0867 王国騎士団
ゴーレム同士の戦いの中に、ヴァンパイアと王国騎士団の戦いが混ざっている。
その二つを縫うように、異端審問官らが走る。
「<ヒール>」
「助かる!」
異端審問官のヒールに、感謝する王国騎士団。
異端審問官は西方教会の聖職者、当然、光属性魔法使いである。
そして、戦場であろうと怯むことはない。
ヴァンパイアと正面から戦っている王国騎士団に、戦場の中で<ヒール>をかけて回る。
それによって、戦線が維持されていた。
「めちゃくちゃ助かるな」
「王国に戻ったら、中央神殿のモンク隊と、あんな連携について話し合いを持つべきだな」
二人の中隊長、ザックとスコッティーが指揮を執りながら戦いつつ、そんな会話を交わす。
さすがに二人も、普通の神官には無理であることは理解している。
王国で、似たような胆力を持つのはモンク隊くらいであろうと。
とはいえ……。
「モンク隊の連中は、全員、ガタイがいいからな……」
「異端審問官の人たちのように、軽やかに<ヒール>をかけて回るのは難しいか」
ザックもスコッティーも、異端審問官とモンク隊の大きな違いに気付く。
仕方が無いのだ。
それぞれ役割は違うし、組織から求められているものも違う。
そうやって王国騎士団と異端審問官によってなんとか維持されていた戦線だが、それに不満な者がいた。
「バランスがとれてしまっているな」
その声は、文字通り空から響く。
「ゾルターンの声!」
「ああ」
ザックもスコッティーも、誰の声かすぐに理解する。
そして、空からそのヴァンパイアが降りてきた。
「ゾルターンって、向こうで、爆炎の魔法使いと戦っているだろ?」
「ロベルト・ピルロ陛下の時と、同じやつだろう」
「分身体みたいなものか」
ザックが顔をしかめる。
「陛下は一瞬で焼き尽くしたが……」
「ロベルト・ピルロ陛下も、先の『大戦』における伝説的な魔法使いだぞ」
ザックもスコッティーも、ナイトレイ王国とハンダルー諸国連合の間で起きた『大戦』において、当時のカピトーネ国王ロベルト・ピルロが強力な魔法使いとして王国の前に立ちはだかったことは知っている。
空から降りてきた、新たなゾルターンが戦線に加わると、辛うじて保たれていたバランスが崩壊した。
「たった一人……たった一体のヴァンパイアで、戦線が崩壊した」
「化物め」
悔しそうなスコッティー、顔をしかめるザック。
ゾルターンの分身体は強い。
王国騎士団が負う傷が深いものになる……当然、それは<ヒール>一回では治癒しきれない。
だから、傷が癒えないまま戦い続け、他のヴァンパイアたちに負けていく。
「ロベルト・ピルロ陛下は?」
「ロンド公爵と一緒に、奥に突っ込んでいった」
「奥?」
「あれ以降、奥から出てきていないってことは、二人が止めているんだろう」
「なるほど、なら外は外で頑張るしかないな」
ザックはそう言うと、自分の剣を抜く。
「ザック?」
「スコッティーは指揮を頼む! あいつは、指揮しながらは無理だ」
「分かった……死ぬなよ」
「おうよ!」
ザックは最前線に走った。
ガキンッ。
音高く響く剣と剣。
ゾルターンが振り下ろした剣を流したのは、ザックだ。
「うん?」
「ゾルターン、俺が相手だ」
「隊長!」
突然の闖入者に首を傾げるゾルターン、名乗りを上げるザック、ギリギリで救われた王国騎士団員。
「ふむ、今、隊長と言ったか。騎士団の隊長ということか?」
ゾルターンは、一度剣を引いて尋ねる。
それによって、救われた騎士団員は後方に退き、ザックはゾルターンと一対一で向かい合った。
「ナイトレイ王国騎士団中隊長、ザック・クーラーだ」
「おぉ、ナイトレイの王国騎士団か。知っているぞ、リチャードの国だな」
ゾルターンは何度か頷く。
リチャードとは、恐らく王国中興の祖リチャード王のことだろう。
チラリと、別の戦闘の方を見るゾルターン。
「ネダと戦っている剣士……あの剣は“エクス”であろう? ということは、あれがリチャードの末裔か」
「我らが戴くアベル王だ」
「王自ら最前線で剣を振るう……リチャードもそうだった。良いな、その姿勢は、人といえども敬意を払うに値する」
ゾルターンは称賛した。
その称賛に、どんな反応をすればいいか分からないザック。
「しかし、相手は剣閃のネダ。我ですら、剣のみの戦いでは勝てる自信が持てない……それほどの相手だぞ。良いのか、王に一騎打ちをさせておいて」
「陛下が自ら戦うことを望んでおられるのだ。横やりを入れれば、我らがお叱りを受ける」
「そうか……リチャードよりも血気盛んなのやもしれんな」
ゾルターンは頷く。
また一人、アベルを誤解するヴァンパイアが増えた瞬間だった。
「ザックと言ったな。王国騎士団の中隊長か。面白い。我も剣だけで戦ってやる。かかってくるがよいぞ」
「それはそれは。大公閣下の寛大なお言葉、痛み入りま、す!」
ゾルターンが促すと、ザックは一気に飛び込んだ。
低い体勢からの、横薙ぎ。
ガキンッ。
ゾルターンが、しっかりと受け止める。
ザックにとっては、受け止められるのは想定通りだったのだろう。
弾かれた剣の勢いそのままに、一回転して逆方向からの横薙ぎ。
