001.この未熟な世界で
聖女と運命の女神――――エスメラとアエロプスとの出会いは、アエロプスがエスメラの元を訪ねたことに由来する。
それはとある山中、未だ地下に鉄鉱石が多く眠れど人の手が全くと言って良いほどついていない時代。
小屋、と呼ぶにはいささか大きいが、ともあれ作業場を兼ねたその自宅に、当時のエスメラは住んでいた。
彼女の目の前には、透明な「炉」としか形容できない何か。その内部で炎が吹き荒れ、彼女の持つ鉄を製錬していた。
「――――とりあえずこれを冷やしてやれば、よし……」
炉がその姿を炎と共に消すと、彼女は左手を灼熱と化した鉄に向ける。
凍結。
言葉をいくつか唱える間に、先ほどまで真っ赤に染まっていた鉄の塊は凍り付いた。
……いや、それでも熱気を抑えることはできていない。
氷漬けにされてなお、赤い鉄はその身を冷やすことに抗っていた。
「元素配合、融合、計算上は氷属性の魔法が発生してるはずなんだけど、それを凌駕するくらいに炎の形質が強いってことかしら。……んー、どっちかと言うとこれは物体に由来、依存するって話みたいな気がするわね。鉄に対して熱っていうのは強力に浸透するけど、それを外部から氷とかを使って停止させようっていうのは、割に遭わないと。でも鉄本体の元素をいじると内部のバランスが崩れるし……。やっぱり聖銀って異常よね、素材として考えると。十九年生きてきたけど、ここまで意味不明な金属も中々ないわよね」
独り言である。もっともそれを話しているのが見た目だけで言えば聖女としか形容しようのない女性であるからして、なおのこと言動との乖離に困惑させられるだろう。
白雪のごとき白い肌、太陽を思わせる山吹がかった茶の髪。
スタイルは決してスレンダーという訳でもないが、露骨に女性らしさを意識させない清純さのある具合。
顔もまた愛らしく、教会なんかで祈りの一つでも捧げているならば、その姿の尊さに幾人もの信者が涙を流すことだろう。服装もまたカソックめいたワンピースであり、その雰囲気の静謐さに拍車をかけている。
もっとも、当の本人は今現在、研究者の顔だ。
静謐さ、安心、慈愛、温かな雰囲気とは真逆、乖離、地の果てまでの平行線をいっている。
冷静さ、観察、平等、冷ややかな様子はどこか哲学者めいてもいており、つまりエスメラは求道者ではなく探求者なのだ。
言いながら彼女は、いわゆる「日本刀」とされるような形状をした銀色の刀をかざし、何かしらの言葉、呪文を唱える。
それと同時に刀身が白くぼんやり発光し、現在製錬中の鉄の塊が、その周囲を含めて「灰色となった」。
「時間停止、というよりは時間固定みたいなものかしら。とりあえずこっちに仕込んだ『時空間魔法』のテストはおおむね問題なしと。『カー』はともかく『バー』はちゃんと長生きしなさいよね……」
ちらり、と視線を向ける。部屋の隅を見たエスメラは、そこにある中央から真っ二つに折られた西洋剣にため息をついた。
「さすがに『魔王』を殺しただけあって相当に使い込んだみたいだけど……、しっかし、アンスラも丁寧な仕事してくれるわよね。こんなに綺麗に真っ二つにしてくれて」
別な魔法を仕込まないといけないじゃない、とぐちぐち文句を言いながら、彼女は工房のスペースから離れ、奥の扉を開く。
竈が中央にある、木造りの小さな自宅。藁のようなものを編んで作った寝具と、机。机の上には木版が存在しており、彼女はそれを小さな掘り込み刀で刻んだ
文字である。
「とりあえず、ミスリルの性質はやっぱり他の金属とは異質。火属性と風属性の結合による炎属性の熱気さえある程度のレベルで抑え込む。また一度武器として形成する際にも時空間魔術を併用する必要があり、おそらくこれを加工できる人間は今の時代に私含めて……、いや、私くらいしかいないわね。技量度合いと、合理感性と、両方の問題よこれ」
