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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0857 子爵撃破

「五体目のヴァンパイアが出てきました」

「釣り出しているのはクリムトですが……」

「ああ、珍しく傷を負っているな」

マリーが指摘し、フィオナが顔をしかめ、オスカーが頷く。


「今では、私の攻撃ですらかわしきるのに」

フィオナが顔をしかめた理由を呟く。


それだけ、今回のヴァンパイアの攻撃が鋭いということだ。


「あれが、子爵なんだろう。だがちゃんと、<ヒール>を自分にかけながらの撤退戦。問題はない」

オスカーが、その成長を褒める。



クリムトは、皇帝魔法師団に入団以降、これまでで最も成長した元団員の一人だ。

その潜在能力は入った時から認められていた。

だからフィオナは、勇者ローマンのパーティーとの代表選でもクリムトを選出し、相手の火属性魔法使いと戦わせた……。


その戦いでは勝てなかったが、その後の成長は著しいものだった。

今では元団員たちの中でも、幹部を除けば五指に入る実力者。


「クリムトなら大丈夫だろう」

オスカーはそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。


何が大丈夫なのか、この時点ではさすがにフィオナやマリーにも判然としない。

もちろん、ヴァンパイアの子爵から致命傷を受けることはないという意味での『大丈夫』なら同感だが……。



オスカーの行動は、二人の想像を超えていた。



「<天地崩落(てんちほうらく)>」

都市破壊すら可能な大規模魔法を唱えたのだ。

空から隕石のような炎の塊が、いくつも降ってくる。

もちろん範囲を絞り、ヴァンパイアを標的に。


とはいえ元々が都市攻撃用の魔法。

ヴァンパイアと戦っていたクリムトも、影響が無いとは言えない。


「くぅ」

クリムトの口から漏れた、悲鳴のような苦悶(くもん)の言葉がフィオナとマリーに聞こえた気がした。


「ちょっと師匠!」

フィオナが、思わず師匠呼びになる。

感情の抑制を超える状況になったのだ。


さすがに、それはどうかと思う。



「クリムトなら、問題なくよけるだろ?」

オスカーは、『崩落現場』に近付いていきながら事も無げに答える。


そんな回答を受けて、フィオナはため息をつく。


「相変わらず……いえ、これは部下に対する信頼の証? ええ、そうね、そう思うことにしましょう」

なぜか言い訳のように、自分を納得させるフィオナ。

その横に立つマリーは、何も言わずに小さく首を振った。



「クリムト、無事だな!」

「は、はい! 大丈夫です!」

オスカーの呼びかけに、炎の塊の落下現場から少し離れた場所からクリムトが答える。


その声を受けてオスカーは一つ頷き、『崩落現場』を向いた。

そこには、怒りの目を向けるヴァンパイアが立っている。


「この挨拶は、貴様か」

絞り出すような声。


「さすがヴァンパイア、それも子爵だな。強力な<障壁>を展開していたじゃないか」

オスカーは称賛する。

その目にははっきりと見えたのだ。

ヴァンパイアが、<障壁>を展開して<天地崩落>を防いだのが。


「男爵たちは、正直それほど強くなかったからどうかと思ったが。さすが子爵は違うのだな」

オスカーはそう言いながら剣を抜く。


「当然だ! 我は子爵ぞ。男爵ども、それもできたばかりの連中とは経験が違うわ!」

「できたばかり?」

子爵の言葉に含まれた単語に、オスカーが首を傾げる。


「これから死ぬ人間は知る必要ない」

怒りとともに、嘲弄(ちょうろう)を含んだ声で言い放つヴァンパイア。


「そうか、それは残念だ。ああ、いちおう名乗っておこう。私はデブヒ帝国所属、オスカー・ルスカ伯爵だ」

「デブヒ帝国? 聞いたことがない、我の知らない小国か。それなのに帝国を名乗るとは、気宇(きう)だけは壮大だな」

「そうか、知らんか。ヴァンパイアという種は長い寿命があるらしいが、持っている知識はたいしたことないんだな」

「なんだと! 貴様、愚弄(ぐろう)するか!」

「事実を述べただけだ、気にするな」

激高するヴァンパイア、肩をすくめるオスカー。



「……オスカーと言ったか。いいだろう、普段人間などには名乗らんが、名乗ってやる。我が名はオモーマフ子爵マリッサン。貴様を殺す者の名だ、覚えておけ」

「オモーマフ子爵マリッサンだな、私が最初に殺すヴァンパイアの名前、しっかりと覚えたぞ」

「ほざけ!」

マリッサンは吠えると、一気にオスカーの間合いを侵略した。


手にはいつの間にか、柄も刃も深紅(しんく)の剣が握られている。


「それが噂に名高いブラッディーソードか」

オスカーもそれくらいは知っている。

もちろん、昔本で読んだだけだが。


カキンッ。


音高く響く剣と剣の打ち合い。


「ヴァンパイアが自らの血で作り出した剣なのだろう? ここまでの固さになるというのは興味深い」

「……」

オスカーがしみじみと呟くが、マリッサンは顔をしかめたまま無言だ。



しばらく剣と剣の打ち合いが続く。



