0290 結果は……
帰り道では、魔物に遭遇することもなかった。
ただ一度だけ、キャタピラーの大群が、アイテケ・ボ方面から世界樹の方へ移動していくのを、遠目に見ただけ。
「なんというか……驚くほど暴力的なのに整然とした行進です」
「うん、リョウが苦心して表現したのは分かるよ……」
キャタピラーの移動を見て、涼とエトが交わした会話だ。
巨体にものをいわせて、辺りの木々を押し倒し、へし折りながら進むイモムシ……キャタピラー。
だが、世界樹の方から向かっていた、うっすら体表が赤くなっていた時に比べれば、怖いわけではない……。
それを表現しようとして、苦心した結果が『暴力的なのに整然』という表現であった。
「さすがはエトです。この苦心惨憺たる心情を理解してくれる……。これがニルスだったら、きっと……」
「おいリョウ、聞こえているぞ」
涼の言葉に答えるニルス。
どうも聞こえていたらしい。
当然だ。
ニルスは、涼の隣を歩いているのだから。
「ニルスも理解してくれる……といいなあ、って言おうとしたんですよ。本当ですよ?」
「絶対、嘘だろうが!」
「なぜばれた!」
世の中には、ばれるようにつく嘘というものが存在している……。
「ニルスは最近、鋭くなってきている気がします」
「なぜ、今の会話から、そんな感想が出てくるのか意味が分からんのだが……」
「鋭いのは、剣士としては良い事だと思うのですよ」
「お、おう……」
「もちろん、会話へのつっこみと、剣の突っ込みは必ずしも比例するものではありません。ニルスは、剣の突っ込みをもっと努力する必要が……」
「うん、全く意味が分からんな」
理解し合うというのは、けっこう難しいのだ。
「まあ、世界樹からやってきた時と違って、キャタピラーはかなり落ち着いていたよね」
「目的を達成した、って感じがしました」
エトとアモンが、キャタピラーの変化を話し合う。
「リョウが、ケーキを手に入れる前と、手に入れた後の違いだな」
「失敬な! ケーキを手に入れる前と、食べた後です。間違えないでいただきたいです」
「そ、それは悪かったな……」
ニルスのボケにさらにボケを重ねたように見える涼……なぜかこの二人の間で、ボケボケが成立していた。
四人がアイテケ・ボに帰還したのは、午後になってであった。
午後二時。
森が切れ、アイテケ・ボの全景が望める位置に、四人は到着した。
そこで見た光景は……。
「あちゃ~」
「これは……」
「城壁が……」
「大地の怒りじゃ」
ニルスもエトも、そしてアモンも絶句した。
なぜか最後だけ、何かの長老的なおばば様みたいなセリフの涼だ。
アイテケ・ボが誇った巨大な城壁は、西側半分が完全に崩壊していた。
さらに城壁の向こう側、おそらく西岸地区であろうが、そこもひどい有様であった。
だが、その中でも最も破壊が集中したと思われるのが……、
「国主館……跡形もないね」
エトの呟きに、他の三人は頷いた。
四人が城壁に近づくと……。
「お~い、お前ら、こっちだ!」
四人を呼ぶ大きな声。
声のする方向を見ると、強面巨漢の男が手を振っている。
「ヒューさん」
「使節団のみんなも、グランドマスターの周りにいるみたいです」
「全員無事だといいんだが」
「宿は全部東岸だったから、大丈夫なはずだけど……」
涼が確認し、アモンが補足し、ニルスが常識的な感想を持ち、エトが希望を語る。
果たして……。
「大丈夫だ。使節団は全員無事だ」
ヒューのその言葉を聞いて、四人ともが笑顔になったのは言うまでもなかった。
「……なるほど。そういうことがあったのか」
エトが理路整然と報告をし、団長ヒュー・マクグラスが理解して頷いた。
その横では、文官トップの首席交渉官イグニスが、何度も頷きながら聞いている。
「こっちは、キャタピラーの大群が城壁をぶち壊し、ウォーウルフやらボアやらスネークやらが、西岸地区を蹂躙していった。国主館にあった世界樹の枝が目的だったらしく、それを見つけると去っていったらしいが……」
ヒューはそこまで言うと、いったん言葉を切って顔をしかめて言葉を続けた。
「見た目ほどには死傷者は多くないが、ズラーンスー公と側近数名が、巻き込まれたらしい」
「そのため、通商協定、今回はなくなりました……」
首席交渉官イグニスが小さく首を振りながら、言葉を続けた。
「皆さんに、わざわざ行っていただいたのに申し訳ありません」
「いえ、首席交渉官殿が謝ることでは……」
イグニスの謝罪に、慌ててニルスが頭を下げた。
新政府が発足し状況が落ち着いたら、アイテケ・ボ側から王国に対して使節団を派遣して、通商協定を結ぶということで合意した。
(間に帝国があるんだけど、その辺りはどうするんだろう)
涼はそう思ったが、それ以上は考えないことにした。
涼の知らない抜け道や、迂回路などがあるのかもしれないからである。
あるいは、別の何かが。
そう、例えば空に浮かぶ船を使った……。
涼の頭の中には、王国解放戦で見た、ゴールデン・ハインド号が浮かんでいた。
驚くほど優美な、そして強力な力を秘めた空飛ぶ船。
欲しいとは思いつつも、さすがに思うのだ。
「高いだろうな~」
涼の呟きを聞いて、隣のニルスが訝しげな視線を注ぐ。
「いえ、たいしたことではありません。王国解放戦で見た空中戦艦、ゴールデン・ハインド号のお値段はいくらなんだろうと思っただけですから」
「いつもながら、とんでもない事を考えるな、リョウは……」
涼の言葉に、小さく首を振りながら答えるニルス。
「材料費だけで五兆フロリン」
「え……」
エトが微笑みながら答え、涼は文字通り絶句した。
「ルンの騎士団長、ネヴィル・ブラック様がおっしゃってたよ。冗談っぽくだけど」
エトが、なぜそんな金額を知ったのか種明かしをした。
「ちょっと個人では買えませんね」
「ああ、それは無理だろうな……」
涼は嘆き、ニルスはつっこむのを諦めた。
個人で作れる船ではないのだ……。
その後、帝国使節団、連合使節団、小国の使節団が合流し、次の国『シュルツ』に向けて出発したのは、国主館が崩落して五日後であった。
魔物と森は荒ぶりましたが、人はおとなしかったですね。
人の荒ぶりは、次の国『シュルツ』で。
明日5月5日は、12時と21時の二回投稿です。
12時:幕間「0291」
21時:本編「0292」
第二部において、非常に重要な人物が出てくる<幕間>です。
読まれることを強くお勧めします。