自画自賛してる風に言ってこそいるが、エスメラは酷くうんざりした表情である。何か苦いものでも噛み潰したか、後味の悪い食事を食べでもしたか、といったような、名状しがたい不快。
一通り木版に彫り込み終わると、彼女は伸びをして、その木版にも銀の刀を向けて「時間固定」をした。ただ、今回は板のみであり、すぐさま部屋の奥、かなりのサイズが埋まってる棚の端に並べる。
「そろそろ板棚も限界近いし、空間圧縮でも出来るミスリル製の製品でも作ってみようかしら――――」
『――――お止めください。ミスリルはそういった事柄のために作った金属ではありません』
突如背中にかけられた声に、エスメラは胡乱気な表情で振り返る。
背後には誰もいない周囲を再び見回しても、やはり誰もいない。
「女性の声、ミスリルを作ったという発言……。えっと、何? 巷の村とかで言われてる、いわゆる『女神サマ』って奴かしら。うさんくさい」
『う、胡散臭いとはずいぶんですねっ』
実際にこの声の主は女神アエロプスであるのだが、エスメラの対応はずいぶんである。もっとも、それも仕方がないものかもしれない。エスメラが現在住んでいるこの土地に限らず、この大陸の各所には多くの土着神と呼べる信仰が存在している。様々な地をこの若さで転々としてきたエスメラの目から見れば、別々な教義を語り、他の教義と融和したり戦争をしたりを繰り返すそれら。
いわゆる、巨大な宗教というものが存在しない時代である。流民めいた彼女にとって、そういったものは色眼鏡抜きで見ることができなかった。
さらに言えば、色眼鏡を外すつもりもなかった。
「私、職人だし、研究者だし。そーゆー自分の目で現象を確認できない事柄を、ホイホイと信じて痛い目を見るつもりもないの。考えらえる事柄としては……。①私の気が振れた。②外で子供が隠れて私をからかっている。この二つくらいが妥当なんだけど、さて、どうしたものかしらね」
『――――では、③本物の女神が現れた、ということでどうか』
その声と共に、エスメラの目の前が光輝いた。白く眩しく、しかし眼を焼くほどの力ではなく。演出というか、程よい匙加減というか。果たして現れたのは、背中に羽を持つ、美しいと形容できる。シックな色合いのワンピース、背中には鳥の羽。エスメラよりもより白に近い髪色と、グラマラスな体。そして何より理知的に見える顔立ち。
まさに女神。その威光を燦々と後光として顕している。
もっともそれを前にしたエスメラは、なおのこと胡散臭い顔になった。
「時空間魔術による空間転移……、いえ、照射? 光だけこっちに来てる感じかしら」
何やら分析を始めるエスメラ。
え? と、さしもの理知的に見える女神もこれには困惑の様子である。
『……え? え、あの、私、女神なんですけど……』
「あ、やっぱり触れない。この無駄にデカイ胸も幻影、幻覚と言えば幻覚と。ふむふむ……? 私の姿が見えてるってことは、私の姿もそっちの目の前に投影してるってことかしら。だとするとそこまで細かい制御を人間が出来ると思えないから――――」
『いえ、あのですから神だと――――』
「――――わかった、代理で制御したり演算したりする存在がいるわね。そのサポートを受けて私の目の前に来てると」
『えええっ!?』
納得したエスメラの言葉に女神は困惑。
しかし仕方ないと言えば仕方ない。面食らったのも無理はない。
言葉でこそ肯定も否定もしないが、彼女のその反応は――――まるで真実を突かれて隠し事を出来なくなった子供のようである。
もっとも、こほんと咳払いをして落ち着きを取り戻すあたりは見た目相応に大人であるが。
『あの、普通知的生命体って、神様を前にしたら慄くなり平伏すなりするものでは……?』
