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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 第三章 ボスンター国
559/930

0518 リュスラの街

一行がミファソシを発って五日後夕方。

首都ジョンジョンの衛星街と言われる、リュスラの街に入った。


「普通は、ここから一日で首都に着くんですよね」

「そう言っていたな。だが、これは国第二の規模の代官の都入りだから、首都直前の街でいろいろ整えて、翌日午前に首都に入り、そのまま国王に謁見(えっけん)だ」

涼の確認に、アベルが丁寧に答える。


元冒険者とはいえ、王位に就いて三年、アベルもこの手の『式典的入城』の意味合いは理解できる。


「そもそもこの国って、ボスンター国って言ってましたよね、ボスンター王国じゃなくて。国王が治めているのなら、ボスンター王国でいいのに……」

「俺も良く知らんが、ダーウェイとの関係でその辺が変わったらしいぞ? ほら、皇帝もそうだしこの国もそうだが、娘さんの称号は公主だろ? ダーウェイでは息子の称号が王だった時代があるらしい。そういう兼ね合いがあって、周辺国は国名から『王』というのを外したとか……」

「なるほど……。国によって、いろいろあるんですね」

アベルの説明に、涼は小さく首を振った。


中央諸国や西方諸国とは、いろいろ違うようだ。

涼自身は、地球にいた頃、世界史の授業で冊封(さくほう)体制というものは習った。

その知識をあてはめれば、このボスンター国とダーウェイの関係性はよく分かる。



単純な属国とは違う、冊封体制。


東洋史学の学者の間でも、実は認識にけっこうな違いがあったのだが……。


「ここでは、いったいどうなっているのでしょう」

涼は、純粋な興味本位でそう呟いた。


ただ、ちょっとだけ、本当にうっすらと微笑んだ。

それをチラリと見たアベルの呟きは聞こえなかった。

「またリョウが、よからぬことを考えている」



不憫(ふびん)な男、涼。



リュスラの街では、宿を丸ごと一つ借り上げていた。


「客室露天風呂もある宿ですから、アベル殿もリョウ殿も、ゆっくり休んでください」

「ああ、感謝する」

「凄いですね! ありがとうございます」

一行のトップである代官スー・クーの言葉に、アベルも涼も感謝した。



夕食時も。

「アベル、見ましたか部屋のお風呂。凄く広かったですよ!」

「ああ、見た。トワイライトランドに行く時にアクレで泊った宿並みだな。宿の部屋であの広さの風呂は凄い」

「ハインライン侯爵家が運営していた宿ですね! 確かに、あれも広かったですね」

アベルも涼も、かつて泊った宿と、頭の中で比較している。


洗練度はアクレの宿が上だが、浴槽の広さはこっちが上……などとリョウは考えていたが、ふと別の疑問が頭に湧いた。


「ここもだし、中央諸国……そうそう、西方諸国にもありましたけど、高級宿には客室露天風呂があるのが普通なんですかね」

「ん? それは当たり前なんじゃないか?」

「当たり前? 文化圏がそれぞれ全然違うのに、そこが共通しているのは違和感が……」

「世界中、どこにだって剣はあるし、本だってあるだろう? 客室露天風呂があるのも当たり前だろう?」


涼の疑問に、アベルは同調しなかった。



『ファイ』で生まれ育ったアベルにしてみれば、どの文化圏でも、高級宿に客室露天風呂があるのは当たり前らしい。

世界中に、剣や本があるのと同じように。


「ハッ。もしや、これも中興の祖リチャード王が広げたんじゃ……」

「違うだろ。確か、リチャード王の物語にも、客室露天風呂の描写はあったはずだから、昔からどこにでもあったんだろう。良いものは広がる。当然だろう?」

「恐るべし、客室露天風呂……」


涼は震えた。

だが、同時に世界中に広がった客室露天風呂は、世界をさらに発展させるのに貢献しているに違いないとも思うことにした。



人は、脳波でシータ波が現れている時に、いいアイデアを閃きやすいという研究結果を見たことがある。

欧陽脩(おうようしゅう)の三上も、いずれもシータ波が出やすい状況である場合が多い。

そして、日本人は、お風呂に入っている時にシータ波が出やすい。

お風呂で、いいアイデアが閃くのは、多くの人が経験していることだ。


ということは!


