0865 魔法使いの競演
同時に、戦う相手のいない強者も取り残されていた。
いちおう、二人とも魔法使いであるために、近接戦には加わっていないのだ。
一人は国王に止められ……止められてすぐに、その国王は戦闘に入った。
もう一人は先王として護衛を戦線に送り出し……自分が戦うべき敵がいないために、留まっている。
「かのロンド公爵も、空きか?」
「え? あ、ロベルト・ピルロ陛下。ああ、グロウンさん、『十号室』と……」
「うむ。奇しくも聖剣持ち三人じゃな」
涼が前方を確認し、ロベルト・ピルロが笑いながら答える。
空きの強者二人、涼とロベルト・ピルロ。
「予備戦力として待機するのも必要なのかもしれんが……」
そう言いながら、ロベルト・ピルロが顎をしゃくる。
「あの、奥……」
「……もしかして、ゴーレムがうじゃうじゃいます?」
「恐らくはな。ゾルターンに呼ばれるのを待っておるのやもしれん。出てくる時に叩く、あるいはその前に叩けば……」
「前線で戦っている人たちの助けになりますね!」
涼は思い切り頷く。
「参るか?」
「行きましょう!」
こうして、ロベルト・ピルロと涼は奥に向かって駆けだした。
入口から少し入ったあたり。
ちょっとした空気の違和感。
「空気の膜……これが、さっきソナーを防いだやつ」
「ふむ、面白い膜じゃな」
涼が顔をしかめ、ロベルト・ピルロが空気の膜を触ったり、腕で貫いたりしている。
「魔法でなら聞いたことがあるが、ここにあるということは錬金道具で生成しているのじゃろう?」
「はい、そうだと思います。ですが陛下もですし、うちのアベルもですが、奥からの『気配』を感じとられましたよね」
「そうじゃな」
「羨ましいです」
正直に言う涼。
それを聞いて笑うロベルト・ピルロ。
「かのロンド公爵に羨ましがられるとは、儂もまだまだ捨てたものではないな」
「魔法ではない何かで、気配を感じとるのですよね」
「うむ、そうじゃろう。儂の場合は、長く生きてきた経験によるものじゃ」
「以前おっしゃっていましたね、半世紀も暗殺者などの視線にさらされてきたと」
「よく覚えておるな」
涼は以前聞いた言葉を言い、ロベルト・ピルロは驚く。
涼が覚えていたのは、ひとえにあまりにも衝撃的だったからだ。
一般庶民なら絶対にしない経験……常に見られ続け、常に命の危険にさらされ続ける、そんな経験。
それを半世紀も。
「アベル陛下も似たようなものじゃろう」
「え?」
「王子としてはもちろん、冒険者としても修羅場をくぐってきたじゃろう」
「なるほど。そういう『経験』によって研ぎ澄まされた感覚ですか」
「そう考えると、こんな感覚は身に付けておらんほうが幸せな人生なのかもしれんな」
ロベルト・ピルロはそう言いながらも、笑っている。
そんな酷い経験であっても、今の自分を形作っているものの一つだと認識しているからだ。
「本当に王族と呼ばれる人たちは、普通の人が手に入れる幸せは望めないのですね」
「うむ、それは仕方ないことじゃな」
涼が一般庶民的な感想を述べ、ロベルト・ピルロは苦笑した。
空気の膜を抜けた先は。
少し行くと下り坂になっており、奥の方が見えた。
「広いのぉ」
「立錐の余地もないというのは、初めて見ました」
ロベルト・ピルロも涼も、驚いている。
奥の方は、かなり広い空間になっていた。
サッカー場が何面も入るほどの、本当に広大な空間。
そこに、数千体を超えるだろうゴーレムが直立不動で並んでいるのだ。
並んでいるのだが……。
「何か変ではないか?」
「はい。何というか、中身が空っぽというか……」
ロベルト・ピルロも涼も首を傾げる。
動いていないのは確かだ。
ゴーレムなのだから、スイッチが入っていなければ動かないのかもしれないが……それとも少し違う気がする。
「そう、鎧だけが並んでいる感じか」
「よく見ると、背中の方が開いています?」
