0860 四号君の戦友
各軍が城壁を囲むように展開中。
王国軍は、東門の外に展開している。
率いるのはアベル一世、その下に王国騎士団を中心に若干名、
王国軍の展開中、国王陛下は傍らの公爵閣下に尋ねた。
「なあ、リョウ」
「何ですか、アベル」
「俺の見間違いじゃなければ、王国騎士団の中に、四号君がいるように見えるんだが?」
「ええ、いますよ」
「何でだ?」
「何でだ?」
アベルが問い、涼が首を傾げる。
「王国騎士団が出撃するから、ついてきたんでしょう? 戦友たちが危地に飛び込もうとしているのですから、四号君も共に飛び込むのは当然では?」
「戦友……」
涼が当然という表情で答えるが、アベルは納得しにくいようだ。
「共に戦場に出て、共に戦場で戦う。その経験をした者たちが戦友でしょう? その定義の中に、『人に限る』とか『ゴーレムは除く』という文言は無いと思いますよ?」
「確かに、それは無いとは思うんだが」
「そうであるなら、四号君にとって王国騎士団員は戦友だと定義していいでしょう」
涼が自信満々に言い切る。
そしてさらに言葉を続ける。
「僕は特に指示していません。四号君が、自分でそうしたいと思ったからしているのでしょう」
「四号君って、ゴーレムだよな」
「もちろんです。それ以外の何だと」
「ゴーレムなのに、自分で『そうしたいと思う』のか?」
「その辺りは難しいところです。人間でいうところの感情なのか、理性なのかは、正直分かりません。とはいえ、自分で判断しての行動であることは確かですから、僕としてはその判断を尊重したいです」
涼はまるで子供を送り出す親のような表情、慈愛に満ちた目で、自らの判断で戦友たちと共に危地に赴こうとする四号君を見る。
「仲間と共に戦いたい……その意思を、僕は尊重します」
涼のその言葉には、喜ばしい気持ちと共に不安も混ざっている。
当然だ。
これから赴く先には、ヴァンパイアの大公がいるのだ。
竜王のブランに「リョウでも厳しい」と言わしめる相手。
そこに、大切な四号君を送り出すのは怖い。
だが、それでも……。
「四号君は、僕が造りだした時よりも成長しました。その成長の結果である判断、尊重するのは創造者の責任だと思うのです」
「……そうか」
涼の言葉に、アベルが言った言葉はそれだけだ。
アベルは、涼と四号君を交互に見る。
そして頷く。
涼の決断は立派なものだと、心の底から思う。
アベル自身、今も昔も、後輩冒険者や部下たちを危地に送り出す経験を繰り返してきた。
その決断を下すときは、自分が危地に飛び込むよりもはるかに苦しい気持ちになる……しかも、それで死傷者が出れば、長い間忘れることのできない記憶となってしまう。
「正直、壊されるのは見たくないです」
「……」
「ダーウェイのあの時……二号君の体を、魔法か何かで貫かれた状態で受け取った時、二度とこんな思いをするのは嫌だと思いました」
「ああ……」
二号君の体を引き取り、輪舞邸に戻った時のことはアベルも覚えている。
「でも、あの時の二号君もそうでした。彼らが自分で考えた上で行動した、その結果がどうなるか……悲しい結果であったとしても、僕はそれを否定したくはありません。もちろん僕は悲しい気持ちになりましたし、この先も同じようなことが起きれば悲しい気持ちになると思います。でも、彼らが考えて選んだ行動の結果であるのなら、僕は否定はしません」
「立派だよ、リョウは」
涼が少し顔をしかめながらもはっきりと言い切ると、アベルは一つ頷いてその考えを支持する。
「だから僕にできるのは、彼らが簡単には倒されないようにすることです」
「ふむ?」
「二号君のあの時に比べて、御庭番の体はかなり固くなりました。当社比五百パーセントです」
「よく分からんが、固くなったというのは分かる」
涼が自信をもって宣言し、アベルは小さく首を振る。
同時に少しだけ羨ましくも思う。
「リョウの努力で強くなるというのはいいな」
「ええ、防御はそうですね。でも、攻撃は……剣術の上達は人同様に手間暇がかかるんですよ」
「騎士団の連中と切磋琢磨しているようにか」
「ええ、そうです。でも、それは悪いことだとは思わないのです」
「うん?」
「僕の入力だけでは、僕を超えることはあり得ません。でも四号君などが自分で学べば……僕が気付かなかった剣の真理に近付くことができるかもしれませんからね」
「人の剣を超える、ゴーレムの剣か」
アベルは想像する。
以前も想像したことがあるが……。
「やはり恐ろしい気がする」
アベルが素直な感情を述べる。
そんなアベルの視線の先で、
「王国騎士団……四号君の肩や頭を触ってから配置についているか?」
「ああ、ゲン担ぎ……幸運がやってくるらしいですよ?」
「……は?」
涼の説明に首を傾げるアベル。
「あれをしたことによって、賭けに勝ったとか……」
「は?」
「あれをしたことによって、模擬戦に勝ったとか……」
「は??」
「あれをしたことによって、料理を大盛りでよそってもらえたそうです」
「うん、絶対四号君、関係ないだろ」
涼の説明に、顔をしかめて首を振るアベル。
相撲取りなど、強い人に触れて、少しでもその強さにあやかりたいというのは、古今東西どこにでもある文化ではないか、涼はそう思う。
つまり、王国騎士団から認められるくらいに四号君が強くなった……のかは分からないが、嫌われてはいないようなので、それだけでも涼は安心している。
「元々ゲン担ぎというのは、非論理的なものです」
涼がはっきりと言い切る。
「でも、命の掛かった戦場に出るのです。運でも何でも、少しでも生き残る可能性が上がるのなら、やっておいて損はないのでは?」
「まあ、本人の気持ちがそれで少しでも落ち着くのならいいのか」
アベルも受け入れる。
誰かの損になっているわけではないので。
いよいよ明日から、本丸突入……最終章の大決戦です。