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004.ヒトを取り戻す

 

 

 

 

 

「あっ、そうか。影だ。影を使って心に干渉すればいいんだわ」

 

 サファーの世話をしていたエスメラは、ある時唐突にひらめいた。

 最近ようやく厠へ自力で行くことを覚え、野菜類の租借もできるようになってきたサファー。煮込みグズグズになった以外の食材にようやく在りつけるようになってきたこのタイミングだからこそか、エスメラの思考はくっきり冴えていた。

 そして、そんなことを言い出したエスメラの前に、光を伴って女神アエロプスは現れる。

 

『…………こ、今度は何を思いついたのでしょうか』

「あら、なんかずいぶん手際良いタイミングでやってきたじゃない、アナタ。もしかしてずっと監視してた? それでいいの、万人の運命を守護してるんじゃないの仮称女神サマ」

『ですから仮称は……、せめてアエロとお呼びください』

「で、何の用事かしらアエロ」

 

 エスメラも態度は悪いが、そこまでいじめるつもりもないらしい。

 ほっとしたわけではないが一息ついたアエロは、彼女に向って冷や汗を垂らしながら確認した。

 

『いえ、その、また何か察した用でしたので』

「別にアナタたち四人のことについてじゃないわよ。ちょっと自意識過剰すぎない? 単純に魔法の話。与太話だけど、聞いてく?」

『き、興味はありますかね』

 

 困惑している様子のアエロプスに、エスメラはふふんと得意げに微笑んだ。こういった彼女の挙措はちょっと子供らしくて愛らしいものがあるが、生憎とアエロプスの立場からすれば警戒心を解くことができない。それほどに彼女たちの接触によってもたらされた、エスメラの想像力や分析力、理解力は、文明を飛び越して自分たち自身の真実に差し迫る力があった。

 

「ほら、魔法って基本、四つの要素で成り立っているじゃない。『物体を固定化しようとする力』『物体を流動させようとする力』『物体を拡散させようという力』、あと『物体の変化を促す力』。それぞれの力単体で使うと、火が起こったり水が湧いてきたり、風が起こったり、なんか土が集まってきたりするけど」

『それに、気づかれているのですね……』

「何よ、これくらいは知ってるヤツが大半よ。まぁ、ここからそれぞれの要素を掛け合わせると、別な現象が起こるっていうのを知ってるのは少なそうだけど。例えば――――」

 

 指先から光をほとばしらせ、エスメラは空中に陣形を描く。円形のそれに絵や文字を描き混み、指をはじく。

 と、描かれた魔法陣が光と共に消え、エスメラとアエロの間に、こぶし大の氷が出現し、落下した。

 びくり、とサファーが飛びのく。

 

「拡散させる力と流動させる力を同時に使うと、こうして氷ができる――――一般向けにわかりやすく言うと、風の元素と水の元素を掛け合わせて氷の属性になる、みたいなところかしら」

『よく、理解できますね、この時代に……』

「やっぱりこれって、私くらいなのかしらねちゃんと体系化して理解できるのわ。まぁ、ミスリルをいじったせいでもあるとは思うわよ。あれの空間干渉って、つきつめれば四つの力を変則的に、規則的に組み合わせておこってる現象みたいっだし」

『伊達に聖剣を打った鍛冶師という訳ではない、ということですか』

 

 アエロの言葉に、エスメラはリアクションを返さず。代わりに説明を勝手に続けた。

 

「だけど、これだけだと世の中って説明がつかないことがいくつかあるのよね。とするとそれは、私たちが現状観測できている事柄の外側にある何か。観測できていない事象がまだ存在してるってこと。アナタみたいな神様とか、そういうのが何を扱っているかとかね」

『何をとおっしゃられますと……』

「という訳で、古い文献がないか下の街で商人とか詩人とか、色々聞いてみたのよね。その中にちょっと面白い話が合って――――曰く、地底の女王、その眷属の言葉で。『わが目は我が主の目とつながってはいないが、わが心は我が主の心と影でつながっている』」

『あの子の眷属ですか……。シャロウテイルですね』

「私、別に名前言われたって詳しくはないんだけど」

『あの子が空を見たいと、その願いに応じて生まれた眷属です』

「ふぅん……。まぁ、それも色々言ってやりたいことが生まれそうだけど、それはいいわ。今は水に流してあげる」

『ありがとうございます。

 それで、一体何を……?』

「あー、だからサファーよ。治療中はいざしらず、流石に飽きたわ、お世話するの」

『飽きたって……』

「毎日毎日病状の回復がほんとゆっくりなものだから、もっと手っ取り早い方法がないかってずっと考えてたのよ。で、思いついたのが――――心に干渉する魔法を作るの」

 

