0754 死闘の後始末
レオノールは嬉しそうな顔をしながら涼の元にやってきた。
「リョウの方も終わったようじゃな」
「ええ。レオノール、協力ありがとうございました」
涼は丁寧に頭を下げる。
もちろんレオノールが、善意から助けてくれたわけでないことは知っている。
自分の手で涼を倒し、殺したいから助けただけだ。
レオノールは笑顔のまま、涼に再戦を申し込もうとして、涼の腕に目を止めた。
そう、両腕は斬り飛ばされ、今は氷で作られた腕がついている。
それで思い出したのだ。
「さすがに、これから我と戦うのは無理か」
寂しそうに言う。
嬉しそうな顔から寂しそうな顔への落差はかなりのものであり、自分の命を取ろうとしているのに涼ですら、ちょっとだけ可哀そうになるほど。
とはいえ、今戦ってやる気にはなれない。
腕の治療は必要であるし……。
そこで地面に目を向ける。
首を斬り飛ばした幻人マリエの体が起き上がり、頭を体の上に乗せた。
「いつ見ても理不尽です。人の命の儚さを感じます」
「まあ、幻人も、人間にとっては強敵じゃな」
涼の呟きに、レオノールが頷きながら言う。
「レオノールはマリエさん……幻人を知っているのですか?」
「うむ。東の……東方諸国と言うたか、あそこの固有種じゃな。スペルノとの相性が極めて悪く、かつて争った時に、大きく人数を減らされたはずじゃ」
「固有種? いやそれより、相性とかあるんですか? それは種族同士の相性です?」
「そうじゃ。例えばさっき我が戦ったスペルノ、あの連中はドラゴンとの相性が最悪じゃ。ここまで数が減った理由の一つじゃな」
レオノールが説明する。
それは涼の知識の中に全くないものだったので、涼の顔は驚きに満ちている。
「人間って、他種族との相性はどうなんですか?」
「人間は別に最悪の相性のものなどおらん」
「おぉ!」
「弱すぎて相性などという話にはならん」
「あ、ああ……そういうことですか」
レオノールにはっきりと言われて、人間代表のつもりになっている涼はため息をついた。
そんな他愛のない話をしている二人の元に、アベルが近付いてきた。
それと同時に、再び空に真っ黒い正方形が現れる。
そこから、一人の男性が降りてきた。
「おい、レオノール、早く戻ってこい! 俺だって、何回も扉を開くのは疲れるんだぞ!」
出てきてそうそう、レオノールに文句を言う悪魔ジャン・ジャック。
「ジャン・ジャック、お前がさっさと開かなかったから、リョウを救うのがギリギリになったのじゃ!」
「せっかく扉を開いた俺に感謝の言葉も無しかよ……」
「もちろん、それは感謝して……いや、待て」
レオノールは、何かを思い出したように、涼の方を向く。
「リョウ。西方諸国におる時に、このジャン・ジャックと戦ったであろう? あれは、ジャン・ジャックが手を出したのではないか?」
「ええ、もちろん、そのジャン・ジャックが手を出してきました。僕は、一方的な被害者です」
「おい!」
レオノールが問い、涼が答え、ジャン・ジャックが抗議の声をあげる。
いまさら、昔の話を蒸し返されたからだ。
「リョウ、俺が扉を開けたからレオノールがここに来れて、お前を助けることができたんだぞ! そんな俺の行動に感謝は無いのか!」
「その件に関しては感謝しています。ジャン・ジャック、ありがとう」
「お、おう。それが分かってればいい」
「でも、西方諸国の件とは別物です」
「おい!」
涼が厳然たる口調で告げ、ジャン・ジャックが再び抗議する。
「これで明らかになったな、ジャン・ジャック」
「レオノール、やめろ……」
「一発、ぶん殴らせろ」
「ま、待て! 話せば分かる……」
「分からん!」
尋常ではない速度のレオノールの拳が空を切る。
ジャン・ジャックが、全力で回避したのだ。
「あれ、当たると痛そうですね」
「痛いというか、死ぬんじゃないか?」
涼とアベルは、コソコソとそんな会話を交わす。
「俺、何でこんなことになっているんだ……」
数発のレオノールの拳を全てよけ、そんな言葉を呟くジャン・ジャック。
さすがに涼も憐れに思う。
「ジャン・ジャック、いつか王国に来てください。今日のお礼に、ケーキを奢ります……アベルが」
「俺かよ」
涼が言い、アベルが顔をしかめる。
「マジか。リョウもアベルも、いいところあるじゃねえか」
ケーキを奢られるだけで嬉しそうな表情になるジャン・ジャック。
「リョウ、助けたのは我じゃ」
「レオノールもいっしょにどうぞ。今回のお礼です」
「うむ、そうかそうか」
レオノールが満足そうに頷くのを見て、涼は心の中で安堵する。
絶対、今回のお礼として『我と戦え』と言われるだろうと思っていたからだ。
