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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0754 死闘の後始末

レオノールは嬉しそうな顔をしながら涼の元にやってきた。

「リョウの方も終わったようじゃな」

「ええ。レオノール、協力ありがとうございました」

涼は丁寧(ていねい)に頭を下げる。


もちろんレオノールが、善意から助けてくれたわけでないことは知っている。

自分の手で涼を倒し、殺したいから助けただけだ。


レオノールは笑顔のまま、涼に再戦を申し込もうとして、涼の腕に目を止めた。

そう、両腕は斬り飛ばされ、今は氷で作られた腕がついている。

それで思い出したのだ。

「さすがに、これから我と戦うのは無理か」

寂しそうに言う。


嬉しそうな顔から寂しそうな顔への落差はかなりのものであり、自分の命を取ろうとしているのに涼ですら、ちょっとだけ可哀そうになるほど。

とはいえ、今戦ってやる気にはなれない。


腕の治療は必要であるし……。

そこで地面に目を向ける。

首を斬り飛ばした幻人マリエの体が起き上がり、頭を体の上に乗せた。


「いつ見ても理不尽(りふじん)です。人の命の(はかな)さを感じます」

「まあ、幻人も、人間にとっては強敵じゃな」

涼の呟きに、レオノールが頷きながら言う。


「レオノールはマリエさん……幻人を知っているのですか?」

「うむ。東の……東方諸国と言うたか、あそこの固有種じゃな。スペルノとの相性が極めて悪く、かつて争った時に、大きく人数を減らされたはずじゃ」

「固有種? いやそれより、相性とかあるんですか? それは種族同士の相性です?」

「そうじゃ。例えばさっき我が戦ったスペルノ、あの連中はドラゴンとの相性が最悪じゃ。ここまで数が減った理由の一つじゃな」

レオノールが説明する。


それは涼の知識の中に全くないものだったので、涼の顔は驚きに満ちている。

「人間って、他種族との相性はどうなんですか?」

「人間は別に最悪の相性のものなどおらん」

「おぉ!」

「弱すぎて相性などという話にはならん」

「あ、ああ……そういうことですか」

レオノールにはっきりと言われて、人間代表のつもりになっている涼はため息をついた。



そんな他愛のない話をしている二人の元に、アベルが近付いてきた。


それと同時に、再び空に真っ黒い正方形が現れる。

そこから、一人の男性が降りてきた。


「おい、レオノール、早く戻ってこい! 俺だって、何回も扉を開くのは疲れるんだぞ!」

出てきてそうそう、レオノールに文句を言う悪魔ジャン・ジャック。


「ジャン・ジャック、お前がさっさと開かなかったから、リョウを救うのがギリギリになったのじゃ!」

「せっかく扉を開いた俺に感謝の言葉も無しかよ……」

「もちろん、それは感謝して……いや、待て」

レオノールは、何かを思い出したように、涼の方を向く。


「リョウ。西方諸国におる時に、このジャン・ジャックと戦ったであろう? あれは、ジャン・ジャックが手を出したのではないか?」

「ええ、もちろん、そのジャン・ジャックが手を出してきました。僕は、一方的な被害者です」

「おい!」

レオノールが問い、涼が答え、ジャン・ジャックが抗議の声をあげる。

いまさら、昔の話を蒸し返されたからだ。


「リョウ、俺が扉を開けたからレオノールがここに来れて、お前を助けることができたんだぞ! そんな俺の行動に感謝は無いのか!」

「その件に関しては感謝しています。ジャン・ジャック、ありがとう」

「お、おう。それが分かってればいい」

「でも、西方諸国の件とは別物です」

「おい!」

涼が厳然(げんぜん)たる口調で告げ、ジャン・ジャックが再び抗議する。


「これで明らかになったな、ジャン・ジャック」

「レオノール、やめろ……」

「一発、ぶん殴らせろ」

「ま、待て! 話せば分かる……」

「分からん!」

尋常(じんじょう)ではない速度のレオノールの拳が空を切る。

ジャン・ジャックが、全力で回避したのだ。


「あれ、当たると痛そうですね」

「痛いというか、死ぬんじゃないか?」

涼とアベルは、コソコソとそんな会話を交わす。



「俺、何でこんなことになっているんだ……」

数発のレオノールの拳を全てよけ、そんな言葉を呟くジャン・ジャック。

さすがに涼も憐れに思う。


「ジャン・ジャック、いつか王国に来てください。今日のお礼に、ケーキを(おご)ります……アベルが」

「俺かよ」

涼が言い、アベルが顔をしかめる。


「マジか。リョウもアベルも、いいところあるじゃねえか」

ケーキを奢られるだけで嬉しそうな表情になるジャン・ジャック。


「リョウ、助けたのは我じゃ」

「レオノールもいっしょにどうぞ。今回のお礼です」

「うむ、そうかそうか」

レオノールが満足そうに頷くのを見て、涼は心の中で安堵する。


絶対、今回のお礼として『我と戦え』と言われるだろうと思っていたからだ。

ケーキを奢るのでごまかせるのなら、これほど安いことはない。


「美味しいコナコーヒーも奢りますから」

「うむうむ、楽しみにしておるぞ」

レオノールは何度も頷きながら、ジャン・ジャックと戻っていった。



「ケーキとコーヒーで問題を解決したな」

「やはり、世界平和の鍵は美味しい食べ物と飲み物ですね」

助力者に、たいした言質(げんち)を与えることなく帰ってもらう……ある種、外交の極致(きょくち)


