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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0858 情報精査

「聖下、ルビーン公爵から、鉄鉱石第二採掘場の制圧を完了したとの報告がございました」

「そうか、分かった」

ステファニア枢機卿の言葉に頷くグラハム。

その表情はいつも通りに見える。


だが、ここにいる中でステファニアだけは気付いている。

(グラハム様、何か不満がある?)


法国軍主力が制圧を行っている鉄鉱石第一採掘場以外、全ての制圧完了の報告が揃っている。

最後に残った第一採掘場も、収集された情報によれば、子爵一体を除いて全てのヴァンパイアを消滅させてある。


死者もおらず、ゴーレムもほとんど傷を負っていない。


何の問題もない状態。

だから、グラハムが何に不満を抱いているのか、ステファニアには分からない。



グラハムが座る本陣は、人の出入りが激しい。

そのため、ごくたまに、グラハムの周囲にステファニア以外、誰もいなくなるタイミングがある。


それを見計らって、ステファニアは小声で尋ねた。

「聖下、何かご懸念でも?」

その問いに、グラハムは驚いたようだ。

ほんの少しだけ表情が動く。

それは珍しいこと。


「ステファニアには気付かれていたか」

今度ははっきりと苦笑する。


「もちろん、現在の作戦の進行には不満はない。問題は、在庫が無いことだ」

「在庫が無いこと?」

「そう。これまで……長い所では二年間も占領してきた。その間に採掘した鉱石が、鉱石場に隣接した倉庫などに置かれていない」

「確かに」

グラハムの言葉に、ステファニアも報告書を思い出して頷く。


全ての採掘場で、過去に掘ったであろう鉱石はほとんど残されていない。

数日前までの分と思われる、ごく少量の鉱石は見つかっているが、二年間も占領していたにしてはあまりにも少なすぎる。

恐らくは、ストラゴイに採掘させていただろうに……。


「つまり、どこかに運ばれた」

「そう。運んだということは、使うつもりがあるということだろう。そして、運ぶ指示を出した者が、別の場所にいるということだろう。その者がいる場所こそが、本当に攻略しなければいけない場所かもしれない。だが……」

グラハムは、そこで言葉を切る。


「エトーシャ政府にとっては、四十カ所の採掘場が取り戻せれば問題ないと考えるでしょう」

「そうだな、当然だ。しかしヴァンパイアを駆逐(くちく)したい我々としては、運ばれた先こそが重要なのかもしれん」

「制圧した採掘場でも、運び先に関しての情報がないか調べさせます」

ステファニアはそう言うと、本陣を出ていった。


残されたグラハム。

「採掘場の責任者となっていたのは、子爵。つまり運び先にいるのは、もっと高位のヴァンパイア。もしかしたら今回の件、本命に繋がっているかもしれんな」

その呟きは、当然誰にも聞こえなかった。




全ての採掘場奪還が成功して二日後。

教皇御座船「アークエンジェル」の甲板では、各国幹部に対する説明が行われていた。

ナイトレイ王国国王であるアベル一世、筆頭公爵の涼はもちろん、デブヒ帝国ルビーン公爵フィオナやルスカ伯爵オスカーもいる。


「採掘された鉱石は、全て、この地点……エトーシャ王国から南東に五十キロの地点、ここに運び込まれたようです。エトーシャ政府によると荒野だそうで、周囲に国はもちろん集落すら存在したことはないそうです。ただ、そこにはかなり深い洞窟(どうくつ)があることは分かっている、ただし深さは分からないということでした」

ステファニア枢機卿が説明する。


「深い洞窟があることは分かっているのに、その深さは調査されていないんだな?」

アベルが元冒険者的な視点から問う。


「はい。以前は、数カ所ある洞窟入口は、全てかなり危険な毒の湧く沼が多数あったそうです。それを避けて洞窟入口に近付いた者たちもいたそうですが、洞窟入口も毒が充満していたと。人が入るのは不可能と判断され、それ以来、調査されていないそうです」

