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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0662 怒りの涼

空にいた二人の男が降りてきた。

一人は、黒いマントを羽織(はお)った赤毛の男であり、もう一人は、白ローブの黒髪の男であった。


白ローブからの圧迫感に潰されそうになる三人。


三人は、特級冒険者だ。

それはダーウェイ冒険者の頂点、人を超越した存在とすら言われる者たち。


だがそんな彼らが、押し潰されそうに感じていた。



「僕らが到着するまでの時間稼ぎになればと思って配置したゴーレムたちでした」

その言葉は、白ローブの口から発せられた。


静かな……とても静かな口調に思える……だがそれは誤りだ。


横にいて、いつも声を聞いているアベルには分かっている。


驚くほどの怒りを意志の力で押し包んだ、静かさであると。

ほんの少しの衝撃で、意志の力が弾け、怒りが爆発するであろうと。



「あなたたちは冒険者だ。だから皇帝の殺害を依頼として受けて、その遂行のためにやってきた。それはいいでしょう。その途中でティンさんを倒し……僕のゴーレムも倒した」


少しだけ声が震えている。


「それも良しとしましょう。僕のゴーレムたちは、体を張って時間を稼ぎました、立派に役割を果たしました。しかしそれに対して、あなた!」


涼は火属性の魔法使いブウォンを指さす。


「あなたはこう言いました。他愛(たあい)もないと」


ブウォンを指す指も震え始めた。


「他愛もない? 彼らは立派に役目を果たしました。僕らが到着するまで時間を稼ぐという役目を! そんな彼らを侮辱(ぶじょく)する権利は誰にもありません!」


はっきりと(げき)した。



「ゴーレムたちを侮辱したあなたたちを、僕は許しません!」



怒りに満ちた涼を前に、三人の特級冒険者たちは無言のまま。


だが、ついに口を開く。

「ならどうする、ロンド公爵」

口を開いたのはブウォン。


名乗っていないし紹介もされていない。

だが、目の前にいる人物が噂のロンド公爵であることは分かる。


これほどの圧力……ローウォン卿を除けば初めての経験であるから。



「剣と魔法であなたを倒し、ゴーレムたちの無念を晴らします」

涼はそう言うと、村雨を抜いて刃を生じさせた。


隣では、アベルも魔剣を抜いている。

だが、少しだけ混乱しているようだ。


「リョウ……その、火属性っぽい魔法使いと戦うんだよな?」

「ええ。この人が僕のゴーレムを焼きましたからね。アベル、後は任せます。好きなようにしてください」

「お、おう……」


涼が、完全な信頼に満ちた視線でアベルを見て、後のことを全て任せた。


さすがにそこまで言われてはアベルも何も言えない。

俺は特級冒険者二人を相手にするのかとは、言えない……。


「まあ、いいか」

そんなアベルの呟きから、戦闘が開始された。




「はは……さすがに噂に聞くロンド公爵だけあって、圧迫感が半端ねえな」

火属性の魔法使いブウォンは、剣を構えて呟く。


「僕も王国では冒険者です。だから分かります」

「あん?」

「権力者に依頼された場合、それを断ることの難しさは」

「……」

「でもそれでも、受けてはいけない依頼というものはあるはずです」

見解(けんかい)相違(そうい)だ」

涼の言葉に、片方の口の端を少しだけ上げて答えるブウォン。


「俺は、人の道に外れた依頼こそ、できるだけ断らずに受けるべきだと思っている」

「はい?」

「だってそうだろう。他が引き受けてくれないからこそ、高い金を出して冒険者に依頼するんだ。もちろん自分の命が無くなるような依頼は断るが、そうでないなら受けるべきだと俺は思っている」