 魔法を作る、という時点ですでにエスメラの発言は色々と意味不明の域に達していたが、アエロプスは何も言わず話の続きを促した。自ら火中に飛び込む者はいない、エスメラの頭の回転が「アエロプス以上」であることを前提に考えれば、この決断も致し方ないものだった。

 

「まぁほら、この大陸にある魔法の系譜を見る限り、魔術の要素において『輪郭』っていうのをなぞるのが、その物体が現在何を考えているかに突き当たるってことみたいなのよね」

『は、はぁ……』

「反応悪いわねアナタ。まぁいいわ。で、本当ならこういう心とか魂とかに干渉するのは、土と水と風の元素をちょちょいとうまいこと配合してやれば操作できるみたいなんだけど――――」

『すみません、それは流せませんよ!? なんでですか、私たちそういうのは設定してませんよまだ! 3つ合成とか』

 

 エスメラの発言に制止をかける女神。かなり大慌てな様子の彼女を、エスメラは例によって半眼で見つめた。

 

「設定してないって言われても、実際『やってみて』そこら辺を漂う、怨念とかっていったらいいのかしら? そういうのを見つけたり、殴ったりはできたから、まぁそういう死霊っていうか、そういう属性の魔法だと思うんだけど。設定してなくったって出来たものは出来たんだから、今更自然現象にどうこうケチつけるのやめなさいよ調整不足の世界なんか作ってるくせに」

『調整不足!?』

「だってそうでしょ? この元素とか、魔法とかのせいで、ヒトってかなり考えるのやめてるところがあるわよ。わからないことを追求する気概がないっていうか。まー、こういうのは生活にあんまり困ってない暇人の私みたいなのだから考えることかもしれないけど、もっと国を治めるにしても、人と人とのいさかいを治めるにしても、上手いやり方だってあるし。技術だってそうよ、わかる?」

『あの、そのあたりは私たちの仕事ではございませんので…………』

「現地の人間たちが自分で気づいて文明を発展させていくのが重要ってことでしょ? だから尚のことよ。あんまり言いたくないけど、魔族みたいなこういう『魔法を使うのに特化した種族』がいるにもかかわらず、魔法が全然研究されてる素振りがほとんどないのが問題なのよっ」

 

 アエロプスは困ったように微笑みながらエスメラの言を聞く。話しながらもエスメラは、自身の周囲に火、水、土の塊、小さな旋風を発生させていた。俗にいう四代元素というやつであり、それを結集させた結果発生する現象だ。それらを話しながら、時に合わせ時にそれを解き、アエロプスに文句を垂れていた。いや、愚痴を垂れていると言うべきか。

 火の元素に風の元素を吹き込ませ炎とし、また土の元素に火の元素を投入して鉄のように洗練し、あるいは土の元素に水の元素を含ませ得体のしれない植物を発生させ、あるいは水の元素に風の元素を投入して攪拌、運動エネルギーのみで沸騰させたような状態とする。

 まるで己の力をこれでもかとひけらかすかのようなエスメラだが、果たしてその心づもりは如何様なものか――――さしもの女神と言えど、その胸中まではうかがい知れないようだった。

 

「だから、私が代わりに研究するの。研究して、本来ならもっと他の誰かが進めなきゃいけなかったものを一気に進めるの。数百年の文明発展の遅れなんて、取り戻してやるんだからっ」

『いえ、とはいえ魔術程度で文明が発展するはずは……』

「それくらいは考えてあるし、その手法は話せばアナタに潰されそうだから言わないけど。

 まぁサファーの話に戻るわよ。とりあえず最近の観察傾向からして、なんっていうか、記憶とか自意識とかは『ないわけじゃない』みたいだけど、そういうのと接続するための心の弁っていうのかしら。そういうのがどっかいっちゃってる感じがするのよね」

『弁?』

「理性、ともちょっと違うかしらね。自分が自分であるという認識っていうか……、自己同一性? みたいな言葉を作る感じかしら。そういうのを作るのに必要な心のはたらきというか、バランスがぐっちゃんぐっちゃんにされてる感じなのよね。角が折れたのも原因の一つだろうし、殺されかかっていたのも原因の一つだろうし」

『すみません、やはり私にもいまいち……。

 それに観察傾向とは? 人間は特別なものです。そんな、万事が万事、一面的に見てはいけませんよ』

 

 アエロプスの一言は確かに女神らしい一言ではあったが。

 

「人間なんて所詮イキモノなんだから、イキモノ的な側面でのアプローチしないで根本的な解決なんて出来るわけ内でしょ駄女神っ」

 

 当然エスメラの返答はこのようなものであった。神をも恐れぬ研究者のそれである。

 駄女神!? とショックを受けたような顔をする彼女に、追い打ちをかけながらサファーの口をふきつつ、エスメラは続ける。いっそ、それはだんだんと罵倒めいてきていた。

 

