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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0753 死闘Ⅶ レオノール対ガーウィン

悪魔レオノールは、魔人ガーウィンと対峙する。

「ではスペルノ、戦うぞ」

剣を抜き、ガーウィンの前に立つレオノール。


ちなみにスペルノとは、魔人のことである。

魔人は自分たちの事をスペルノと呼ぶ。

『魔人』という名前は、人間たちがつけたらしい……。


「お前……悪魔か?」

「いかにも」

ガーウィンが顔をしかめながら問い、レオノールは頷く。


「なぜ悪魔が……リョウの味方をする?」

「勘違いするな。私はリョウの味方ではない。リョウは私が殺す対象だ」

「は?」

「リョウは私の獲物だと言っているのだ。それをお前は、横からかっさらおうとした」

レオノールは、そこで一度言葉を切る。


怒りに満ちた目でガーウィンを睨みつけて言い放った。

「だから、許さぬ」



「悪魔であろうと、何だろうと、俺の前に立ちはだかれば打ち倒す」

「できるのか?」

「あん?」

「お前はスペルノ、我は悪魔。もうそれだけで勝負はついているだろう?」

レオノールの言葉に、ガーウィンは無言のまま睨みつける。


「スペルノ……確かに普通に考えれば、お前たちは強い。ヴァンパイアよりも、なぜか暗黒大陸にいる女型の幻人たちよりも強い。しかし、我々よりは弱い」

「……」

「知っているだろう? お前たちの数が、そこまで減った理由」

「……ドラゴンと、お前たち悪魔に『喰われた』からだ」

「その通り」

その時、初めてレオノールは笑った。


しかしそれは、見るものに恐怖を覚えさせる笑い。

凄絶な笑み。


「まあドラゴンは、お前たちがやり過ぎたから、それに対する懲罰的な意味合いだったが……我々は違う」

「……」

「お前たちを狩るのは楽しい。だから積極的に狩った」

「……」

「最近、別の悪魔が赤いスペルノと戦ったらしい。スペルノが寝不足だったらしく、あまり楽しめなかったそうだ。お前はどうかな?」

レオノールがそう言った瞬間。


ガキンッ。


ほとんど瞬間移動で間合いを侵略し横薙ぎ一閃。

レオノールの一閃を、手甲で受け止めるガーウィン。


次の瞬間……。


「<ハウリング>」

レオノールが唱えると、ガーウィンの左肩が弾けた。


「ぐぉ」

大きく後方に跳んで距離をとるガーウィン。

弾けた肩は、すぐに再生されていく。

だが、ガーウィンの顔に張り付いた表情がある……それは怒りと困惑。


「今のは、ドラゴンの技だろうが!」

「ほぉ、よく知っているではないかスペルノ。奴らがよく使う技だな。これがある限り、お前たちスペルノは、絶対にドラゴンに勝てないものな」

怒鳴るガーウィン、嗤うレオノール。



「生き物が『固有に持つ振動』を利用した技。ドラゴンとスペルノだと、相性が最悪らしいな。可哀そうに」

まったく可哀そうなどとは思っていないレオノール。


ドラゴンと、ガーウィンらスペルノとの相性を最悪にしている技の一つが、先ほどレオノールが放った<ハウリング>。


しかし<ハウリング>を、ドラゴン以外が使うという話は、長く生きるガーウィンでも聞いたことがない。


「なぜ、その技を悪魔のお前が使える?」

「以前、これを見たことがあってな。試しにやってみたらうまくいった」

「なんだ、それは……」

呻き声に近いガーウィン。


ドラゴンは、種の頂点といっても過言ではない。

さすがにガーウィンですら、絶対に勝てるとは思わない……普通のドラゴン相手ですらだ。

当然、ドラゴンの頂点である竜王たちを相手にすれば……十秒ともたないだろう。

あらゆる意味で理不尽な存在なのだ。


そんなドラゴンの技を、悪魔が使うことができる?


