0718 外遊
「技術の発達が、異なる文化圏、あるいは経済圏を結び付けようとしています」
「うん?」
いつもの国王執務室で、筆頭公爵が熱弁を振るい、国王陛下がコーヒーを飲んでいる。
それは、とても珍しい光景。
筆頭公爵が熱弁を振るっているのも珍しい……普段は、ソファーでぬべ~っと寝転んで本を読んでいるから。
国王陛下がコーヒーを飲んでいるのも珍しい……普段は、書類へのサインに追われているから。
地球において、大航海時代と呼ばれた時代があった。
それを可能にした技術は……いくつもあるが、その中でも最も大きな技術の結晶が羅針盤であったろう。
この実用化によって、大海原でも方角が分かるようになった。
昼でも夜でも。
太陽、月、星が見えなかったとしても。
この『ファイ』においては魔法がある。錬金術もある。
それらが羅針盤の代わりにはなる。
しかし……それ以上の困難がある。
海の魔物。
だから、海の魔物に襲われないようにすることが、海を渡る技術の最も核となった。
「とはいっても、結局は魔物除けにすぎません」
「うん?」
「クラーケンを倒せる技術ではないということです」
「それはそうだろう」
「海の主導権は、やつらに握られたままです!」
悔しそうに主張する涼。
そう、涼は忘れていないのだ。
ロンド級一番艦ロンドを、クラーケンに沈められた悲劇を。
悲劇を繰り返さないために、ロンド級二番艦ニール・アンダーセンが造られ、仇は取った。
だが、それは一対一で勝利しただけ。
未だに、クラーケンの集団を相手した場合、勝てる保証はない。
海の主導権は、人の手にはないのだ。
「別に海だけじゃなくて、空はもちろん地上だって人間に主導権はないだろう?」
「え?」
「空のワイバーンはともかく、グリフォンには勝てないだろう? 地上だってヴァンパイアはともかく、ベヒモスやドラゴンには勝てないだろう?」
「た、確かに……」
「それどころか、魔人にだって……なあ」
「海の中は仕方ないですが、地上はもっと鍛えなければいけませんね」
アベルの言葉を受けて、涼が決意の表情で頷く。
「鍛える?」
「一生懸命訓練すれば、人は強くなれます」
「ま、まあ、ある程度はな。だが、魔人に勝てるほど強くなれるかと言われれば……」
「やってみなければ分かりません!」
「そうか? やらなくとも分かる……」
「分かった気になっているだけです。まずは、王国騎士団で一日二十時間連続訓練を七日間続けましょう。それを見て、今後の訓練スケジュールを考え……」
「うん、潰れるからやめろ」
涼の、スパルタ式訓練法は止められた。
「なら、やれるんだ、という実例を示すためにアベルが連続訓練を……」
「なんで俺なんだ? リョウがやって見せればいいだろう?」
「ぼ、僕は錬金術の研究が忙しい……」
「特例で、研究をしながらの訓練を許可してやる」
「そんな特例はいりません!」
人は、自分に降りかかると目を覚ますらしい。
「まあ、その王国騎士団なんだが……」
そこまで言うと、アベルはため息をついた。
「どうしたんですか? もしかして、また昔みたいに、ダメダメ騎士団になっちゃったんですか?」
涼が首を傾げて問う。
一時期、王国騎士団の名声が著しく落ちたことがあった。
しかし、その後の再建を経て、再び王国民憧れの騎士団へと返り咲いたはずだ。
少なくとも涼の知る限り、中枢の隊長たちはまともな人しかいないはずだが……。
「もちろんまともだ。そうじゃなくて、俺が外遊に出ることに対して、ドンタンがな……」
「王国騎士団長のドンタンさん? そりゃあ、反対するでしょう」
「リョウがついて行けば賛成とは言ったが、当然、護衛に騎士団を連れて行けと……」
「ああ、なるほど」
涼は頷く。
涼からすれば、その要求は当然だと思う。
王国騎士団の役割の中には、『国王をお守りする』というのは入っているだろうと思うからだ。
