0288 群れ
「まさか、交渉の成否が、俺たちの肩にかかるとはな……」
「失敗できないね」
「片道十キロ、往復二十キロということは、歩いても往復五時間です」
「世界樹があった辺りまで、途中の木を全部<ギロチン>で切り飛ばして、一直線で行きますか?」
ニルスが深刻な状況を理解し、エトが確認し、アモンが計算し、そして涼が最善の方法を提案する。
もちろん、最善だと思っているのは涼だけだ。
「いや、穏便にかたをつけてほしい……」
団長ヒュー・マクグラスから、涼の解決方法へのダメだし。
「仕方ないですね。普通に歩きらしいですよ、ニルス」
「そうだな。リョウ以外は、みんな普通に森の中を歩いていくつもりだったぞ」
涼がため息をつきながら言い、ニルスが深いため息をついてそう答えた。
四人が出発したのは、朝の七時になってからであった。
昨日、世界樹探索の依頼をヒューから受け、四人は一晩おいてからの出発を選択した。
普通の森ですら、夜の森は人間が踏み込むべき場所ではない。
それが、『漆黒の森』となれば、なおさらだ。
斥候部隊を率いる『コーヒーメーカー』のB級斥候ラスリーノですら、夜の漆黒の森への偵察には絶対反対を主張したのだ。
斥候ですら拒否する、夜の漆黒の森。
リスクはできるだけ減らすべきである。
大難は小難に、小難は無難に。
死にたくないなら、リスクの見極めは、絶対に必要なのだ。
「けっこう城壁の近くまで、森が迫ってきているんだな」
城壁の外で、アイテケ・ボを囲む城壁と森を見ながら、ニルスは言った。
「城壁は高さ五メートルくらい? でも森の木も、けっこう背が高いね」
城壁と木の高さを見比べながら、エトが言う。
涼は無言で首を傾げている。
それを見て、アモンが問いかけた。
「リョウさん、どうしたんですか?」
「うん……。半径一キロ圏内に、魔物の反応が全くない……」
涼の<パッシブソナー>は、半径一キロほどの情報を拾う事ができるようになった。
だがその中に、魔物が一体もいないのだ。
ついでに言うと、普通の動物の反応も全くない。
「それは、さすがにおかしいね」
エトが応じた。
ここは森の中。
平地に比べて、多くの魔物や動物が生息しているのが森だ。
それなのに、一キロ圏内に何もいないというのは、どんな森であろうと異常だ。
「とにかく、慎重に進むぞ」
ニルスが言い、他の三人は頷いた。
健脚ぞろいの『十号室』だ。
森の中とはいえ、往復二十キロ程度の距離では、疲れることもないであろう。
だが、何があるかわからない。
だからこそ、この四人が選ばれたのだから……。
異変が起きたのは、アイテケ・ボと世界樹の中間地点であった。
「もの凄い数の魔物がこっちにやってきます。ウォーウルフが……五百以上」
「なんだそりゃ!」
涼の報告に、素っ頓狂な声を上げるニルス。
ウォーウルフは、確かに集団を組んで行動するのだが、多くても五十頭程度だ。
その十倍以上とか、何の冗談であろうか。
「何が狙いだ? リョウ、氷の壁でやり過ごすことは可能か?」
「多分……」
ニルスが判断し、涼は頷きはした。
頷きはしたが……言い切れなかったのは、別の理由からだ。
「ウォーウルフの後ろから、今度は……蛇……いっぱい……」
「え……」
涼の追加報告に、嫌そうに顔をしかめて絶句する神官エト。
エトは蛇が苦手らしい。
もちろん涼も、得意ではない……。
「とりあえず、<アイスウォール10層パッケージ>」
四人を全方位で囲む氷の壁が出現し、しばらくすると、『それ』は現れた。
目を爛々と輝かせ、一直線に向かってくる無数の狼。
だが、見ているのは四人ではないらしく、氷の壁にぶつかりながらそのまま後方へと流れていく。
ガキンッ。
ガキンッ。
ガキンッ。
果てしなく続くかと思える狼の流れ。
そして、次は蛇の流れ。
そしてそして……。
「あ~、次はイノシシ……ボア系が来ました……」
涼のため息交じりの報告。