客室露天風呂でも良いアイデアが閃きやすいということ。

お風呂に入るという習慣がなかった文化圏にも、客室露天風呂が広まっているのなら……そこで閃くアイデアの数はかなり増大したはず。


それは、社会の発展を促進したに違いないのだ。


「客室露天風呂が、世界発展の速度を押し上げた可能性があるということです!」

涼が、新たな発見に喜び、感動に打ち震えている横で、アベルは小さく首を振って呟いた。

「リョウの言っている言葉は、本当に分からないことが多い」


人が、分かり合うことの難しさよ……。



涼とアベルとミーファ、スー・クーの部下二十人や、護衛四十人は、宿の食堂で夕食を食べている。

だが、その中に、代官スー・クーの姿はない。


スー・クーは、このリュスラの街の代官私邸にいた。

古くからの知り合いである、代官ブヒャンに招かれたのだ。



「それでブヒャン、わざわざ招いたのは、何か伝えたいことがあったからだろう?」

食後、応接室に移って、お茶を飲みながら、スー・クーとブヒャンは話し合いを始めた。


ブヒャンも、スー・クーと同年代の女性だ。


「まず、ダーウェイ南部で、暴動が頻発している」

「なるほど。シオ・フェン公主の輿入れは、慎重に街を選んだ方がいいということだな。陛下にお伝えしておく」

ブヒャンの情報に、スー・クーは大きく頷いた。


昔から、スー・クーはブヒャンの情報収集能力を非常に高く評価している。

その適切な事前情報で、何度全滅を免れたか……。


だが、ブヒャンの表情が、さらに暗くなった。


「その表情は……もっと厄介で、直接的な問題があるという表情だな」

スー・クーは、苦笑しながら言う。

ブヒャンの情報収集と分析は、あまりにも適切であるため、こういう場合は、もう苦笑するしかないのだ。


「カン公の件だ」

「また、あの方か」

暗い表情のままブヒャンが言い、スー・クーはその名を聞いて小さく首を振った。


カン公は、先代国王の弟で、現国王の叔父にあたる。

スー・クーやブヒャンと同年代で、よく知った人物でもある。

決して悪い人間ではないし、国の事を心の底から愛しているのも確かだ。


だが……。


「対ダーウェイ強硬派筆頭……」

スー・クーの呟きに、ブヒャンは無言のまま頷いた。



強硬派とは言っても、ダーウェイと戦争をしろというわけではない。


カン公は、先代国王時代より、ボスンター国はダーウェイともう少し距離をとるべきだと主張してきた。

ボスンター国内には、カン公の考えを支持する者たちは多い。

有力者から一般市民まで……。


「カン公の考えも分からんではないのだが、いかんせん、国力差がありすぎる」

「実際、ダーウェイに貢物をしているが、同じくらい貰ってもいる。軍事的な協力を仰がれることももちろんない。当然、周辺国もダーウェイに朝貢しているため、我が国が周辺国と戦争になる事もほとんどない。形式さえ整えておけば、実質的な損失は何もない……」

