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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0859 再会議

スキーズブラズニル号に戻った涼とアベル。

コーヒーを飲みながら、内輪での会議を始める。


涼の視線の先には、剣を振るうアモン。


「アモンの出番かもしれません」

涼が熟考に熟考を重ねた末に出した結論風に呟く。


「アモン?」

涼の視線を追って、アベルもアモンを見るが意味は分からない。


「一気に空を飛んで、敵の首魁(しゅかい)急襲(きゅうしゅう)するのです!」

「うん、やめろ」

涼が提案し、アベルが即座に却下する。


そんな攻撃が通用する相手とは思えないからだ。


何といってもヴァンパイアの大公。

「援護のない状態で一対一になるのは、誰であっても良くない。強い相手なのは分かっているんだ」

「確かに」



「だいたい、アモンが空を飛んだのだって、『六華』と組んだ時だけだろ? もう四年も前だ」

「なるほど。アモンが飛び方を忘れている可能性があるってことですね。さすがはアベルです」

「うん、全くそんなつもりで言ったんじゃないからな。単に、剣士が空を飛ぶのはあるべき姿じゃないというだけだからな」

涼が感心し、アベルは首を振る。


この時、アモンはくしゃみを連発しなかった。

噂をするとくしゃみを連発するという言い伝えは、本当ではないのかもしれない……。




二日後。

再びアークエンジェル甲板にて会議が行われた。


「屋敷の上空には、かなり強力な障壁が展開しています。空からの攻撃は難しいでしょう」

「ゾルターンは、ヴァンパイアには珍しく錬金術が得意だという伝承があります。ですので、その手の錬金道具によって障壁を発生させていると思われます」

ステファニアの説明を補足するグラハム。


二人の説明を受けてフィオナ、オスカー、ロベルト・ピルロが無言のまま頷く。


王国の二人は何をしていたのかというと……。


((攻めてこいと言っておきながら、攻略しにくい城に籠る。この言行不一致(げんこうふいっち)さはアベル王を想起させます))

((うん、俺は想起しない))

涼の主張を完全に否定するアベル。

一般的にナイトレイ王国のアベル王は、言行一致の英雄王と民からは慕われている……。


((大公ってことは魔法も強力でしょう? 近接戦も弱いとは思えません。その上、錬金術も得意って反則ですよね))

((全く同感だな))

((アベル、ゾルターンとやらにビシッと言ってやってください。反則だぞと))

((言って、何か変わるのか?))

((変わらない可能性が高いですけど、変わる可能性もある……かもしれないじゃないですか。努力しないうちから、どうせ無理と諦めるのはアベルらしくありません!))

((俺は言行不一致な王なんだろ? 口では努力は大切と言っておきながら、実際は全く努力しなかったとしても問題ないだろう?))

((あの程度の誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)不貞腐(ふてくさ)れるなんて、国王として鍛え方が足りません))

((うん、自分で誹謗中傷と言ってれば世話は無いな))

アベルは心の中で肩をすくめた。


そう、『魂の響』を通しての会話なので、あくまで表面上は二人ともおすまし顔である。



アベルは、とりあえず最も欲しい情報を尋ねることにした。

「屋敷というか、敷地の広さはどれくらいなんだ?」

「南北五キロ、東西五キロ」

「……は?」

グラハムが微笑みながら答えると、アベルは素っ頓狂な声を上げた。


他の者たちも、顔をしかめている。


ありていに言って……。

「何だ、そのバカげた広さは」

「そんなに広いと生活しにくいですよね」

アベルが素直な言葉を吐き、ついでに涼が実生活に向いていない広さだと指摘する。


「空からは、一番奥の屋敷は見えるのですが、敷地内は見えないようです」

「それは、光学系の……目に見えない、認識できない錬金術的な何かがされているということですか?」

「はい。『隠蔽(いんぺい)』のようなものです」

「なるほど」

グラハムの言葉に、涼が頷く。


つまり涼がかつて手に入れた『隠蔽のブレスレット』のような錬金道具による効果が発動しているということだろう。



((占領されていた採掘場の中には、ミトリロ鉱石の採掘場は無かったのに……隠蔽のブレスレットみたいなのを作れたんですかね))

((分からんが……占領していたのがエトーシャ王国の採掘場だけとは限らんだろう))

((どういう意味ですか?))

