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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0722 ピシュカン国

「首長様! 例の船が戻ってきました!」

「あのでかいやつか!」

ピシュカン国首長室に駆け込んできたのは港湾大臣ノンタ。

その報告に悪夢を思い出す首長マーター。


そう、あの船が前回やって来たのは一カ月前。

やってきて、去っていった後の民の混乱をようやく収めたのに、性懲(しょうこ)りもなく戻ってきたというのだ!


マーター自身も多くの混乱を経験した。


「東の海のさらに東にある、何とか王国に行って戻ってきたとでも言うのか? 口から出まかせにもほどがある」

「そもそも西の海からやってきましたが……」

「西にあるバンバン王国の関係かとも思ったが……やつらに、あんな船が造れるわけがない」

「さらに西にある、西方諸国とかいうところからやって来たと言っていましたね」

「信じられるか!」

ノンタ大臣が思い出しながら言い、マーター首長は忌々(いまいま)しい表情で述べる。


マーターは思い出す必要もない。

あれ以来、何度も悪夢に(さいな)まれているからだ。


「前回は、あの船の巨大さに飲まれてしまった。それは認めよう。だが、今度はそうはいかんぞ! 乗組員を除けば、ボケンシャとかいう者たちが三人乗っていただけではないか。二度と、あんな(みじ)めな思いはせぬ!」

「おっしゃる通りです、首長様!」

「よし、ノンタ、急いで首長護衛隊を集めよ。それと呼び寄せた『怪人』モッツアレもだ。わしの後ろに立たせよ。護衛隊と共にずらりと並べるのだ。あの女船長が降りてきたら、威嚇(いかく)してくれるわ!」



ピシュカン国は、島一つが丸々一つの国である。

人口は十万人と、島一つの人口として考えれば、決して少なくない。

そのトップは首長と呼ばれ、現在の首長がマーター、四十代前半の男性だ。


そのマーターの片腕として認められているのが港湾大臣ノンタ。

マーターの幼馴染(おさななじみ)でもあり、同い年。


二人が率いるピシュカン国は、特に失政らしい失政もなく、民からの首長人気はけっこう高い。



そんな国に、一カ月前、西からやってきた巨大な船が寄港した。

スキーズブラズニル号と名乗り、船籍は中央諸国のナイトレイ王国だという。


もちろんマーターもノンタも聞いたことがない。

政府の誰も聞いたことがない。


寄港した理由を聞くと、特に何もないと。

港が見えたから寄っただけであると。


ピシュカン国政府にしてみれば意味の分からないことばかりだ。


そもそもやってきたのは西の海。

その海にはピシュカン国と長きにわたってライバル関係にあるバンバン王国がある。

そのため、最初はバンバン王国に関係した者たちかと思ったのだが、そうでもない。


それでも疑ってはいたが……スキーズブラズニル号の船長なる者と会った瞬間、マーター首長は理解した。


こんな美しい女性はバンバン王国にはいないと。


次の瞬間、彼はこう言っていた。

「我が妻になれ」と。


間髪を容れずに「お断りいたします」と言われた時には、よく理解できなかった。

首長たるマーターの要求を断る者がいるなど、ここ十年経験したことがなかったから。


だが、その女船長はさっさと船に戻っていき、スキーズブラズニル号という船は港を出ていった。

東の方にあるという、ナイトレイ王国に向かうのだと言って。



その後、屈辱(くつじょく)にまみれたマーターは悪夢にうなされ続けることになった。



その恨みを晴らす!


