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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第四章 超大国
608/935

0566 占拠される屋敷

「ようこそおいでくださいました、ロンド公爵様」

「突然の来訪、申し訳ございません、公主様。本日は、お隣に越してきましたので、引っ越しのご挨拶に参りました」

「引っ越しの挨拶ですか?」


涼が笑顔で言うが、シオ・フェン公主はよく分かっていない。

ボスンター国には、引っ越してきた者が、ご近所さんにお祝い品を贈る風習はないのかもしれない。


とはいえ、白焔軍の人たちに手伝ってもらって、引っ越しの挨拶、帝都ハンリンで流行りの焼き菓子店の焼き菓子……いわゆるクッキーが運び込まれる。

五十個入りが四十箱。

しめて二千個。


「お屋敷で働かれている皆様にも、公主様の差配(さはい)でお与えください」

「お心遣い、感謝いたします」

涼の言葉に、笑顔で頭を下げるシオ・フェン公主。


公主の差配で与えることによって、働く者たちから公主に対しての評判が上がる。


もちろん、公主は皇子に次ぐ屋敷の権力者ではある。

だが同時に、異国から来た人物でもある。

正直なところ、働く者たちは見ているのだ。

「この人物は仕えるに値するか」「自分たちをどう扱うのか」と……。


そこに使ってくださいと。


これが、ただ単に公主から皆にお菓子が配られる、では……公主が軽く見られる。

使用人に()びへつらうなんて(かなえ)軽重(けいちょう)を問われる、というやつだ。


だが、かのロンド公爵が持ってきてくれた物を、公主の差配で配るとなれば話が変わる。



そう、人の上に立つというのは、実はいろいろとめんどくさいものなのだ……。


威張(いば)っていてはそっぽを向かれる。

下手(したて)に出れば軽く見られる。

本当に、この辺りのバランスは難しい。



「どうぞ中へ」

「あ、いえいえ、今日は引っ越しのご挨拶だけですから」

「そうおっしゃらずに。このままお帰ししては、私がリュン様に怒られます」

いつになく積極的に引き留める公主。


涼は少しだけ首を傾げるが、結局……。


「では、お茶だけ」



涼とアベル、シオ・フェン公主とビジス隊長に侍女ミーファ。

五人でお茶を飲み、他愛(たあい)もない話をした後、シオ・フェン公主が切り出した。


「リョウ様、アベル先生に確認しておきたいことがあります」

「はい?」

「俺も?」

シオ・フェン公主が微笑みながら言う。

涼とアベルが首を傾げる。


「アベル先生の正体……というより、身分についてです」

「ああ」

シオ・フェン公主の言葉に、苦笑したように涼が頷く。


そう、ここにいる三人は、アベルが『アルバート』ではなく、『アベル』であることを知っている。

これだけ『ナイトレイ王国の歌』が知られていれば、いずれは、アベルが何者なのか気付くであろうことくらい、さすがの涼でも分かる。


それは当然アベルも。


「俺は冒険者で剣士だ。そして、ミーファの剣の師匠。少なくとも今は、それ以上でもそれ以下でもない。これでいいか?」

「はい、承知いたしました」

アベルとシオ・フェン公主の会話はそれだけ。


だがこれによって、アベルがアベル一世であることが確定した。

ただし今は、冒険者として振る舞う。

また、ロンド公爵の護衛『アルバート』であり、そのつもりで接して欲しい。

いつかはアベル一世であることを明かすかもしれないが、それは今ではないと。



「ただ……リュン皇子にだけは、お伝えしておきたいのですが……」

「ああ、それは……」

涼がアベルの方を見ると、軽く頷くのが見えた。


「いいそうです」

「感謝いたします」



そして、最後に……。


「リョウ様、お隣の屋敷も二人では広いでしょう。侍従(じじゅう)侍女(じじょ)を手配いたしましょうか? うちから行かせてもよろしいですし」

「あ、そうでした、忘れていました! いえ、公主様、それは大丈夫です。なんとかしますので」

「なんとか?」

「では、そろそろお(いとま)を。アベル、帰りますよ。公主様、隊長さんにミーファも、ごちそうさまでした。また後日、ゆっくりと遊びに来ますね」


そういうと、涼とアベルは急いで屋敷に戻っていった。



屋敷に戻った涼は、一言こう言って部屋に籠もった。

「今から集中して作業に入ります。おやつと御飯以外では呼ばないでください。おっきなお風呂も今日は我慢してください。以上です」


なにやら、もの凄い決意の表情であったため、アベルも頷くことしかできなかった。

アベルにしても、特に困ることはない。

新しい屋敷の庭を、飛翔環で飛び回るという練習が待っていたから……。


アベルが涼を呼んだのは、言われた通り晩御飯の時だけ。

実は、お隣の皇子と公主のお屋敷から、お弁当のように重箱みたいなもので届けられた。


その時には涼は部屋から出てきたのだが、完全に心ここにあらず。