「マジか……」
ニルスのため息交じりの返答。
そして声も出さずに、ため息をつくエトとアモン。
そこで、ニルスは決断した。
「リョウ、この氷の壁を維持したまま移動できるか?」
「ええ、可能ですけど?」
「よし。なら、氷の壁を俺たちの周りに維持してくれ。このまま世界樹に向かって歩く」
ニルスの決断に、エト、アモン、涼は頷いた。
いつ途切れるともしれない魔物の流れの中ではあるが、時間は有限なのだ。
計算上、十分な時間が確保してあるとはいえ、もしも、夜までにアイテケ・ボに戻れなかったら……。
冒険者として十分な経験を積んだ四人ですら、この『漆黒の森』で夜を過ごすのはゾッとする。
たとえ、涼の<アイスウォール>があったとしてもだ。
涼は<アイスウォール>の形状を少し変形し、流線形に近くした。
世界樹に向かう先端を尖らせ、魔物の流れを割りやすくする。
割れた魔物の流れは、アイスウォールの横を通り過ぎて、四人の後ろでまた合流し、流れていく。
突然、氷の壁が割れるような場面を想像しなければ、それは、なかなかスペクタクルな光景だと言えるだろう。
ボアは、レッサーボアだけではなく、ノーマルボアもおり、時折グレーターボアすら混じっていた。
いずれのボアも、目を真っ赤にし、殺気立ったままやってきて、流れていく……。
「最初は、何か恐ろしいものに追われているのかと思ったのですが……」
「うん、なんか違うみたいだよね。逃げてるんじゃなくて、襲い掛かっていこうとしている感じ」
涼が感想を言うと、神官エトも同意した。
ボア系が数千頭ほど流れた後、さらに別の物が向かってくるのを涼は感知した。
だが……。
「ん~、これは知らない魔物です。全長十メートルくらい?」
「リョウが知らないってことは、ルン周辺にはいないやつか」
涼の言葉に、ニルスが考えながら答える。
そして、それは現れた。
「来ます!」
全長十メートル以上。全高三メートル以上。
形状は、巨大な……。
「イモムシ……」
大型トレーラーほどのイモムシが、高速道路を走るほどの速度で、何千匹も向かってくる絵……。
人によっては、トラウマになりそうな光景だ。
だが涼が思ったのは……。
「目玉がいっぱいついてれば、どこかのアニメの、森の虫の王です……」
目の前のイモムシは目と思われる部位は、見える場所にはなく、細い触手らしきものがうねっている。
「ああ……キャタピラーだな……」
ニルスはこのイモムシを知っているらしい。
「キャタピラーって、イモムシの英語名……」
涼の呟きは小さすぎで、周りの喧騒にかき消された。
「体表、うっすら赤くなってるね」
エトもこのイモムシを知っているらしい。
「確か怒っていると、赤くなるんでしたよね」
アモンもこのイモムシを知っているらしい。
「なぜ、みんな知っているの……」
知らないのは涼だけであった……。
涼は軽く落ち込む。
それを見て苦笑しながらエトが説明した。
「王国北部に依頼で行ったときに見たんだよ、三人とも。ルンがある南部にはいない魔物だから、リョウが知らないのは仕方ないよ」
さすがはB級冒険者たち。
王国内各地を飛び回っているのだ。
引きこもりの涼とは違うらしい。
「そ、それでも僕は負けない!」
「リョウは、いったい誰と戦っているんだ……」
涼の呟きに、ニルスは小さくため息をついてつっこんだ。
「水属性の魔法使い」第一巻が、本日5月2日のamazonギフトランキング第2位になっていたのですよ。
それはつまり!
他の人にも安心してお勧めできる作品
親しい人にぜひ読んで欲しい作品
ということだと筆者は勝手に解釈したのです。
なので読者の皆様、「水属性の魔法使い」を、ぜひ多くの方にお勧めください。
詳しく知りたい方は、活動報告に書いてありますのでどうぞ。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2784005/




