0861 三軍突入
法国軍が南門、帝国軍が西門、王国軍が東門。
それぞれの前に布陣した。
法国軍。
「グラハム聖下、全ての準備が整いました」
ステファニア枢機卿が告げる。
グラハムは立ち上がる。
全ての作戦は練られ、ここに揃う者たちは理解している。
その後ろに立つ四十体のゴーレム『ホーリーナイツ』も出撃可能。
グラハムは南門の方を向いた。
右手を上げ、勢いよく振り下ろす。
それを合図に、二人の異端審問官と二体のゴーレムが進み始めた。
城門をくぐった瞬間……。
ゴウッ。
城門の中から低い音が響く。
飛んできた何かが二人と二体に衝突。
ゴーレムは体の中心くらいに大穴が開いた。
異端審問官はゴーレムに比べて小さかった分、致命傷は避けられた。
それでも、無傷とはいかない。
「一歩踏み込むことすら難しいのか」
苦笑するグラハム。
「白騎士を出せ」
全隊の最後方に置かれた、十体だけの小型の白いゴーレム『白騎士』が二体前に出る。
「いきなり白騎士を投入することになるとは……」
「ゾルターンの策だろう」
「策?」
「こちらの最強戦力を見たいのさ」
「それを分かったうえで」
「そう、分かったうえで出す」
ステファニアの確認に頷くグラハム。
「どうせ、出し惜しみする余裕などないことは分かっていたのだ」
「はい……」
「壊したら開発局の者たちに怒られるだろうが……戦闘情報は指揮魔石に保管される。それを持って帰って渡せば、許してくれるだろう」
苦笑するグラハム。
グラハムだって、壊さないで終わらせることができればそれが一番だというのは分かっている。
分かっているが、絶対にそうならないことも分かっている。
実際すでに、二体のホーリーナイツが大きなダメージを負っている……。
「我らにはゴーレムがいるからよいが、他の軍は大変だろうな」
「いったいどうするのでしょう」
「さて……」
帝国軍。
「<障壁>」
ゴン。
オスカーが張った障壁に、高速の大きな物体が衝突した。
「いつ見ても、オスカーの<障壁>は凄いですね」
「フィオナだってこれくらい張れるだろう?」
「いや、ここまで固くはないです」
首を傾げるオスカー、苦笑して首を振るフィオナ。
フィオナもウィットナッシュで襲撃を受けて以降、特に<障壁>の魔法には力を入れた。
あの時、完全には兄コンラートを守り切れなかったからだ。
だがそれでも、オスカーの固さには及ばない。
「<障壁>は小さい頃から鍛えられた。自分と大切な人を守る重要な魔法だとな」
「なるほど」
「<ピアッシングファイア>以上に得意かもしれん」
オスカーの代名詞ともいえる攻撃魔法<ピアッシングファイア>。
オスカーの中では、それよりも得意だという自負がある。
それほどに鍛えたということだ。
ゴン、ゴン、ゴン……。
オスカーが張る<障壁>……帝国軍全てを囲む<障壁>に、物体が何度もぶつかっては弾かれていく。
「正面奥、五十メートルほどの場所に、錬金道具がある。この物体を放ってくるのはそいつか」
「どうしてそんなことが分かるのです?」
「衝突するやつの速度と音の関係……かな?」
「かな?」
「詳しくは俺も知らん。だが、多分合っている」
「ほんと、オスカーは天才です。絶対に、人に教えるのには向いていません」
フィオナが小さく首を振る。
「心外だな。フィオナに魔法を教えたのは私だぞ」
「私に教えてくれたのはオスカーですけど、私の理解力が高かったからうまくいっただけです」
はっきりと言い切るフィオナ。
「こ、皇帝魔法師団だって鍛えたろう?」
「マリーたちが分かりやすくかみ砕いて団員に伝えたからです」
「納得いかん」
オスカーは小さく首を振る。
その間も<障壁>に守られた帝国軍は進み……。