「しかし、百人連れていけと言うんだぞ? あの船に、護衛だけで百人も乗せられん」
「ああ……」
アベルが小さく首を振り、涼も頷く。
国王の外遊だ。
当然、実務面を担当する文官、生活を支える侍従らも乗り込むことになる。
『冒険者アベル』が旅に出るのとは違う。
他国民の前への登場一つとっても、みすぼらしい格好で出るわけにはいかない。
それは、中央諸国の大国の一つとして知られるナイトレイ王国そのものの、鼎の軽重を問われるというもの……。
「王様って大変なんですね」
「ああ、俺もそう思う」
涼もアベルもため息をついた。
スキーズブラズニル号は、地球的に言えばクリッパー船である。
クリッパー船は、巨大な三本以上のマストを持ち、大量の横帆を張って高速で走り、幅が狭く前後に長い船体が特徴である。
そのため、積載量は決して多くない。
もちろんスキーズブラズニル号は、船体が全長百メートルを超えるかなり大きな船であるため、多くの荷を積める。
中央諸国で主流となっている、地球で言うところのガレオン船は全長五十メートル強……それと比べても多いであろう。
涼は記憶から考える。
マファルダ共和国で、スキーズブラズニル号の改良をした際、設計図を穴のあくほど見続けた。
そこには、乗組員数と共に、積載可能量と搭乗可能数が記載されていた……。
「想定の乗組員数は五十人、満積載にした場合の搭乗可能数は百二十人だったはずです」
「けっこう乗るな」
「ええ。船体の幅は狭いですけど、船首から船尾まではかなり長いですからね。元々外洋用……西方諸国と暗黒大陸の間の交易と、偉い人たちの移動用に設計されたみたいです」
「偉い人たち?」
「共和国のお偉いさんが暗黒大陸に行ったり、暗黒大陸のお偉いさんが共和国に来たりする時の足です」
「政府の船じゃなくて、普通の商会の船だったよな?」
「ええ、ええ。でも、足の速さは共和国一ということで、政府がお金を払ってでも使わせてもらう……そういうことになるはずだったそうです。当初の予定では」
「それなのに、例の錬金術師が共和国を去って船が完成せず……」
「最新技術というのは使うのが難しいのです」
涼が小さく首を振る。
「百二十人ということは……やっぱり俺の護衛だけで百人とか無理だな。うん、仕方ないな」
「なぜ嬉しそうなのですか」
アベルが、まるで涼のような言い方で言い訳を考える。
しばらくした後、涼が何事か考えついた。
「良いアイデアが思い浮かびました」
「リョウがそう言う時って、あんまり……」
「なんたる言い草! 今回は本物です!」
「まあ、いい。で、なんだ?」
「アベルの護衛に、僕のアイスゴーレムを使うのはどうでしょうか」
「アイスゴーレム?」
涼の提案に、首を傾げるアベル。
「出でよ、御庭番一番隊!」
涼の声に合わせて、十一体の氷のゴーレムが現れた。
先頭のゴーレムは、頭に『ツノ』がついている。
一番隊を率いる、先触れ担当一号君だ。
もちろんアベルも覚えている。
「ダーウェイの輪舞邸を守っていたゴーレムだよな」
「ええ、ええ、彼らです。友好の証二号君はルヤオ隊長にお譲りしたので、二番隊は隊長不在ですが、先触れ担当一号君率いる一番隊は十分に働けますよ。アベルの護衛、彼らに担ってもらいましょうか?」
「ああ……」
涼の言葉に、アベルはゴーレムたちを見る。
「一号君を筆頭に、皆、やる気に満ちた表情です」
「そ、そうか……」
涼は嬉しそうに言うが、もちろんアベルにはゴーレムたちの表情は読み取れない。
いや、多分、涼以外には誰も読み取れないだろう。
表情が読み取れないということは、何を考えているか読み取れないということでもある。
それは正直、命を預ける相手としては……怖い。
もちろん、最も信頼する涼のゴーレムであるから、何か変なことになったりはしないのだろうが……。
理性の問題ではないのだ。
感情の問題なのだ。