「真似するだけなら、けっこうやれるぞ? お前もやってみたらどうだ?」

「そんなわけあるか!」

「試しもしないで否定するなど、もったいないことこの上ない」

レオノールはそう言うと、大きく目を見開いて唱えた。


「<ドラゴンファング>」

空間を切り裂く五本の爪。


当然のように、空間ごとガーウィンの体が切り裂かれる。


再び高速で再生されるが、その表情に張り付くのは、怒りと困惑ではなく、恐怖と困惑。

今の技は、唱えた言葉でも分かる通りドラゴンの技だ。


「<ハウリング>だけでなく、<ドラゴンファング>だと……」

「言ったろう? 真似するだけならけっこうやれると。さすがに、本物の竜王たちに比べれば出力が弱すぎるが、スペルノ相手なら十分じゃな」

さらに嗤うレオノール。


獰猛さを含む嗤いになっている。


「我はジャン・ジャックと違って手を抜いたりはせぬ。スペルノ、お前を全力で叩き潰すぞ」

「……やれるものならやってみろ!」

ガーウィンの虚勢……そう、ガーウィン自身に自覚がある虚勢。

そうせざるを得ないほど、精神的に追い詰められている。


スペルノ……魔人にとって相性最悪と言われるドラゴン。

そんなドラゴンの技をなぜか使える悪魔。


まず、それだけで意味が分からない。

倒すべき対象は悪魔……スペルノが、数万年の昔から争ってきた相手でもある。

ガーウィン自身は、これまで悪魔と戦ったことはない。

しかし、勝つのが難しい相手であるという認識は持っている。



そう悪魔は、ドラゴンの技など使わずとも驚くほど強い。



「空間を切り裂く<ドラゴンファング>。空間を扱う魔法は、お前たちスペルノの得意技ではないのか? 遠慮せずにやりかえしてよいのだぞ?」

「貴様……」

挑発するレオノール、恐怖と困惑が吹き飛び、怒りが取って代わるガーウィン。

「ならば食らうがいい! 〈エキサイティション〉」

ガーウィンが唱えた瞬間、レオノールの頭が潰れ……ない。


「馬鹿な!」

「ん? 何かやったか、スペルノ」

驚き大きく目を見開く魔人ガーウィン、悪魔的にクククと笑う悪魔レオノール。


「まだ次元干渉という現象は理解できていないのだな。スペルノの学習能力の遅さは致命的だぞ。むしろ、リョウの方が先に次元系の魔法を使いこなすようになるのではないか?」