「<ピアッシングファイア>」
オスカーの言った通り、人間大の箱のような錬金道具があり、それを炎で貫くと攻撃が止み同時に霧も晴れた。
奥に並んでいたのはヴァンパイアたち。
「百体くらいはいるでしょうか」
「ここからが本番だな」
激烈な地上戦が開始された。
王国軍。
率いるのは国王アベル王一世、補佐するロンド公爵の涼。
ザックとスコッティーが指揮する王国騎士団五十人、法国から借りた異端審問官五人。
B級冒険者パーティー「十号室」の三人。
連合の先王ロベルト・ピルロ、その護衛隊長グロウン。
そして、王国騎士団付きとなっている剣術指南役四号君。
以上が、王国軍。
担当は東門。
「作戦通り、我々が先行します」
ザックが告げる。
ザックと、彼が率いる中隊二十五人が先陣を切る。
「何があるか分からん。変だと思ったら、すぐに退けよ」
「承知」
アベルの言葉に頷くザック。
時間制限があるわけではないし、相手が強いということも分かっているのだ。
慎重に慎重を重るのは当然。
ザック中隊の城門をくぐると……巨大な石が飛んできた。
「くっ」
先頭にいたザックが、左手を剣に添えて全力で石の方向を逸らす。
それで、誰もダメージは受けていない。
だが、先に進むのは難しい。
「<パッシブソナー><アイシクルランス>」
城門から腕だけ中に入れた涼が唱える。
ソナーで錬金道具の位置を把握し、氷の槍で破壊。
すると、石の攻撃は行われず、同時に霧が晴れた。
奥にいるのはヴァンパイア、およそ百体。
ザック中隊に追いつく本隊。
「次は正面からの戦いか」
アベルは呟く。そしてザックとスコッティーを見た。
「準備はいいな?」
「はっ!」
アベルの問いに、王国騎士団全員が答える。
「よし、行ってこい!」
ザック、スコッティー、五十人の王国騎士団、そして剣術指南役四号君が飛び出していった。
「俺のわがままだ」
アベルが呟く。
しかしその呟きは、すぐ隣に立つ涼や『十号室』の耳にも届く。
「それを言っちゃうと、ハーグさんを助けに行くと決めた、僕のわがままが原因ですよ?」
「リョウだけでは行かせられないからついていくと決めたのは、俺のわがままだろ? 俺は国王だから、当然のように護衛として王国騎士団がついてくる……それを理解した上で、俺はわがままを通した」
涼の言葉に、アベルははっきりと言い切る。
理解している。
分かっている。
それでも今回、自分のわがままを押し通した。
「みんな、多かれ少なかれ、わがままに生きていくしかないんですよね」
涼は小さく首を振る。
それが素晴らしいことだとは思わないが、やむを得ないことだとは思う。
自分や家族に犠牲を強いてまで、他の誰かを幸せにする……そんな王族みたいなことは、普通はできない、そう思っているから。
「でも考えてみたら、今戦っている王国騎士団の人たちは、自分ではない他の人のために戦っているんですよね」
「そうだな」
「心の底から感謝したいです」
「……そうだな」
間違いなくナイトレイ王国の中でも精鋭である王国騎士団。
その中でも、選抜されて国王アベルの護衛となっている五十人だが、そんな彼らでもヴァンパイアの相手は簡単ではない。
もちろん、地力で圧倒的な差があるわけではないため、ミスさえしなければ大丈夫なのだが……人はミスをする生き物。
たとえば踏ん張った際、足を滑らせれば意識が乱れる。
そこにヴァンパイアの剣が襲い掛かれば……。
カキンッ。
剣が弾かれる。
すぐ横の味方がそんな状況に陥れば、考えるより先に行動してしまう。
それが中隊長であってもだ。
ザックは剣を失った味方を突き飛ばした。
その喉元に、ヴァンパイアの突きが迫る。
よけきれない。
喉に入る。
(まずい!)