「それによってダーウェイにいられなくなっても?」

「新皇帝様が恩赦(おんしゃ)を出してくれれば問題ないだろ。それまでの間、国外に行っておくさ」


コウリ親王は、皇帝即位後に恩赦を出すと約束したようだ。


「残念ながら平行線です」

「そのようだな」

涼が小さく首を振り、ブウォンが肩をすくめる。



「あなたに問いたいことがあります」

「聞くだけ聞いてみたらどうだ? 答える義理もない気がするが」

「答えてくれれば命だけは助けてやりましょう」

「……そうかい。ロンド公爵様ってのは自信家なんだな」

涼が当然という顔で言い、逆に面と向かってそこまで言われた経験のなかったブウォンは驚く。


当然だ。

彼は、泣く子も黙る特級冒険者なのだから。

そんな相手に、命だけは助けてやるなどと言う人物はいない……。


「問いたいのはローウォン卿についてです」

「ローウォンの爺さん? 爺さんがどうした」

「ローウォン卿は錬金術師ということですが、それはどれほどのものですか?」

「どれほど? どれほどとは、どれほどだ?」

「あなたは冒険者としてダーウェイ最上位の一人でしょう。どんな分野においても最上位にまで行く人物が見る光景は、他とは違います。他分野の最上位者たちに対する認識も違うはずです。その上で、ローウォン卿の錬金術はどれほどかと聞いたのです」

「ああ、そういう事なら簡単だ。ローウォンの爺さんの錬金術こそが、ダーウェイ最高峰だ」

「やっぱり……」


ブウォンの言葉に、涼は予想通りだったと大きく頷いた。

どうしても、聞いておきたかった、誰かに確認しておきたかったことだったのだ。



「皇宮には、ローウォン卿以外に水属性の魔法使いはいますか?」

「あん? それは知らん。そもそもローウォンの爺さんは兵部、つまり軍人だったが……将軍以上で水属性魔法使いはいねえ」

「特級館の冒険者に、水属性の魔法使いは?」

「ああ……それもいねえな。多分、上級館にもいねえだろ。わざわざ、あぶねえ冒険者になんかならんでも、水属性は商売で重宝(ちょうほう)されるからな。旅では必ず水は必要だし」

