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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第三章 魔王探索
364/930

0339 おつかい

本日三話目

ルンの家のお隣さんが決まった頃、涼がくしゃみを連発していたかどうかの公式記録は無い。


ハロルドの霊呪を解き、いくつかの疑問をマーリンに尋ね、現状、涼の懸案は無くなっていた。

となれば当然、甘い物を食べたくなる。



「今月のミルクレープ……これはちょっと気になります」

王国使節団の宿舎ラウンジも、なかなか美味しいケーキを出すのだが、いかんせん、種類が多くない……つまり、全種類食べつくしてしまったのだ。


だが、宿舎の隣に、カフェがあった。

『カフェ・ローマー』

コーヒーのレベルもなかなか高く、ケーキも美味しいとくれば、当然、お気に入りのお店となる。



かなり迷った末に、最初に気になっていた「今月のミルクレープ」とローマーブレンドコーヒーのセットを頼み、涼は周囲を見渡す余裕を手に入れた。


二席離れた斜め前に、どこかで見たことのある人が座っている。

顔にはものすごい疲労感が漂い、肩も落ち、大変そうに見える。

だが、注文したケーキセットが届くと、生き返ったように笑みを浮かべ、美味しそうに食べ始めた。



そうこうしているうちに、涼の元にも、今月のミルクレープとコーヒーが……。




食べ終えて、店を出たのは、二人同時であった。


「イグニスさん?」

男は、王国使節団首席交渉官イグニス。


「リョウさん? ああ、同じお店だったのですね。ここのケーキは美味しいですね」

交渉が大変そうだが、まだ味覚はあるらしい。


美味しい物を美味しいと感じているうちは大丈夫であることを、涼は知っている。

もちろん、涼自身は経験がないのだが、地球にいた頃の知り合いが、お仕事に追われて味覚を感じない状態にまでなっていたことが……。


「交渉……大変そうですね」

「ええ、まあ……」

同じ使節団の仲間とはいえ、交渉内容を言うわけにはいかない。

イグニスは苦笑しながらあいまいに答えた。


涼はこっそりと言うことにした。


「もし、王都のアベルに相談したいことがあれば、僕を通して相談できますからね。どうしてもとなったら、言ってください。いちおう僕、これでも筆頭公爵なので、機密情報に接する権限、けっこう高いんですよ」

涼はそう言うと、右手の親指を立ててサムズアップした。


きっと、イグニスにはその意味は通じていないのだろうが……。


「陛下に……? それは本当ですか?」

イグニスには『魂の響』の事は伝えていない。

探索一行を除けば、知っているのは団長のヒューだけだ……それも、最近になって仕方なく伝えたのだ。


だが、イグニスのあまりの疲労感たっぷりな姿に、放ってはおけなかった。

もちろん、『魂の響』の事を他の人に言ってはいけない、などとは言われていないし……多分、怒られはしないはずだ。



「まあ、あんまり乱用はできませんけど、錬金術を駆使して、可能です」

そうは言っても、頼られ過ぎも困るので、乱用できないと言っておく。


涼はお人よしだが、策士でもあるのだ!


「ありがとうございます。もし必要になりましたら、陛下のご意見を伺うことになるかもしれません」

そう言うと、イグニスは頭を下げた。

最初よりは、だいぶ、思いつめた感じは減っている。

それだけでも、涼が提案した甲斐はあったのかもしれない……。



国同士の交渉の最前線というのは、想像を絶するプレッシャーに苛まれる……。

涼は、イグニスと別れた後、小さく首を振るのであった。




『カフェ・ローマー』のお隣、使節団宿舎に戻ると、ロビーで団長ヒュー・マクグラスが何やら難しい顔をして何枚かの書類や手紙を見ていた。


涼は、特に意識せずに、その横を通り抜けようとする。


そこで、捕まった。

「リョウ!」

「え?」


まさか、自分に声をかけるとは思っていなかったのだ。

思わず、涼は驚きの声を上げる。


「すまんが、ちょっと頼まれてくれ」

そう言うと、ヒューは、傍らに涼を呼んで、手紙を見せた。


「この手紙を、マファルダ共和国にいる魔法使いに届けて欲しいんだ」

「魔法使い? しかも、共和国?」

涼は首を傾げながら答える。


そして、ふと気づいた。


「あれ? ニルスたちは?」

「ああ、十号室と十一号室には、今、急ぎの仕事を頼んだところだ。今日、というかさっき、一気に護衛たちの仕事が増えてな……全員、休み返上になっちまった」

「うわあ……」

ヒューも申し訳なさそうな顔で言い、涼も護衛冒険者たちが残念な顔をしている様子が頭に浮かぶため、顔をしかめた。


「それで……単独でこんな仕事を頼めるのがリョウしかいない。なぜか、枢機卿から直接頼まれた……正直うさん臭いんだ。だが、リョウならなんとかしてくれるだろ?」

ヒューはニヤリと笑う。


罠と分かっていてもそこに飛び込むのは……冒険者の悪癖な気がする。

と、涼は思っているが、涼が一番、飛び込み、しかも力ずくでその罠を食い破るイメージを持たれていたりする……。

不思議だ。


「マファルダ共和国は、馬車で片道五日だ。頼めるか?」

「わかりました。行ってきます」



こうして、涼は手紙のお届けというお仕事を請け負った。

お仕事というより、「おつかい」と言うべきだろうか。


行先はマファルダ共和国。

『ファイ』初めての共和国……以前聞いて、ちょっと気になっていた国。


ちょっとワクワクしながら、宿舎を出る涼であった……。


「第三章 魔王探索」はおしまいです。


明日より新章突入です。


久しぶりの、涼単独行(アベルの『魂の響』付き)。

お楽しみに。

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