決意を胸に、港に立つマーター首長。

その後ろには、筋骨隆々たる戦士、『怪人』モッツアレを従え、護衛隊も並んで船から降りてくるであろう女船長らを迎える。



船からタラップが下ろされる。


その階段を真っ先に降りてきたのは……。

長身の、赤と白の正装を身に(まと)った堂々たる男性。


何かをしているわけではない。

ただタラップを降りてくるだけ。


しかし、誰も目を離すことができない。



「なんですか……あれは……」

マーターの耳に聞こえてきた呟き。

横に立つノンタ港湾大臣である。


マーターは何も答えない。

むしろ、マーターの方こそ問いたい……あれは何かと。


いや、なんとなくは分かる。

マーターも十数年、この国を率いてきた。

十万人を率いてきたのだ。


だから分かる。

降りてくる人物は、国、あるいはその(たぐい)を率いる人物だと。

かなり高い地位にある人物だと。



しかし、そこを問うているのではない。



異様な……存在感。

押し潰されそうな……存在感。

圧倒的な……何か。


ついに、赤と白の男が地面に降り立った。

その後ろに、剣を捧げるようについてきている白ローブの人物に気付いた者が、はたしていただろうか。


生唾(なまつば)を一つ飲み込むマーター。

体をわななかせているノンタ。

直立不動のまま、全く動けない護衛隊。


しかし……ここには、彼らとは違う、より本能に忠実に動く人物がいた。

マーターが、パウリーナ船長を威圧するために呼んだ『怪人』モッツアレ。


巨漢モッツアレの顔は青白く、冷や汗が止まらず、目も大きく見開いたまま……。

ほんの少しでも、周囲を見回す余裕のある者がいれば、モッツアレの様子が完全におかしくなっていることに気付いただろう。

真っ先に、この場から移動させたはずだ。


だが不幸なことに、そんな余裕のある者はピシュカン国首脳にはいなかった。


「ウォーーー!!」

突然大声を上げ、走り始めた筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男、『怪人』モッツアレ。

腕には、巨大な金属製の『棒』を持っている。


突っ込む先は、船から降りてきた赤と白の正装の男。


「やめろー!」

ただ一人反応できたのはマーター首長。

口に出せただけで、体は動かない。


一気に突っ込んだモッツアレは、大きく振りかぶった『棒』を正装の男に向かって振り下ろした。

男はワンステップでかわし、モッツアレの(あご)を、掌底(しょうてい)で横から打ち抜いた。


一撃で動けなくなるモッツアレ。

間髪を容れずに響く声。

「<氷棺>」

次の瞬間、モッツアレは氷の棺に捕らわれた。



さらに響く声。


「控えよ! こちらにおわすお方をどなたと心得る! ナイトレイ王国現国王、アベル一世陛下であらせられるぞ!」


白ローブの人物から発せられたその言葉は、物理的な圧力を伴っているかの如く、その場にいる者たちを打った。


思わず、両膝をつくノンタ大臣と護衛隊。


辛うじて、マーター首長だけが立ったままだ。

それでも、体をわななかせている。



そんな、ただ一人立ち続ける人物に、アベルは近付いていき声をかけた。

「ピシュカン国の首長殿とお見受けするが?」


それは優しい声。


『怪人』モッツアレを一撃で撃ち伏せた人物とも、船から降りてくるだけで全員の視線を集めた存在感のある人物とも違う。

優しい、そして信じられると無条件に思わせる声。


「は、はい。ピシュカン国首長マーターと申します。先ほどは、我が部下が大変な非礼を……」

そう言いながら、マーターは頭を下げた。


『怪人』モッツアレがしたことを考えれば、当然謝罪が必要だから。

もちろん、謝罪だけですむものではないことも理解している。

白ローブの人物が言ったではないか、目の前の人物は『国王』であると。


一国を率いる最高位の人物。


「お初にお目にかかる、マーター首長。中央諸国ナイトレイ王国の国王、アベル一世と申す」

アベルはそう名乗ると、右手を差し出した。

一瞬戸惑(とまど)ったマーターであるが、同じように右手を差し出す。


二人は握手した。



若干の混乱の後、アベル王とその一行は、港にほど近い港湾省の会議室に通された。

ちなみに、一度氷漬けにされた『怪人』モッツアレはすぐに解凍されて、ピシュカン国の護衛隊に連れて行かれた。


マーター首長から、しばらく待ってほしいと言われ、会議室にいるのはアベル、涼、護衛の王国騎士団十人と、パウリーナ船長の合計十三人だ。


当然、涼とアベルは、状況の確認のためにひそひそ会話を始める。


「さっきの筋骨隆々さん、アベルから放たれる凶悪なオーラに当てられて、暴走したに違いありません」

「凶悪なオラ?」

「怖くなって、やられる前にやってやろうとなったのです」

「ああ……そういうことか。それなら気持ちはわかる」

アベルも長く冒険者をしてきた。だから、その気持ちは分かる。


とはいえ、一国の国王を突然襲撃してしまったのは事実だ。

だいたいどこの国の法律であっても極刑(きょっけい)……つまり死刑である。


しかし、アベルは甘い。


不問(ふもん)()すわけにはいかんが、わざとではないというのなら罪に問う必要はないだろう。責任は、首長に取ってもらえばいい」

