0663 嵐の前
「アベル、本番はローウォン卿です」
「うん?」
三体の氷の棺を代官所に据え置き、皇帝らに説明をした後に涼とアベルは艦隊に戻ってきた。
行った時同様に、空を飛んで。
そこで涼がはっきりとそう告げたのだ。
よく分からないアベルは首をかしげる。
「ローウォン卿というとあれだろ。水属性の魔法使いで錬金術師で、ルヤオ隊長の師匠」
「ええ、その人です」
「なんで、そのローウォン卿が本番なんだ? 本番というのは、戦闘の本番という意味だよな?」
「ええ。全ての元凶はローウォン卿だったのです」
またいつもの妄言かとアベルは一瞬思ったが、どうも今回は違うようだ。
「まあ、ローウォン卿は正直よく分からんが、本当の本番はそこじゃないだろう?」
「え? 本当の本番?」
アベルの言葉に、涼は首をかしげる。
「本当の本番は幻王だろ?」
「あ……」
「中央諸国に行こうとしているんだから。理由は知らんが」
「確かに。止めないといけませんね、どうせろくでもない理由に違いありません」
「ろくでもないかは知らんが……内容次第では戦ってでも止める必要がある。あれだけ強力な……魔人並みに強いだろ、あれ」
「いろいろと課題山積です」
二人はため息をつくのであった。
昨晩、騒動があったが、予定通り皇帝軍は進発していた。
それに合わせて艦隊も北上している。
「何事もなかったかのように……」
「軍の進発が遅れれば、いろんな噂を引き起こすからな」
「僕のゴーレムたちが犠牲になったのに……」
「それは確かに悲しむべき事だが……俺たちがこの船から代官所に到着するまでの時間を稼いでくれたのだろう? 褒めてやればいいじゃないか」
「確かに! 彼らは頑張りました!」
涼はそう言うと、右手に持った湯呑を高く掲げた。
献杯……役目に殉じた五体のアイスゴーレムに捧げたのであった。
二人はローンダーク号の第一甲板上で、いつものようにお茶を飲んでいる。
まさに勝手知ったるなんとやら。
ゴリック艦長、レナ副長、グンノ機関長、モスターラ一等航海士などは、多島海地域から自治都市クベバサまで二人を運んでくれたし、『青い島』騒動においても二人を連れて行ってくれた。
「このローンダーク号も、凄いですよね。多島海地域とダーウェイの間を行ったり来たり。今年、最も長い距離を航海した軍艦に違いありません」
「最も長いかどうかは知らんが、かなりの距離を航海しているのは確かだよな」
涼の感想に、アベルもほぼ同意する。
涼は、ふと思い立ったことがあった。
「昨日、襲撃してきた三人を僕らは撃退しました」
「うん?」
「コウリ親王陣営としては、特級冒険者による襲撃に失敗したわけですが、どう考えているのでしょう。これから先の作戦に影響とかあるでしょうか?」
「ないだろ」
涼の問いに、アベルは即答した。
ちょっとだけ驚いた表情になる涼。
言葉を続けた。
「僕もほとんどないとは思うのですが、アベルほどには即答できません」
「そうか? 少数での敵軍首脳への襲撃なんて、うまくいけばラッキーくらいのもんだろ、普通」
「ま、まあそうなのでしょうけど……」
そう、大軍を既に動かしている状況においては、そういう認識になってしまうのだ。
作戦立案者は、そんな襲撃作戦は基本的にうまくいかないと思っているから。
どうしても、大軍を動かしている方がメインになる。
そちらを主軸に考える。
なぜなら関わっている人数が多いから。
かけられているお金が多いから。
それはつまり、そちらが失敗すると受けるダメージが大きいということでもあるから。
「打っておいても損はない。その程度の手だったと思うぞ」
「特級冒険者と雖も捨て駒……」
アベルの言葉に、小さく首を振りながらため息をつく涼。
「嫌な言い方だが、その認識が正しいのかもな」
アベルも肩をすくめる。
顔はしかめたまま。
アベルは国王でありながら冒険者でもある。
それゆえ、作戦を立てる側の思惑は分かるし、使われる側の冒険者としての立場も分かる。
だからこそ、顔をしかめたままなのだ。