「――――私以外に時空間魔術が使えるような相手がいるとはとても思えないから、まぁ神様を名乗るだけの凄いなのかもしれないっていうのは納得してあげるけど。
っていうか今、知的生命体って言ったわね。あえて人間じゃなく。とするとそこから考えられるに人間以外の種族もいるってことよね。現状、私が知りうる範囲での知性があるとされる生命体は、人間と魔――――』
『も、もう止めてください! 止まって! 止まってください!』
突如始まるエスメラの考察を中断させようと女神、叫ぶ。
それはもうスキャンダラスな写真をとられるのを避けようとする芸能人か何かのごとく。
それに対して、やはりエスメラは胡散臭そうな視線だった。
自己紹介の暇すら与えない程の、完全なエスメラのペースである。
「……で、何? 仮称、女神サマ。私、忙しいんだけど」
『いえ、あの、仮称って……。それよりも、特にお客様はいらっしゃらないのでは……?』
「客がいなくったって私は私で仕事があるのよ。そもそもアレ、アレ、『勇者』だっけ? あれに対して剣を、ミスリルで打った時、国から莫大なお金をもらったし」
言いながらエスメラは立ち上がり、工房から折れた西洋剣を持ってきた。
白銀、外見上は過剰装飾のないシンプルな剣である。ただ刀身の中央部分で見事なまでに叩き折られており、剣先はないらしい。一見するとそれなりに重そうなそれを、エスメラは涼しい顔をして肩に担いで持ってきた。
「ほら、これ」
『これが……、魔王アンスラを屠った、聖剣「カー」』
女神の言葉に、エスメラは顔を不快げにしかめた。
―――かつて中央王国に、魔王、襲来。
魔王とは、人に徒為す魔族を統べる王。髑髏の仮面と黒い霧の鎧を身にまとった、不死なる者――――魔王、アンスラ。
その魔王を討たんとすべく、多くの兵が駆り出され、しかし殺され蹂躙されつくした。
魔王は王国に恨みでもあるのか、一年、その国の真上から災厄を国に降り注ぎ続けた。
これに対し、女神から聖銀、ミスリルが人の世界に落とされた。
多くの職人はミスリルを加工できなかったが、奇跡的に加工した何者かがおり、その剣は王国の中央広場に刺さっていた。
――――そしてそれを抜いた者こそ、勇者、フォル。
勇者は魔王の軍団に挑み、一騎当千。熾烈な争いの果て、遂に勇者は勝利。
人間に繁栄を迎えた後、浴びる称賛を背にその姿を消した。
今でも勇者は、この世界のどこかで我々を見守っているだろう――――。
「――――なんておとぎ話を私が信じてると思ったら大間違いよ。大体、全部2、3年前の話だしっ」
そもそも聖剣、折られてるじゃない。伝え聞く美談と実談に乖離があるわよ。
エスメラの指摘に、女神は困ったような笑顔を浮かべた。
「魔王戦、これ見る限り一騎打ちしてるわよ魔王と勇者。そもそも勇者の使ってた魔法を鑑みて、軍団戦なんておこるはずがないし。勇者が王国に帰ったのは事実だったみたいだけど、そこから足取りがつかめないって……、どう考えても暗殺されてるじゃない。ありがちと言えばありがちね。国の指示に違反した優秀な戦士は、その戦果が巨大であれば巨大であるほど目の上のたんこぶ、反乱分子扱いされるのも納得と言えば納得。ただ、流石に作りての私の目はごまかせないわよ」
『そ、そんなことは流石に……』
「大体、アンタがあの、アエロプス様だっけ? ミスリルを王国に渡した神様の名前がそれだったんだけど。だったらアンタ止められたんじゃない?」『その選択肢は、まあ本当に貴女の言葉通りの事実が起こったかどうかは断定しませんが、それはこの大陸の人々が考え為すべきことですので。私は、その運命が潰えないよう糸を手繰り、寄り合わせるまで』
「ふぅん……」
睨むように女神の姿を上下見分するエスメラ。
