0856 帝国の進軍
鉄鉱石第二採掘場。
「時間になりました」
フィオナの侍女頭兼副官のマリーが告げる。
それを受けて、フィオナが右手を上げ、さっと振り下ろした。
合図が伝わり、潜んでいた場所から無言のまま、一斉に飛び出す。
彼らは、フィオナのルビーン公爵領軍の者たちだ。
元々は、フィオナとオスカーが率いた皇帝魔法師団の団員たちで、ヘルムートが皇帝となって軍制改革の一環として皇帝魔法師団などを解散した際、フィオナが興したルビーン公爵家に雇われる形となった。
フィオナにとってもオスカーにとっても、まさに子飼いの部下。
鍛えに鍛えた者たちであり、帝国の中でも最も信頼する部下。
彼らを迎えることができた際、フィオナもオスカーも抱き合って喜び合ったとか……。
そんな部下たちの力量は、二人が最も知っている。
だが二人も部下たちも、ヴァンパイアとストラゴイの力を知らない。
ルパート六世の治世下で、帝国軍がヴァンパイアとぶつかったという記録は残っていないのだ。
「相手の力を知らない者たち……接敵した場合、どうするか」
「師団の頃に、その辺りも鍛えた」
「ええ。主に、王国の水属性の魔法使いと接敵した場合を想定してね」
「……ああ」
フィオナが半分笑いながら言うと、オスカーは夜闇の中でも分かるくらいはっきりと顔をしかめて答えた。
そう、戦場などで例の『ロンド公爵』と接敵した場合……絶対に正面から戦ってはいけない。
場合によっては、逃げたっていい。
逃げ方も練習させた。
無様でもいい。
最優先は、死なないこと。
そんな強敵と対峙した際の訓練が、この場では生きるだろう。
「ストラゴイというのは、正直どれほどか分からんが、ヴァンパイアが弱いはずはない」
「そうでしょうね。確か、この第二採掘場にいるのは男爵が四体、そして……」
「子爵が一体。そいつは私がやる」
オスカーは反論を許さない口調で告げる。
もちろんルビーン公爵家の家長はフィオナだ。
先帝ルパートの娘であり、ルビーン公爵家を開いたのだから。
オスカー自身も伯爵位を持つが、あくまでフィオナの公配。
だが戦闘に関する場合、フィオナはオスカーの言葉を尊重する。
本当にどうしても譲れない場合を除き、オスカーの指揮にすら従う。
それだけ信頼しているから。
オスカーもそれを分かっているから、無茶なことを言ったり要求したりはしない。
お互いに尊敬しあえる関係でありたい……そういうことらしい。
「じゃあ、私は男爵四体を」
「……さすがにそれは、欲張り過ぎじゃないか?」
「子爵一体を譲るのですから、男爵四体くらいいいでしょう?」
「そ、そうか」
フィオナが微笑みながら主張し、オスカーは受け入れる。
結局、フィオナの押しにはオスカーは勝てない……。
二人の後ろで、マリーが小さく首を振っていたのは内緒である。
「来ました!」
マリーが指摘する。
一体のヴァンパイアが、突入したルビーン公爵領軍に釣り出されてきたのだ。
相手の強さを測り、勝てない相手だと理解して正面から戦うことなく、フィオナとオスカーの前に釣り出してきた。
完璧な仕事。
「<ピアッシングファイア>」
フィオナの手から放たれた、四本の極細の炎の針が釣り出されてきたヴァンパイアの両足を射抜く。
転げたヴァンパイアに対して、さらに……。
「<ファイヤーアロー>」
四本に分裂した炎の矢が上空からヴァンパイアを襲い、両手両足を地面に縫い付けた。
縫い付けた瞬間には、フィオナはすでにヴァンパイアを間合いに捉えている。
地面に腹ばい状態のヴァンパイアの首が斬り飛ばされ、ほとんど同時に心臓を刺し貫いた。
次の瞬間、ヴァンパイアは消滅した。
「見事なもんだ」
「師匠の指導が良かったので」
称賛するオスカー、そのオスカーの指導が良かったからだと微笑むフィオナ。
「ヴァンパイアを消滅させるには、聖別された剣で首を斬り飛ばし、心臓を貫くと聞いていたが……レイヴンでもいいんだな」
フィオナがとどめを刺したのは、特に聖別された武器ではない。
ただ、昔から帝室に伝わる二振りの剣の一つ……。
「宝剣レイヴンですから。宝剣と呼ばれるくらいなのですから、そこらの聖別された武器よりもよほどヴァンパイアに効くのでは?」
「そういうものか?」
フィオナが何となく言い、オスカーが首を傾げる。
とはいえ、宝剣レイヴンがとどめを刺して消滅させたのは事実。
聖別された剣と同様の効果はあるようだ。
「あまり強くなかったところを見ると、今のは男爵でしょう」
「そうだろうが……確認する前にフィオナが攻撃して倒したろう。倒せたから良かったが、もし子爵で反撃されたらどうするつもりだったんだ?」
「もちろんオスカーに譲ります。子爵の担当でしょう?」
「いや、そうだが……」
オスカーが顔をしかめる。
「子爵だと分かったら、マリーと一緒に後ろに下がりますので、あとはよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
フィオナの言葉に、副官マリーも乗っかって、頭を下げるのだった。