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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0863 採掘場を占領したのは

無事、南門、西門、東門を攻略した、法国軍、帝国軍、王国軍。

それぞれに進軍すると、内部で再合流を果たした。


南門から入ってきた法国軍を見て、東門から入った王国軍の筆頭公爵が喜びの声を上げる。

それは、ずらりと並ぶ四十体のホーリーナイツと、十体のホワイトナイツを見たからだ。

壮観(そうかん)ですね!」

「確かにな」

嬉しそうな声を出す涼、同感だと頷くアベル。


「いずれは我がナイトレイ王国も、ゴーレム軍団を整備することになります」

「そうなのか?」

「だいたい、一万体のゴーレムを押し立てて進めば、帝国ですらも抵抗を諦めるかもしれません」

「……そうなのか?」

筆頭公爵の言葉に、疑問を(てい)す国王陛下。


「戦わずして勝つ! それこそが、大国の外交だと思います。そうであるなら、抑止力(よくしりょく)であり強力な戦力でもあるゴーレム軍団は、この先の世界において必須のものとなるに違いありません」

「それは、正直、怖い世界だな」

涼は自信満々に言い放つが、アベルは眉をひそめている。


「人を……兵や冒険者、つまり王国民を戦場で死なせないで済む、それは分かる。だが……」

アベルはそこまで言って、言葉に詰まる。


人の命は最も大切。

それはアベルもその通りだと思う。

それを否定する気はないし、他の者が否定したら反論するだろう。


だからその観点で見た場合、人の代わりにゴーレムが戦場で戦う世界……それは、悪い世界ではないと思う。


思うのだが……。


「何か、怖いんだよな」

「アベル、その感情は正常だと思います」

アベルが正直に吐露(とろ)した気持ちを、涼は否定せずに頷く。


「多分、ほとんど本能的に、『ゴーレムが想定外の動きをした場合』を考えているのだと思います」

「想定外の動き……つまり、味方であるはずの人に対して攻撃をするということか」

「ええ」

アベルの言葉に、涼も頷く。


二十世紀以降、地球の歴史において、何百回、何千回と扱われたテーマ……AI、ロボットの反逆。

それはもしかしたら、人の根源(こんげん)に宿る恐怖なのかもしれない。


地球上の多くの生き物に比べて、人類は脆弱(ぜいじゃく)

頭脳以外で優るものを持たない。

だから、牙をむかれると勝てない。


ペットにした動物に襲われると……。

動物園に囲ったものに襲われると……。


恐ろしいのは、二十一世紀には、さらに状況が進んだことだ。

人の唯一のストロングポイントである頭脳を上回る存在、AIが出てきた。

……それが反逆した時、人は絶対に勝てない。

論理的にそれを理解できるし、感情的にも分かってしまう。



人は、裏切られるのを恐れるのだ。



「裏切られないようにするのが一番ですが、もし裏切っても、こっちが強ければ問題ありません」

「そりゃ、そうだが……」

「結局のところ、借り物の強さではダメだということです。他の人に守ってもらう? 他の国に守ってもらう? 相手が裏切ったら終わりじゃないですか。自分や大切な人、自分の国を守れるのは自分たちだということです」