その視線に居心地の悪さを感じながらも、女神は続けた。
『私は遠くから事実を知ることはできますが、それ故に実際のところを多くは目にできません。人が営むそのすべてを治めることは。時にこうして降りてきてるのも珍しいことですしね。
だからこそ、こうして歴史を変えた遺物には、尊敬の意志を持ちます。その後の経緯がどうであったとしても』
「…………違うわよ。魔王アンスラを殺したのは、歴史を変えたのは、人間で、勇者。『カー』はあくまで道具よ。そんなに過剰に持ち上げないで」
『いえ、でもこの武器があったからこそ――――』
「道具は人間が使うものよ。道具に使われてるようじゃ、まだまだ。2年くらい前だっけ? 私もまだまだ若かったし、当時は今より未熟だったけど。でも、そのスタンスだけは変えないわ。
そして私が知る限り、勇者は道具を使いこなしていた」
言いながらその折れた聖剣を置き、エスメラは正面から女神を見た。開かれた青い視線。そこにはなにがしか、職人としての信念のようなものが垣間見える。
「――――武器に出来ることは、使い手を討たないこと。使い手を討たれないこと。折れはしたけど、その意味じゃこの『カー』はよくやったわ。ダメだったのはその後、王国の方」
『…………』
「そして王国だって『人間』よ。人間の集合体だから、どんなに大きくても、それでも一つの人間みたいなものよ。ただ残念なことにこの巨大な人間は無知というか、無責任なのよ。責任を取りたがらない。だから自分の中にいる周囲に責任を押し付けて、その自分たちの将来が危ないことになるような変な事も軽率にできるし、後々の影響を鑑みたりしない――――もしかしたら魔王があのアンスラ以外にもいるかもしれないなんて可能性もね」
『……でしたら、それは貴女にでも言えるのでは? いえ、決して良い悪いということではなく』
「ええ。だから私は、これから私にとれる『すべての責任』をとるつもり。2年前とはいえ未熟だった私が、何ら安全機構や対策を練りこまず、聖剣なんてものを作ってしまった責任を。
まぁ――――」
この成果が実るのは私の死後、七百年くらいはかかりそうだけど。
彼女のその気の遠くなりそうな言葉に、女神は微笑む。小さな子供が見栄を張っているのを、ほほえましく見守る目だった――――なお、それが彼女にとって最大級の誤算になるとは、この時点の女神は知る由もない。
女神の表情にエスメラは不機嫌そうであったが、しばらくして嘆息。
聖剣を工房に投げ入れ、話を促した。
『嗚呼、そんな乱暴に……』
「持ち主が道具をどう扱っても良いでしょ。大体あれくらで壊れるような簡単なつくりにはしてないし」
『ですが、中央王国の国宝ですよね?』
「どうせ見栄えが良い剣と置き換えてるんじゃないの? それっぽい豪奢な武器なんて大量にあるし。聖剣がああいう単調単純な外見に収まったのは、ひとえにこのミスリルの加工のしにくさのせいよ。後数カ月は練習しないと、私も上手くは加工できないわ」
『す、数カ月で何とかなるようには作っていなかったんですが……』
「え? んー ……、なるほど、そういうことね。魔王誕生後、1年で討たれるのはアンタも予想外だったと」
『へ?』
「いや、何でもないわ。で、そもそも何の用事よ。少しくらい話を聞いても良いかって思うくらいには、私も知的好奇心をくすぐられてきたけど」
ニヒルというか、美人、美少女であるエスメラのその表情は大層似合わない。
しかしそんな彼女を前に、女神はばつが悪そうな顔で頭を下げた。
『――――貴女に、邪剣「アポリア」を打ち直して欲しいのです。鍛冶師エスメラ』
「断るわ」
『……あ、あれ?』
困惑する女神に反してエスメラは、何故か「やっぱりかー」と言わんばかりの呆れた表情を浮かべた。