「何、意味の分からないことを言ってやがる!」

「それよそれ。意味が分からないから拒否するのがいかん。リョウなら、分からないことは理解しようとする」

「……」

「そこがリョウの凄いところよ。我が二度も負けたのは偶然ではない」

「お前が……悪魔が、二度も負けた?」

信じられない内容に、驚いたまま問い返すガーウィン。


「我だけではない。何人もの悪魔が、リョウには負けておる」

「確かにあいつは、ある意味、化物だが……それでも、人間だぞ?」

「『あれ』を人間などと認識している限り、永久に勝てぬわ」

「じゃあ、『あれ』は何なんだよ!」

「『あれ』はリョウじゃ」

「……は?」

「『リョウ』という、何か分からん存在じゃ」

「なるほど」

レオノールの暴論に、納得してしまうガーウィン。


酷いことを言われている涼。

しかし聞こえていないため、反論できない。


「次は勝つ。そのための敗北であった。たいしたことではないわ」

はっきりと、笑みを浮かべて言い切るレオノール。

少しずつ、自分が強くなっている自覚があるのだ。



そんなレオノールを見て、決断した魔人がいた。


「俺はリョウに勝つ。だからお前にも……たとえ悪魔であっても負けん」

これまで、レオノールに圧倒されてどことなく自信に欠けていたガーウィンだが、それらを吹き飛ばすかのように力を込めて言い切る。


「その心意気やよし。かかってくるがいい」

ニヤリと笑うレオノール。


「その上から目線、叩き潰してやる!」

ガーウィンはそう言うと、手には手甲、足に足甲をつけて一気に飛び込んだ。


「ほぉ、拳と蹴りか」

ガーウィンの攻撃を、剣で受けるレオノール。


武器は短い方が、攻撃速度が上がる。

魔人にとって、最も短い武器はその体であろう。


打拳、蹴撃。


剣どころかナイフよりも短い武器。

その連撃速度は、他の武器の追随を許さない。


ゆえに、ガーウィンの攻撃、レオノールの防御の構図となる。



もちろんレオノールは、手も足も出ない……というわけではない。

久しぶりの、スペルノと呼ばれる種との戦い。

いろいろと確かめてみたかったのだ。


しばらくすると……。


「うむ、だいたい分かった」

「何?」

「そろそろ反撃してよいか?」

「なめやがって! やれるもんならやってみろ!」

ガーウィンがそう言った瞬間。


ガーウィンの右拳がレオノールの剣に当たって……消失した。


「ぐおっ」

苦悶の声をもらすと、ガーウィンは大きくバックステップして、失われた右腕を再生する。

そう、魔人は、再生する。

だがそれでも、腕を失えば痛い……痛みは人間たちと変わらないのだ。


その様子を見てニヤニヤするレオノール。


「おっと、剣に〈ハウリング〉を乗せてみたら、腕を食らってしまったな。体中、どこにでも乗せれそうじゃ」

「そんな馬鹿なことがあるか……」

「馬鹿も何も、やってみせたであろう? おう、そうじゃ、すまんのぉ。よし、これでちゃんと謝ることもできたな」

謝罪の意識など微塵も感じさせないレオノール。


当然、ガーウィンも理解している。

ギリリと奥歯をかみしめる。



「拳は諦めて剣を取ったらどうだ? 我は最近、剣を練習しておってな。その成果を確認したいから、ちと付き合え」

「ふざけやがって」

レオノールが誘うが、ガーウィンは顔をしかめたままだ。


確かにガーウィンにとっては手詰まり。

攻撃を当てたら、当てたこちらの体の部位が〈ハウリング〉で消失する……。


当てねば勝てぬ、当てれば失う。

どうしろと?