「その通り、なんだろうな」

涼が首を振りながら主張し、アベルも受け入れる。


「ここはやはり、四十八時間連続戦闘訓練を……」

「却下だ」

「なぜ!」

「強くなる前に、人間が壊れる」

涼の提案は、アベルによって却下される。


「本当に、人間の体というのは不便ですね」

「仕方ないだろうが」

涼が困ったものだという雰囲気を出しながら首を振り、アベルが顔をしかめる。


そう、人間は脆弱なのだ。

ゴーレムと比べてというのはもちろん、ヴァンパイアと比べてもだ。


「いつか人は、進化によってもっと頑丈な体を手に入れなければ、この世界から淘汰(とうた)されてしまうに違いありません」

「そんな頑丈な体が手に入らないから、代わりとしてゴーレムを制作したんだろうがな」

涼のため息、アベルの正論。




「揃ったようだな」

空から響くその声は、そこにいる者たちは聞き覚えがある。

「ゾルターン……」

三軍の首脳らは一様に顔をしかめて、その名を呟く。


「ではゲストに、こちらの手をお見せしよう」

笑いながら宣言するゾルターン。


奥から出てきたのは……。


「馬鹿な……」

「あれは……」

「ゴーレム!」

さすがのグラハムですら驚き、アベルも涼も驚く。


そう、ゴーレムが出てきたのだ。

数は五十体ほどだろうか。


「ヴァンパイアがゴーレム? おい、グラハム!」

「ええ、もちろん聞いたことなどありません。人とヴァンパイアの長い抗争の中でも、ゴーレムは人だけが製造し、戦いに投じてきました」

アベルの確認に、グラハムも顔をしかめて頷く。



グラハムが受けている衝撃はかなり大きいようだ。



最初に、これまでの多くの事象を繋げたのは王国軍首脳だった。

「ゴーレムの大量製造のために、鉱石の採掘場を手に入れたかったのか」

「そういうことでしょうね。確かに西方諸国のゴーレムにしろ、連合の人工ゴーレムにしろ、金属製ですもんね。大量のゴーレムを造るには、大量の鉱石が必要でしょう」

アベルの言葉に、頷く涼。


エトーシャ王国の、四十もの採掘場がヴァンパイアに占領されていたのは、このゴーレム軍団を製造するためだったのだ。



「確かにゾルターンは、ヴァンパイアの中では珍しく錬金術に秀でているという伝承が残されています。ですがそれでも、まさかゴーレムを……」

目の前で見せられても、グラハムはなかなか信じられないようだ。


「どちらにしろ、人が持つ優位性は失われたか」

呟くアベル。

涼も隣で、無言のまま頷く。


そう、人間が、自分たちを文字通り家畜のように扱っていたヴァンパイアの支配から脱することができたのは、人が錬金術に優れていたから。

その最たるもの、ゴーレムを製造したから。


そう言われてきた。


だが、ヴァンパイアもゴーレムを持った。

それは、これから厳しい戦いになることが避けられないということ。



しばらくすると、ヴァンパイアのゴーレムたちが動きだした。

整列していた中央を開けたのだ。

奥から歩いてくるのは、一人のヴァンパイア。


「ゾルターン……」

「やあグラハム、久しいな。いや、そういえば、西方諸国で会ったか。あの男を手に入れる時に」

にやりと笑うゾルターン。


同時に、あちこちから怒りの波動が燃え上がる。

帝国のオスカー、フィオナ、あるいは王国の涼……。


あの男……ハーゲン・ベンダ男爵を奪還するために、彼らはここまでやってきたのだ。



「ハーグさんは……生きているんでしょうね」

それは、地の底から響くような涼の声。

怒りに満ちたその声は、アベルですらほとんど聞いたことのないものだ。


「もちろん生きているぞ、妖精王の寵児(ちょうじ)。生かしておかねば、転移や収納が使えんからな」

ゾルターンは笑いながら答える。


「妖精王の寵児?」

その呟きを発したのは、グラハムだったか、それともオスカーだったか……。

どちらにしろ、涼は答えるつもりはない。



ゾルターンははっきりとグラハムの方を見た。

その上で問いかける。


「人がヴァンパイアを駆逐(くちく)できたのは、ゴーレムのおかげだと思っているのか? 違うぞ、間違っているぞグラハム。御覧の通り、ヴァンパイアとてゴーレムくらい造れる」