ケーキを奢るのでごまかせるのなら、これほど安いことはない。
「美味しいコナコーヒーも奢りますから」
「うむうむ、楽しみにしておるぞ」
レオノールは何度も頷きながら、ジャン・ジャックと戻っていった。
「ケーキとコーヒーで問題を解決したな」
「やはり、世界平和の鍵は美味しい食べ物と飲み物ですね」
助力者に、たいした言質を与えることなく帰ってもらう……ある種、外交の極致。
涼とレオノールが戦う羽目になって、涼が負けたりしたら……それはとっても大変なことなので。
ケーキとコーヒーで回避できたのなら、大いなる儲けものだろう。
二人の元に近付いてくる一人の幻人。
「私の負け、リョウの勝ちね」
「マリエさん。次からは、一対一での戦闘をお願いします」
「抜刀術で負けたのよ? 再戦は、もっと修行してからにしましょう」
「そ、それはありがたいですが……」
そこまで言って涼は思い出した。
「積層魔法陣です!」
「うん?」
「さっき、後で見せてくれるって……」
「覚えていたのね」
笑うマリエ。
マリエは地面に座り、懐から一枚の紙のようなものを出して広げた。
「それ、紙じゃないですよね? 布でもないし……」
「薄い金属ね、金箔みたいな。金箔よりはちょっと厚いかもしれないけど」
表面には何も描かれていない。
マリエは金属箔の両端を持って魔力を通す。
すると……空中に映像が浮かびあがった。
「ホログラム……」
「凄いわよね。これが積層魔法陣」
驚く涼、同意するマリエ。
「すごく複雑な……魔法陣?」
涼は錬金術が趣味だと公言するほど、錬金術が大好きだ。
しかし、そんな涼から見ても、一目では何のための魔法陣か分からないものが、空中に映像として描かれている。
しかも、二層。
驚く涼に、マリエはさらに衝撃的な言葉を告げる。
「理論上、魔法陣を無限に重ねることができるそうよ」
「……はい?」
意味が分からない。
「理論上、魔法陣を無限に連結させることができるそうよ」
「……はい?」
意味が分からない。
「理論上、全属性の魔法現象を引き起こすことが可能らしいよ」
「……はい?」
意味は分かるが……いや、やっぱり意味が分からない。
「その積層魔法陣とかいうやつ、デメリットはないんですか?」
「大量の魔力が消費される点くらいね」
「大量の魔力? 普通の人では無理なくらい?」
「普通の人? 人だと……一万人くらいの人が魔力切れまで絞り出されれば、一回くらいはいけるかもね」
「……とても、実用的ではありません」
涼は顔をしかめた。
涼自身はいけるかもしれないが、涼以外は無理というのは、あまりよろしくない。
錬金術そのものの発展には寄与しなさそうだからだ。
「そもそも人用じゃないと思う。これだって、私だけが使えるようにカスタマイズされているし」
「むぅ」
マリエが金属箔を見ながら答え、涼は口まですぼめて不満を表明する。
今の一言で、涼は使えないと言われたようなものだから。
「こんな技術もあるということを知ってほしかったの。それだけでも、将来、何かの役に立つかもしれないじゃない」
「確かに」
「実物を見て、それが実現可能であると知った上で進むのと、可能かもしれない程度の認識で進むのとでは、いろいろ違うんじゃない?」
マリエが微笑みながら言う。
マリエの善意で教えてくれたということらしい。
積層魔法陣なるものが存在し得ると。
「これ、マリエさんが作ったんじゃないんですよね?」
「ええ。私、錬金術はからっきしだから」
「誰が作ったのか、教えてもらうことは……」
「ハルよ。ハルというヴァンパイア」
「ヴァンパイア……」
涼は頷いた。
ヴァンパイアは人と比べて保有魔力が多い……気がする。
本気の戦いは、魔法無効空間でしかやったことがないが。
「ハルは、実用性とかはどっかにほっぽりだして、カッコいいからとか、美しいからって理由で、積層魔法陣を構築したみたいだけど」
「……はい?」
「そういう人なのよ」
マリエは肩をすくめる。
「そういう人……というかヴァンパイアじゃ?」
「ああ、そう、ハルは私たちと同じ転生者」
「え?」
「それも、現代日本からの転生者って言ってたわね。だから『そういう人』で多分正しいの」
驚いたまま固まる涼、笑いながら説明するマリエ。
驚きから覚めた涼。
だが、別の点が気になった。
「僕もマリエさんも、そしてそのハルさんも、元日本人」
「ええ、そうね」
「もう一人だけ知っている転生者……いや、知っていた転生者も日本人でした」
涼が頭に浮かべたのは、暗殺教団の首領『ハサン』だ。
涼の錬金術に、進むべき道を示してくれたと言っても過言ではない……そんな人物。
「そうね、この世界への転生者、元日本人ばっかりね」
