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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第一章 平和な王国
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0719 出発

その時、涼が王城を出たのは偶然だった。

決して、王城食堂で「できたばかりの美味しいクレープ屋」の話を聞いて、ちょっと買いに行ってみようとしたわけではない。

ええ、違いますよ、本当ですよ?


出てくると城門の所で、見たことのある三人+一箱がいた。

どうも、赤い服の老人が文句を言い、二人の若い男女が苦笑しながらそれを見守り、箱が無言のままでいるらしい。


衛兵も居丈高(いたけだか)に振る舞っているわけではなく、ものすごく申し訳なさそうだが無理なものは無理……という感じである。

基本的に、王城の衛兵たちは真面目なのだ。


だから双方を救うために、涼は介入することにした。


「あの、マーリンさん?」

「む? おお、妖精王の寵児(ちょうじ)……いや、失礼、王城だからロンド公爵閣下と言うべきじゃな」

「いえ、リョウで大丈夫ですよ。それより、どうかされましたか?」

「うむ、どうもこうもないのじゃ。旧知のアベル王に会わせてほしいと言ったのだが、門番が入れてくれぬ」

マーリンが言っている。


後ろにいるローマンとナディアは、苦笑したままだ。

そう簡単に、国王には面会できないと知っているからだろう。


「ですから、今、上の者に連絡していますので、もうしばらくお待ちをと申し上げているのです。公爵閣下からも、お待ちくださるように言ってください」

どうも、すでに取次のためか報告のためか、別の衛兵が上司の元に走っているらしい。


しばらくすれば、通されそうだが……。


「ああ……じゃあ、僕の責任で、アベルの所にお連れしましょうか? 知り合いですし、アベルも通せって言う方々ですので」

「よろしいのですか、公爵閣下」

「ええ、お任せください。上司さんには、ロンド公爵が国王の所に連れて行ったと伝えておいてください」

涼が衛兵に向かって頷く。


「おお、すまぬの」

「すいません、リョウさん」

「ありがとうございます、リョウさん」

「さすが我を封印しただけのことはある」

マーリンとローマンとナディアが感謝し、棺桶(かんおけ)の中のレグナが感心した。


突然、箱の中から声が聞こえてきたので、衛兵がびっくりしたのは内緒である。


こうして、涼は三人と一箱を国王執務室に案内した。



五分前に出ていった涼が戻ってきたので、アベルは訝しんだが、後からついてきた三人+一箱を見て納得した。

だが、マーリンのお願いには首を傾げる。

「アベル王よ、わしも西方諸国に連れて行ってもらえんかのぉ」

「マーリン殿を西方諸国へ?」

アベルはチラリと涼を見る。


涼は慌てて首を振る。

マーリンたちはもちろん、まだ誰にも、アベルがスキーズブラズニルに乗って西方諸国に行くつもりだという話はしていない。

アベルが涼を見たのは、それを言ったのかという意味が込められている。


「西方諸国から、調査用の船が来たというのを聞いた。調査用ということは、また西方諸国に戻るのではないか? それに乗せていってほしいのじゃ」

「なるほど」

マーリンの説明に、アベルは頷く。



確かにスキーズブラズニル号に関する(うわさ)は、この王都にもすぐに伝わり、ものすごい速度で王都民の間にも広がっている。