ゾルターンが笑みを浮かべて言う。


「ヴァンパイアが人に駆逐されたのは、長い眠りをとる必要があるからだ」

「何だと?」

ゾルターンの言葉に、思わず問い返すグラハム。



二人の会話に、涼が首を傾げる。

「長い眠りが必要?」

どこかで聞いたフレーズだ。


しかし、すぐに思い出す。


「ああ、マーリンさん!」

そう、魔人は数百年単位の眠りが必要だと聞いた。

魔人マーリンはその眠りを数千年取っていないため、弱くなっている……悪魔ジャン・ジャック基準では。



涼の呟きが聞こえたわけではないだろうが……。



「人がこれだけ広がったのは、ヴァンパイアやスペルノに比べて、短い眠りの繰り返しでよいからだ」

ゾルターンが、ヴァンパイアだけでなくスペルノ……魔人に関しても言及した。


「長く眠っている間に、人が狩ったということか」

「簡単に言えば、そういうことだ」

グラハムの言葉に、ゾルターンが頷く。


グラハムとしては何も言えない。

ゾルターンの主張を否定する情報を持っていないからだ。

正直、肯定しようが否定しようが現状が変わるわけではない。



「それで? だからどうしたとしか、私としては言う言葉はないぞ」

「ふむ……やはり、不完全な記憶か」

グラハムの言葉に、小さく首を振りながら呟くゾルターン。


ゾルターンの呟きは、涼やアベルの耳にも聞こえてきた。

だが、意味は分からない。


それどころか、言われたグラハムも意味が分かっていない。



「まあよい。終わる頃には、いろいろ分かるだろうさ」

ゾルターンはそう言うと、指をパチリと鳴らした。


ゾルターンが出てきた奥から、何か重いものが移動してくる。

二体のゴーレムに押されて出てきたそれは……。


「ハーグさん!」

涼が叫ぶ。


出てきたのは、壁に埋め込まれたハーゲン・ベンダ男爵。

両手両足は壁に埋め込まれて動けなくなっているが、顔は表に出ている。


「リョウ……さん……?」

疑問形なのは、目は開かないらしく、涼の叫びを耳で判断したらしい。



「な? 生きているだろう?」

ゾルターンは笑いながら言う。


「ちゃんと毎日の飯も食わせているぞ。普段は、意識も覚醒することなく『機能』を使っているが、さすがにお前たちが来たのだ。意識は戻してやろうと思ってな。目は……」

ゾルターンは言葉を切ると、正面からハーゲン・ベンダ男爵を見る。


「まだ開かんか。ずっと閉じたままであったからな。その内、目も開いてお主たちの姿を視認する……」

そこまで言った時だった。



「いつまで、長々と話をしている!」

一人の男がゾルターンの間合いを侵略し、斬りかかった。


ガキンッ。


音高く響く、剣と剣。


斬りかかったのは爆炎の魔法使い、オスカー。


余裕を持って受けるゾルターン。

その手に握られているのは、深紅の剣。

ヴァンパイアが、その血で生成する名高きブラッディソード。

ゾルターンは一瞬で生成し、オスカーの斬撃を受け止めたのだ。



「覚えているぞ、火属性の魔法使い! 白い炎の針で、我の障壁を貫いたよな!」

ゾルターンが笑みを浮かべて言う。


その笑みには、獰猛(どうもう)さが浮き出ている。


「ハーゲン・ベンダ男爵を返してもらう!」

オスカーの両眼に浮かぶのは怒り。


「ほぉ、この男は男爵なのか。特に強者というわけでもない、それなのに爵位を与えられているということは、転移や収納を高く評価されているということか」

「当たり前だ!」

「良いではないか! 貴重な魔法であることを、人も理解しているということだろう? それは素晴らしいことだ。そう、この男の魔法は、とても貴重なものだ。我らヴァンパイアですら、再現することができなかった。この男の持つ血でしか、顕現(けんげん)させられなかったのだ。この男の血は、本当に貴重だぞ」

ゾルターンは笑いながら言うが、これまでとは違いその目には、真剣な光が宿っている。


「だからこそ、取り戻す!」

オスカーが、さらに激しく剣を浴びせ始めた。



突如始まった二人の戦いを、他の者たちは呆然と見ている。

それは、涼も例外ではなかったが……。


「これだから火属性の魔法使いは困るのです。勝手に暴走して!」

いきなり斬りかかったオスカーにダメ出しを始めた。


「ゾルターンはもっと喋りたそうにしていたのに。情報を収集するその重要性を理解していません」

「全くその通りだが……今注目すべきはそこではないと思うぞ」

「はい? ああ、ゾルターンが言った、『この男の持つ血でしか、顕現させられなかった』という点ですね。確かに、そこは興味深いですね」

「いや、そこでもない気がする……」

涼が勝手に誤解して腕を組んで頷き、アベルは小さく首を振る。



事態が動こうとしていた。


「我はこの男との剣戟を楽しんでおるが、他の者たちは見ているだけでは暇であろう。ゴーレムを貸してやる。楽しむがよい」

ゾルターンがそう言うと、ヴァンパイアのゴーレムが動き始めた。

列を整えたまま歩き始めたのだ。


その前方にいるのは、法国のホーリーナイツ。


「ホーリーナイツを進めよ!」

グラハムが号令すると、ホーリーナイツも前進し始めた。



ほどなくして、両陣営のゴーレムが衝突した。

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