だが、しっかりと晩御飯は食べ……再び部屋に籠もる。

何をしているのかは、結局アベルには知らされず。



アベルが内容を知ったのは、翌朝であった。



翌朝、アベルは六時に起きた。

基本的に、アベルは朝六時に起きる。体が起床時間を覚えているのだ。


王になった最初の頃は、もう少し早く起きていたのだが、早く起きすぎると周りの者たちはもっと早く起きて準備しなければならないと気付き……起床は六時にした。

国王ともなると、起床一つとっても好きなようにはいかないらしい。


六時に起きて剣を振る。

新たに生活拠点となったこの屋敷でもそうしようと思って部屋を出たのだが、視界の隅で何か動いたのが見えた。


敵ではない。

なにやら、窓を開けたり扉を開けたりしている。


ダーウェイの屋敷には、ガラス窓というものはない。

開け放つか、閉めるかだけ。

この屋敷には、四十もの部屋がある。

当然、窓の数も膨大だ……。


それらの窓を開けているようだ。



何が?



「ゴーレム……か?」

アベルが呟く。


全長一・五メートルほどの、全身水色の二足歩行の人型だ。


「昨日は部屋に籠もってこれを作っていたのか? 凄いな……」

アベルは素直に感心した。


侍従や侍女は必要ない、考えがあると言っていたのはこの事だったのだ。



アベルも国王だ。

ナイトレイ王国の王立錬金工房で、戦闘用ゴーレムの開発が行われているのは知っている。

天才錬金術師ケネス・ヘイワード子爵を中心に行われているのだが、かの天才をもってしても、非常に難しいと聞いている。


ただ動く人形、というだけなら可能だ。

連合の人工ゴーレムのように、四足なら。

だが二足歩行となると、途端に難しくなるので、その研究は凍結しているとも聞いている。

しかも、戦場で戦えるもの、という要件をクリアするのがいろいろと大変らしい。


「ん? そういえばこのゴーレム、二本足だな……」

アベルは、仕事をしているらしいゴーレムが、二本足である事に気付いた。


王立錬金工房で、時間と労力の関係上、研究を凍結され後回しにされている二足歩行。

だが、目の前のゴーレムは二本足で、危なげなく歩いている。


「王立錬金工房が、趣味で錬金術をやっているリョウに依頼した?」

あまりなさそうな予測をしてみる。


王立錬金工房は、多くの機密情報、機密技術を扱うため、一般の人の出入りは非常に厳しく制限されている。

当然、そこで研究されていることに関しても、外部の研究機関とやり取りをするには、上層部の許可をとらねばならない。


そして王立錬金工房の管轄は、アベル即位後、国王直轄(ちょっかつ)に戻っている。

以前は内務省であったが、アベルが王になってから『王立』の名の通り、国王直轄に戻した。

だから、ほとんどの書類が国王であるアベルの下に回ってくるが、二足歩行の研究は凍結されたままで、外部に委託、依頼したという書類は見た覚えがない。


もちろん、相手が涼ならあり得ないことはない。

涼は何といっても筆頭公爵だ。

機密情報へのアクセス権も……王国では閲覧(えつらん)権と呼んでいるが、それも無制限となっている。

国王権限でそう設定した。


だから、王立錬金工房にも立ち入り自由な、ほとんど唯一の貴族となっているのだが……。



「まあ、いいか」


その一言で、分からない事を放り出すアベル。


涼が起きてきたら聞けばいい。

最も早くて確実な問題解決方法を探り出す国王。

これも、王になって鍛えられた技術に違いない。



「それにしても、ほとんど一晩でゴーレムを作り出すとは……」


アベルがそう言った瞬間、チラリと青いものが見えた。

目の前のゴーレムではない。


少し動いて、遠くを見る。


「二体目のゴーレム……」

そう、ゴーレムは一体ではなかった。


「いや、まさか……」


アベルは屋敷内を走り回った。

その結果、十体のゴーレムが働いているのを確認した。


まさに、ゴーレムに占拠されたかのような……。



その時、ようやく涼が起きてきた。

「アベル、おはようございます、早いですね」

まだ眠そうだ。


「昨日はゴーレムを作っていたのか」

「あ、見ました? さすがに大変でしたよ。でも、二人で窓を開けて回るのはもっと大変そうなので、頑張りました」

ちょっと胸を張って頑張りをアピールする涼。


「おう、すげーと思う。さすがだな」

「いやあ、それほどでも」

素直に称賛するアベル、照れる涼。



「だが、一晩で作り上げるとか、ケネス以上じゃないか?」

「ああ、いやいや、そうではないのです。この子たちは、水田管理ゴーレムの仕様を流用しただけなのですよ」

「水田管理って、ロンドの森に作ったとかいうライスの畑だよな」

「合ってはいるのですが、すごい違和感のある言い方です」


アベルの表現に、苦笑する涼。


「体自体はそのまま使って、やるべきお仕事の部分は新たに入れなおしました。窓の開け閉め、扉の開け閉め、屋敷内外のお掃除……そう、それと廊下の灯を、点けたり消したりもしてくれます」