「人は、入れないか」

ステファニアの説明に、アベルが意味ありげに呟く。


そう、人ならざる者なら入れるのかもしれない。

例えば、ヴァンパイアとか。



「採掘された鉱石がそこに運び込まれたということですが、その情報の確度はどれくらいでしょうか」

「ほぼ百パーセントと思っていただいてかまいません」

フィオナが問い、答えたのはグラハムだ。


「百パーセント? 失礼ですが聖下、その理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「鉄鉱石第一採掘場を守っていた、ヴァンパイアの子爵からの情報だからです」

「ヴァンパイア子爵からの情報? それは……」

そこまで言って、フィオナもさすがに理解したようだ。


答えているグラハムは教皇であるが、かつての異端審問庁長官。

『聖煙』の使い手として知られ、その力によって相手の意思によらず、自在に情報を引き出すことができる……そんな噂は、帝国にまで流れている。


グラハムも、フィオナが何に思い至ったのか理解しているだろう。

だが、もちろん何も言わず、少し微笑んだだけ。


肯定せず、否定もせず。



((やはりグラハムさんは、恐ろしい人です))

((同感だな))

『魂の響』を通して、完全無音で情報交換を行う王国筆頭公爵と国王。


ここにいるのは全員味方とはいえ、この先も永久に味方とは限らない。

特に、元皇女の公爵様と爆炎の何とかは帝国という、王国に攻め込んできたことのある者たちなわけで。



((何となくなんですが、相手が誘っているように思えるんですよね))

涼が、正直に根拠が無いと言いながら仮説を述べる。


アベルは逆にこういう場合の涼の言葉は、無下(むげ)にしない方が良いと思っている。

だから、確認するのだ。


((この洞窟を俺たちに攻めさせたいと?))

((ええ、そうです))

((何のためだ?))

((罠にかけたいというのが普通ですよね。でも……))

((でも?))

アベルの問いに、涼が答えようとした時……。


扉が開け放たれ、ほんの少しだけ歩調の速い異端審問官が入ってきて、ステファニアに紙を渡した。


一読した瞬間、ステファニアの表情が揺らいだのが涼にも分かる。

普段、グラハムは全く揺るがないが、ステファニアも表情の揺らぎは極めて少ない。

それは、教皇庁の高位聖職者共通のものだ。

つまり今回、表情の揺らぎが見てとれるほどの、衝撃的な情報が書かれてあったということ。


「聖下」

ステファニアはそう言うと、グラハムに紙を渡す。

そのまま会議は進めない。


グラハムが読み終えるのを待っている。


「ほぉ、これは」

グラハムは、苦笑した。


そして、一呼吸おいて、口を開く。

「先ほどの洞窟があった場所ですが、現在、洞窟は無く、巨大な屋敷が建っているそうです」

「……は?」

グラハムの説明に、数人が気の抜けた返事を返した。


それも仕方ないだろう。

「意味が分からん」

そんなアベルの言葉が、全員の気持ちを適切に代弁している。



「陛下のお気持ちは分かります。私も意味が分かりませんので」

苦笑して同意するグラハム。


だが、一つだけ分かったことがある。


「相手は隠れる気はない、やってこいと言っているようです」

「そうだな。となると、そこにいるのは……」

「ええ、ロズニャーク大公ゾルターンの可能性が高くなりましたね」

グラハムは頷いた。



「余計に分かりません。なぜ、そのゾルターンは採掘場を占領する必要があったのでしょうか」

フィオナが当然の疑問を投げかける。


もちろんこの場に、その疑問に明確に答えることができる者はいない。

問うたフィオナもそれは分かっている。


それでもあえて問うたのは、この先、事態が進んでいく時に、全員がそのことを忘れないようにするためだ。

何らかの目的があって、二年もの間、採掘場を占領し続けたのは間違いない。


「その辺りの情報は、攻撃を始める前に知っておきたいが……難しそうだな」

「そうですね。今まで以上に、情報収集に力を入れさせましょう。そこから、何か有益な情報が手に入るかもしれませんので」


今日のところは解散となった。

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