「やっぱりそうなんですね」


これで、涼の中で一つの謎が解けた。

論理的に、その帰結(きけつ)しかないと。



「もう一つ、確認したいことが」

「そうそう俺が答えるとでも……」

「あなたとローウォン卿、どちらが強いですか?」

「……なんだと?」

ブウォンの視線が剣呑(けんのん)な雰囲気を帯びる。


だが……。

「正直に答えてください」


涼はそう言うと、今まで絞っていた圧を最大で発した。


「き……さま……」


それは凄まじく、特級冒険者ですら物理的な圧迫感を感じるほど。

竜王ルウィン直伝であり、先王ロベルト・ピルロも称賛した涼の圧。


「化物め……。ああ、そうだよ、ローウォンの爺さんも化物だ! 俺よりも強い」

「なるほど」

「六聖は人外だと言われているが、あの爺さんは別格であり、正真正銘(しょうしんしょうめい)の化物だ」

「よく分かりました」

涼は一つ頷いて、圧を解いた。


「くそったれが……」

「あなたは僕のゴーレムたちを消滅させ、暴言を吐いたのです。多少質問に答えたくらいで許されたりはしません」

「もういい!」

ブウォンはそう叫ぶと、唱えた。


「<業火煉獄>」

「<アイスバーン20層>」


何も起きなかった。


「馬鹿な!」

ブウォンは驚きの声を上げる。

自分の中では魔法は構築され、発動された。

そう認識された。

地面から、目の前のロンド公爵の足下から何十本もの炎が立ち昇るはずなのだ。


その地面をよく見ると、何かが張られている。


「氷?」

「ええ。氷の床にしました。その魔法は、先ほど僕のゴーレムたちを焼いてくれた魔法ですよね。二度も、同じ魔法が通じるわけないでしょう」


そう言った瞬間、涼から怒りが噴き出した。

少なくともブウォンには、そう見えた。



「<アバター>」

村雨を構えた涼が、新たに二人現れる。


「なんだそれは……」

思わずブウォンの口から漏れる。


「あなたは、僕のゴーレムたちに多くの炎を突き立ててくれましたよね」


その言葉は静かに(つむ)がれる。


「あなたも同じようにしてあげます。<アイシクルランスシャワー><ウォータージェットスラスタ>」


涼本体を含め三体の涼から、無数の氷の槍がブウォンに向かって撃ちだされた。

同時に、三体の涼の背面から微細ともいえる水が噴き出し、氷の槍と同じ速度で突っ込む。


氷の槍の着弾、三体の涼の斬撃、それは一瞬で生じ、一気に収束した。


後に残ったのは、無数の氷の槍に貫かれ、腹部を三本の剣で貫かれたブウォン。


「ぐっ……」


「約束通り命は取りません」

涼はそう言うとアバターを消し、唱えた。


「<スコール><氷棺>」

ブウォンは氷漬けになった。




その横では、一人の剣士対二人の魔法使いの戦いが続いていた。


魔法使いは距離を取ろうとし、剣士は距離を詰めようとする。

基本的な両者の戦いの形であろう。


アベルが風属性魔法使いレオ・リンに迫ろうとすると、闇属性魔法使いバーダが二人の間に<物理障壁>を生成して邪魔をする。

アベルが闇属性魔法使いバーダに迫ろうとすると、風属性魔法使いレオ・リンが二人の間に<物理障壁>を生成して邪魔をする。


その繰り返しであった。


その合間に、風属性魔法使いレオ・リンが攻撃魔法をアベルに放つ。

だがその攻撃は、全てアベルに弾かれる。


風属性の攻撃魔法は不可視の魔法が多いが、それは完全に見えないわけではない。

僅かに空気が(ゆが)んで見えるため、アベルほどの剣士であれば正確に切り裂くことができる。

それゆえ、ほとんどダメージは負っていない。

しかし、決定打も与えていない。


実際、どう打開すればいいのか、アベルは悩んでいた。



そんな中……。



「ブウォンが凍りついた!」

「なっ……」


隣の戦闘で、火属性の魔法使いが涼によって氷の棺に閉じ込められた。

驚くバーダとレオ・リン。


だがさすがは特級冒険者。

そのタイミングでも隙はできない。

アベルほどの手練(てだ)れであっても、つけこむことはできない……。



しかし、事情は待ってくれなかった。


「アベル、時間稼ぎありがとうございました。こっちは終わりましたので、そっちもとどめを刺していいですよ」

どこかの水属性の魔法使いが、そんな言葉をかけてきたのだ。


「おい……」

アベルは小さくため息をつく。


決して、涼たちの戦闘が終わるまでの時間稼ぎをしていたわけではない。

どう倒せばいいか分からなかっただけだ。



そんな涼の言葉が届いたのは、当然アベルだけではない。

アベルと戦っている二人の特級冒険者の耳にも届いた。


「時間稼ぎ?」

「ここまで馬鹿にされたのは初めてだ」

バーダもレオ・リンも……。


「そりゃあ怒るよな」

アベルも二人の怒りには納得だ。


涼は(あお)るつもりはなかったのかもしれないが……。


「いや、可能性はあるのか? いつも言ってるもんな。相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩……」

実際、言われた二人は怒り狂っている。

冷静さを失っているのが分かる。


「闇属性魔法は、全然効かないですね!」

「なぜ、さらに煽る……」

アベルは確信した。

わざとだと。


涼のヤジが聞こえたのだろう。

闇属性魔法使いバーダの表情が硬いのが分かる。


「悪いな、連れの口は悪くて。気にするな」

「……お前たち、許さない」

アベルは謝ったのだが、逆にバーダは今まで以上に怒ってしまった。


「僕なんかよりも、アベルの方が煽る能力が高いようです」

水属性の魔法使いがそんなことを呟いたのだが、それは誰の耳にも届かない……。



そんなやり取りがありながらも、実際、闇属性魔法使いバーダは心の中で顔をしかめていた。

戦闘開始からずっと、目の前の剣士も眠らせようとしていた。

それは、代官所中にかけている魔法の数倍の威力のはずなのだ。


だが効果は表れない。


「くそ、なんでだ?」

バーダは悪態をつき、そして決断した。


「最大で放つ」

「え?」

バーダの言葉に驚いたのはレオ・リン。


「おい、待っ……」



放たれた魔法に対して、レオ・リンはレジストした。

バーダから最大威力で放たれた<睡眠>に抵抗しきった。


だが、今まで通りのパフォーマンスとはいかない。

頭がくらくらし、足下がおぼつかなくなり、空間の認識があやふやになる。

もちろんそれは一瞬で回復した。


だが目の前の剣士には、一瞬でも長いくらいだ。


レオ・リンは、後頭部に衝撃を受けて意識を失った。



「え?」

最も驚いたのはバーダであったろう。

確かに、レオ・リンのパフォーマンスに影響を与えるとは思った。

だがそれと引き換えに、剣士の意識は失わせることができる。

それで問題ないと。


だが、剣士は今まで通り動き……レオ・リンは気絶させられた。


そしてバーダも……。


「<スコール><氷棺>」


氷の棺に閉じ込められるのであった。


ここまでは、前座の前座。

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