特に、王国政府から広報は行われていないが、そういう話題は勝手に広まるものだ。


「はっきり言えば、乗せるのは難しくない。だが、お二人はそれでいいのか?」

アベルはそう言うと、マーリンの後ろにいるローマンとナディアを見る。

二人は、西方教会の手から逃れてきたために、西方諸国に戻ることはできない。

いずれは可能になるかもしれないが、さすがに、まだほとぼりはさめていない……。


「僕たちは、マーリンさんに残っていてほしいのですが……」

「マーリンさんの決意が固くて……」

ローマンもナディアも、小さく首を振る。


「二人の結婚を見届けたからの。何の未練(みれん)もない。それに、新婚の二人の邪魔をするのは……」

マーリンが言う。

そう、二人は、涼とアベルが東方諸国に飛ばされていた間に結婚したのだ。

あくまで一般人ということで、ルンの街で小さな式を挙げたらしい。


「それに、わしのダンジョンも空けっぱなしであるしな。たまには帰ってやらんと、ダンジョンがへそを曲げる」

「ダンジョンって、へそを曲げるの?」

比喩的(ひゆてき)表現か分からないがマーリンが言い、それを聞いた涼が驚いて呟く。


「本当は、妖精王の寵児を送ってきた時のように、この棺桶に力を借りようと思ったのじゃ。じゃが、こやつは協力を拒んだ」

「当然だ。我を封印せし者への協力なら構わん。それだけの権利がある。あるいは、魔王の言葉なら聞かんでもない。だが、赤服、お前に協力する義理はない」

「これじゃよ。わしの後をずっとついてきておきながら、必要な時には助けてくれんとは」

レグナの言葉に、憤慨(ふんがい)するマーリン。


(はた)から見れば、どっちもどっちなのだが。


「魔王であるナディアさんにお願いして、レグナさんに口をきいてもらえば……」

「嫌じゃ」

「え……。どうしてです?」

「どうしてもじゃ」

涼の提案を拒否するマーリン。


ナディアは苦笑している。

ローマンも苦笑しているところを見ると……。


「孫に、弱いところを見せたくないおじいちゃん……」

涼は誰にも聞こえないくらい、本当に小さい声で呟いた。



棺桶をじろりと見たマーリンは、涼の方を向いて言う。

「妖精王の寵児よ、この棺桶の封印を解いてくれ」

「はい?」

突然の提案に、さすがに涼も()頓狂(とんきょう)な声をあげる。


「こやつに、わしの力を見せつけて屈服(くっぷく)させてくれる」

「面白い、やれるものならやってみるがいい」

「いや、ダメです。王城が消滅します」

売り言葉のマーリン、買い言葉のレグナ、なぜか一番まともな言葉を吐く涼。


ずっと黙っていたアベルが口を開いた。

「確かに、ここで戦われるのは困る。それより、マーリン殿とその箱の……レグナ殿と言ったか。お二人がスキーズブラズニルに乗ることを許可するのがいいだろう。出発は十日後だ」


王の裁定。


三人は頭を下げた。



「大変なことになるところでした」

三人+一箱が出ていき、涼とアベルが残った国王執務室。

アベルは、もちろん部屋の主であり、サインすべき書類がたくさんあるのだが……。


「マーリン殿は穏やかな魔人だと聞いていたが……」

「睡眠不足だそうなので、イライラしているのかもしれません」

「睡眠不足?」

涼の説明に首を傾げるアベル。


「魔人という方々は、数百年単位で眠ったり起きたりするものらしいです。でもマーリンさんは何千年も眠っていないそうですから。以前、悪魔のジャン・ジャックが言ってました。魔人さんって、睡眠不足だと弱くなるそうです。だから今は、弱い状態だと」