「ということは、コウリ親王が動かせる軍が南下してくるということですよね」
「そうだろうな。衝突するにしろ会談が開かれるにしろ、この皇帝が率いる軍をこのまま帝都に入れたくはないだろう。入れた瞬間に、皇帝は未だに力を持っており、帝都に帰還した……再び権力を手にしたことが公に明らかになるからな」
「『皇帝の後継者最右翼』だったコウリ親王の地位は揺らぎますよね。皇帝に弓引いた者として」
「そう……シタイフ層が離れるだろう。だからこそ、このまま帝都に入れたくはない」
「絶対これって、コウリ親王の計算通りではないですよね。計算高いと言われたコウリ親王……どこで計算ミスを犯したのか」
「そりゃあ間違いなく、マリエとかいう幻人だろ」
涼の問いにまたも即答するアベル。
「マリエさん?」
「彼女一人とは言えんが……チョオウチ帝国が皇帝を生きたまま逃がすとは思っていなかったんだろう」
「ああ……確かにそこですね」
コウリ親王は、もう皇帝ツーインは戻ってこないと考えただろう。
そしてその考えは妥当。
自国への侵攻を宣言している国が、最高指導者を拉致していき、あまつさえ死亡を公表したのだから。
まさかその状態から、生きて帰ってくるとは思わないだろう。
「どれだけ計算の得意な人でも、計算ミスはするということですね。最後の最後、提出する前にはもう一度見直しましょうということです」
「意味が分からん」
涼がテストの思い出を語り、アベルは意味が分からず肩をすくめる。
王子だったアベルは、きっと熾烈な受験競争など戦い抜いてきていないのだろう。
「その言葉が、アベルがぬくぬくと育ってきた証拠です!」
「なぜ俺は非難されているんだ……」
一般庶民である筆頭公爵涼には、王子教育の大変さは想像できないのかもしれない。
筆頭公爵と国王の間の埋めがたい差はともかく、二人とも、できれば武力衝突は避けたいと思っている。
衝突する軍は、どちらも本来はダーウェイのための軍であるためだ。
だが軍である以上、命令されれば動く……戦えと言われれば戦うだろう。
「いつか戦争などというものがなくなる日が来るのでしょうか」
「難しいだろうな」
その日の夜。
一行はノロスの街に到着した。
ここはボアゴーほどではないが、昨日のバントに比べればかなり大きい港がある。
そのため、ローンダーク号と公船第十船は港内に入り、他の船は沖合に停泊することになった。
その二隻だけが港に入ったのは、ノロスの代官所において首脳会議が開かれたからだ。
涼とアベルも、首脳会議に招かれた。
「コウリ親王率いる軍が、二日前に帝都を発ち、海岸沿いを南下しているとの事です」
「このままの速度ならば、我らと十日後にぶつかります」
バシュー伯ロシュ・テンと、バロー伯フー・テンによる報告がなされた。
「艦隊の方はどうだ?」
「申し訳ありません、そちらは全く捕捉できておりません。三週間前に帝都を発って以降、どこにいるのか……」
皇帝ツーインの問いに、ロシュ・テンが顔をしかめて答える。
「以前、ラー・ウーから高速砲撃艦が北の港にいたという報告を受けたな?」
「はい陛下。シュンボウルにて、二十二隻の高速砲撃艦ベイファンヘイ型に攻撃を受けました。恐らくはそれらの艦も、現在は本隊に合流していると思われますが……」
ラー・ウー船長が、北に皇帝救出に向かった際に攻撃を受けた件は報告済みだ。
皇帝ツーインをはじめ、全員が考え込んでいる。
敵艦隊の捕捉ができていない……つまり、いつどこで襲ってくるのか分からない、襲ってこないかも分からないということだ。
カブイ・ソマル率いる連合艦隊は、陸上の皇帝ツーインらと連携を取るために、比較的陸地に近い場所を航行している。
それはもしもの場合に陸が邪魔になって、艦隊の展開に支障をきたす可能性があるということでもある。
もちろんそれは、最初から考慮されていた事であり、それでも選ばれた航路ではあるのだが……。
結局、今まで同様に注意深く進軍するという結論になって、会議は解散した。
涼とアベルは艦隊に戻らず、ノロスの街に宿が準備されている。