「いや、そのゴーレムたちはリョウが使ってくれ。俺の護衛は、やっぱり王国騎士団にやってもらう。人数は絞ってもらうが、今後の事を考えるとな」
「ああ、なるほど。騎士に経験を積ませたいということですね。王の遠征なんて、滅多にないですもんね。貴重な機会、活かさなければもったいないと。さすがはアベル、深いです」
「お、おう……それほどでもないがな」
涼が少し誤解して頷き、アベルは表情をごまかしながら答える。
涼が言っていることは、間違いではないのだ。
貴重な経験を積ませる機会なのは事実であるので。
「この子たちも、もっとグレードアップさせる必要がありますね」
「ぐれーどっぷ?」
「強くするということです。まあ、そもそも戦闘用ではありませんが……それでもアベルなどの護衛として、盾にはなれます」
「そうか……」
「でも、空を駆ける王様であるアベルについていけるようには、まだなっていませんから」
「空を駆ける?」
「アベルは、『飛翔環』で空を飛べるでしょう?」
涼が首を傾げる。
確かにアベルは、王国に戻ってきてから飛翔環は外している。
国王陛下は、身に着けるアクセサリーの類も決まっているのだ。
「いずれは彼ら御庭番たちも、氷の滑空翼と<ウォータージェットスラスタ>によって空を駆けることができるようになるでしょう。その時は、アベルの護衛もできますから」
「そ、そうか……」
「ゴールデン・ハインドと共に、王国の空を守る……空を王国の庭と考えれば、ゴールデン・ハインドと共に空を防衛するのに、御庭番ほどふさわしい者たちはいません!」
涼はそう言うと、嬉しそうに先触れ担当一号君の肩をぺしぺしと叩く。
未来の、王国の空に思いを馳せて。
そんな涼を見て、アベルは気付いた。
確かにアベルも着けていないが、涼も……。
「飛翔環はどうした?」
「ケネスにあげました」
「あげた? そういえば元々、リョウはあれ、二個買ってたよな?」
「ええ、ええ。一個は分解研究用でしたけど……完全に分解して、戻せなくなりました」
「ああ……」
「まあ、それでいろいろ理解できたので、投資した分は回収しましたよ」
「そうか……」
研究にはお金がかかるのだ。
「ケネスには、僕が着けていたやつをあげたのですけど、三日で、だいたいの分析が終わったそうです。魔法無効化の筒に比べると、かなり分かりやすかったと。さすがですよね」
「すごいな……」
涼もアベルも感心する。
「ただやはり、魔力を馬鹿食いするみたいです」
「ん? あっちでは、誰でも飛んでただろう?」
「そう、『中黄』ではです」
「ああ、そういうことか」
アベルもすぐに気付き頷く。
アベルの飛翔環は、涼が手を加えたためにどこでも飛べるようになった。
だがその結果、魔力の消費は驚くほど多くなったのが分かった。
ダーウェイのある『中黄』と呼ばれる地域では、飛翔環に対して非接触充電のような感じで魔力が供給されているらしく、使用者自身の魔力消費は少ないのだ。
その結果として、『中黄』以外では、飛翔環は使えないわけだが。
「ケネスが、『中黄』以外で飛翔環を使う場合の必要魔力量を計算した後、驚いていました」
「うん?」
「普通の人だと三十秒も飛べないくらい、魔力ドカ食いらしいです」
「俺……けっこう練習したよな?」
「だからですよ。アベルは、魔法は使えないけど魔力の保有量が多いのではないかと、驚いていたんです」
「魔法が使えないのに魔力だけ多くてもな……」
「ま、まあ……」
肩をすくめるアベル、慰める言葉を思いつかない涼。
「い、いつか、アベルが大魔法使いになる可能性も……」
「絶対ないだろ」
「そう……多分、ないでしょう……」
「俺は、空が飛べるだけで十分だ」
アベルはそう言って苦笑した。
空を飛ぶ。
多くの人が思い描いてきた夢。
他の人より多い魔力量によって、それができるだけでも恵まれている……アベルはそう思うのであった。