「うむ。まるで、中に誰かが入るような……」
「まさか、中にはヴァンパイアが入る……」
「そういうことなのかもしれんな」
涼とロベルト・ピルロが、同じ結論に到達する。
ヴァンパイアが中に入ることによって、ヴァンパイアゴーレムは完成する。
「ああ、さっきの違和感はそういうことだったのですね」
涼が小さく何度も頷く。
「違和感?」
「表で戦ってるのを見て、違和感を抱きました」
「ふむ?」
「ヴァンパイアのゴーレムたちは、ホーリーナイツ、あるいは共和国のシビリアンや連合の人工ゴーレムと比べて、いろんな動きがスムーズだった……いえ、スムーズ過ぎたのです」
「ほぉ」
「特に歩行です」
涼は説明するが、顔はしかめたままだ。
だが、ロベルト・ピルロもそこで思い至ったようだ。
「なるほど、それは分かる。我が連合の人工ゴーレムも、二足歩行は諦めて四足で行くことになった経緯について報告書を読んだ覚えがある。二足でバランスをとるというのは難しいようじゃな。人は、こんなに簡単に歩けるというのに」
「ええ、まさにおっしゃる通りです。四足でのゴーレムにするという断を下したフランクさん……あれは、英断です」
涼は断言する。
そう、四足の方が安定する。
機構も複雑にはならない……多分。
高速度での移動を行う場合、四足をどう動かすかというのは人間には想像しにくい……それはある。
その辺りは、馬の足の動きや、他の四足歩行動物を参考にすることになるだろう。
あるいは、もっと足の多いクモのようなものを。
だが何より、戦闘時の体全体の安定性は二足よりも四足の方が上だろう。
だから、四足で行くという決断を下したフランク・デ・ヴェルデを、涼は高く評価するのだ。
しかし同時に、涼は自らのゴーレムたちは、二足歩行であることにこだわる。
なぜか?
二足歩行ロボット……それはある種のロマンだから。
旧約聖書の創世記において、神は自らの姿に似せて人を創ったとある。
人がその行為を真似て、二足歩行ロボットを造ろうとするのは、神への憧れがあるのかもしれない。
決して、神への冒涜ではない。
決して届かない、神への憧れ。
「人が持つ、原初からの憧れなのかもしれません」
「うん?」
「いえ、独り言です」
涼は、つい口を突いて出た呟きに照れながらごまかした。
「言われてみれば、表で戦っておるヴァンパイアのゴーレムたちは、歩き方がスムーズであったな。法国のホーリーナイツも、長い時間をかけて習熟しているのだろうが、それ以上だった。確かにそれは異常なことかもしれん」
「はい。ゾルターンが、いかに錬金術が得意なヴァンパイアであると言われていても、エトーシャ王国の採掘場を占領したのは二年前。つまり、ゴーレムを本格的に作りだしたのは二年前でしょう。そこから、あれほどスムーズな歩行ができるようになるものを作り上げるのは、かなり難しいかと」
ロベルト・ピルロが頷き、涼も補足する。
二足歩行は難しいのだ。
少しだけ、ロベルト・ピルロが頬を歪めて言葉を付け足す。
「しかし、王国の小さなゴーレムは、かなりスムーズな歩行であったぞ?」
「え?」
「あれは氷のゴーレム。ということは、ロンド公爵製であろう?」
「あ、いえ、はい、まあ……」
ごまかしきれない涼。
そもそも、ロベルト・ピルロの洞察力の前では嘘など通用しない。
それに元々、涼は嘘をつくのは苦手であるし……。
「まだ完成しておりませんので……」
「そうか」
冷や汗を流しながら涼は答え、ニヤリと笑って受け入れるロベルト・ピルロ。
ロベルト・ピルロほどの経験豊富な人間であれば、僅かな言葉のやりとりの中からも多くの情報を得ることができる。
涼自身は、地球での二足歩行ロボットに関する知見からの流用を知られたくないと思って「完成していない」と言ったのだが、ロベルト・ピルロは別の情報も得ていた。