涼とレオノールが戦う羽目になって、涼が負けたりしたら……それはとっても大変なことなので。

ケーキとコーヒーで回避できたのなら、大いなる儲けものだろう。



二人の元に近付いてくる一人の幻人。

「私の負け、リョウの勝ちね」

「マリエさん。次からは、一対一での戦闘をお願いします」

「抜刀術で負けたのよ? 再戦は、もっと修行してからにしましょう」

「そ、それはありがたいですが……」

そこまで言って涼は思い出した。


「積層魔法陣です!」

「うん?」

「さっき、後で見せてくれるって……」

「覚えていたのね」

笑うマリエ。


マリエは地面に座り、懐から一枚の紙のようなものを出して広げた。


「それ、紙じゃないですよね? 布でもないし……」

「薄い金属ね、金箔(きんぱく)みたいな。金箔よりはちょっと厚いかもしれないけど」


表面には何も描かれていない。

マリエは金属箔の両端を持って魔力を通す。


すると……空中に映像が浮かびあがった。


「ホログラム……」

「凄いわよね。これが積層魔法陣」

驚く涼、同意するマリエ。


「すごく複雑な……魔法陣?」

涼は錬金術が趣味だと公言するほど、錬金術が大好きだ。

しかし、そんな涼から見ても、一目では何のための魔法陣か分からないものが、空中に映像として描かれている。


しかも、二層。


驚く涼に、マリエはさらに衝撃的な言葉を告げる。


「理論上、魔法陣を無限に重ねることができるそうよ」

「……はい?」

意味が分からない。


「理論上、魔法陣を無限に連結させることができるそうよ」

「……はい?」

意味が分からない。


「理論上、全属性の魔法現象を引き起こすことが可能らしいよ」

「……はい?」

意味は分かるが……いや、やっぱり意味が分からない。



「その積層魔法陣とかいうやつ、デメリットはないんですか?」

「大量の魔力が消費される点くらいね」

「大量の魔力? 普通の人では無理なくらい?」

「普通の人? 人だと……一万人くらいの人が魔力切れまで絞り出されれば、一回くらいはいけるかもね」

「……とても、実用的ではありません」

涼は顔をしかめた。


涼自身はいけるかもしれないが、涼以外は無理というのは、あまりよろしくない。

錬金術そのものの発展には寄与しなさそうだからだ。


「そもそも人用じゃないと思う。これだって、私だけが使えるようにカスタマイズされているし」

「むぅ」

マリエが金属箔を見ながら答え、涼は口まですぼめて不満を表明する。

今の一言で、涼は使えないと言われたようなものだから。



「こんな技術もあるということを知ってほしかったの。それだけでも、将来、何かの役に立つかもしれないじゃない」

「確かに」

「実物を見て、それが実現可能であると知った上で進むのと、可能かもしれない程度の認識で進むのとでは、いろいろ違うんじゃない?」

マリエが微笑みながら言う。


マリエの善意で教えてくれたということらしい。

積層魔法陣なるものが存在し得ると。



「これ、マリエさんが作ったんじゃないんですよね?」

「ええ。私、錬金術はからっきしだから」

「誰が作ったのか、教えてもらうことは……」

「ハルよ。ハルというヴァンパイア」

「ヴァンパイア……」

涼は頷いた。


ヴァンパイアは人と比べて保有魔力が多い……気がする。

本気の戦いは、魔法無効空間でしかやったことがないが。



「ハルは、実用性とかはどっかにほっぽりだして、カッコいいからとか、美しいからって理由で、積層魔法陣を構築したみたいだけど」

「……はい?」

「そういう人なのよ」

マリエは肩をすくめる。


「そういう人……というかヴァンパイアじゃ?」

「ああ、そう、ハルは私たちと同じ転生者」

「え?」

「それも、現代日本からの転生者って言ってたわね。だから『そういう人』で多分正しいの」

驚いたまま固まる涼、笑いながら説明するマリエ。



驚きから覚めた涼。

だが、別の点が気になった。


「僕もマリエさんも、そしてそのハルさんも、元日本人」

「ええ、そうね」

「もう一人だけ知っている転生者……いや、知っていた転生者も日本人でした」

涼が頭に浮かべたのは、暗殺教団の首領『ハサン』だ。

涼の錬金術に、進むべき道を示してくれたと言っても過言ではない……そんな人物。


「そうね、この世界への転生者、元日本人ばっかりね」

「地球の日本があるあの場所は、ある種の特異点(とくいてん)なのかもしれません」

「特異点?」

「異世界に繋がりやすい、なんらかの要素があるというか……そういう場所なのだと思います」

「ああ、面白い仮説ね」

涼の適当仮説だが、マリエはあり得そうだと頷く。