「監督不行き届き……」

部下を率いる者にとって、一番恐ろしい言葉である。


全然、アベルは甘くなかった。


「部下の行動の責任を取らせて、交渉を優位に進めようというのですね」

「仕方ないだろう。向こうから勝手に交渉カードを渡してきたんだ」

涼の言葉に肩をすくめるアベル。


「許してやるから、この国はナイトレイ王国の属国になれと要求するとは。アベルは恐ろしい国王です」

「うん、そんな要求をするつもりはないな」

「まさか最初からそれが狙いで、威圧しながらタラップを降りたんじゃ……やはり謀略王アベルと呼ぶことにします」

「なあ、人の話はちゃんと聞いた方がいいぞ。属国にするつもりはないし、威圧したつもりもないからな。だいたいあんなことで、属国になんてなるわけないだろうが」

わざと恐ろしいものを見る目となる涼、呆れるアベル。


もちろん二人はじゃれているだけだ。



しかし、全く想定していないところから声が飛んできた。

「申し訳ありませんでした、陛下」

声の主はパウリーナ船長だ。頭を下げている。


「船長? なぜ船長が謝るんだ?」

アベルが問う。

涼も意味が分からず、首を傾げている。


「お話しした通り、西方諸国から来た際に、このピシュカン国に寄港しました。実はその際、先ほどのマーター首長から求婚されました」

「え?」

全く表情を変えずに淡々(たんたん)と報告するパウリーナ、異口同音(いくどうおん)に驚くアベルと涼。


「お断りして、すぐに出航したので、特に問題はなかったのですが……まさかこのようなことになるとは。先に報告しておけばよかったと反省しております」

「あ、いや、うん……まあ、仕方ないのではないかな」


確かに、その件は報告されていないのでアベルは驚くが……パウリーナの立場であれば、報告しにくいというのも分かる。

今回は、二度目の寄港で問題が起きたから報告しておくべきだったとなるが……こんなことが起きなかったら、完全にプライベートな件と言ってもいいだろうし。


仕事とプライベートの切り分けの難しさ……それはいつの時代、どんな世界でも変わらないらしい。

無言のまま、涼は首を振るのであった。



「さっきの男が襲ってきた時、リョウはわざと俺を守らなかっただろう?」

「ええ。アベルが、筋骨隆々さんの動きを完璧に把握していたのが分かったので、返り討ちにした方が効果的だろうなと思いまして」

「だが俺も迷ったんだぞ。剣を取るべきか、素手のままでいいのか」

「アベルが失敗しても、致命傷を受ける前に二人とも氷漬けにしてしまえば大丈夫でしたからね。何とでもなる状況でした」

「俺も氷漬けになるってことだろ?」

「まあ、そうですね」

「それは大丈夫とは言わない」

アベルは首を振る。


とはいえ、アベルは特に涼の判断を否定はしない。


しかし、ここには不満に思う人物がいる。

「そういうのは困ります」

王国騎士団中隊長のスコッティー・コブックだ。

ちなみにもう一人の中隊長ザック・クーラーは船に残って、そちらの守りだ。


「アベル陛下は最上級の剣士ですが、もしもということがありますので」

「そ、そうだな」

「確かに。次からは守りますね」

スコッティーの苦言に、アベルがたじたじとなり、涼もちょこんと頭を下げる。


護衛の立場である王国騎士団からすれば、身を(てい)してでも守るのが当然の対象……それが国王アベル。


筋骨隆々男の襲撃時、港に立っていたのはアベルと涼しかおらず、護衛たる王国騎士団は船上であった。

これは、アベル王の式典的見栄(みば)えのためにそういうことになったのだが……どうも次からは、ガチガチに守りを固められそうである。


それを想像して、アベルは苦笑するのであった。

前話「0721 平和な航海…?」のあとがきでも書きましたが……。


『水属性の魔法使い』が、

2025年7月より、TBSほかにて、TVアニメとして放送開始予定です!

(本日2025年1月10日 正午解禁情報)


キャストも決まっております。

涼:村瀬 歩さん

アベル:浦 和希さん

セーラ:本渡 楓さん


・公式サイト(PV第一弾も公開中)

mizuzokusei-anime.com


・公式X

https://x.com/anime_mizuzoku


公式Xは、Xアカウントを持っている方には、ぜひフォローしてほしいです。

多くの人がフォローしてくだされば、アニメ製作陣はもちろん、筆者など書籍周りの人たちもとっても嬉しく感じるでしょう。

期待している人がいっぱい! ってことですから。

そうなるといいなあ、と思っているのです。


個人的には、

「水属性の魔法使い」という言葉そのものを、多くの人に知ってほしいと考えています。

読んでないけど聞いたことはある

見てないけど聞いたことはある

あるよね、そんな作品……聞いたことはあるよ


そんな感じで……存在そのものを知ってほしいです……まずは。

最終的には、小説を、コミックを、そしてアニメを見てもらえると最高ですね。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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