(あの小さきゴーレムは、王国で研究されている……つまりケネス・ヘイワード子爵が中心となっているゴーレムとは、別系統と。それはそれで興味深い。あの小さきゴーレムの立ち姿は、まさに剣士のそれ。王国のゴーレム研究の主流でないのに、あれほど洗練されている? 確かにロンド公爵は、魔法だけでなく剣の腕も超一流と聞く。しかし、そうだとしても……それをゴーレムに反映させるのは難しいはずだが。色々と興味深い)
そんなことをロベルト・ピルロは考えていた。
とはいえ、今は目の前に広がる問題への対処が先決。
「ヴァンパイアどもが中に入る前に、このゴーレムたちを焼き尽くすか」
「確かにそれがいいですね。ですが金属製……鉄鉱石の採掘場などを占領していたということは鉄製だと思うのですが……」
「ああ、問題ない」
涼が懸念を示すが、ロベルト・ピルロは一笑に付す。
そして、笑いながら言い放つ。
「王国の最強魔法使いに、連合の魔法も弱くはないと見せておかねばな」
一瞬後、空気が変わる。
「<滅炎>」
詠唱無く発せられた言葉。
ロベルト・ピルロの右手から放たれた炎も、決して大きくない。
親指ほどの大きさの炎が……だが、数百、いや数千個、一斉に飛んだ。
ゴーレムに衝突すると、一気に炎が広がってゴーレムの全身を包み込み、三秒後には消えた。
炎をぶつけられたゴーレムごと。
「え? ゴーレムが消えた? いや、まさか溶けるを通り越して……蒸発した?」
「ほぉ、見えたか?」
「いえ、見えませんでした。ただ、想像しただけで……ですが……鉄の沸点は2800度超。そんな高温、普通は無理。プラズマ? いや……真空中での抵抗加熱? もちろん電気抵抗ではないですが、熱の損失経路である対流や熱伝導がほとんどなくなれば、効率的に高温を得られる。そう、空気を遮断すれば……」
「どうした、ロンド公爵?」
「……ロベルト・ピルロ陛下は、火属性だけでなく風属性魔法も使われるのですね」
それが、涼の出した結論。
大きく目を見開き、驚いた表情になるロベルト・ピルロ。
そこまでの驚きは、涼は初めて見た気がする。
「側近ですら、ほとんど知らん……護衛隊長のグロウンですら知らぬのに、なぜ分かった? そんなそぶりは見せておらんはずじゃが」
「どうやったら、超高温の炎ができるか、数秒で鉄を蒸発させるのかを考えたら、その結論が出てきました」
涼が答える。
とはいえ、その結論も、確信があったわけではない。
だが……合っていたようだ。
「何十年もの試行錯誤の結果生み出した火と風の連携なのじゃが……それを見ただけで読み解くか。ロンド公爵、真に恐るべきは、その思考なのやもしれんな」
「そ、それは買いかぶり過ぎ……」
ロベルト・ピルロの絶賛に、さすがに恐縮する涼。
地球時代の知識があったから、分かったというだけなのだ。
それを「真に恐るべきは、その思考」などと言われれば、よほどの自信過剰な者でない限り恐縮するだろう。
「イラリオン様もアーサーさんも言っていました。ロベルト・ピルロ陛下は強いと」
「ほぉ。イラリオン・バラハにアーサー・ベラシスか。やはり一流は一流を知る。二人と親しいか」
「はい。王国では、色々とご助言をいただいております」
涼は頷く。
リンのような直属の弟子たちからは、魔法そのものへの妄執によって恐れられているイラリオン。
一見、イラリオンに比べれば常識人であるが、実は魔法への執着は同じくらい大きなものを抱えているアーサー。
どちらも普通ではない。
とはいえ、涼から見れば、二人が魔法の虜になっているのは全く変だとは思えないため、二人は素晴らしい魔法使いですよと言ったりするのだ。
それを聞いて、アベルはこう言った。
「リョウも同類なだけだ」と。
そんな涼の感覚からすれば間違いなく、目の前にいるロベルト・ピルロも同類だ。
「む? ヴァンパイアが走ってきよるか?」
ロベルト・ピルロが呟く。