((この南部にある、他の国の採掘場……例えば、東の方にあるニュートン港だったか。その周辺がミトリロ鉱石の一大産地らしいから……))

((なるほど、あっちも占領していて、ミトリロ鉱石は向こうから))

アベルの推測に、涼も同意して頷く。


確かにそれならあり得る。

しかしそうなると……。


((この大陸南部は、ほとんど、そのゾルターンとかいうヴァンパイアの影響下に入ってしまっているのかもしれませんね))

((そうかもしれん。むしろエトーシャ王国は、一番傷が浅い方なのかもな。ミトリロ鉱石の採掘場が無かったために))

アベルが心の中でため息をつく。



資源のある国は、国を富ますためにその資源を使うことができる。

同時にそれは、外国から狙われるターゲットにもなるということでもある。


良い物は誰だって欲しい。

当たり前の話だ。


力づくで奪うか、取引して手に入れるか、あるいは諦めるか。

その違いはあるだろうが。



((ナイトレイ王国には、帝国には無い海という貴重な資源があります))

((ああ。帝国のルパート陛下は、海を手に入れたいと、昔、公言していたらしい))

((それって、ほとんど宣戦布告じゃないですか!))

((王国の為政者は、常に帝国に狙われているという意識で国政を担ってきたと思う))

((なるほど。油断なんかしないということですね))

アベルの言葉に、涼は心の中で頷く。


この点は、王家が行政の中心にいる国家の強みかもしれない。


これが共和制など、民が政治を担う体制だと、どうしても(ゆる)みが出てくる。

これは仕方のないことなのだ。

民でなくとも、官僚たちが緩む場合もある。

どちらも酷い結果になるという点は同じなのだが……。


誰だって、天下国家のためよりも、自分と家族の生活を重視する。

アベルのように、自分の幸せを犠牲にして、民と同じ幸せを諦めた上で、民や国のために書類まみれになり続ける覚悟……これは、なかなか持てない。


ごくまれに、それが可能な者が民や官僚の中にもいるが、あくまで少数派。

そして少数派には力が無い……それが民主主義。


(民主主義は素晴らしい制度なのですが、そこで民を幸せにし続けるのは難しすぎます)

涼は嘆くのだ。



その間にも会議は進んでいた。



「敷地の北側は断崖絶壁(だんがいぜっぺき)ですので、攻め込むのは難しいでしょう。何らかの罠が仕掛けられている可能性もあります。東、南、西にはそれぞれ巨大な門があり開け放たれています」

「つまり、そこから攻め込んで来いと?」

「そういうことでしょう」

ステファニアの説明に、苦笑しながら確認するアベル、同じく苦笑しながら同意するグラハム。


「お楽しみが準備してあるということじゃな」

肩をすくめるロベルト・ピルロ。

後ろに立つ護衛隊長グロウンは顔をしかめたままだ。



((これは……法国、帝国、王国の三分割で、それぞれの門から攻略という流れになりそうです。あ、ロベルト・ピルロ陛下とグロウンさんは、どこかに入っていただいて))

((そうかもしれんが、そうなるとうちが不利だな))

涼の言葉に、アベルが心の中で顔をしかめる。


((そうなのです? ああ、回復役が少ない!))

((そうだ。さらに王国騎士団は全員近接職、俺もそうだ))

一瞬涼にも意味が分からなかったが、すぐに気付く。アベルも頷く。


((でも『十号室』が……後衛は神官のエトと魔法使いの僕だけ……))

指摘されてようやく気付く涼。


((エトが一人で、五十人以上の回復を支える……))

((エトは優秀な神官でB級冒険者だが、それでもさすがに厳しいだろう))

((エトは弱音を吐かない子ですので、ギリギリまで頑張っちゃうかもしれません))

涼が懸念を表明する。


((素直に、法国から聖職者を回してもらうように交渉しよう。異端審問官以外の、普通の神官でも構わんからと))