「なぜ、我の剣を受けきれる?」

マリッサンが、絞り出すように呟く。


そう、オスカーとマリッサンは、正面から剣で打ち合っている。

だが、それはおかしなこと。

なぜなら、マリッサンはヴァンパイア。それも子爵だ。


人に比べて、圧倒的に力が強く、速さもある。

技術だって劣っていないと自負している。


それなのに、押し切れない。

打ち合いになること自体が、おかしい。



「私が強いからだろう?」

「何だと?」

「あるいはお前が弱いか」

「貴様……」

「理由なんて、そのどちらかしかないだろうが」

マリッサンの思考が手に取るように分かったオスカーは、そう言うと、うっすら笑った。


それを見て、再びマリッサンは激高する。


「剣圧で押しつぶしてやるわ!」

そこから始まる、マリッサンの超高速の連撃。


それは、目にも止まらぬという表現がふさわしい……圧倒的な速度。

間違いない。


しかし……。


「全て受けきるだと……」

「速さは上がったが、一撃一撃が軽くなったぞ」

驚くマリッサンに対して、攻撃の不備を冷静に指摘するオスカー。

それはまるで、部下たちに稽古(けいこ)をつけている時のような……。


その様子を見て、言葉が聞こえ、クリムトらが少しだけ震えたのは見間違いではあるまい。

皇帝魔法師団時代からの、『副長』オスカーによる稽古を思い出したから……。



こう記すと、オスカーとマリッサンの間にはかなりの力量差があるように思えるかもしれないが、少なくとも剣に関して言えば、そこまで大きな差はない。


だが、現れている現象としては大きな差があるように見える。

なぜか?


オスカーが落ち着いており、マリッサンが激高しているからだ。


もちろん二人は知らないが、どこかの水属性の魔法使いがよく言う「相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩」が適用されている……。



オスカーは大きく後ろに跳んで距離をとって言った。

「剣の強さはだいたい分かった」

「何だと?」

意味が分からず訝しむマリッサン。


「次は魔法だ」

「は?」

「<ピアッシングファイア>」

「ぐは」

オスカーの手から放たれた、二本の極細の白い炎の針がマリッサンの両足を貫く。

思わず膝をつくマリッサン。


「どうしたヴァンパイア。わざわざ食らってくれなくてもいいんだぞ。<障壁>で防げ」

「貴様……」

「いいか、もう一度行くぞ?」

「なっ」

「<ピアッシングファイア>」

「<障壁>」

マリッサンの障壁は間に合い、オスカーのピアッシングファイアを防ぎ……。


パリン。


「ぐはっ」

障壁は破られ、再び両足に突き刺さった。


「ふむ。もう一度だ」

「おい!」

「<ピアッシングファイア>」

「くそっ、<障壁>」

再び唱えられる攻めと守りの魔法。


今度は<障壁>は破られず、対消滅の光を発して、<ピアッシングファイア>と<障壁>は消えた。


「ほぉ、やればできるじゃないか。今のは、最初のより厚い<障壁>にしたのか?」

「その程度の魔法、簡単に防げる!」

マリッサンが()える。


「それにしては、最初は破られたじゃないか。今のだって、弾いたわけではなく対消滅だ。つまり同じ程度の強さだったということ。人間が放つ魔法と、同じ程度」

「……」

「<天地崩落>は、魔力さえあれば、まあ防ぎやすい魔法ではある。だが<ピアッシングファイア>を防ぐには、魔力の強さと共に緻密な制御が必要になる。小さく高温な分、貫かれやすいからな」

「何が言いたい!」

「ヴァンパイアは、魔力や魔法の使い方が大雑把(おおざっぱ)なのだなと」

オスカーはそう言うと、一つ頷き結論を出した。


「ヴァンパイア子爵の力はだいたい分かった」

「何?」

「我が帝国には、ヴァンパイアの力に関する明確な資料が無くてな」

「……その作成のために、我で試したとでもいうのか」

「その通りだ。頭脳は人並みはあると」

「この屈辱……許せん……」

怒りに染まるマリッサンの顔。


しかし、オスカーは頓着(とんちゃく)しない。


「情報収集への協力、感謝する。<ピアッシングファイア―乱舞>」

数千万度にもなる炎の針が無数に乱舞する。

数千本にも及ぶ極細の炎の針に貫かれ、ヴァンパイアは消滅した。


そう、目で見えないほどに消滅した。


しかし数秒後……。


「空中で固まり始めた? 興味深いな。あそこまで切り刻んでも復活するか」

オスカーが頷きながら呟く。

特に何もせずに、再生を眺めている。


そこに、ため息をつきながら近付いてきたフィオナが……。

「ちゃんと、とどめを刺してください」

そう言って形になりかけた首を斬り飛ばし、心臓を貫いた……自らが()く宝剣レイヴンで。


「あっ……」

あまりのスムーズさに止めることもできずに、終わってから言葉をもらすオスカー。


「情報の収集は十分です。さっさと採掘場の中を確認して、グラハム教皇に報告しなければいけないのですから」

「そ、そうだな」

フィオナの言葉に、オスカーは逆らえないのだった。


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