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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0664 戦列

翌日。

連合艦隊は、難しい海域にさしかかっていた。

大陸側が(がけ)になっており、地上部隊と連携の取れない海域でもある。


「船員さんたち、いつになく緊張しています」

「当然だろう。昨日の夜ラー・ウー船長が言ってた、難しい海域だからな」


艦隊の先頭は比較的慣れた第十船が進んでいる。

そのすぐ後ろを、二人が乗る旗艦ローンダーク号、その後ろにスージェー王国海軍とバシュー伯艦隊、ボスンター国海軍、コマキュタ藩王国海軍といった感じで続いており、最後尾にアティンジョ大公国海軍となっていた。


船同士では、旗を振って細かなやりとりがなされているようだ。

もちろん二人は詳しくないのでよく分からないが……。


「ローンダーク号に乗る、危ない剣士の排除の是非(ぜひ)をやり取りしている可能性があります」

「ローンダーク号に乗る、ヤバい魔法使いの排除の方だと思うぞ」

涼とアベルがそんな馬鹿話をしていられるのは、先頭の第十船や乗船するローンダーク号を完全に信頼しているからである。



午後三時、連合艦隊はようやく難所を抜けたようだ。

「この先も島は多いし、大陸側は崖だそうですが、座礁(ざしょう)の危険性はないそうです」

ローンダーク号のゴリック艦長が二人に説明する。


「良かったです」

「さすがに鍛えられたローンダーク号の乗組員たちも、かなり疲れているからな」

「ずっと神経とがらせていましたからね」

涼が安堵し、アベルが少し心配し、ゴリック艦長が苦笑した。



その時だった。



「前方に船影!」

マストから乗組員が叫ぶ。


同時に、先頭を行く第十船からも、ローンダーク号を含めた後続艦に手旗信号で伝えられる。


「第十船からの報告によりますと、ダーウェイ艦隊の可能性が高いとのことです」

「数は?」

「数は不明」

「分かった」

ゴリック艦長はそう言うと、船首に走り遠眼鏡を見始めた。



「ここで仕掛けてきました」

「難所を抜け疲労が最大限にたまり、陸上とは連携が取れない。前方の島の影に船を隠しておいたのだろう、かなり計算されているな」

涼もアベルもうろたえてはいない。


もっとも、船の上であるし二人ができる事は何もない。


「護国卿のカブイ・ソマルは、第十船の方にいるよな?」

「ええ。今日は、明確に第十船が先導する形になるので、指揮官である自分は向こうに乗りますと、朝言ってましたよね」

「もしかして……この奇襲を予測していたわけじゃ……」

「可能性はありますね……」


わざわざ不安を(あお)らないために二人には告げなかったという可能性はある。

奇襲されなければそれが一番なのだから。


「なんといっても多島海地域の常勝提督ですから」

「ラー・ウー船長などから話を聞いて、奇襲されるならここと判断していたか。もしそうなら凄いな」

「アベルも、王国海軍を率いて七つの海を征服するのなら、これくらいにならないと」

「うん、俺はいいや。専門家に任せる」

「なんという覇気のない……」


わざとらしく肩をすくめる涼だが、ここでアベルがやる気を出して世界征服に乗り出すと宣言されても困るのは事実なのだ。

まあ、なさそうではあるが。



「第十船より報告! 艦数約二百、コウリ王府艦隊旗艦フェイドーシンを確認。掲げられた旗は、ダーウェイ国旗並びにコウリ親王旗」

「コウリ親王自身が出てきたということか? 陸上ではなくこっちに?」

報告に驚き、思わず思考が口から出てしまうラー・ウー船長。


船首に来て、裸眼で眺めていた涼とアベルの耳にもその報告と独り言は聞こえた。


「ダーウェイ艦隊は捕捉していないということでしたが、いつの間にか敵の首魁(しゅかい)が乗り込み、こちらを先に叩きにきました」

「砲撃能力があり、<障壁>による防御能力も高いダーウェイ艦ははっきり言って強い。こちらはバシュー伯艦隊もいるとはいえ、そのほとんどが接舷戦を主軸とする他国の船であるから倒しやすいと踏んだのかもしれないな」

「つまり……話し合う気が無い?」

「話し合う気が無いからこそ、わざわざ陸上の皇帝と連絡が取りにくい場所で待ち構えていたんだろう」


アベルが苦々しげな口調で答える。



「コウリ艦隊、左右に展開!」

マストからの怒鳴るような報告だ。


「第十船に砲撃してきた高速砲撃艦とかいうのも、舷側(げんそく)からの砲撃でしたよね」

「ああ。船の側面からだ」

涼の確認にアベルが頷く。


地球において、大砲を帆船に積み接舷戦を終わらせた時代……その最高到達点の一つは、トラファルガー海戦であろう。


イギリス海軍を率いたネルソン提督が、トラファルガーにおいてフランス海軍を完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰した。