「そりゃそうよ。どんなに強い想いでも、それを維持するだけの生活がなければいずれは薄れてしまう。大体人間なんて、一日二食以上にある程度の睡眠と住むところがあれば、たいていの考えなんてすぐ消し飛ぶものよ。配偶者がいて子供産んで育てて、それに忙殺されている方が生き物として正しいもの。だからこそ、それでもなお想いを維持するっていうのは尊い行為だし、それができるから人間なんじゃないかって昔の私も思ってたんだけど……、まあ弟が悪いって訳じゃないし、生物としてはお母様も間違ってたってわけでは一概に言えたものじゃないけど、その罪悪感すらなかったことにしてたら、それこそ子供の教育にも何事においても悪いじゃない。結局死者が生者に残せるのは生き方とか知識とか、後に続けられるものだけだし。そういう意味じゃお母様はあのお墓の人をなかったことにした、あの人の連続性を断とうとしたわけで、とうていかつてのお母様の立場からすれば許されたものじゃないと、せめて私くらいは胸を張って糾弾してやらないといけないじゃない! 嗚呼いまいましい、いらいらするっ! そんなんだから信頼できなくて、後先人間の心理の動きに鈍感になったから私が将来的にずっとあそこで生かされるか怪しくなって逃走を図るんじゃない、何泣いてるのよ、自業自得でしょっ」

『も、もはや後半何に怒り狂っているかわからないのですが……』

「黙らっしゃい! そんなんだからアナタは駄女神なのよ、なんなら私程度に反論されない説法の一つくらいでも話してみなさいっ」

『ひぃッ』

 

 女神へ私怨をのせた怒声を浴びせるエスメラ。その顔はとてもじゃないが一時代における美女がして良い顔ではないので詳細は割愛するが、同席していた女神が悲鳴を上げ、赤子のような精神のサファーが泣き出す程度にはひどいものだった。

 はっと慌ててサファーをあやし、エスメラは冷静さを取り戻す。軽く二人に謝罪の言葉を言ったのち、肩をすくめてエスメラは断言した。

 

「ともかく、イキモノであるからには、それをくみ上げるだけの理屈が存在するはずなの。それは女神だって名乗るアナタがそうであるように、アナタに限界があるというのならば、それこそイキモノというものだって限界があるはずなの。後はそれを私が見極めて、手を伸ばせるかどうか」

 

 もはやエスメラの語る話の次元は、色々と現実論を欠いて抽象論めいている。だがそこに裏打ちされるだけの何かをエスメラは持っていることが、言動からひしひしと感じられた。おそらく彼女には、女神には見えていない何かが見えているのだろう。

 だが、それが果たして妥当なものであるかは女神にはわからない。

 否、わかろうとしていない。

 所詮は彼女にとって、エスメラもまた自らが世界に生きる無知なる子らの一人でしかない……、時々ボロを出すまでもなく何かに感づき、自らの正体に迫ることはあれど、それでも彼女一人が世界をどうこうできるような何かだと、思ってはいない。

 

『でしたら、私も貴女の行動が実を結ぶことを祈りますわ』

 

 だからこその、この一言は、かなうはずのない夢を語る子供へ向けての言葉に聞こえるそれだった。

 エスメラの発見した魔法の合成とて、女神たちからすれば「まだ」発見されないとう程度のもの。未だエスメラは彼女たちの手のひらの上にいるに違いないのだ。

 

 ただ唯一、女神に誤算があったとするならば、それはエスメラという彼女そのものに対してだろう。

 果たして結果は数日後に出るのだが、この時点では彼女も未だ理解できていなかった。

 

「別に願われなくったって、私は勝手にやるわよ」

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 そして、果たして数日後。

 エスメラの小屋を訪ねたアエロプスは、今度こそ驚愕した。

 

「……メラちゃん、味しないね」

「味しないのは私のせいじゃないわよ。たぶん、何か栄養素が足りないんじゃないかしら……、早いところなんとかしないと危なそうね。とりあえず臓物食べなさい臓物。何かしら栄養はあるはずよ」

「えぇ、苦いんだけど……」

『――――』

 

 エスメラの言葉に反応を返してる、苦笑いの少年。エスメラと同年代か少し上程度と思われる彼は、つい先日まで廃人と呼べたサファーその人で。

 

『――――どう、して! なんで成功してるんですか!?』

 

 一週間足らずであのサファーを一気に回復させただろうこと自体予想外である女神、面食らったのも無理はなかった。

 絶叫するアエロプスに「うわっ」と飛びのくサファーと「あら、来てたの」と相変わらず塩対応なエスメラであった。

 

 

 

 

 

次回は二週間以内目標

魔法の詳細について? は次回あたり

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