「地球の日本があるあの場所は、ある種の特異点なのかもしれません」
「特異点?」
「異世界に繋がりやすい、なんらかの要素があるというか……そういう場所なのだと思います」
「ああ、面白い仮説ね」
涼の適当仮説だが、マリエはあり得そうだと頷く。
もちろん確かめようのない仮説である。
「そのハルさんって……ヴァンパイアってことは、寿命が長いですよね」
「理論上は不老不死らしいわ」
「どこに行けば会えるでしょうか」
「ごめんなさい、それは私も知らない。以前会ったのは、この暗黒大陸だった」
「なんですと」
驚く涼。
「彼は剣術も最高なの」
「もしや、ハルさんに剣術を習いに、暗黒大陸に来たんですか?」
「そう、それもあるわ」
素直に頷くマリエ。
「もっと強くなったら、今度こそリョウを倒すわね。首を斬り落としてあげる」
「知っていますか、マリエさん。人間って、首を斬り落とされると死ぬんです」
「大丈夫、リョウなら死なないかもしれないじゃない」
「死にますから!」
「試したことないでしょ?」
「試さなくても分かります!」
この世界には物騒な人……物騒な幻人や悪魔が多いらしい。
なぜか彼女たちは、涼の命を狙う。
その不憫さに涼は涙するのだ。
「いっそのこと、リョウも人間をやめちゃえば?」
「……はい?」
「私みたいな幻人なら、首を斬られても死なないよ?」
「……幻人って、人間からなれるんですか?」
「さあ、それは知らないけど」
「ああ……アベルといいマリエさんといい、剣士はどうしてこんなに適当な人が多いのか」
「俺を巻き込むな」
隣で聞いていたアベルが抗議の声をあげる。
「ああ、そっちの剣士さん、東方の時にもいたよね」
「はい、うちの国王陛下らしいです」
「ナイトレイ王国のアベルだ」
マリエが思い出し、涼が適当な説明をし、アベルが自己紹介を行う。
東方諸国で涼とマリエが戦った際には、アベルは建物の中から皇帝ツーインと共に見守ったのだ。
「へぇ、面白そうな剣を持っているわね」
マリエは、アベルの剣を見て論評する。
自らの剣に『虎徹』と名付けるほどなのだから、マリエは剣が好きなのだろうと涼は思っていたのだが、どうも合っていたらしい。
「リョウの剣も氷の剣で珍しいけど、王様の剣も……一見、魔剣だけど別物ね」
マリエは何度か頷きながら言う。
「うん? 魔剣だろ? 別物?」
アベルが首を傾げている。
「そう、魔剣に偽装してある……って言うべきなのかしら。いや、広い意味では魔剣? なんかハルが作りそうな剣の雰囲気もあるけど」
「ハルって、さっき言ってた?」
「そう……でも違うわね。ハルは自分で剣を打つけど、彼のは剣というより明確に『刀』、日本刀だからね。王様の剣は両刃の直剣でしょう?」
「そうですね、アベルの剣は両刃の直剣です」
マリエの問いに涼は答える。
アベルは自らの剣を手に持って、いろいろと眺めまわしている。
「どう見ても普通の魔剣だろ」と呟きながら。
もちろん、魔剣自体が普通には存在していないのだが。
「これから、マリエさんはどうするんですか?」
「リョウが許してくれるなら、暗黒大陸を少し歩いてみようと思っている」
「僕が許す?」
「腕を斬り飛ばしたし、抜刀術の撃ち合いでも負けたし。生殺与奪の権利は、勝者が持つものでしょう?」
「ああ……別に僕は、積層魔法陣を見せてもらったので……その金属箔だって、マリエさんしか使えないんでしょう?」
「そう。欲しいと言われても、これはあげない」
「僕が勝ったのに……」
「すぐにリョウの首を斬り飛ばして逃げる」
「それはやめてください」
マリエはわざとらしく柄に手を乗せて言い、涼は顔をしかめて首を振る。
人は、首を斬り飛ばされたら死ぬのだ。
「マリエさんは、暗黒大陸の中央部には行ったことあるんですか?」
「いや、ないよ、沿岸部だけ。そうね、今回は行ってみようかな」
涼の問いに、マリエは答えてから何度か頷いている。
ハルを探す以外の目的が見つかって、楽しそうだ。
「じゃあ、私は行く」
「また、いつかどこかで」
マリエは去り、涼は手を振った。
涼とアベルが残っている。
その近くまで来て、一人迷っている人物がいることに気付いた。
一目で神官か治癒師と思われる、優しい雰囲気を纏った男性がリョウに話しかけたそうにしていた。
近くにまで来て、どうすればいいか判断がつかなかったのだろう。
「あ、もしかして<エクストラヒール>とか?」
「はい。皇太子殿下に言われまして腕の再生を……」
そう、涼の両腕は、まだ無い。
マリエの積層魔法陣で興奮していたため、すっかり忘れていた。
「お待たせしました。再生、お願いします」
ようやく、死闘が終わりました。




