0567 皇帝の訪問
二人が料理屋さんを探した翌朝。
屋敷に、先触れが到着した。
「皇帝陛下が参られます」
「はい?」
それからほどなくして、屋敷の前に、前後を二十人ほどの騎馬に守られた、一台の馬車が停まった。
馬車から一人の男性が降りてくる。
服装は、シタイフ層の上級官吏のような服装だが……。
「皇帝陛下、ようこそおいでくださいました」
先触れに言われた通り、門の中で挨拶する涼。
斜め後ろではアベルも頭を下げている。
「ロンド公、突然すまんな」
皇帝ツーインは、笑顔で挨拶した。
「まだ引っ越したばかりで、何もないですが、どうぞ」
涼が先に立って案内する。
それについていくツーイン。
自分が下賜した屋敷が、ちゃんと整備されているのを見て満足している。
だが、一度視線が通り過ぎた後、再び戻った。
二度見である。
視線を戻した先では、何やら青い服の人物が掃除をしているようにみえるが……。
だが、それは見間違いである。
青い服の人物などいない。
そう、人ではない……。
「ろ、ロンド公、あの掃除をしている者は……」
「はい、屋敷管理ゴーレムです」
皇帝を驚かせる事ができて、少し嬉しそうに答える涼。
「ゴーレム……聞いたことがある。東方諸国では作っておらんし、野生のゴーレムなるものもおらんが……製造が盛んなのは西方諸国ではなかったかな? 中央諸国でもゴーレムを?」
「はい。最近は中央諸国でもございます。我が王国の隣国、ハンダルー諸国連合は、戦場に投入してきております」
「なんと……」
涼の説明に、さらに驚くツーイン。
そして、立ち止まって、近くで掃除をしているゴーレムをしっかり見た。
「工部から、ロンド公は侍従も侍女も必要ないと報告が上がってきていたが、こういうことか」
「はい、陛下」
「まるで式神だな」
ツーインの呟きは、涼を驚かせた。
「申し訳ございません、陛下、今、式神とおっしゃいましたか?」
「うむ、言うたぞ。決して主流ではないが、呪法使いの中には、屋敷の中のあれこれを式神にさせておる者がいてな。一度見たことがあるが……」
「それは興味があります!」
涼の言い方が、いかにもワクワクした感じを出していたからだろう。
ツーインは苦笑しながら言葉を続けた。
「傍から見ている分にもなかなか面白く……」
「陛下、時間が押しております」
ツーインの言葉を切ったのは、ツーインの後ろをずっとついてきていた男。
見るからに武官、見るからに護衛、見るからに頑固そうな顔……。
「ティン……そう怖い顔をするな」
皇帝ツーインが、顔をしかめて答える。
だが、時間があまりないのは事実のようだ。
「足をお止めしてしまいました、申し訳ございません陛下。さあ、どうぞこちらへ」
涼がそう言って、再び先に立って案内した。
入った先は、四十ある部屋の一つ。
椅子と机が並べられ、四人ほどが会談できるようになっている。
皇帝ツーインがその一つに座り、涼が対面に座る。
それぞれの後ろに、怖い顔のティンとアベルが立った。
護衛のティンは、ずっと皇帝ツーインの傍についている気満々だ。
それを見て、小さく首を振ってからツーインは涼に言った。
「すまぬなロンド公、このティン・メウは、まあ見ての通り余の護衛なのだが……。地位は禁軍統領といって、禁軍五万を統べておる」
「おぉ、それは凄いですね」
涼は大きく頷いて、素直に称賛した。
ティンは、三十代後半から四十代前半だろうか。
アベルと同じほどの身長ながら、一回り大きく筋肉がついている。
短く刈り上げた本来は黒いであろう髪の毛には、白いものがかなり混じり、遠目に見ると灰色の髪にすら見える。
常に左腰に吊るしている剣は、飾りなどほとんどなく、ティンの手になじんだものなのだろう。
今は皇帝ツーインも飾りの少ない服であるからいいが、皇宮にいる服装であれば、飾りの無さすぎな部分が浮いてしまうかもしれない。
涼は気付いていた。
ダーウェイの者たちは、両刃の片手直剣を使う。
たまに腰に吊るすこともあるが、多くの場合手に持っている。
だが、ティンは、馬を降りてからずっと、いや馬に乗っていた時ですら左腰に吊るしたままであることを。
「ティン殿は、陛下をお守りするために両手を空けておられるのでしょう」
もちろん勝手な推測だ。
だが、言ってみた。
怖そうな顔なのは事実だが、それもこれも全て、主を思っての事であることは分かる。
あえて、それを指摘してみる。
こちらが、決して低い立場ではないからこそ言える事だが……成功すれば効果は大きい。
ティンは無言のまま頷いた。
その後、明らかに雰囲気が柔らかくなる。
自分を理解している相手なのだと分かったからだ。
もちろん、だから味方だというわけではない。
そういうわけではないが……。
人の心の機微とは面白いもの。
「先日の襲撃の時、ティンは禁軍を率いて、太極殿付近を守っておってな。襲撃があるなら、そこを通ってくるだろうと……確かにそうなのだが、空から来たからな、あやつら。それで、責任を感じて、あれ以来ずっとこの調子よ」
「陛下、申し訳ございませんでした」
ツーインの説明に、頭を下げて謝罪するティン。