渡り廊下や建物の軒下にも、明かりが点くようになっているのだが、一つ一つスイッチを入れて回らなければならない。


「一個一個に、小さな魔石が()まっていました」

「それはそれですげーよな。一個ずつ点けて回るのは大変だが……まあ、普通の屋敷ならたくさん人がいるから問題ないのか」

「ええ。僕ら二人だけでやると、大変です。けっこう高い位置にあるのもあるし……。あれ、毎回椅子とか階段とか持っていって点けるんですかね」

「そうだと思うぞ」


涼の疑問に、アベルは頷く。


「集中制御にして、一カ所ピッて押せば、家じゅうの明かりが点くようにすればいいのに」

涼が小さく首を振りながら主張し、アベルは無言のまま苦笑した。



「あと、この屋敷管理ゴーレムたちは、頼めば荷物運びなどもしてくれます」

「マジか……それはすげーな。便利じゃないか」

涼の説明に、絶賛するアベル。


だが、涼は顔をしかめている。

不満があるらしい。


「でも話すこともできませんし、自分で考えて動くこともできません。それに戦闘力も無いので、屋敷の警備もできないのですよ」

「あ……そうか、それは大変そうだな」

「でも、大丈夫です。これで完成ではありませんからね! 一度でき上がった後も、アップデートを繰り返していけばいいのです。時代はDLC、ダウンロードコンテンツですよ!」

「うん、意味が分からん」


小さく首を振るアベル。



「でも、ゴーレム同士のネットワークも繋げていないのですよね。西方諸国にある法国のゴーレム、ホーリーナイツと言いましたか。あれは、ゴーレム同士が情報のやりとりをして、適切な戦闘方法を選択していたのです。キューシー公国のゴーレムは、そんなことはしていなかったし、分解した時もそれらしい機構はなかったですが……やはり、法国のゴーレムが西方諸国一と言われる理由は、ハイパワーなだけではなく、あの部分かもしれません」

「なんか、いろいろ凄いんだな」


アベルは理解を越えているため、適当な相槌(あいづち)になっている。


「戦闘で壊れたホーリーナイツの中を、ニールさんと一緒に見たんですけど、その時の知見を……ああ、でも、水属性魔法を使っても原理は難しくないのか。空気中の水蒸気を伝って、情報をやり取りすればいいだけだし……結局情報そのものは、波の強弱でやりとりするわけでしょう? そう考えると、けっこう簡単に組み込めそうな気がしてきますね」


最後は、なぜか涼がアベルの方を見た。

同意を求めているのだろうか。


「そ、そうだな。頑張れ、応援しているぞ」

「……アベル、適当なことを言わないでください」

「そんな流れだったから合わせたんだろうが……」


呆れたように小さく首を振る涼、合っているか自信がないけど答えて、やっぱり合っていなかったアベル。



「でも、水田管理ゴーレムは作るのに半年かかりましたけど、これは一日でしたね。やはり、既存データの流用は、工期短縮の王道ですね」

「よく分からんが、元々あるやつを基礎にして適切に改良するということか? それは確かに、いろんな分野でやるよな」

「人間って凄いです」

「うん、それは否定しない」


涼が偉そうに頷き、アベルも否定せずに頷いた。


「さてアベル、屋敷管理ゴーレムたちも揃いましたし、今日は屋敷の近くの美味しいお店を探しに行きましょう」

「ああ、いいなそれ」


この屋敷の周りは、皇子の屋敷を除けば、持ち主のいない屋敷がたくさんある。

だが、帝都の隅にあるというわけではなく、喧騒(けんそう)に満ちた帝都の中で、この一帯だけぽっかりと空いている感じなだけだ。

そのため、少し歩けば多くの店が立ち並ぶ通りに出る。



「そういえば、このゴーレムたちは、料理はできないんだな」

「そう、それはロンドの森でも思ったのですが……なぜかゴーレムって、料理が上手じゃないんです」

「そうなのか?」


涼が首を傾げ、アベルも驚く。


「一定の食材を、一定の手順で加工する……言葉にすれば、料理ってそういうことだよな。決まった量を決まった方法で」

「そうなんですよ。でも、美味しくないんです。確かに、ゴーレムは味見というのはできないのですが、決まった分量でやればいいだけなので、味見できなくてもいけるはずと思ったのですが、ダメでした」

「不思議だな」

「不思議ですよね。多分ですけど、食材一つ一つの個体差とか、僕らが認識していない細かな違いとかがあって、人間の料理人さんは、無意識のうちに適度な調整をして合わせているのではないかなとか思うんです。でも、この子たちは、そういうわけにはいかないので……」

「そういうものか」

「かつての人工知能、エキスパートシステムが失敗したルートです。まあ、でも正確なところは分かりません」


涼はそう言うと肩をすくめた。

そして、大切なことを言うのだ。


「美味しい料理人さんを見つけることは、重要なことなのです」

「それは違いない」

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