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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
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0568 多島海の近況

「失敗しました」

皇帝ツーインが帰った後、涼はそう呟いた。


アベルが聞きとがめる。

「どうした? 皇帝に何か余計なことを言ったのか?」

「いいえ、違いますよ。こんなことになるのなら、『長距離拡散式女神の慈(パナケイア・ブレス)悲』を持ってくるんでした」

「いや、それは無理だろ」


『長距離拡散式女神の慈悲』とは、涼とケネス・ヘイワード子爵が開発した、戦域全体に<ヒール>が行き渡る錬金道具だ。

道具というより、装置という大きさだが。

確かに、戦場に持っていくのに、これほど心強いものはないだろう……。


「いきなり魔人の魔法に巻き込まれて飛ばされたし……。そもそもあれは、でかすぎだろ」

そう、中央諸国の馬車一台分はある装置だ。


「やはり必要なのは小型化ですね。(てのひら)に乗るくらいに……」

「うん……馬車から掌か、極端だな」

涼の呟きを、全く本気にしていないアベル。

もちろん、涼の呟きも適当だから何も問題ないのだが。



「まあ、とにかくリュン皇子のサポート……皇帝陛下は『相談役』とか言っていましたか。それって、ここは東方諸国ですから、あれですよね」

「あれ?」

「軍師です!」

「グンシって何だ……」


涼が、立ち上がって嬉しそうに言い切ったのに、アベルは軍師という言葉を知らなかった。

愕然(がくぜん)とした表情になってアベルを見る涼。


「なんだその顔は。知らないんだから仕方ないだろう」

「軍師って、中央諸国にはない職業……いや立場? そういうポジション……なんかそういうの、ないんですか?」

「俺は聞いたことがない」

アベルが首を傾げている。

国王陛下が知らないということは、いないのだろう。



「こう、戦いとかで、自分は最前線に立つわけではなくて、指揮官に助言をしたり場合によっては軍を動かす権限を与えられていたり……そんな、そう、見た目文官チックな感じの人です」

「戦場で、見た目文官の意味が分からんが、いないよな~。せいぜい近いのは、イラリオンの爺さんくらいか?」

「イラリオン様は……なんか違うんですよね」


イラリオン・バラハは、指揮官たる国王アベルのすぐそばにいて、<伝声>の魔法などで全軍に指示を届ける、なくてはならない人物だ。

だが、軍師というイメージではない。


そう、涼が描く軍師といえば、当然、三国志演義(さんごくしえんぎ)に出てくる諸葛亮(しょかつりょう)司馬懿(しばい)だ。

あるいは周瑜(しゅうゆ)陸遜(りくそん)……。

かつてやりこんだシミュレーションゲーム数国史が思い出される……。


曹操(そうそう)は強すぎで万能すぎで……僕は好きですけどね。劉備(りゅうび)は弱っちいですが、そこが助けたくなるらしいですよ。孫権(そんけん)はよく分かりません」