「だから責めておらぬと何度言えば分かる。さすがに星辰網に綻びが作られておるとは想像できん。お前のせいではない」
何度もティンが謝罪するのだろう。
面倒そうに答えるツーイン。
禁軍統領ティンは、真面目らしい。
「そうだ、時間がないのであったわ」
ツーインが思い出したように言う。
「なのでロンド公、単刀直入に説明する。今日伺ったのは、願い事があっての事だ」
「願い事、ですか?」
「それほど時を経ずして、第六皇子リュンを戦場に出す事になる。その際に、リュンを守ってやって欲しいのだ」
「それはいったい……」
涼が首を傾げる。言われた内容には疑問ばかりだ。
「ダーウェイの各地で、魔物が山から下りてきて暴れておる」
「はい、存じております」
涼もアベルも、その一つの現場に居合わせた。
「うむ、ロンド公がその場の一つにいたのは聞いておる。実は、『中黄』の北にモアソン地域と呼ばれるところがあるのだが、そこでも何度も襲撃が行われておる。そこに領地を持つ公が鎮圧に失敗し、命を失った」
「なんと……」
涼が驚く。
伯ではなく公ということは、それなりの戦力を持っていると勝手に理解している。
伯より領地が広く、地位も高いらしいので。
だが、それが負けて殺されたとは……。
「幻人が率いているだろうと」
「そう見ておる。そのため、皇宮が介入することになった。その鎮圧軍を、リュンに率いさせるつもりだ」
「なるほど。私には、軍の指揮経験はありませんが……」
「そこはかまわぬ。その辺りは、リュンと部下たちが行う。ロンド公に頼みたいのは、リュンを死なせない事だ」
そう言ったツーインの視線は、痛いほどに真剣である。
涼に頼みにきたのは、皇宮襲撃の際に、ツーインらを護った<アイスウォール>を経験したからであろう。
あれで、幻人の攻撃すらも防いだのだから。
「出過ぎたことであるのは重々承知ですが……リュン皇子は結婚されたばかりです。それでも、ということですね」
涼は、何かを探るように問う。
「そう、それでもだ」
ツーインも、それを理解して答える。
しばらく沈黙した後、皇帝ツーインは口を開いた。
「いや、ロンド公にははっきり言っておこう。余は、いずれリュンを親王に封じるつもりだ」
「やはり。今回の鎮圧に成功すれば、それを功績にして親王に、ということでしょうか」
「これだけでは足りぬかもしれぬが、進む功績のうちの一つになるだろうと思っている」
リュン皇子が親王に封じられる可能性に関して、以前涼はバシュー伯ロシュ・テンから伝えられている。
だからこその、新たな屋敷の場所、その周辺状況なのかもしれないと。
「今回の件の対応をリュンに任せる可能性があることは、婚礼を上げるだいぶ前からリュンには伝えてある。正直、その時は今回亡くなった公と協力して鎮圧させるつもりだったが……」
目論見通りにいかなかったからだろう。
ツーインは小さく首を振る。
「軍の中核は、リュンの領地にいる部隊となる。もう、呼び寄せてあるはずだ。指揮の中核も、リュンの子飼いの者たちとなる。これも呼び寄せ、あるいは屋敷におる。問題は、その兵だけでは足りぬゆえ、中央から禁軍を出そうとしたのだが……」
ツーインはここで言葉を切った。
涼がチラリと見ると、禁軍統領ティンも顔をしかめている。
彼も禁軍を出したかったようだが……。
「誰かに反対されたのですね?」
「うむ。親王たちにな、反対されたわ」
皇帝と雖も、絶対的な無限の権力を持っているわけではなさそうだ。
「禁軍は皇帝と皇宮を守るための軍。率いるのは皇帝自身か、せめて親王であるべき。一介の皇子が率いた前例は無いと。そう正面から言われてな。確かにそうなのだが……。そのため、兵部管轄の黒旗軍一万を出す事になった」
「一万は大軍ですね」
涼は頷いて言った。
涼とアベルが、八級冒険者としてフー・テンに協力した時に動員されたのは八十人であった。
それを考えると、一万人は多い。
いや、多すぎる。
「せめて数だけは揃えておかねばな。誰が率いようが、鎮圧が簡単な相手ではない。そもそも、魔物の数も分かっておらぬゆえ……」
「兵力の逐次投入を避けるのは、賢明なご判断かと」
「ロンド公は多すぎると思っているのであろう?」
皇帝ツーインは、笑いながら問う。
涼が思っていることが顔に出ていたらしい。
「だが、先ほど戦死した公は、領地軍二千を出しながら負けておる」
「なんと。それならば確かに……一万でも多すぎることはないのかもしれません」
そう、大軍を擁して正面から叩き潰す。
それこそが兵法の常道だ。
「兵の動かし方、判断その他は、全てリュンに任せる。経験を積んで欲しいというのもあるが、それ以上に見極めたいとも思っている」
「見極める?」
「ロンド公が言った、猫のふりをした虎をな」
ツーインはそう言うと、大きく笑った。
それを少し目を細めて、眩しそうに見る禁軍統領ティン。
笑いが収まったタイミングで涼は言った。
「リュン皇子の鎮圧軍への従軍、引き受けさせていただきます」
「おぉ! ありがたい。百万の援軍を得た気持ちだ」
ツーインはそう言うと、両手で涼の手を握った。
「勝ち負けは時の運とも言う。負けても構わんから……無事に戻してやってほしい」
「承知いたしました」




