0866 アベル対ネダ
涼とロベルト・ピルロがヴァンパイアゴーレムの正体に気付いて奥に突っ込み、一掃している間も、外ではいくつもの戦いが行われていた。
最も激しい戦いの一つが、アベル対ルミニシュ公爵ネダであったろう。
「『剣閃のネダ』という別名があるのか?」
「ああ、あるぞ。私は剣が好きでな」
「奇遇だな、俺も剣が好きだ」
「ナイトレイ王国のアベル王であったな。かなり剣を使うというのは分かる。私の剣をこれだけ受け続けているのだからな」
ネダが頷く。
すでに二人は、三十合以上、剣を合わせている。
もちろんどちらも、大きな傷は負っていない。
本気ではなく、互いに力を測っている段階だからだ。
しかしそれでも、傍から見ればかなり激しい剣戟を繰り広げているように見えるだろう。
「正直、人なのにこれほど戦えるのは驚き……」
そこまで言って、ネダは言葉が切れる。
「どうした?」
不審に思うアベル。
言葉は切れたが、ネダの動きは止まっていない。
だが、視線はアベルの剣に注目している。
そう、アベルもそろそろ慣れてきた。
「アベル、お前の剣は……」
「ああ、ネダ、あんたも知ってるのか。俺のご先祖様、リチャード王が使っていた剣らしいな」
「やはりか!」
嬉しそうな表情になるネダ。
「覚えているぞ。リチャードの右腕を切り飛ばしてやったからな」
「……そういう具体的な戦いの経緯については、初めて聞いた」
「そうか。アベルは左腕を切り飛ばしてやろう」
「斬り飛ばされないようにする……」
嬉しそうな表情のまま物騒な宣言をするネダ、小さく首を振るアベル。
「そうと決まれば、少し本気を出す」
「ヴァンパイア公爵の本気って、どんなんだよ」
「こんなものだ!」
次の瞬間、アベルは吹き飛んだ。
「胴体と左腕の両方を斬り飛ばせると思ったのだが」
ネダは顔をしかめる。
「公爵ともなると、馬鹿力なのか」
吹き飛ばされはしたが、受け身をとったためにダメージの無いアベルが起き上がって、再びネダに近付く。
「リチャードの“エクス”を振るう末裔なのだから、私の剣を『流す』と思ったんだが?」
「何だ、技量不足だとでもいうのか」
「不足しているだろう?」
「今も毎日努力しているさ」
「そうか。それは素晴らしいことだな」
アベルが片頬を上げて皮肉めいた返答をし、ネダが馬鹿正直に受け取る。
『剣閃のネダ』の通り名通り、剣に対して真摯なようだ。
当然、ネダが振るう剣も自らの血から生成された赤き剣、ブラッディソードである。
「人もヴァンパイアも関係なく、剣に対して真摯なのは良いことだよな」
「フハハハハ、いいなアベル。私も同感だ。剣というのは不思議だな。殺し合いをしている別々の種族であるのに、剣を使う者同士、共感を得ることができる。そう思わんか?」
「そうかもしれん」
アベルにも理解できる感覚だ。
アベルは、尋ねてみたくなった。
「なあ、こうして手合わせしたのも何かの縁。ちょっと聞きたいことがあるんだが?」
「一応、真剣勝負の場ぞ? まあ、私から話しかけたと言われればそうだが……話しながら戦うのは人間流なのか?」
「互いの気が高まれば言葉は無くなる。だが、そこに至るまでは話すことの方が多いんじゃないか? ヴァンパイアは長き時を生きるのだろう? それはつまり、人よりは多くの経験をし、知識を手にするということだ。多少は、それを与えてくれてもいいんじゃないか?」
「ふむ……まあ、いいだろう。何を聞きたい?」
「ネダはヴァンパイアの公爵だと聞いた。そして、人が知る限り、ヴァンパイアの公爵は九人いると」
「ふむ。その数については、私は答えられんが……それで?」
「その中に、あんた以外に女性の公爵もいるのか?」
「一人だけいる。北の方で眠ったままのはずだ」
アベルの問いに、ネダは即答した。
「本当に?」
「それだけは、はっきりと答えてやれる。少なくとも死んではおらんし、起きても……うむ、起きてはいないな。奴とは因縁がある。だから活動していれば分かる」
「そうか」
アベルは頷いた。
アベルが頭の中に浮かべたのは、ナイトレイ王国の隣国トワイライトランドだ。
そこは『シンソ』と呼ばれるヴァンパイアが支配しているが、女性の公爵がいた。
(アルバ公爵……リョウがらーめんを食べさせてもらったと言っていた。彼女は、女性の公爵だ)
実はアベルは、ずっと不思議に思っていたのだ。
トワイライトランドのヴァンパイアには、違和感を抱く。
もちろん、その中心にいるのは『シンソ』だ。
(リージョ伯が振り下ろした剣を受け止めた時も、そしてその後も、一度もブラッディソードは使わなかった。ヴァンパイアであることが分かってもだ)
そして、はっきりと思い出す。