「いろいろと難しいですね。次から次に問題が出てきます」
「戦争……というか、進軍をしているのだからな、当然だろう」
涼のぼやきに、当然だと答えるアベル。
「ボアゴーを出発する前にも、あれだけたくさん情報を集めて、対策会議を開いたのに」
「戦争だからな。相手はこちらの裏をかこうとしてくる、それに対してこちらが動く、今度はそれの裏をかこうとしてくる……いたちごっこである以上、常に変化についていくしかない」
「そういうのって、疲れそうですね」
「そりゃあ疲れるわな」
涼が小さく首を振り、アベルは涼のあまりに庶民的な感想に苦笑した。
人の命がかかっているのだから、疲れる疲れないというレベルの話ではないのだろうが……。
「やっぱり戦争は嫌ですね」
「それは間違いない」
世の不条理に、二人はため息をつくのであった。
食堂でそんな会話をしながらお茶を飲んでいた二人の元に、一人の男性がやってきた。
「今夜はゆっくり、陸上で休んでくださいね」
微笑みながらそう優しく声をかけてきたのは、第十船ラー・ウー船長。
「はい。部屋を用意してもらったのはありがたいのですが……今夜は?」
「含みのある言い方だな」
涼もアベルも首をかしげている。
「ああ、すいません。他意はないんです。ただ明日の夜は、船で休んでいただくことになるので」
「そういえば……明日の海域は、陸側は切り立った崖なので、港が無いんでしたっけ」
「はい。島も多い難しい海域でもあるので、船足も遅くなるでしょう。ダーウェイの艦隊ですら船足を落とします、慣れていない他国の艦隊ならなおさらそうなるでしょう」
「確かに」
ラー・ウー船長の解説に頷く涼。
そう、今回の艦隊は多国籍軍なのだ。
慣れていない海域の航行というだけでも大変だろうに、自国の船長ですら難しいという海域を通るとなれば、神経の休まる暇はないだろう。
涼は、ふと疑問に思ったことがあったので聞いてみることにした。
「普段って、艦隊と陸上との連絡はどうしているんですか?」
「第十船には、ダーウェイ軍連絡箱というものが備わっています。ダーウェイ艦の中でも大きな船にしか積んでいませんが、それで陸上とは連絡を取り合っているのですけど……」
「けど?」
「陸上側の道具も大きく、休憩中や夜など、行軍が止まった時に設置してやりとりをするという感じです」
「なるほど」
ラー・ウー船長の説明に涼は頷く。無線のようなものだろうと勝手に解釈して。
行軍中、あるいは作戦行動中の連絡が取れるかどうかというのは、現代戦争において肝とも言うべき点であった。
この『ファイ』においてもその点は変わらないようだ。
ナイトレイ王国においてイラリオンの<伝声>の魔法が重宝されるのはそういう理由だ。
もちろん、風属性魔法である<伝声>は、難易度は高くない。
王国でも使える魔法使いは何百人もいるであろう。
だが、戦場で使える者は少ない。
「魔法によらず、錬金術で解決しようとしたのですね」
「王国でもそれはあったのだが……距離が、な」
涼が呟くように言い、アベルも呟くように答えた。
考えることは同じ……とまでは言わないが、洋の東西を問わず人が通る思考は似たような道にならざるを得ないのかもしれない。
「ああ、そういえば、明日の海域では陸上とのやりとりはできないと思います」
「あれ? そうなんですか?」
「陸上部隊が通る道が、海岸線からかなり離れています。夜、停泊中ならもしかしたら可能になるかもしれませんが……」
二人とそんな会話をして、ラー・ウー船長は食堂を出ていった。
「船乗りさんって大変ですね」
「俺には絶対無理だ」
涼が乗組員たちの苦労を思いやり、アベルは肩をすくめる。
「でも昔アベルは、船に乗ってロンドの森に漂着したんですよね」
「密輸船に潜り込んだだけな。しかも、予定より早く出港したおかげで脱出しそこなった……」
「そして途中でクラーケンに襲われた」
「海って怖いな」
そう、海は人が入っていくべき世界ではないのかもしれない……少なくとも『ファイ』においては。




