」
「それは自称でしょう。あなたも、僕と同格の公爵です。ロズニャーク公爵ゾルターン。あ、違いましたね、僕はナイトレイ王国の筆頭公爵でした。僕の方が上です、ただの公爵ゾルターン」
「何だと?」
涼の挑発するような言葉に、わずかに顔に怒りが走るゾルターン。
だが、簡単に暴発はしない。
それは、ゾルターンの側に聞きたいことがあったからのようだ。
「外にいる小さきゴーレムを造ったのはお前だな、ロンド公爵」
「違うと言ったら?」
「ザックが嘘を言ったことになる」
「ザックさん……。ええ、四号君なら僕が造りました」
「そう、そんな名だな」
涼はザックを嘘つきにしたくないので正直に答え、ゾルターンが頷く。
実はこの時、四号君と対峙していたゾルターンの分身体は消えている。
この本体に合流して消えたのだが……そのことは、涼もロベルト・ピルロも知らない。
「お前が造った小さきゴーレムが放った技、あれは見事だった。それで、作ったお前に興味を持った」
「四号君の技?」
「一度剣を鞘に納めた状態から、勢いをつけて抜きながら斬る」
「ああ……抜刀術」
「バットウジュツ? イアイではないのか?」
「同じです。人によっては居合とも言いま……え? どうしてヴァンパイアが、そんなことを知っているんですか?」
前の流れから顔をしかめたままだが、首を傾げる涼。
居合は、世界中探してもほとんど日本だけにある技だ。
実際、アベルのような超一流の剣士であれば、抜剣速度は速い。
だが、居合のようにあえて納刀して、そこからの勢いを乗せての技を放ったりはしない。
涼がこの『ファイ』において唯一見たのは、マリエの抜刀術だけ。
しかしそのマリエは、日本からの転生者。
しかも、日本人だった頃に、お祖父さんに習ったとか……。
「イアイで斬られたことがある」
「え……それは、幻人とかにですか?」
「いや、ヴァンパイアにだ」
「なんですと」
素直に答えるゾルターン、驚く涼。
ゾルターンは悔しい表情の中にも、懐かしい雰囲気も感じさせる。
かなり昔の記憶なのだろう。
涼が驚くのは、それはそれで当然。
マリエ以外に、ヴァンパイアで抜刀術を放つ者がいるということで……。
「あれ?」
涼の中で、別の記憶が結びつく。
「マリエさんが見せてくれた積層魔法陣……そのヴァンパイアに、剣術を鍛え直してもらうために、この暗黒大陸に来たんじゃなかったでしたっけ? 抜刀術を放つかは聞かされませんでしたけど、確か自分で剣を打つ。それも刀、明確に日本刀を打つ。そのヴァンパイアの名前は……ハル」
「!」
涼が呟くように内に出していた言葉は、決して大きくなかった。
だが、ゾルターンの受けた衝撃は大きかったようだ。
「今……ハルと言ったか」
ゾルターンの声は低い。
「抜刀術であなたの首を斬り飛ばしたのが、そのハルさんなんですね」
「ああ」
「その人の剣も、もしかしなくても僕の村雨のように反っていますね?」
「ああ」
「決まりですね」
涼が頷く。
「ハルと、どういう関係だ」
「一面識もありません」
「何だと?」
「ただ、そのハルという人に、すごく会ってみたいと思うようになりました」
しかめたままの表情だが、深く頷く涼。
今までになく、『ハル』に興味を持ったのは事実。
しかし、今は……。
「まずは、ハーグさんの奪還です」
「あん?」
「ハーグさんを解放してもらいます」
「もちろん、我が頷くわけないよな。どうする?」
「仕方ありません。力づくです!」
「おう、やってみろ」
涼とゾルターンの対決が始まった。