消滅したゴーレムがあった向こうから、数百体のヴァンパイアが走ってくるのが涼にも見えた。
「さて、どうするロンド公爵」
微笑みながら、ロベルト・ピルロが問う。
言葉として出されたのはそれだけだが、涼でも分かる。
先ほどの、自分の魔法に対抗できるものを見せてくれないかと。
「そうですね……水属性魔法にちょうどいいものがありますので、それを試してみます」
涼は少し考えたあと、言う。
少し前から考えてはいたが、実はまだ生きた対象に向かって放ったことはないのだ。
しかもその魔法は、広域かつ複数の対象に放てる魔法。
数百体のヴァンパイアに対してなら、ちょうどいい気がする……。
涼は、一度深く息を吸い、吐き出す。
剣の時同様に、それで整う。
「いきます……<ライムアイス>」
涼は唱えた。
涼の見える範囲全てが、完全に凍り付いた。
生ある者も、生なき者も。
当然、走ってきていた数百体のヴァンパイアたちも。
「おぉ、成功です! 基本的に<パーマフロスト>は、空気中の水分子そのものに働きかけるので、人であれば魔法使いでも凍っちゃうことがあるんです。でも、セーラやイラリオン様みたいな魔法制御に長けた人は凍りません。ヴァンパイアも魔法制御とか高そうなので、<スコール>と<パーマフロスト>を組み合わせてみたんですよね。これなら、いけるかなと思いましたけど、いけました。rime ice……過冷却状態の水滴が、対象にぶつかることによって凍り付く。我ながら、いい感じの命名だと思うんです」
涼が誰とはなしに、嬉しそうに言っている。
少し斜め後ろから見ていたロベルト・ピルロであったが、唱えられ、全てが氷漬けになった瞬間、震えた。
「人を凍らせることは不可能なはずじゃ。連合でも研究されたし、王国でも……そう、王国の水属性魔法の大家シュワルツコフ家も長い研究の結果、不可能との結論を出していたはず。じゃが、今目の前で……いや、そう、人ではない!」
次の瞬間、はっきりとロベルト・ピルロの顔色が変わる。
「ヴァンパイアじゃ……人など比較できぬほどの魔法に対する耐性を持つヴァンパイアが、氷漬けになったのじゃ。それはつまり、人の魔法使いでも氷漬けにされるということ。抵抗することなど、できずに」
ロベルト・ピルロの呟きは本当に小さい。
それは意識してではないが……本能的に、すぐ近くにいる本人に聞かれるのを避けているから。
絶対に聞かれてはいけないから。
だが、少し考えて思い直す。
今は好機のはずと。
恐るべき魔法を放った人物と一対一。
それも、どちらかと言えばともに同じ陣営に属している。
端的に言って味方同士。
情報を手に入れるのに、これほどの好機そうはない。
「魔法での戦いは、必ずしも魔力や威力の強弱で決まるのではない……」
「それって……陛下がおっしゃった言葉ではありませんか?」
「イラリオンやアーサー辺りから聞いたか」
「はい」
涼は覚えている。
西方諸国への使節団として国を出る前に、二人が言ったのだ。
「あれとは戦わん方がよいぞ。魔力や魔法威力で上回ったとしても……戦いとはそれだけではないと思い知らされる」と。
ここでいう「あれ」とは、ロベルト・ピルロのことだ。
だが……。
「儂は、今の全てを凍りつかせた魔法を見て思ったぞ」
「え?」
「いや、威力はとんでもないが……それ以上に、魔法の神髄と生き物の本質を理解していればこそ、氷漬けにできるのじゃろうと」
「いえいえ、そんな」
明確に涼は照れる。
確かに氷漬けにする魔法は難しい。
何年どころか十数年、ロンドの森で練習し続けた気がする。
「いやはや、魔法の頂は遠いのぉ」
「はい、それは全く同感です」
ロベルト・ピルロが楽しげに笑いながら言い、涼も微笑みながら同意する。
二人ほど、魔法の頂に向かって駆けあがっても、まだまだ先がある。
心からの言葉であった。