もちろん確かめようのない仮説である。



「そのハルさんって……ヴァンパイアってことは、寿命が長いですよね」

「理論上は不老不死らしいわ」

「どこに行けば会えるでしょうか」

「ごめんなさい、それは私も知らない。以前会ったのは、この暗黒大陸だった」

「なんですと」

驚く涼。


「彼は剣術も最高なの」

「もしや、ハルさんに剣術を習いに、暗黒大陸に来たんですか?」

「そう、それもあるわ」

素直に頷くマリエ。


「もっと強くなったら、今度こそリョウを倒すわね。首を斬り落としてあげる」

「知っていますか、マリエさん。人間って、首を斬り落とされると死ぬんです」

「大丈夫、リョウなら死なないかもしれないじゃない」

「死にますから!」

「試したことないでしょ?」

「試さなくても分かります!」


この世界には物騒(ぶっそう)な人……物騒な幻人や悪魔が多いらしい。

なぜか彼女たちは、涼の命を狙う。

その不憫(ふびん)さに涼は涙するのだ。



「いっそのこと、リョウも人間をやめちゃえば?」

「……はい?」

「私みたいな幻人なら、首を斬られても死なないよ?」

「……幻人って、人間からなれるんですか?」

「さあ、それは知らないけど」

「ああ……アベルといいマリエさんといい、剣士はどうしてこんなに適当な人が多いのか」

「俺を巻き込むな」

隣で聞いていたアベルが抗議の声をあげる。


「ああ、そっちの剣士さん、東方の時にもいたよね」

「はい、うちの国王陛下らしいです」

「ナイトレイ王国のアベルだ」

マリエが思い出し、涼が適当な説明をし、アベルが自己紹介を行う。


東方諸国で涼とマリエが戦った際には、アベルは建物の中から皇帝ツーインと共に見守ったのだ。


「へぇ、面白そうな剣を持っているわね」

マリエは、アベルの剣を見て論評する。


自らの剣に『虎徹(こてつ)』と名付けるほどなのだから、マリエは剣が好きなのだろうと涼は思っていたのだが、どうも合っていたらしい。


「リョウの剣も氷の剣で珍しいけど、王様の剣も……一見、魔剣だけど別物ね」

マリエは何度か頷きながら言う。


「うん? 魔剣だろ? 別物?」

アベルが首を傾げている。


「そう、魔剣に偽装してある……って言うべきなのかしら。いや、広い意味では魔剣? なんかハルが作りそうな剣の雰囲気もあるけど」

「ハルって、さっき言ってた?」

「そう……でも違うわね。ハルは自分で剣を打つけど、彼のは剣というより明確に『刀』、日本刀だからね。王様の剣は両刃の直剣でしょう?」

「そうですね、アベルの剣は両刃の直剣です」

マリエの問いに涼は答える。


アベルは自らの剣を手に持って、いろいろと眺めまわしている。

「どう見ても普通の魔剣だろ」と呟きながら。


もちろん、魔剣自体が普通には存在していないのだが。



「これから、マリエさんはどうするんですか?」

「リョウが許してくれるなら、暗黒大陸を少し歩いてみようと思っている」

「僕が許す?」

「腕を斬り飛ばしたし、抜刀術の撃ち合いでも負けたし。生殺与奪(せいさつよだつ)の権利は、勝者が持つものでしょう?」

「ああ……別に僕は、積層魔法陣を見せてもらったので……その金属箔だって、マリエさんしか使えないんでしょう?」

「そう。欲しいと言われても、これはあげない」

「僕が勝ったのに……」

「すぐにリョウの首を斬り飛ばして逃げる」

「それはやめてください」

マリエはわざとらしく柄に手を乗せて言い、涼は顔をしかめて首を振る。


人は、首を斬り飛ばされたら死ぬのだ。



「マリエさんは、暗黒大陸の中央部には行ったことあるんですか?」

「いや、ないよ、沿岸部だけ。そうね、今回は行ってみようかな」

涼の問いに、マリエは答えてから何度か頷いている。

ハルを探す以外の目的が見つかって、楽しそうだ。


「じゃあ、私は行く」

「また、いつかどこかで」

マリエは去り、涼は手を振った。



涼とアベルが残っている。

その近くまで来て、一人迷っている人物がいることに気付いた。


一目で神官か治癒師と思われる、優しい雰囲気を纏った男性がリョウに話しかけたそうにしていた。

近くにまで来て、どうすればいいか判断がつかなかったのだろう。


「あ、もしかして<エクストラヒール>とか?」

「はい。皇太子殿下に言われまして腕の再生を……」


そう、涼の両腕は、まだ無い。

マリエの積層魔法陣で興奮していたため、すっかり忘れていた。


「お待たせしました。再生、お願いします」

ようやく、死闘が終わりました。

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