「うおぉぉぉぉぉ!」

ガーウィンは何も考えずに突っ込み、何も考えずに、拳でレオノールの顔を打った。


拳が消失。

手首から肩まで弾けた。


「ぐぉっ」


右腕全体に走る激痛。



「なるほどなるほど。<ハウリング>に<ドラゴンファング>を重ねると、そうなるのか」

「貴様……」

「当たった拳は<ハウリング>で消失し、その先の腕は<ドラゴンファング>で切り裂かれて弾け飛ぶ。なかなかに凶悪な防御じゃな」

「どっちも防御技じゃねえぞ」

レオノールが頷きながら分析し、ガーウィンが恨みの籠った目で見る。


<ハウリング>も<ドラゴンファング>も、ドラゴンたちの攻撃技だ。

しかし、それを体に纏って防御技として使うなど、ガーウィンも聞いたことがない。


「リョウは防御が得意じゃ。それを意識して、我ならどうするかを考えたら思いついたのじゃ。その二つを纏えばどうなるかとな」

「また……思ったからやってみた、そう言うのか」

「うむ。想像するというのはとても面白いものじゃぞ」

「くそが……」


同じ悪魔たちからも、「意味不明」「でたらめ」「真正の化物」と言われるレオノールなればこそかもしれない。



「いいだろう、剣で戦ってやる」

事ここに至っては、ガーウィンでも受け入れざるを得ない。

「目の前の悪魔に触れることはできない」と。


どこから現れたのか、ガーウィンの手には剣が握られた。

「なめられたままで終われるか」

その言葉は、決して威勢よく発せられたわけではない。

むしろ、ガーウィンの口から絞り出された、という表現がふさわしいだろう。


「その剣と構えでよいのか?」

「ああ、こい!」

レオノールが笑みを浮かべて問い、ガーウィンが応じる。



レオノールが一気に踏み込み、剣を横に薙いだ。



剣を受けて、体ごと吹き飛ぶガーウィン。

軽く五メートルは吹き飛ぶ。

もちろんレオノールの剣は自分の剣で受けたし、吹き飛ばされた程度で怪我などしない。


だが、文句はあるようだ。


「剣の練習をしているんじゃなかったのかよ。技術も何もねーじゃねーか!」

「今のは力の確認じゃ、気にするな」

文句を言うガーウィンに対して、涼しい顔で答えるレオノール。


「次は速さじゃ」


言った次の瞬間……ガーウィンの両腕が斬り飛ばされた。


「何だ、それは」

慌ててバックステップして距離を取り、両腕を再生するガーウィン。

もちろん、腕を斬り飛ばされた瞬間、激痛が走ったがそれ以上に、驚きの方が大きい。

「剣閃どころか、俺の目の前に来たのすら見えなかった……」

「当然じゃ。近接戦は、間合いの取り合い。いかにして自分の間合いで戦うかが重要である以上、攻める時の間合いの侵略は大切であろう?」

得意そうな表情のレオノール。


「そんなことは分かっている……」

「具体的な方法か? スパっと入って、ガシュッと斬ったのじゃ。凄かったろう」

「何を言っているのか全く分からん」


涼が聞いていたらこう言ったに違いない。

「これだから天才は指導者に向いていないのです」と。



「スペルノも反応できないのであれば、まあまあといったところか」

レオノールもまんざらではない表情になる。


スペルノ……つまり魔人は、間違いなく人間よりも反応速度は速い。

そんな魔人でも反応できないのであれば、涼にも届くかもしれないと。


「いや、リョウを人間と見てはいけないのであったわ」

ほんの少し前に自分で言い放った言葉を思い出す。



「では技術に進むぞ」

レオノールはそう言うと、ガーウィンに向かって剣を振り始めた。


キンッ、キンッ、キンッ……。


打ち下ろし、切り上げ、袈裟懸け、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ……。

物理的に可能な剣の動き全てを確認するように剣を振るう。

決して速くない……いや、もちろん人間が振るう剣と比べれば比較にならないのだが、先ほどの体の動きすらガーウィンに見切れなかった『速さ』に比べれば、ゆっくりだと言っていいだろう。


だがそこに、粗雑さやブレは全くない。

天性の力や能力に任せた剣でもない。

ガーウィンでも分かる、努力し続けた剣……いや、今も努力し続けている剣。


「スペルノ、反撃してきてよいのじゃぞ」

「分かってるよ!」

レオノールが笑いながら言い、ガーウィンが怒鳴り返す。


ガーウィンも反撃の機会をうかがってはいたのだ。

速さは、先ほど両腕を斬り飛ばされた時ほどではない。

だから……。


しかし、反撃の糸口がつかめない。

(剣の連係が信じられないほどスムーズだ……隙が無い)


力だけでも速さだけでもない。

努力し続けて、しっかりと積み上げ続けている技術。

それは悪魔だろうが魔人だろうが、そして人間だろうが関係ない。


真摯に剣と向き合っているということ。


なぜか悔しさに似た感情を覚えながら、レオノールの剣を受け続けるガーウィン。



「よし、少し力と速さを上げるぞ」

レオノールが宣言する。


「待て……」

慌ててガーウィンが言った、次の瞬間。


今まで通り受けていた剣が跳ね上がる。

慌てて構えを戻そうとするが遅かった。


斬り飛ばされる右腕。

返す剣で、斬り飛ばされる左腕。

さらに右足、左足……そして首を斬り飛ばされた。


魔人は、首を斬り飛ばされても死なない。

極小に切り刻まれても再生するのだ。

それでも、斬られれば痛い。



「待てつったろうが!」

「もっと大きな声で言わねば聞こえんぞ、戦っておるのじゃから」

再生して怒鳴るガーウィン、肩をすくめるレオノール。


「なんじゃ、あの力と速さで、もう対応できんのか?」

「てめえ、なめやがって」

「あれくらいでは、リョウは対応してくると思うのじゃ。そう思わんか?」

「……可能性はある」

レオノールの言葉に、嫌々ながらも同意せざるを得ないガーウィン。


二人とも涼と戦ったことがある。

魔法でも剣でもだ。

『人間』という枠で見てはいけない相手……人間ではない『リョウ』という生き物。

そう考えると、対応してきそうな気がしないでもない。


「あいつは……リョウは剣に魔法を絡めてくるのが上手かった」

「ああ、確かに」

ガーウィンが思い出して言った言葉に、大きく頷いて同意するレオノール。


「背中から水を噴いて一気に移動する技は厄介じゃ」

「触れるたびにこっちが凍りつく剣もあったな」

「あそこまで剣と魔法を融合させた戦闘術というのは、なかなかお目にかかれん」

「かつてのリチャードも剣と魔法を融合した近接戦を展開したが、それに匹敵する完成度だった」

レオノールとガーウィンの手は止まっている。


いつの間にか、対涼戦の研究になった。


「遠距離の魔法戦よりも、相手の目を見て、息がかかる距離での近接戦の方が我は好きじゃな」

「ああ、そっちの方がゾクゾクする」

「よし、スペルノ、お主との戦闘を切り上げてリョウと戦うことにする」

「どういう意味だ?」

「お主を切り刻んで消滅させる」

「ふざけんな!」

ガーウィンは大きく後方に跳ぶ。



だが、遅かった。



着地する前に、横薙一閃、ガーウィンの両足が斬り飛ばされる。

そこからは目にも止まらぬ連撃。


レオノールが剣を鞘に納めた時……宣言通り、ガーウィンは消滅していた。


「再生するなら別の場所でするがいい」

レオノールが言ったのが聞こえたのだろうか。


そこでガーウィンは再生されず……オレンジュや虚影兵ら、眷属全てが消えたのであった。


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