番外 <<幕間>> 飛ばされた魔人とその眷属 ~その1~
ちょっと短めです。
とりあえず、今夜から、三夜連続投稿です。
砂漠を歩く五人。
全ての事情を知る者がそこにいれば、驚いたであろう。
なぜなら、その五人の内の一人は、魔人だから。
そして、残りの四人は、その魔人の眷属だから。
眷属のうちの、荒々しい雰囲気を纏った、豪快、粗野、荒削りといったイメージをまとめて形にしたかのような巨漢。
長く伸ばした濃いオレンジ色の髪と、同色の瞳が、その巨体以上に目立つ男が口を開いた。
「ガーウィン様、ずっと砂漠だからノドがかわいたのですが」
「黙れオレンジュ! 俺の眷属であるお前は、水など飲まなくとも死なんだろうが」
身長190センチ、金髪褐色の偉丈夫であるガーウィンが怒鳴った。
「そりゃあ、死にませんけど……ノドはかわく……気がするんですよね。するよな? イゾールダ」
「いいえ、特には」
オレンジュに尋ねられた長い黒髪の女性イゾールダは、首を振りながら答えた。
「マジか……。え? じゃあ、俺の気のせい?」
オレンジュは、驚いた表情になり、自信なさげに言う。
だが、すぐに、言葉を続けた。
「っていうか、俺らは何でこんな所を歩いているんですかね」
「魔法、<インプロージョン>の暴走でしょ」
イゾールダが、事も無げに答える。
暴走時、死んでいたはずなのだが、なぜか理解できているようだ。
五人の中に、一人混じっている子どもが、横を歩く魔人ガーウィンに深々と頭を下げた。
シュールズベリー公爵アーウィンの体を乗っ取っていた眷属、ジュクだ。
それに対して、オレンジュに対するのとは全く違う、優しさすら感じさせる声でガーウィンが言う。
「よい、ジュク。そなたの落ち度ではない、気にするな」
「……」
「そうだな、あの少年公爵の意地、俺も見誤っておったわ。げに恐るべきは人の執念よ。俺の見立てが甘かったのだ」
「……」
「ふははは、そうか、さすがジュク。向上心の塊だな。うむ、期待しているぞ」
そんな二人の様子を、オレンジュは首を傾げながら見た後で、隣を歩いているイゾールダに問いかけた。
「いつも思うんだが、ジュクの声って、ガーウィン様にしか聞こえないよな」
「ええ、そうね」
「何でだ?」
「さあ? それは知らないわ。そういうものとしか言いようがないでしょう?」
「同じ眷属なのに?」
「同じガーウィン様の眷属だけど、ジュクは特殊なの。今は、見た目子どもだけど、本当の姿は私もあなたも知らないでしょう? 基本的に、いつも誰かの体を乗っ取って、ガーウィン様に力を送っている……そういう役割の眷属。ガーウィン様が封印されている間も、あの子だけは動けたしね。本当に特殊なのよ」
イゾールダは、チラリとジュクを見てそう答えた。
オレンジュとイゾールダが先頭、ガーウィンとジュクがその後ろに続き、最後尾を守るのがヴィム・ロー。
ヴィム・ローは、ガーウィンやオレンジュに比べれば、細身だ。
もちろん、しっかりと筋肉はついており、人間に比べれば圧倒的に強い。
それは当然であろう。
魔人ガーウィンの最上位眷属、四将の一人なのだから。
だが……。
「ヴィム・ローは、相変わらず喋らんよな」
「それはいつものことでしょう?」
オレンジュとイゾールダが言う通り、喋らない。
実は、二人も、声を聞いた記憶がない。
「ジュクの声は聞こえず、ヴィム・ローは喋らず……四将の中で普通にしゃべるの、俺とイゾールダだけなんだよな」
「今さらどうしようもないでしょう。そもそも、ガーウィン様の本体まで含めて、五人こうやって揃うのも久しぶりなんだし」
そんな五人が、砂漠を歩いている。
「それにしても……ここはどこなんすかね。ずっと砂漠じゃ景色も楽しめない」
オレンジュがぼやく。
「中央諸国でも西方諸国でもない事だけは確かだ」
珍しく、ガーウィンが怒鳴ることなくオレンジュのぼやきに答えた。
何やら確信があるようだ。
「本当ですか? ガーウィン様の言うことは、どうも……」
「黙れオレンジュ! 貴様と違って理由があってそう言っているんだ!」
やっぱり怒鳴ることになったガーウィンであった。
「ガーウィン様。ここが中央諸国でも西方諸国でもないという理由はいったい……?」
イゾールダの絶妙のフォロー。
と思いきや、イゾールダ自身も、その理由を知りたかっただけであり、別にオレンジュを助けたわけではない……。
「ここには、『集積器』がないからな」
「集積器?」
「我ら魔人……あの頃は、スペルノと自称していたか……。我らスペルノが、力を得るために中央諸国と西方諸国の各地に設置したやつだ。地脈の集まる地点、あるいは噴き出す地点を中心に設置した。あれば、勝手にそこから力が流れ込むのだが、この辺りにはそれがない」
「だから、ここは中央諸国でも西方諸国でもないと」
ガーウィンの説明に、イゾールダは頷いた。
長い間、最上級眷属としてガーウィンに付き従っていても、未だ知らない事が多い。
「それって、だいぶ昔に設置したんでしょう? 今でも機能しているんですか?」
オレンジュが問う。
「ああ。しばらくしてから、人間どももそれらの場所の良さに気付いたようでな。祠や神殿を建てておったな」
「もしかして……人間たちが『隠された祠』とか言ってたやつが……」
「ああ、それだ」
オレンジュが驚いたように問い、ガーウィンが事も無げに頷いた。
「それって、魔力を集めていると考えてもよろしいのでしょうか?」
イゾールダが首を傾げながら尋ねる。
「さて……そこは正直分からん。というのは、『魔力』と呼ばれるものが、明確に何なのかを理解しているものが、多分おらんからだ。なんとなく、感覚で分かっているだけでな」
ガーウィンは、首を竦めてそう答えた。
そして、少しだけ笑いながら言葉を続けた。
「まあ、あの集積器、あれらがある限り、我らは消滅しても復活する。復活してしまうのだ」
ガーウィンははっきりとそう言いきった。
「ガーウィン様を切り刻んだ水魔法使い……頑張ったのに」
オレンジュが、小さく首を振りながら嘆いた。
敵であろうと、強い者は強いと評価する。それがオレンジュの流儀だ。
「奴も……多分リチャードの末裔と共に、どこかに飛ばされたであろうな」
ガーウィンは、何かを思い出すように言うと、嬉しそうに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「また、あのような心がわき踊る戦いをしたいものだ」
「お! ガーウィン様。街が見えました!」
オレンジュが嬉しそうに言う。
指し示す砂漠の中に、街がある。
一行は、オアシスの街に辿り着いたのであった。
明日は「その2」を投稿します。
お楽しみに。