ガキンッ。
そこから連撃が始まった。
ザックはこの四年間、剣の道に邁進した。
その根底にあったのはセーラに認められたいという、ある種、不純な動機かもしれない。
しかし、真摯に剣と向き合ったのは事実。
その結果、剣において、王国騎士団全体でもトップ3に入るほどになった。
もちろんザックは、そんなものでは満足していない。
彼の望みは、セーラの横に並び立っても恥ずかしくない騎士になること。
つまり、セーラの剣と遜色のない力を身に付け……るのは簡単ではないだろうが、そこが目標なのだ。
現状では、まったく満足できない。
だから今でも、剣の腕を鍛えている。
ザックが繰り出す連撃は、間違いなく王国でもトップクラスだと言っていいだろう。
誰が見ても、そう認めるほどに見事なもの。
大抵の相手は、剣圧で潰せるほど。
しかし……今回の相手は、「大抵の相手」ではない。
「ほぉ、悪くない」
ニヤリと笑いながら、連撃の全てを受けきるゾルターン。
「くそ、やはり化物か」
悔しさは滲んでいるが、決して意外だとは思っていないザック。
当然だ、相手はヴァンパイアの大公なのだ。
「人にしては、かなり剣を使うな。ナイトレイ王国騎士団のザック。だが、その程度では、我の守りを抜けんぞ?」
「分かっている!」
「攻撃力はよく分かった。では守りはどうだ?」
ゾルターンはそう言うと、大きく剣を振るう。
ザックはよけ、後方に跳び退る。
ここで、攻守交替。
ゾルターンの連撃、ザックの防御。
「くっ、なんつー剣圧だ」
「フハハハハハ、いいぞザック、守りも悪くないではないか」
ザックは顔をしかめながらゾルターンの剣を受け、ゾルターンは笑いながら剣を振るう。
……そう、ザックはゾルターンの剣を受けている。
流しているのではない、受けている。
(剣速はかなりだが、力は驚くほどではない? もちろん弱くはない。人の最上級くらいには力があるのだが……それでも、俺でも受けることができる)
ザックは考える。
本体であれば、こうはいかなかっただろうとも思う。
ヴァンパイアは、男爵ですらかなりの力だ。
子爵なら、剣で受けた人間を、体ごと吹き飛ばす力だってある。
大公なら……。
しかし、実際に受けられるということは、本体ほど強くない。
(ロベルト・ピルロ陛下の時は『髪の毛一本』分ということだったが、今回もそういうことか?)
「油断はするなよ?」
ゾルターンの呟きが聞こえた次の瞬間、ザックの左腕が大きく切り裂かれた。
ザックは大きく後方に跳んで、距離をとる。
すぐに、その後ろに異端審問官がやってきて唱えた。
「<ヒール><ヒール>」
「感謝する!」
ザックはゾルターンから視線を切らずに感謝を述べる。
異端審問官は小さく頷いて、すぐに離れた。
「先ほどから見ていたが、その連携は見事よのう。中央諸国のナイトレイ王国、西方の教会、連携などしたことないだろうに」
「彼らが鍛えられているということだ」
「確かに、それはその通り。さすがはグラハムだな」
ザックの言葉に、ゾルターンも大きく頷いた。
ザックは考える。
なぜ、腕を斬り裂かれた?
(魔法は使っていないのだろう……自分で使わないと言った。もちろん、それが本当とは限らんが……ヴァンパイアはプライドが高いと聞いたことがある。それは、人の貴族たちのプライド同様、口にした約束は守るということ。だから魔法は使っていない)
剣を構え、視線をゾルターンに置いたまま思考を進める。
(力はそれほどではない。技術はまだ出してきていないが……技術で切り裂かれたとも思えん。やはり素直に、速度で上回ったと考えるべきだ。だが、俺は見えなかった。つまり……)
「さて、そろそろ結論は出たか?」
「瞬間的に、俺が認識できないほどに、剣の速度が増した」
「おぉ! 素晴らしい、正解だ」
ザックの答えに、何度も頷くゾルターン。
笑顔を浮かべ、なぜか嬉しそうだ。
「良いではないか。自分の頭で考えて、目の前の問題を解決する。種族など関係なく、それは大切なことだ」
「……そうかい、そりゃどうも」
「剣の道を進んでいけば、剣を振るうだけでは強くなれない領域に達する。その先に進むにはどうするか? 自らがもっと強くなるにはどうなるかを、自らの頭で考えるしかない。考え続けるしかない」
「確かに……」
ゾルターンの言葉に、少し引き込まれるザック。
「ザック、お前は強くなりたいのだろう?」
「ああ、強くなりたい」
「であろうな。強いその気持ちがあるからこそ、そこまで上がってきたのだろう。だが、もっともっと上を目指している……もっともっと上に上がるには、頭の中も鍛えねばな」
「……どう鍛える?」
「今言った通りだ。考えながら剣を振るう」
「抽象的だな、分かりにくい」
ザックは正直に答える。
「とはいえ……ここで我に殺されて死んでしまえば、強くはなれん」
「全くその通りだ。つまり俺は、あんたを倒さねばならんということか」
ザックはひるまない。
正面からゾルターンを睨みつけ、はっきりと言い切る。
「良いな。ではその言葉を実践してみよ」
「望むところだ!」
再び、ザックの連撃が始まった。




