0871 四号君の成長
「何だ、今のは……」
驚きで言葉を失ったのはザック。
四号君は、頭を斬り飛ばしたゾルターンとザックの間に移動し、再びザックを守る位置に入る。
いつも通り、村雨改を正眼に構えて。
「今、攻撃する前に、剣を鞘に納めたよな……そこからの、剣閃? なんでそんなことができる? 抜剣から一閃させることはある、あるが……それほど速くはない。しかし四号君の剣閃は、俺でも見えなかった」
ザックが呟く。
呟きとはいえ、四号君には届いているだろう。
もちろん、四号君は答えない。
言葉を発することはできないので。
相手はヴァンパイア。
それも大公。
当然のように、斬り飛ばされた頭は再生する。
しかし再生された頭には、驚きの表情が張り付いている。
「おい、何だ、今のは……」
奇しくも、発した言葉はザックと同じ。
その驚きには、人間もヴァンパイアも違いはないらしい。
「おい、ザック! 何だ、今のは!」
「俺が知るか」
怒鳴るゾルターン、まだ血が回復していないために弱々しい声音のままのザック。
「技を放つ前に、一度、剣を鞘に納めたか? なぜそんなことをした? いや、なぜあれで速さが……」
そこまで呟いたところで、ゾルターンは古い記憶を呼び起こす。
「ああ……昔、同じ技を食らったことがあった……」
思い出は、屈辱を伴った記憶。
「ハルの……剣か」
かつて戦ったヴァンパイアが放った。
「あの時も、首を斬り飛ばされたか。ふむ? よく見ると、このゴーレムの剣も、ハルの剣同様に反っているな。反っていればこそ、今の技に速度が乗るか」
ゾルターンは、正眼に構えたままザックを守るように立つ四号君の剣を見て呟く。
「色々と興味深い。なぜ、小さきゴーレムがハルと同じ技を放った? 製作者……水属性の魔法使いとハルに関係が?」
再び、ゾルターンは疑問を解決することにする。
「ザック、確認だが、この小さきゴーレムの制作者は、お前がさっき言った水属性の魔法使いと同一人物か?」
「小さきゴーレム……まず彼の名前は、剣術指南役四号君だ」
「けんじゅつしなん? 何?」
「俺たちはみんな、四号君と呼んでいる」
「そ、そうか」
ザックの言葉に、四号君が小さく頷いたのをゾルターンは見た。
言葉は理解できるらしいと。
「製作者は、確かに、さっき話した水属性の魔法使いだ」
「ザック、お前が言うには騎士以上に剣を振るい、非常に強力な魔法使いということだった。その上、これほどのゴーレムを造る錬金術師でもあるということになるぞ」
「ああ、その通りだ」
「なんなのだ、そいつは。化物か」
「あんたには言われたくないと思うんだよな、ヴァンパイアの大公」
さすがに肩をすくめて言うザック。
もちろんザックの目から見ても、件の魔法使い……涼は普通だとは思わない。
「このゴーレムが、私の首を斬り飛ばしたのは見たか?」
「ああ、見た。見事に斬り飛ばされたな」
「認めよう、素晴らしき剣閃だった」
ゾルターンは鷹揚に頷く。
たとえ敵であっても、良いものは高く評価する。
それがヴァンパイア貴族としての矜持だと、ゾルターンは思っているのだ。
「あの技……鞘に納めた状態からの高速抜剣、あれは何だ?」
「何だと言われてもな、俺も知らん」
「おい、ザック……今さら隠すな」
「いや、本当に知らんのだ。俺も驚いたんだからな。少なくとも今まで、四号君が俺たちとの模擬戦や練習中に放ったことはない」
「やはりこのゴーレムは……お前たちと混じって色々なものを身に付けたんだな」
「あ……」
ゾルターンの指摘に、さすがに情報を晒し過ぎた、失敗したとザックは認識する。
「今さら無駄だ、ザック。どうせそうだろうと、分かっていた」
「くそ……」
「つまり先ほどの高速抜剣は、お前たち騎士団の技ではなく、このゴーレム独自の技。なぜそれが、ハルと同じ技なのだ」
「ハル?」
ザックは呟く。
ザックの記憶の中に、そんな名前の人物はいない。
(王国騎士団の中に、四号君が放った技を使えるやつはいない。冒険者でも、会ったことはない。『十号室』のニルス殿やアモン殿ですら無理だろう。二人とも聖剣持ちのB級剣士なのにだ……いや、まあ、アモン殿はもしかしたらできるかもしれんが)
ザックの目から見ても、アモンの剣の腕は異常だ。
(いや、今はいい。とにかく、四号君が放った技は初めて見た。俺の周りで放つやつはいない。いないが……ロンド公爵はどうか? 分からん。甲板での模擬戦は、文字通り模擬戦だった。俺は本気だったが、あちらが本気だったとは思えん。少なくとも攻撃に関しては本気じゃなかったろう。何か、試したいことがあったような感じだった。それは模擬戦なのだから当然なんだが……)
ザックは考える。
(とにかく……そう、そもそも四号君のあの剣の構え方は、王国騎士団と交流を始めた時、最初から、ああだった。つまり、ロンド公爵が与えた、あるいは教えた剣の構え。そうであるなら、さっきの技も、ロンド公爵が教えたと考えるのが、一番筋が通る)