「とても弱いようには見えなかったが。さすが魔人だな」

小さく首を振るアベル。


「だからアベルも、ちゃんと睡眠はとってください。睡眠不足はよくありませんよ」

「大丈夫だ。東方諸国から戻ってきてからは、ちゃんと睡眠時間を確保できている」

アベルの答え。


それは、涼には驚くべきものであった。

そして確信する。


「やっぱり、アベルは、たるんでいます!」

「うん?」

「以前だったら、全身全霊で国政に邁進(まいしん)していたはずです。睡眠時間などないくらいに。

それが今は……なんて嘆かわしい!」

「なぜか非難されている気がする」

「王国の民は、日々の生活を頑張って頑張ってなんとか乗り越えているのです。それなのに、国王たるアベルはさぼりまくっています」

「いや、さぼってはいないぞ。睡眠不足は良くないと言ったのは、そもそもリョウだろう。睡眠時間を確保できていると答えたのに、非難されるのは意味が分からん」

アベルの言うことが正論である。


「アベル王は、書類にまみれ、全ての時間を書類へのサインに(つい)やされる、とても大変な王であるべきなのです」

「なんだろう、不幸な王様像だな」

「それでこそ、王国民の共感を得られるのです」

「共感は知らんが、実際、東方諸国に飛ばされる前と比べると時間があるしな」

「いない間に、決裁システムが変わったからですね。先王陛下とかもサインされてるから……」

「そういうことだ。だから、西方諸国に行くこともできる」

「結局は、それが狙いですか!」

「狙い?」

「もしかしたらそのために、ガーウィンによって東方諸国に飛ばされた可能性すらあります。全てはアベル王の陰謀!」

「うん、さすがに無理があるな」


涼の妄想を、簡単に否定するアベル。


「そもそもアベル、先王陛下と宰相閣下は許してくれるでしょうけど、本当の本当に、リーヒャは許してくれたんですか?」

「西方諸国行きか?」

「ええ。東方諸国に飛ばされたのだけでも一年間、会えなかったわけですけど……」

「ま、まあ……許してもらえた」

そう答えるアベルだが、視線が泳ぐ。


「嘘ですね! 目は口ほどに物を言うなのです。今、目がツツーって動きました」

「いや、嘘ではない。先日も言った通り、リョウが護衛すればという条件で許してくれた。だが……戻ってきたら、ノアを含めた三人での王国内巡察を約束させられた」

「さすがはリーヒャです……どうせ止められないのは分かっているから、交換条件を出したのですね。アベル王なんかよりも、はるかに交渉事に長けています」

「俺もそう思う」

涼が感心し、アベルも頷いた。


だが、アベルも思いつく。

「リョウの方こそ、大丈夫なのか?」

「僕の方? 何がですか?」

「セーラだ」

「お土産を頼まれました」

「お、おう」

「セーラは、昔、西方諸国には行ったことがあるらしいです。ですので、色々と話してくれました」

「さすがはエルフだな」

アベルは感心して頷く。


エルフは、人に比べてかなり長寿らしい。

正確な寿命は、涼もアベルも知らない。


だがセーラの祖母で、西の森の大長老おババ様が、二千年以上生きているのは知っている。

正確な年齢は……誰も聞いていなかった。




十日後、ウィットナッシュ。

そこは、開港祭かと見まごうほどの人だかり。

本日正午、西方諸国に向けて、寄港していた王国の船が出発すると発表されている。

しかも、国王アベル一世が搭乗し、西方諸国を訪問すると。


以前、中央諸国が協力して送り出した使節団によって、西方諸国との関係性は良くなっている。

それをさらに推し進めるのだと。


王国民の中にも、王国はこの先、西方諸国にまで出ていく。

国の未来は明るい!