その結果、ナポレオンはイギリスを軍事的に支配下に置くことを諦め、大陸封鎖令を出して経済的包囲で屈服させる手法に転換せざるを得なかった。

だがロシアがそれを破ってイギリスに物資を送り、それを懲罰(ちょうばつ)するためにナポレオンはロシア遠征をし……大敗してナポレオンの凋落(ちょうらく)が始まるのである。


そんなトラファルガー海戦では、『戦列艦』というものが活躍した。

船の側面、舷側に数十門の大砲を積んで砲撃を行う艦だ。

構造上、船の側面を敵に向けた時に、多くの大砲を撃つことができる。


だから艦が列をなして戦う形になる……ので、戦列艦(せんれつかん)


ダーウェイ艦も、大砲の代わりに魔法砲撃を行う錬金道具を積んでいると考えれば、戦列艦としての用法が基本となるのだろう。



「これは……」

涼が言った瞬間。


前方のコウリ艦隊から二十本の魔法砲撃が放たれた。


「射程が長い!」

そう叫んだのはアベル。

以前経験した高速砲撃艦から受けた砲撃なら、まだ射程に入っていない距離だったのだが……。



だが……。


攻撃は全て弾かれた。

氷の壁によって。


「リョウ?」

「ごきげんようの挨拶もなく、いきなり砲撃とは……紳士的じゃないです!」

「何だそれは……」


涼が<アイスウォール>を、第十船の前に張って砲撃を弾いたのだ。


「二百隻いるのに二十本の砲撃ということは、射程の長い錬金道具を積んでいる艦だけが砲撃したのでしょう」

「なるほど」


涼は少し考えると、同じローンダーク号の船首にいるゴリック艦長に言った。

「艦長、第十船に行ってきます」

「分かりました」

涼の言葉に、一瞬の遅滞もなく答えるゴリック艦長。

彼も、そうすべきだと思っていたのだろう。


「行きますよアベル」

「分かった」



涼は<ウォータージェットスラスタ>で、アベルは『飛翔環』で一気に飛んで、最前方の第十船の甲板に降り立った。


「今の防御は、ロンド公ですね?」

そう確信して問うたのは、艦隊指揮を執るスージェー王国護国卿カブイ・ソマル。

「はい。二十本程度の砲撃なら、この第十船の<障壁>でも弾けるのでしょうけど、念には念をいれて」

涼は、カブイ・ソマルの傍らにいるラー・ウー船長を見ながら言う。

それに頷くラー・ウー船長。


当然のように、第十船前方には<障壁>が展開している。



「やられっぱなしというのは、船乗り的には嫌なものです」

カブイ・ソマルがニヤリと笑う。


「わが国では、祝砲(しゅくほう)返しと言います」

答えてラー・ウー船長もニヤリと笑う。

そして怒鳴るように命令した。

「リンシン、船首砲四門、放て!」

その命令によって、船首から四本の火線がコウリ艦隊に向かって走った。

ちなみにリンシンは、第十船の公船戦闘指揮官だ。


「こっちも射程が長い」

涼が驚いたのは射程の長さ。


「公船は、最新装備を積んでいますから」

ラー・ウー船長が笑う。



四本の魔法砲撃はコウリ艦隊に届いた。

届いたが……。


「弾かれた」

「ふむ」

涼が思わず言い、ラー・ウー船長は首をかしげる。


「船長?」

それを見てカブイ・ソマルが尋ねた。


「いえ、弾かれるのは想定内なのですが、弾かれ方が変です」

「変とは?」

「ダーウェイ艦が積んでいる<障壁>ではないものに弾かれた気がします」

ラー・ウー船長が答える。


それに対してカブイ・ソマルは何も言わない。


当然のことだが、そんな砲撃戦の間にも連合艦隊は前に進んでいる。

コウリ艦隊は左右に展開したため南下はしていないが、連合艦隊が前進している分、彼我(ひが)の距離は刻々と縮まっている。

それはつまり、長距離砲だけでなく、二百隻全艦の射程に入っていこうとしているということ。



「そもそも砲撃戦ではこちらに勝機はありません」

カブイ・ソマルははっきりと言い切る。


ラー・ウー船長も頷いた。

連合艦隊は第十船を除けば、十隻のバシュー伯艦隊しかダーウェイ艦はいない。

他は他国の船であり、接舷戦用である。


「いきなり砲撃してきたということは話し合う気はないということでしょう。ならばやるべきことは一つです」

カブイ・ソマルは、ラー・ウー船長と涼を見た後で言った。


「突っ込みます」

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