アベルは現実的だ。

特に兵を率いる際は、現実主義者の最たるものとなる。


そこは、涼が高く評価する点である。

指揮官は、希望的観測を元に部下を死地に投入してはいけない。



「さらに情報の収集を急ぎます」

ステファニアの言葉で、会議は終了となった。



王国と帝国の代表がアークエンジェルから降りた後、ロベルト・ピルロはグラハムに近付いた。

「それで、ロベルト・ピルロ陛下、お話があるとか」

「うむ、組分けの件じゃ」

ロベルト・ピルロは言葉を飾らず核心を突く。


「三隊に分けて、それぞれの入口から突入するのじゃろう?」

「そうとは限りませんよ。一つの入口から全戦力でという可能性もありませんか?」

「無いな」

グラハムが微笑みながら返答するが、ロベルト・ピルロも笑いながら切って捨てる。


「法国の狙いはヴァンパイアの全滅。であるなら、全ての入口から突入し、敵に脱出の機会を与えないというのは当然じゃろう」

「相手は強いと思うのですが……」

「こちらも強い、そう思うておるじゃろう?」

ロベルト・ピルロの確認に、グラハムは答えない。


答えるまでもないのだ。


「爆炎の魔法使いと白銀公爵がおるのじゃ。戦力的には十分」

「そうかもしれません」

グラハムもはぐらかせるとは思っていないし、最終的にはぐらかそうとも思っていない。


「わしを、帝国か王国の隊に入れてほしいのじゃ」

「我々法国ではなく?」

「うむ。あの二人の魔法を見てみたい」

「なるほど」

素直な気持ちを告げるロベルト・ピルロ、理解するグラハム。


だが、それは表向きの会話。


告げた瞬間、ロベルト・ピルロの目の奥に(ひらめ)いた欲望をグラハムは見てとった。

それは、超一流の魔法使いとしての欲望。


自分以外の、強力な魔法使いが繰り出す魔法を見てみたい。


そんな欲望だ。



「陛下のお気持ち、分かります」

「そうか。さすがは教皇聖下」

ロベルト・ピルロは笑う。


グラハムだって見たい。

二人の全力の戦いを。

とはいえ、さすがに立場上、法国軍を離れるのは無理であることは理解している。


同時に……。


「二人が全力を出すような相手……ゾルターン以外にいるでしょうか」

「さて……それは分からんな」

グラハムの言葉に、正直に答えるロベルト・ピルロ。


二人とも分かっている。

そんな者がいたら大変だと。

そもそも、そのロズニャーク大公ゾルターン一人でも、倒せる可能性は低いのに……。




「陛下、アークエンジェルから文が届きました」

「アークエンジェルから、文?」

パウリーナ船長が、氷のイスに座ってコーヒーを飲んでいたアベルに手紙を持ってきた。


開いて一読する。


「敵屋敷突入の際、ロベルト・ピルロ陛下を、ナイトレイ王国の隊に入れてもよいかの確認だ」

「ああ、結局、三隊に分かれて突入するのですね」

「そうだ。それに関しては昨日のうちに話が来て、俺が許可を出した。回復職を少し回してもらう要望と共にな」

涼の問いにアベルが答える。


「ロベルト・ピルロ陛下は、先の『大戦』で連合の魔法戦力を率いて、我が王国と戦った方だ。その辺をグラハムも知っていて、尋ねてきたのかもしれん」

「なるほど」

「リョウはどう思う?」

「僕はもちろん、先王陛下が加わるのは大賛成ですよ。イラリオン様やアーサーさんが称賛していた、ロベルト・ピルロ陛下の魔法を見る機会があるかもしれないですからね」

涼の表情は嬉しそうだ。


「陛下の魔法に関する知見にはとても興味があります。いや、魔法だけでなく、ルパート陛下とも並ぶと思われる洞察力、あの辺も凄いですよね。もちろん僕が身に付けるのは難しいでしょうけど、何か気付きが得られればいいのですが」

「すげーよ、リョウは」

「はい?」

「その向上心は大したものだと思ってな」

「向上心? そんな大したものじゃないですよ。せいぜい好奇心です」

首を傾げる涼。


本当に、好奇心程度の認識なのだ。

少なくとも、凄いと言われる類のものではないと。


「そうか」

アベルは苦笑するしかなかった。




翌日。

三度目の会議がアークエンジェル甲板で開かれた。


「……南門より、法国が突入します。それを合図に、東門から王国、西門から帝国に突入していただきます」

ステファニアの説明に、アベルとフィオナが頷く。


「正直、中にどれほどの戦力がいるのか分かりません。敷地内は、高さ十メートルにも及ぶ城壁で囲まれていますし、門も東、南、西に一つずつあるだけです」

「南北五キロ、東西五キロの屋敷に、たったそれだけの門じゃあ生活するには不便だよな」

「アベル陛下のおっしゃる通りです。恐らく、今回の戦いのための屋敷と敷地でしょう。それだけに、どんな罠があるか分かりません」

グラハムがはっきりと告げる。


そう、敷地内……つまり城壁の向こう側の情報は全く得られなかったのだ。


「門は開いているのでしょう? 中に入るのは無謀でも、外から覗いて中を確認するのはできなかったのですか?」

フィオナが当然の疑問を投げかける。


彼女も兵を率いる以上、できるだけ作戦の成功確率を高めたいと思っている。

そうであるなら、現場に行く前に少しでも疑問は払拭(ふっしょく)しておきたい。


「近くにまで行って中を覗かせました。ですが城門のすぐ内側に白い煙が漂っており、中は見えなかったと。三つの門全て、同じ状況でした」

ステファニアが答える。


さすがに、城門の中にまで入って確認してこいとは言えない。

生きて戻ってこられない可能性が高いからだ。

戦う前から、貴重な戦力を失うわけにはいかない……。


「事前の予定通り、法国、王国、帝国の三軍に分けます。ただいまの報告通り、門の中はどうなっているか分かりません。各軍、慎重に展開してください」

グラハムの決定に、全員が頷いた。


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