そこまで考えたところで、自分を見つめるゾルターンの視線に気付く。
「ザック、何か閃いたんだな」
「さすがに言うつもりはないぞ。あんたは敵だからな」
「構わん。小さきゴーレムの先ほどの技、あれは製作者の水属性の魔法使いの技だな?」
「なっ……」
ズバリ言い当てられて、思わず固まるザック。
元々、ごまかしや腹の探り合いは苦手である。
「良いではないか、楽しみが増えたぞ」
獰猛な、そう獰猛としか表現のしようがない笑みを浮かべるゾルターン。
情報を与えてしまったことで、苦渋に顔を歪めるザック。
ザックは、セーラの件で涼に対しては素直な感情を持てない。
その自覚もある。
だがそれでも、自らが仕える王アベルの家臣であり、友であり、ナイトレイ王国にとって貴重な人材であることは理解している。
だから、死ぬのはもちろん、傷ついてほしいとも思っていない。
申し訳なさを感じたのだ。
しかし、ザックの前に立つ四号君が後ろを振り返ってザックを見て、小さく頷いた。
そう、頷いたのだ。
まるで「気にするな」とでも言うかのように。
「四号君……」
ザックは、四号君が感情を持っているのかどうか知らない。
一般的に言われるところのゴーレムは、とても感情を持っているようには見えないのだが、四号君は何とも言えない。
もちろん言葉は話せない。
だが人の言葉は理解できる。
理解力が高いのも知っている。
礼儀作法のようなものも……そういえば、最初から身に付けていた。
最初に会った時から、頭を下げてきたし……。
ザックの中では、他の王国騎士団員同様に、完全に信頼できる仲間……それは間違いない。
そんな四号君の頷きは、ザックの心を安心させた。
「もっといろいろ知りたいぞ」
宣言したゾルターンが、四号君の間合いを侵略する。
四号君の構えは、正眼の構え。
これはもちろん、涼の剣が元になっているからだ。
わずかに右足前になっているのも、涼の流れ。
しかし、涼の剣と違う部分がある。
それは……。
シュッ。
「なかなか鋭い横薙ぎよの」
紙一重で交わしたゾルターンが称賛する。
四号君は、両手よりも片手での横薙ぎ……右手での胴打ちを多用する。
これは涼のプログラミングによるものではなく、四号君が王国騎士団に交じって鍛えている間に、自らそうなっていったようだ。
そもそも、なぜ日本刀を振るう時、片手ではなく両手で振るうことが推奨されたのか。
それは一太刀で骨まで斬るためだ。
片手で振るったのでは、ほとんどの者が相手の骨を断つことができない。
たとえば片手で操る西洋のサーベルなどは、一撃で骨まで断つことを想定していない。
だから片手で操っている。
武器に求めるもの、目指す戦いの形……それによって、両手で持つか、片手で持つかも変わってくる……世界中にある剣という武器であっても、使い方に違いが出てくる理由であろう。
翻って四号君はゴーレム。
人の体より頑丈であり、握力も強いし膂力もある。
ありていに言って、片手で振るっても村雨改で骨を断つことができるのだ。
だから両手で振るう必要がないと判断したらしい。
涼もその変化には気づいていたが、もちろん修正はしていない。
四号君が自分で判断して変化していったのだ、その判断を尊重したいと考えた。
ゴーレムが自ら考えて変化していく……それは制作者にとって、ある意味、夢のような展開。
四号君は、多くの人の夢や希望を背負っている。
同時に、仲間を守るために剣を持って立っている。
「面白いなゴーレム……いや、四号君と言ったか。そうだったよな、ザック?」
「ああ、そうだ」
ゾルターンの呼びかけに、ザックが答える。
「四号ということは、一から三まで他にいるのか?」
「知らん」
「おい……」
「本当に知らんのだからしょうがないだろうが」
ザックは小さく肩をすくめる。
そう言い切った後で、東部諸国に赴いている三号君について思い出したが……別に訂正の必要を認めなかった。
何でもかんでも教えてやる必要はないのかなと思って。
しかしザックは、そんなこと以上に大きな問題があることに気付く。
「こいつ、どうやったら倒せるんだ? 四号君が首を斬り飛ばしても、当然のように再生したし」
もちろんヴァンパイアの消滅のさせ方が、聖別された武器で首を斬り飛ばし心臓を貫く、であることは知っている。
しかし、多くの者が『聖別された武器』など持ってはいない。
いちおう、戦いが始まる前に、それぞれの武器に西方教会から提供された聖水をかけはした。
だが……。
「四号君が首を斬り飛ばしたが、効果があるようには思えないんだよな。心臓まで貫かなかったから? それでも、その辺で戦っているヴァンパイアたちは、首を斬り飛ばしただけでほとんど動きを止めるぞ? 最後の仕上げ的な意味で心臓まで貫くが……。本体でなくともゾルターンは別物ということか?」
そして、ザックは絶望的な呟きを続けざるを得なかった。
「ロベルト・ピルロ陛下は燃やした。爆炎の魔法使いも燃やした。燃やすしかないのか? そうなると四号君や俺たちでは倒せない?」