「うん、リョウが何を言っているのか全く分からん」

涼が天下三分(てんかさんぶん)を熱く語るのだが、アベルには通じていない。



そして、涼は何かを思いついた。


「アベル、帽子と扇子(せんす)がいります!」

「は?」

「軍師は、おっきめなロールケーキのような帽子をかぶって、手に白い羽扇(うせん)を持っていなければいけません!」

「帽子は分かるが、ウセンとは何だ?」

「羽を何枚も集めて作った扇子です、いやむしろ、団扇(うちわ)かな?」

「せんす? うちわ?」


中央諸国には扇子も団扇もないらしい。


確かに、涼も見た記憶はない。


「アベル、今から街に買いに行きましょう」

涼は形から入るタイプなのかもしれなかった……。




その頃、お隣のリュン皇子の屋敷では。


「今、お手紙が届きまして……」

リュンが最も信頼する右腕リンシュン侍従長(じじゅうちょう)が、一枚の紙を持ってきた。


「ふむ?」

リュンは手紙を開き、一読した。

驚くべき内容に、もう一度読む。


「これは……確かに、陛下の印が書かれているが……」

皇帝ツーインから手紙が、一枚紙だけで届くというのも珍しい。


「今、禁軍統領ティン殿自らがお持ちになられました。おそらく、ロンド公のお屋敷に行かれていたのではないかと」

「なるほど」



手紙に書かれていたのは、モアソン地域の鎮圧軍に、ロンド公も伴うようにということであった。


「それは……指揮権はロンド公が持つということでしょうか?」

「馬鹿な……陛下は、リュン様を信じていらっしゃらないのか」

「禁軍の件といい、これも親王たちの差し金では?」

「やめぬか」



周りの部下たちの言葉を、一言で斬り捨てるリュン。



「陛下には陛下のお考えがあっての事であろう。少なくとも、編成作業を止めよとは書かれておらぬ。ロンド公の事は気にするな。今まで通り準備を続ける」

「はい」


リュンが口に出したのはそれだけであった。


だが、彼は理解していた。

皇帝ツーインの考えを。

それは、皇宮襲撃の際、目の前で自分たちを守る氷の壁を見たからかもしれない。


「もしもの場合に、私を守るためか……」


小さく首を振って呟いた。

「もしもの場合など起きないように準備しなければ」




羽扇と帽子を求めて街に繰り出した涼とアベル。

だが、それらの前に、もっと珍しい出会いがあった。


「あれ? バンヒュー?」

「え? あ、リョウ様、アベル様お久しぶりです」


二人が出会ったのは、コマキュタ藩王国蒼玉(そうぎょく)商会の末弟、バンヒューであった。


「どうしてバンヒューがこんなところに? もしや、蒼玉商会の支店をこの帝都に作るために?」

「いえ、リョウ様、さすがにここは本国から遠すぎます。継続的な商売をするのは、かなり難しいでしょう」

「うん、最初から支店開設かと質問するのもあれだが、それに素直に答えるのもやっぱりあれだな……」


アベルが、二人の会話を聞いて小さく呟く。


「アベル、そんなことでは良い商人になれませんよ!」

「いや、商人にはならんが……」

「今のお仕事がダメになったら、商人として身を立てていくしかないのですよ? 若いうちから『自分だったらこうする』という感覚は磨いておかないと」

「あ、はい……そういうものか……?」


一ミリも、商人になろうと思っていないアベルは、首を傾げる。


「実は今回は、このダーウェイの第六皇子様の婚礼に際して、国から外交使節として派遣された形になります」

「国から? 大きな商会になるとそういうのもあるんですね」



バンヒューが、今回の経緯やダーウェイについてからやったことなどを簡単に説明した。



「まさか、スージェー王国護国卿のカブイ・ソマルさんも来ているなんて」

「遠いのにな。国は大丈夫なのか……」

「はい。スージェー王国は、イリアジャ女王陛下の即位以来、あらゆる面で急速に回復しています」


バンヒューは、そこまで言って何かを思い出した顔になった。


「そういえば、スージェー王国で出版された『そんなアベルは、腹ペコ剣士』って、アベル様を主人公にして、リョウ様が書かれた本なのではありませんか?」

「はい、そうです」

「隣の国にまで知られたのか……」

バンヒューが問い、涼が嬉しそうに答え、アベルが小さく首を振ってぼやく。


「それはもう。スージェー王国始まって以来の人気だそうです。女王陛下の愛読書として広まっています」

「おぉ!」

「マジか……」


予想以上の人気ぶりだ。


「あれは、僕の渾身(こんしん)の一作ですからね。ぜひ、多くの方に読んでいただきたいです」

涼が、作者としての正直な思いを述べる。


「実は、我が商会も、コマキュタ藩王国で出版できないかと交渉中でして……」

「なんですと」

「おいおい……」

「もちろん、私も読ませていただいております。とても面白くって……」


バンヒューの口から出てくる感想に、嬉しそうに何度も頷く涼。

それを聞きながら、口が半開きになるアベル。



「さすがバンヒューです! 聞きましたかアベル。さっさとアベルも読むべきです」

「いや、面白いのかもしれないが……自分が主役だと聞くと、なんか恥ずかしくて……」

「大丈夫ですから。いつもお腹ペコペコでぐうたらばかりの剣士アベル……みたいには書かれていませんから。読んだみんなが(あこが)れるような……いや、半分が憧れる……いやいや、一割? ちょっとだけ? 五人くらいは憧れてくれるといいな……」

「マジでどんな書かれ方してんだよ……」


自分がどう書かれているのか……とても不安になるアベル。

いつか、こっそり読もうと心に決めたのであった。



「先ほどお二方は、何かを探している様子でしたが」

バンヒューは、会った時の涼とアベルの様子、特に涼の様子を覚えていたようだ。


「そうなんですよ。白扇、白い団扇を探しているのです。こう、ぱたぱたあおいで風を送れるような」

「なるほど。そういえば、先ほどのぞいたお店が、そんな風を送る道具の専門店だった気がします」

「どこですかそれ!」

バンヒューの言葉に食いつく涼。


「ご案内します」

バンヒューはそう言うと、先に立って歩きだした。


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