カシュッ。
当たった衝撃はあったが、喉は貫かれていない。
ヴァンパイアの剣は固いものに当たって逸れたのだ。
驚き、動きが止まるヴァンパイア。
ザックがその隙を逃すはずがない。
横薙ぎ一閃、首を斬り飛ばし、その流れのまま心臓を貫く。
一瞬後、ヴァンパイアは消滅した。
「今の今まで、氷で守られているの忘れてたわ。マジで違和感、無いんだな」
ザックは、思わず自分の喉を触る。
意識して触ると、確かに皮膚の上に、かなり薄い膜が張っている……ような気がする。
顔にもある。
胸にもあるらしい。
戦いの邪魔にならないように、意識しないように、致命傷となる箇所だけ氷の膜で保護すると、アベルは告げた。
そして涼が生成したのだが……。
「全然意識しないくらい薄くて柔らかい……動きに合わせて曲がるんだよな。これなら、腕や足も守ってもらうべきだったかもしれん」
ザックは呟く。
ザックからすればロンド公爵……涼は、多くの意味で意識せざるを得ない人物だ。
だが、魔法の腕が超一流で、王国と王国民のために力を尽くしてくれる……その点に関しては完全に信用している。
それらの一部である王国騎士団に関しても信頼しているのも分かる。
大切なゴーレムを預けているのだから。
涼からすれば、王国騎士団の全員を信頼している。
アベルが護衛として命を預けている者たちであり、ザックも認識しているとおり四号君の戦友とも呼べる人たちなのだから。
だから、死なせたくないと思っている。
そのために<アイスアーマーミスト>をさらに強く、だが関節の動きを阻害することなくしたのだ。
一撃で致命傷とならなければ、聖職者や神官の<エクストラヒール>で助けることができるはず。
王国騎士団とヴァンパイアの激突。
王国でも精鋭の一つ王国騎士団、その中でも優秀な者たち五十人。
しかしそうであっても、ヴァンパイアの相手は簡単ではない。
場合によっては、剣を飛ばされピンチに陥ることもある。
だが、声を上げるまでもなく、助けに来てくれる味方。
青い体と青い剣を持つ、氷のゴーレム。
「助かったぜ、四号君」
仲間の感謝の言葉に、一つ頷く四号君。
余計な言葉はいらない。
それだけで通じる。
そんな光景は、本陣からも見える。
「四号君は、よくやっています」
「喋れないのに、普通に連携がとれているし、味方の危機への対処も速い……すげーな」
「普段から王国騎士団の中で過ごしているので、それぞれの能力、どういう場合に危機に陥りやすいのか、逆にどういう場合に力を発揮しやすいのかなどを把握しているのかもしれません」
「ゴーレムなのに?」
「そこはゴーレムも人も関係ないと思うんです。経験を基にした予測ですので」
「そうなのか?」
涼が自信満々に答えるが、アベルは少し疑問形だ。
「予測、あるいは先読みでもいいでしょう。これらは、何の根拠もなく頭の中に突然生じるものではありません。アベルは剣戟でも先読みが得意でしょう? 初めて戦う相手では、先読みは難しいでしょう?」
「そう、当然そうだな。しばらく戦っていれば、剣の流れが分かってくるが……やはり、二度目、三度目の対戦の方が確実だ」
「過去の経験から、脳が無意識のうちに出してくれる答えなのです。感情のような、人がよく理解できていない複雑なものは絡んでいません。驚くほど論理的なものです。そう考えると、人でなくゴーレムだって、先読みができるのは当たり前でしょう?」
「そうやって説明されると、ゴーレムが先読みできるのは当然な気がしてくる……不思議だ」
涼の説明に、今度は深く頷くアベル。
実際、四号君の動きは巧みだ。
自分とヴァンパイアとの剣戟では後れを取らないし、手が空けば苦戦している仲間の助けに入るし、あまつさえ後ろ目の位置から魔法砲撃を行っているヴァンパイアに突撃してかき乱す動きすらしている。
遊撃部隊のような動きを一人で行っているのだ。
「……リョウは指示していないよな?」
「ええ、もちろんしていません。四号君は現在、スタンドアローン……完全自律モードで、自分で判断して動いています。僕が下手に指示するよりも、その方が王国騎士団との連携はうまく取れるはず。実際、うまくやれているでしょう?」
「ああ、とんでもなくうまくやれている」
笑顔を浮かべる涼、驚きのアベル。
王国軍による戦闘は、おおむね順調に進んでいた。