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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
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0287 交渉の行方

王国使節団がアイテケ・ボに到着して三日が経過した。


「マーラータ、そちは、余を馬鹿にしておるのか」

「へ、陛下……滅相もございません」


アイテケ・ボ国主館の一室。

国主ズラーンスー公の前で両膝をついて俯き、叱責されているのは騎士団長マーラータ。

そこには、国主付きの侍従以外にいるのは他に一人だけ。

その一人は、うっすらと笑いを浮かべ、叱責されている騎士団長を馬鹿にしたように見ている。


だが口は開かない。

ズラーンスー公が、横から口を挟まれるのを、何よりも嫌っていることを知っているから。



「マーラータ、二か月だぞ。二か月たっても、未だに世界樹がどうなっているか確認できんとはどういうことだ!」

「騎士団をはじめ、冒険者も送り出しておりますが、一人たりとも戻ってきておりませぬゆえ……」

「それは聞いた! それをなんとかするのが、騎士団長の役目であろうが!」

「ははっ。もうしわけございません」

そう言うと、騎士団長マーラータは、より一層頭を下げ謝罪の意を示す。


「まったく。グジャの十分の一でも能力があればこれくらいできるのであろうが……。のう、グジャ」

ズラーンスー公は、傍らに立つ護衛隊長グジャを見てそう言った。


グジャは、浮かべていた薄ら笑いはすでに消え、真面目な顔をして頭を下げる。


「もったいなきお言葉なれど、騎士団長の思うとおりに行かぬこともいろいろあるのでしょう。騎士団と言えば、最近は規律が緩んでいるとお聞きします。そんな部下たちだけでは、世界樹にまでたどり着くこともできないのは致し方ないかと」

「貴様!」

グジャの嫌味に、怒り心頭なマーラータが叫ぶ。


だが……。

「控えよ!」

ズラーンスー公が再び叱責する。

「ぐっ……。申し訳ございません」


国主の信頼を完全に失っている騎士団長マーラータは、謝ることしかできない。


「少なくともグジャは、世界樹から枝を切り出し、持ってきおったぞ。結果を残しておるわ!」

「おそれながら、その結果が、世界樹がお隠れになった原因では……」

「その体たらくで口答えか? 何か? 世界樹の枝を切り出してこいと言った、余の命令が間違っていたと、貴様は言うのか」

「い、いえ……」


ズラーンスー公にそう言われては、マーラータとしては何も言えない。



世界樹の枝の切り出しは、三か月前、確かにズラーンスー公が命じたものだ。

そして傍らに立つ護衛隊長グジャは、切り落とした世界樹の枝をアイテケ・ボに持って帰ってきた。


これらは、すべて事実。


同時に、それ以降、森に異変が生じたという報告が上がり始めたのも、また事実なのだ。

その報告は、各所からズラーンスー公の元に届いているはずなのであるが……。

おそらくズラーンスー公本人には届いていない。

周りの者たちがもみ消している。


なぜなら、そんな報告は、ズラーンスー公の機嫌を損ねるのは間違いないから。


そんな、誰も幸せにならない報告はもみ消すに限る。



「騎士団が頼りにならんとなれば……、さて、どうするのがよいか……」

ズラーンスー公は考え込んだ。

彼ですら、世界樹が現在どうなっているのかは知りたいのだ。


たかが木ではあるが……。


そして、一つの案を閃いた。

「ふむ。そういえば、ちょうど使える者共が逗留しておったな」




「ダンダン殿、これはどういうことですか」

そこは宰相府次官室。

宰相府次官ダンダンは、アイテケ・ボ側の交渉責任者である。


そこに紙を持って入ってきて問うたのは、王国側の交渉責任者、首席交渉官イグニスであった。

とはいえそこはイグニス。

怒鳴りこんだりはしない。

あくまで丁寧に、そしてソフトに。



「ああ、イグニス殿、申し訳ない。陛下が……」

次官ダンダンは、顔をしかめながら、本当に申し訳なさそうにそう言った。


当然だ。


二国の交渉は、大詰めを迎えていたのだ。

明日、明後日には調印も可能という段階にまで達していたのだ。


だが、そこに国主から横槍が入り、しかもその内容が相手国の冒険者を危険にさらす内容のものであるとなれば、頭も抱える……。



アイテケ・ボ国主からの要望とは、「王国冒険者が、世界樹の状況を観察し、アイテケ・ボ政府に報告するまで、一切の交渉を中断する」であった。



「やはりですか……。しかしズラーンスー公であっても、これはあんまりと言えばあんまりでしょう」

イグニスは、いつも通りの柔らかい表情と言葉遣いであるが、その目は笑っていない。


そして、その目は無形の圧力となって次官ダンダンを打つ。


「わ、わかっております。本当に申し訳ない。宰相閣下も陛下に直言しようとしたのですが、会っていただけず……。しかもその前に、世界樹への情報収集を失敗した騎士団長マーラータ殿も解任されたとかで……。本当に申し訳ない……」


次官ダンダンは、今にも泣きだしそうであった。


彼にしても、中央諸国の大国の一つ、王国との通商交渉など、一生に一度の大仕事だ。

そして、それが完成しようとしていた矢先に、横槍を入れられたのだ。

しかも、自国の国主から。

泣きそうにもなろうというものだ。


交渉官として、それなりの経験を積んできたイグニスとしても、その気持ちは痛いほどよくわかった。

だから、結局、一言しか言えなかった。

「……持ち帰って相談してみます」




「つまり、世界樹の情報を取ってこない限り、交渉打ち切りということか?」

「はい……。万事任せておけと言いながらこの体たらく……恥じ入るばかりです」

王国使節団団長ヒュー・マクグラスと、王国使節団首席交渉官イグニスは、彼らが逗留する宿『春の太陽』の食堂で話し合っていた。


ヒューの前には、先ほどイグニスが宰相府に持って行った紙と共に、交渉結果が記された紙とが置かれている。

「交渉内容は素晴らしいものだな。これなら、国元のうるさい奴らも黙るだろう。それに、特に最後の条項がいい……次に我々が目指す国『シュルツ』までの道案内を、騎士団から出してもらえると」

「はい……。内容は満足いくものになったのですが……」


ヒューは内容を褒め、イグニスは内容以外の部分で顔をしかめて首を振った。


「聞いたところでは、騎士も冒険者も、誰も帰ってきていないんだよな、この二か月」

「ええ。ですので、厄介なことが起きているのは、まず間違いないと思われます」

「斥候を放って、事前に情報収集をするべきなのだが、国主がそんな悠長なことを許さない、と……。報告ということは……行って、見て、帰ってくる、か。何か解決する必要性は全くないとはいえ……さて、どうしたものか」




団長ヒュー・マクグラスが『月夜の誘い館』に来たのは、もちろん考えあってのこと。

だがそれでも、まだ決断と呼べる状態ではなかった。


『月夜の誘い館』の護衛責任パーティーは、『十号室』だ。

王国使節団中、たった二つのB級パーティーの一つ。

もちろん、もう一つのB級パーティー『コーヒーメーカー』とは、戦力において甲乙つけがたいが、ただ一点において、大きな差があった。


それが……。

「あれ、ヒューさん、どうしたんですか? こっちで会議とかなかったですよね」

目の前にいる水属性の魔法使いであった。



何が起きるかわからない。

何が出るかわからない。

どうなるのか全く分からない……。


そんな状況に飛び込ませるのであれば、最強戦力を選ぶべきだ。


ヒューは、涼を見て決断した。


「リョウ、お前さんと『十号室』の三人に話がある」


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