(シンソが振るっていた剣……今思えば、曲がっていた。リョウが振る氷の剣……ムラサメと言ったか。あれの形状に似ていた)
目の前のヴァンパイア公爵が持つ剣を見る。
深紅のその剣は、両刃の直剣。
涼の村雨よりも、むしろアベルの剣の方に形状は近い。
「そのブラッディソードというやつは、皆、同じ形なのか?」
「大きさは違うかもしれん。大きいのが好きなやつもいれば、小さい方が取り回しやすいというやつもいるからな」
「だが、形は両刃の直剣と」
「そう……アベルの“エクス”と同じようだな」
「そうだな」
アベルは頷いた。
正直、よく分かってはいない。
だが一つ確かなのは、トワイライトランドのヴァンパイアは特殊だということ。
「それが分かっただけでも収穫だ」
「そうか、それは良かった、な!」
ネダが、再び剣を強振した。
サシュッ。
アベルは吹き飛ばされず、完璧な角度で剣を入れてネダの剣を流す。
その勢いのまま、大きく右足を踏み込んで、一閃。
ネダは後方に大きく跳んで、アベルの剣をかわした。
「アベル、やればできるじゃないか」
「そうかい? ただの偶然かもしれんぞ。どうだ、もう一回やってみないか?」
「フハハハハ、いいな、面白い! “エクス”もやる気を出してきているじゃないか。なかなか心が通じ合っているようだな」
「やる気? そうか? 何でわかるんだ?」
アベルが素直に疑問を口にする。
それに対して、ネダの方が首を傾げた。
「ん? 自らの剣のやる気を感じられないのか?」
「ああ、感じられん」
「そうか……“エクス”も大変だな。新しい主は、鈍感なようだ」
「鈍感……」
思った以上にショックを受けるアベル。
「アベルの周りにはいないのか、自らの愛剣と心を通じ合っている剣士は」
ネダが、憐れなものを見る視線を向けて、問いかける。
「いない……」
アベルは即答するが、ほとんど同時に、一人の人物が頭に浮かんだ。
その人物は、自らの剣に語り掛けて秘剣・氷結剣なる技を繰り出す。
しかし、その人物は剣士ではない。
「いないと思ったが、一人いた」
「おお、いるのではないか」
「だが、そいつは剣士じゃなくて、魔法使いだ」
「魔法使い? 自らの杖と心を通じ合わせているのか?」
「いや、魔法使いのくせに剣士より剣を使う。騎士団の剣術指南役をしていたこともある」
「おぉ、それは凄いではないか! そやつはここにおるのか? 誰じゃ、紹介せい」
そう言うと、ネダは辺りを見回す。
「そういえば……どっかで戦っていそうだが」
「名前は?」
「リョウ、水属性の魔法使いだ」
アベルは答えた。
「そんな者がいるのなら、剣と心を通わせる方法くらい聞けただろうに。聞かなかったのか?」
「ああ……俺には理解できなかった」
「それは、なんとも、まあ……」
「あんたは……ネダは心通わせられるのか?」
「当たり前だろう。私はヴァンパイア、そしてこの剣は、私の血で造り出したブラッディソードだぞ? 魂のレベルで繋がっておるわ」
「そ、そうか」
心外だという表情で答えるネダ、その剣幕に押されるアベル。
その上で、アベルは手に持つ愛剣を見る。
いつものように輝いているが、いつもより白く輝いている割合が強い気がする。
「元々は、他の魔剣同様に赤く輝くだけだったのだが……どう見ても最近、白が混ざってきているよな」
その変化には、さすがにアベルも気付いていた。
特に東方諸国の道中で、白が増してきた気がする。
「そういえば、リチャードが持っていた頃の“エクス”は、もっと白い輝きだった気がする」
「うん? そうなのか?」
「まあ、数百年も前の話だし、途中で二度寝をしたから記憶はあいまいだが」
「お、おう……二度寝は気持ちがいいからな」
およそヴァンパイアの口から聞こえてくるとは思えなかった言葉に、アベルは驚く。
「ならば、アベルがもっと“エクス”と心を通わせることができるように、激しく戦わねばならんな」
「……激しく戦うと心を通わせられる?」
「当然だ」
ネダの目は、驚きを通り越して疑いの目になりつつある。
「アベルは、本当に剣士なのか?」
「剣士以外の何なんだ」
「……詐欺師?」
「おう……さっき言った、リョウみたいな返しだな」
「そのリョウと私が同じ答えを出すということは、アベルは詐欺師なのかもしれんということだな」
「ちげーよ!」
アベルは思わずツッコむ。
「ならば、剣で証明しろ。詐欺師でなく剣士であることを」
「いいだろう」
ネダの挑発に、あえて乗るアベル。
二人の戦いは、さらに激しいものとなっていった。
TBSラジオ
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