そんな希望が生まれていた。


国民に希望を抱かせるのも、国のトップの役目。

アベルは、王として完璧な役割を果たしている。



そんな中、王国政府の者たちが集まる一角。

白いローブ姿の男性と、エルフの女性が会話をしている。


「暗黒大陸にまで行くのだな。私も行ったことないから(うらや)ましいぞ」

「そう、いつか……正式な航路が開かれたら一緒に行きましょう」

「本当か? 絶対だぞ? 約束だぞ?」

「え、ええ、もちろんです」

セーラの圧力に驚きつつ、涼は笑顔で約束した。



別の一角では、国王アベル一世にスキーズブラズニル号の船長らが紹介されている。

「高名なアベル王陛下をお迎えできること、この上ない喜びにございます」

「パウリーナ船長、よろしく頼む」

くすんだ金髪を短く切りそろえた、黒い瞳が印象的な女性船長に、アベルは挨拶した。


続けて、パウリーナ船長が部下たちを紹介していく。

「副長のヤーヤです。どんな場合でも、彼か私のどちらかが船の指揮を執ります」

「ヤーヤです。アベル陛下、スキーズブラズニルはお任せください」

「ヤーヤ副長、頼んだぞ」

パウリーナと同年代、少しだけ彼女よりも背の低い、だが活発で溌剌とした印象の男性副長である。


最後に、パウリーナ船長が一等航海士を紹介した。

「一等航海士のロキャーです。彼女が中心となって、西方諸国と中央諸国間の航路を切り拓いていくことになります」

「一等航海士のロキャーです。この先、数十年、数百年と続いていく西方諸国と中央諸国の航路開拓に携わることができて光栄です」

「ああ、ロキャー殿、後に続く船のためにも安全な航路の選定、よろしく頼む」

一等航海士は本来、船の航海実務の多くを取り仕切るのだが、試験航海と先行観測を兼ねているスキーズブラズニル号においては、新たな航路開拓も役割として担っている。


そんな挨拶を行っているアベルの後ろには、リーヒャ王妃とノア王子が立っていた。

ノアはまだ三歳だが、父であるアベル王の姿を(まぶ)しそうに見ている。

それを微笑みながら、リーヒャが頭をなでる。


王室の人間に求められることは非常に多く、時には非人道的な場合もある……職業選択の自由がない、など。

だがそれでも、『温かな家庭』がそこにはあった。



また別の一角からは、それらの光景を眺める二人の王国騎士団中隊長がいる。

本来、王国騎士団の中隊は、五十人の騎士でもって構成されている。

だが、今回の国王護衛は、その中から精鋭二十五人ずつ、合計で五十人となっていた。

そして、中隊長は二人。


ザック・クーラーとスコッティー・コブック。

アベルの学友でもある二人の中隊長が、国王の護衛として西方諸国に騎士団を率いていく。


「俺はセーラ様の信頼を裏切らない!」

「ザック、今回の任務、セーラ殿は関係ないぞ?」

「たとえそうだとしてもだ!」

「もはや意味が分からんな」

ザックは王都騒乱の時から、セーラに片思いをしている。

もちろん、セーラにその気持ちを伝えたことなどない。

彼女の隣に立つのにふさわしい騎士になる……そう決意し、日々の騎士生活を送っている。


それを生温かい目で見守る友人スコッティー。

彼は、セーラと涼が両思いであることに気付いている。

そのために複雑な気持ちなのだが……小さく首を振るだけで、結局何も言わない。


そんな二人の上司、王国騎士団長ドンタンが、後ろから二人の肩に手をかけた。

「頼んだぞ」

「お任せください!」

「命に代えましても」

ドンタンがはっぱをかけ、ザックが頷き、スコッティーが頭を下げる。



最後の一角には、政府関係者というには少し奇妙な組み合わせの三人+一箱が。

「ローマン、ナディア、仲良く暮らすんじゃぞ」

「マーリンさんも、お体に気を付けて」

「また、遊びに来てくださいね」

マーリン、ローマン、そしてナディアが別れを惜しんでいる。


完全に、おじいちゃんと孫夫婦である。

そんな光景を無言のまま見守る棺桶。


控えめに言っても、奇妙な光景であった。



そんな光景が繰り広げられた後、ついにアベル王がスキーズブラズニルに乗船することになる。

当然、王の乗船はそれだけでも式典だ。


王国民にその姿を見せ、王国の未来に希望を抱かせる。


そんなトップとしての役目。

乗船は船から垂らされた縄梯子(なわばしご)ではなく、タラップ……臨時で架設された階段を歩いていく。

港に駆けつけた民に向かって手を振りながら上がるアベル王。


「王様~!」

「アベル王、万歳!」

「いってらっしゃーい!」


そんな熱狂的な歓呼(かんこ)に送られ、アベル王らを乗せたスキーズブラズニル号は、西方諸国に向けて出発するのであった。

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