「とはいえ、その『形式』が嫌なのだよな、カン公らは」


ブヒャンの説明に頷きつつも、スー・クーにはカン公や、それに同調する国民たちの気持ちもよく分かった。



ダーウェイとも対等であるべし。



気持ちはわかる。

この国を好きであるからこそ、誇りを持っているからこそ出てくる言葉なのかもしれないと。


だが、現実の世界は、甘くはない。


ダーウェイに限らず、かの国の歴代王朝は、形式を踏まえて朝貢する周辺国家へは何もしないが、その形式を破る国は、容赦なく侵攻し滅ぼしてきた。



「このタイミングで、となると、まさかカン公はシオ・フェン公主の……」

輿(こし)()れを潰そうとしている動きがある」

「シオ・フェン公主は、カン公にとって甥の娘、姪孫だぞ? まさか、そこまでは……」

しないと言おうとしたが、スー・クーは言えなくなった。


目の前のブヒャンの能力は、誰よりも知っている。

これほどの事を伝えるということは、それなりの確信があっての事だ。


だが、同時に、スー・クーはカン公の事も知っている。

かなり昔から知っている。

その性格からして、姪孫であるシオ・フェン公主の輿入れを邪魔するというのは、信じられない。



輿入れの約束を反故(ほご)にすれば、ダーウェイは大きくメンツをつぶされたと考える。

輿入れ先は、第六皇子。

つまり、皇帝の息子だ。

当然、メンツを潰されて、つまり何よりも大切にしている形式をないがしろにされて、そのままということはあり得ない。


間違いなく、輿入れしなかったシオ・フェン公主の処刑を望むだろう。


朝貢国への政治的干渉は行わないとはいえ、これはそうではない。

自国の皇子のメンツが潰された……それは、とりもなおさず皇帝の権威がないがしろにされたということだ。


無事に済むはずがない。


公主の処刑は、最低限の要求だ。

それだけで終わらない可能性の方が高い。



ダーウェイのメンツをつぶすというのは、そういうことだ。



カン公は、馬鹿ではない。

それくらいの推測はできるはず。


なら、なぜ……。



「実は、三年前、カン公の最側近となった、デザイという人物が問題なんだ」

「デザイ? 聞いたことがないな」

ブヒャンの言葉に出てきた人物の名前を聞いて、スー・クーは首を傾げる。


カン公は、国の重要人物の一人だ。

当然、その周りにいる側近たちには注意してきた。

だが、デザイという名は聞いたことがない。

昔からカン公の周りにいたわけではないのは確かだ……。


「カン公の孫の重い病を治し、重用されるようになった」

「それは……なんとも胡散臭(うさんくさ)いな」

スー・クーは顔をしかめる。



子や孫の病を治して、重用されるようになる……。

本当に、昔から枚挙にいとまの無い採用パターンである。


大事な子や孫を助けてくれたのだから、その人物の言う事を信用するようになる……傍目から見れば理解しにくいが、人の心の最も弱いところを突いている。


いつの時代にも、どんな世界でもよくあるパターン。


とはいえ、普通は周りの者たちが(いさ)めたり、力ずくで排除したりするものだが……。



「側近たちが失脚したり、消されたりしていった」

「なに……?」

「デザイは治癒師ではなく、呪法使いらしい」

「なんともまあ……それは厄介な」

「もしかしたら、既に、カン公は冷静な判断力を失っているのかもしれない。だから……」

「だから、これから首都に向かう私に言うのだな。実際に会って確認してこいと」

「スーなら、カン公に直接会えるだろう。他の人間では、なかなかそうはいかん」

ブヒャンはそう言うと、小さくため息をついた。


「なるほど。まあ、一度会ってみよう。直接話せば、いろいろ解決することもあるかもしれんしな」

スー・クーはあまり信じていない事を言うと、肩をすくめた。


信じていなくとも、そう言わざるを得ない状況というのは、よくある事なのだ。


「だが、その際は十分に気をつけて欲しい」

「ふむ?」

「そのデザイだが、イデ国の遺臣であるという未確認情報がある」

「イデ国? イデ族が中心にいた……あのイデ国か?」

スー・クーは、大きく目を見開いて驚いている。


「そう、そのイデ国だ。先代陛下暗殺に関与したとされ、十年前に我が国が滅ぼしたイデ国だ」

「それが未確認情報?」

「うむ。ここ一年、その件はずっと追っているのだが、確証を得られていない」

「ブヒャンですら確証をつかめんということは……誰も掴めておらんだろう。情報部は……?」

「ジョンジョンの中央情報部はダメだ。すでに、カン公の息がかかっていて、取り込まれている」

「それは由々(ゆゆ)しき問題だな……」

「ああ」


スー・クーもブヒャンも、顔をしかめて深くため息をついた。


自分たちの愛する国が、綻び、傾いていく姿を見るのは辛い。

しかも、それを止めようとしているのに有効な手を打てないのだから、余計に辛い……。


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